01-521 日常は続く
宇宙港。宇宙貨物船エムロード号は修繕ドックで大規模な近代化改修工事を行っていた。
「やっと終わった」
「だな」
船長のハルナと機関員のシャルルがドックの事務所から巨大な船体を眺めていた。
一番の改修箇所はリライトシステムのエネルギー変換器だ。旧式の主機関から無駄なくエネルギーをリライトシステムに送ることができる装置を特注した。乗組員の居住スペースの改善。念願の個室化だ。ブリッジ周りは計器の表示を一新した。そして船体の再塗装。エムロード号は新造船のようにピカピカだ。
「さすがの私も今回は感慨深いと感じる」
シャルルには自慢げにピンとシッポを立てるハルナの姿が幻視できた。
「かなり手を入れたから、みんな最初は戸惑うかな。慣熟航海、予定していた日数で済むか?」
「そうね……でも次の荷物も決まっているからは予定通り行くしかないわ。高く付くけど空荷で近場をウロウロ」
貨物船は荷物を運ぶものだ。空荷では燃料代や人件費が掛かるだけ。利益は生み出さない。でも必要経費ですよ。
天の声に従い、ハルナは悩むことを止めた。
「じゃあ完成検査の立ち会いにはエレナさんも呼びましょう」
そして月面タッチアンドゴーを10回1セットを10セットよ。その後はトレジエム火の輪くぐり。それからそれから……ハルナの金色の瞳が暗く輝く。
「なに怒ってるんだ、怖いな」
「だってエレナちゃん、一人でアカリと遊びすぎてるから。私は終わったらすぐ仕事」
「まあ確かに」
二ヶ月くらいあった運行停止期間で、まともに休むことができた日は何日あったか。休みの日こそ色々できるのではあるがどうして休めないほど忙しいのか。
そんな中で「生まれた日は違っていても、戦い死ぬ日は同じでいよう」と誓い合った姉妹は遊び呆けているのだ。それもその成分を摂取しないとハルナは生きていけないとわかっている、アカリを独占して!
「こりゃイカンね、だいぶストレスが溜まっているようだ」
そう言うシャルルも、たまの休みの終わりにアカリとキャンプくらいは行こうかと考えていたのだが、目の前で闇に飲まれる直前のハルナを放っておくわけにもいかない。エムロード号が平穏に仕事ができるのは二人の女帝の仲が良いからなのだし。
シャルルは弟にこっそりメールを送った。くれぐれも誘い方を間違えるな、と。
「そっか、ハルナちゃん拗ねちゃったか~」
姉妹へのケアがマメな男、シャルル。
「拗ねるとかそんなもんじゃなかったぞ。トレジエム火の輪くぐりさせられるところだったんだぞ、お前」
「……ちょっと謝ってくる!」
悪い事をしたらちゃんと謝ることができる女、エレナ。
「いや、今日は外出してる」
「ヘ?どこに」
「アカリと……トレジエム火の輪くぐり……」
「はぁ?」
生まれついてのツンデレ、猫進化人類ハルナの行動は、幼なじみ二人にとっても時に理解に苦しむ。
宇宙船ハイペリオン号のAI。識別名はハイペリオン。実に安直だが、本人としてはは気に入っている。名無しでこの船に移植され同時に命名された時、やけにしっくりくる感覚があった。機械にはあるまじき表現だがそうとしか言いようがなかった。
『前方30秒後にフレアが発生する』
ハイペリオン号と船のオーナーであるアカリは星系の主星トレジエム近傍に来ていた。ゲストはアカリの姉。
今から「トレジエム火の輪くぐり」などという狂気の技を披露せねばならないのだ。ハイペリオンとしては勝算は十分ある。というか全く問題はない。
この船体は10年ほど前に竣工した宇宙軍の最新鋭汎用戦闘艇だ。船体をエクステンドして貨物船仕様になってはいるが、機関やシールドのパワーは一般の貨物船とは比較にならない。小型船ゆえの小回りの良さ、100メートルの船体を小型というかは別の話だ。
そして彼、船のAIハイペリオン。彼はアヴニール星団でも屈指の性能だ。
その性能の元となるのは莫大な経験値。移民船団が月から旅立つ数年前に始まり、およそ300年、その間に製造された無数の系列AIが経験し、感じた事象を整理した亜空間データベース。
そのデータベースへの接続がハイペリオンに柔軟な思考能力を与えていた。あいまい検索も可能。
さらには船体から武装を撤去してできたスペースに当時最新の電子計算機を詰め込んだため、ハード面でも強力だ。
アカリの独り立ちを心配した会社が実験も兼ねていろいろやらかした結果ではある。
そしてバックは壮大なものだが、使いこなせるかは別。その点においてはハイペリオンはまだ下積み含め経験3年の若造だ。ゆえに「屈指」にとどまっている。
