01-520 F教授の悩み
この日、アカリは久しぶりに地上に降りていた。
アカリは基本、宇宙ステーションに係留してある自分の船で暮らしている。惑星には自分の家がちゃんとあるのだが、片道一時間かかる軌道エレベーターで毎日通う気はこの仕事を始めてかなり早い段階で消え去った。家には誰もいないし。
ついでに言えば、仕事で降りる場合はエレベーターすら使わず船に搭載しているシャトルを使う。エレベーターを使ったのは結構久し振りのことだった。
地表は軌道エレベーターの根元を中心にして、惑星各地への飛行機や弾丸列車、コミュニティーバスなどの交通網が敷かれていて、そこだけ見れば辺境の貧乏惑星とは思えない繁栄ぶりだ。しかしプルミエルの首都星レカンとは交通機関や繁華街を利用する人の数が全く違う。
アカリはコミュニティーバスに乗って繁華街の少しはずれにある学園地域に来ていた。
この辺りも前提を間違えたゆとり設計でかなり広大な土地を確保していた。設備の一つ一つが高額になりがちな教育機関のため、必要なときまで設備を導入しないという賢さはあったのだが発展速度を読み違えた結果、この300年で一部は原生林に戻ってしまっている。
そんな学園地域の中で、活動している施設で最も大きな「自由大学」にアカリは来ている。
呼び出しを受けたのだ。
「何故、その起動手順を憶えていないんだい?」
「……遺跡があんなふうになるなんて誰も思わないでしょう。適当にごちゃごちやってやったらピカーッて……」
「駄目だね船長は。いざという時に役に立たない」
アカリはとても責められていた。
「もう一人の……ベ?」
「やったのはベアトリクスさんですよ。あの人が慌てた分、もっと酷くなったんだから」
ベアトリクスもアカリも、いつでもある程度の想定外を見て行動している。しかし何千年も前の、地球人類の関係しないことなどどう想定しろと言うのだ。
「君たち冒険者はもっと古代文明の勉強をすべきだと思うよ」
「冒険者ではありませんよ、少なくとも僕は」
アカリを責めているのは自由大学で宇宙考古学の講師をしているフェルディナンドだった。甘いマスクと分かり易い語りで人気の講師である。遺跡に傾倒していることでも一部では有名だ。
アカリは仕事のついでに見つけた遺跡の情報を彼に渡しているのだが、そのせいでアカリを冒険者だと思っているようだ。
「第三号遺跡の件はまあいいよ。すごい発見であることは間違いないし。良いのかい?発見者に私の名前が入っても」
「むしろ先生が発見者でしょう?指摘されるまで僕らは分かんなかったんだから」
「そういうものか。今度探査チームを組んで現地に行くんだけど、船長も来るだろう?」
「行きませんよ……あ、ありがとう。僕は冒険者じゃないって言ってるでしょ」
フェルディナンドの研究室には女子学生がいつもいて、割と頻繁にお茶のお代わりを持ってきてくれる。フェルディナンドに礼を言われると顔を赤くして嬉しそうに退出していくのだ。アカリもお礼したのだが。
「それでも、第五惑星の方は間違いなく船長が発見者だ。新発見と再発見の偉業だね。まさに遺跡ハンター……」
アカリ船長は帰っていった。
彼と知り合ったのはそれほど昔ではない。確か3年前だ。
遺跡調査に向かった先で知り合った謎の青年と、意気投合して語り合った時に紹介されたのだ。
「僕の知り合いに宇宙船乗りがいるんだけれど、その子が、その子といっても大人の男の子だよ。で、その子がこういうのが好きみたいだから今度誘ってやってくれないか?タダというわけにはいかないが、十分元はとれるだろう」
宇宙考古学の調査で十分元がとれるとはどういうことか。私はそのときは全く理解できていなかったが、アカリを雇ってすぐにわかった。
彼と仕事をすると概ね、大体、平均して、まず誰かがトラブルを起こす。もう一つ、何かが見つかる。
宇宙考古学で、新しい発見の栄誉に預かるなんて一生に一度あるかないか。それがアカリと組むことで私はすでに複数回の新発見をしている。若手の中で頭一つも二つも抜きん出ている優秀な学者と評価されていた。
先月の第三二星では、直接遺跡に関する発見はなかったそうだ。あんな極寒の星、たとえ古代人が宇宙を渡る技術を持っていたとして住む気は起きなかっただろうが。アカリ船長は代わりに空間転移が現実で可能である証拠を見てきた。一般的には遺跡とは全く関係ない分野と思われるだろうが、私の研究にとっては核心部分を直撃する物だった。「謎の青年」が少し前に持ってきてくれた遺跡の神具も実はアカリ船長が探してきた物らしい。
ここまで考えて、フェルディナンドはため息をつく。アカリは基本的に深く考えない、おおざっぱな性格だ。彼が慎重に考える賢さを手に入れてくれれば、ともに冒険をすればどれだけ楽しいことだろう。しかしあの適当さが思いも依らない発見に繋がっているのは否めない。それと異常なトラブル遭遇率。これは本当に無理だ。
結局は今ぐらいの付き合いが丁度良いのだろう。
昼食をとるために準備室から出ようとする。ドアの向こうにはフェルディナンドとランチをいっしょにしようと、女子学生がいっぱいいるのだろう。非常に光栄なこととは思うが、毎日となると正直つらい。
「しまったな。船長をランチに誘えば良かった」