そんな多大な恩恵を受けているデータベースに、ハイペリオンは今日「トレジエム火の輪くぐり」などという大いなる無駄データを追加しようとしている。アカリと一緒に深夜まで考えた芸術的マニューバ味だ。
昨日の兄からのメールで、ハルナが抱える寂しさを知ったアカリ。猫姉至上主義者としては全身全霊を以て甘やかさねばならない。決してメジャーにはならないイデオロギーだが、彼らは群れないのでマイナーを気にする者はいない。アカリは他に会ったことがないのであくまでも推測だが。
今日は滅多にやらない「トレジエム火の輪くぐり」を披露する。普通の船では焼けてしまうし、軍の戦闘艦でやったら裁判無しで即処分だ。そして本当にやるようなイカレたヤツはそういない。
『アカリ、バーチャルでフラッグを設置した。このコースで飛んでみてくれ。速度は任せる』
「速度は任せるって、僕の決めゼリフだよ」
船のAIも止めるどころか率先してコースを提示してくる。
「よし、じゃあ行こう。装甲板展開、電磁シールド各種最大」
「行け~」
ハルナの号令でハイペリオン号は最大加速で恒星へ向かった。
恒星に垂直に突っ込むコースで最接近。フラッグ通過のために船首上げする直前、ハイペリオンの予測通りフレアが発生し、大きなループを描く。
「第一ポイント!」
直角に近い機動でループの中心を難なく抜けると第二ポイントへ。ハイペリオン号は次のフレアループをローリングでくぐり抜ける。
第三ポイントは両側からフレアの火炎が迫る。ループの向こうに見える第四ポイントでは既にループが閉じつつある。
アカリはメインノズルのスロットルを全開にする。三時間で光速の50%まで加速できる強力なエンジンだ。加速すれば閉じかけるループの間を通り抜けるのは一瞬……
「ハイペリオン、リライト0.5!五秒だ!」
宇宙船は加速すると同時に周辺世界の最高速度を徐々に下げていく。加速する船と減速する世界。観測者がいれば速度がほとんど変わっていないことがわかるだろう。アカリが得意とする戦闘機動の一つで多くの宇宙海賊を葬ってきた姑息な必殺技だ。名前があるらしいが……ここでは語るまい。
フレアに迫られてピンチのハイペリオン号がわざわざこんなことをした理由は。
「綺麗ね……」
モニターに映る火炎が赤から紫に徐々に変化していく。迫ってくる青紫の巨大な炎は静かな恐怖だ。
難なくループを抜けてリライト装置を切ると、辺りは元の光の世界に戻った。光の波長を操ったのだ。
「アカリ、今のは良く考えられた素晴らしい演出でした」
「そうだろう?トレジエムが今日、小活動になるってハイペリオンが予想してからずっと二人で考えてたんだ」
「そうなの。ハイペリオンもありがとう」
嘘だった。昨日シャルルからメールを貰って、二人で必死に考えたのだ。ハイペリオンには計算容量の半分も使ってもらって、生命維持装置のプレアラートが出るくらい電力も消費した。
演技に入ってからも大変だった。フレアに飲まれてしまっては流石のハイペリオン号も無事では済まない。万が一にもハルナに怪我を負わせることは許されないので、電磁シールドは耐放射線、耐熱合わせて4枚最大出力。物理干渉用のリライト装置は第三段出力で船体を覆い、一番内側には光子魚雷も一撃は耐えることができる装甲板を展開。蜥蜴共の宇宙戦艦の一斉射撃にも耐えられるんじゃないかという防御力だ。
おかげで演技が終わってすべて解除したときのアカリとハイペリオンの脱力感といえばそれは大変な物だった。
「次は、宇宙港で食事にしよう。ハイペリオン、第四惑星宇宙港だ。速度と進路は任せる」
『セット完了』
「発進」
宇宙港には二時間かからず到着した。
昼食には少し遅い時間だがおやつの時間というほどでもない。
ハイペリオン号の埠頭から商業エリアまでは少し歩く。エリアのメイン通りから少し入った所のいい店に無理矢理予約を捩じ込んだのだ。自分のネームバリュー凄いとアカリは思っていた。
「アカリ、今日はありがとう。ここでいいわ」
ハルナは突然立ち止まり、アカリにそう言うと近くのセキュリティ通路へ姿を消した。
「あれ、姉さん?」
残されたのは、ちょっとお高いお店の、混雑時間に、昨日の深夜、無理矢理予約を入れた、有名人のアカリさん。
「……どうする?」
後日、この件について、彼は多くを語らなかった。
今まで多くの達成困難なトラブルを解決してきた英雄だ。今回も無難に切り抜けて何でもなかったかのように振る舞っているのだろう。




