01-519 木星超特急
今日のアカリは、宇宙船ハイペリオン号で星系の第一小惑星宙域を飛んでいた。
第四惑星の宇宙ステーションで荷物を受け取り、第七惑星の浮遊大陸管理棟まで届けるという、普通の仕事だ。このところ冒険者か何でも屋かというような事しかしていなかったので、普通の幸せをかみしめている。しかも、復路の貨物も確保済みだ。異常事態の入り込む隙は全くなかった。
唯一不満があるならば、自分の船の操縦桿を持つことが出来ていないという事か。アステロイドベルトなんていう楽しそうな所に来たというのに!
「ねえ、僕の船なんだけど」
「船長はどっしり構えていればいいの!」
ハイペリオン号の操縦桿をジャックしているのはアカリの義姉であるエレナだ。
先の三二星系への旅で一度ハイペリオン号を操縦したのが、思ったより楽しかったらしいのだ。
彼女の職場であるエムロード号は主機関周りの総点検と近代化改修でしばらくお休みだ。乗組員は滅多にない長期の休みを堪能しているだろう。操舵担当主任は義弟の船で小惑星密集帯を攻略中。
「前も思ったけどっ!」
広域レーダーには映らない、直径十メートル程度の岩塊が突然現れる。とっさに船首を下げるが船尾が急激な機動に付いていけない。船尾上方スラスターを噴かせて、船体すれすれのところで岩塊の下をくぐった。
「いい調整してる!スラスターの感度が、思ったとおり!最高よアカリ!」
いい腕をしている、とアカリは思う。エレナの適性は巨大宇宙船の操船だ。エムロード号の5分の1、全長百メートルに満たないハイペリオン号は小型か大型か。線引きはともかく、二度目の操船でここまで回すことが出来るのは才能だろう。
しかしアカリは怖かった。回避のタイミングが違うし、思い描くコースも違うのだ。前の冒険ではお留守番だった義姉が楽しんでいるのだから、横槍は入れるまい。しばらくは船長席で硬直しておこう。ハイペリオンもなされるがまま。エネルギーシールドは強めに張っておいてね。
第四惑星の宇宙港から3時間、第七惑星の衛星帯の外縁に到達した。
およそ200年前に崩壊が始まった第七惑星のリングの残骸は、無数の微小な氷の粒、塵、岩塊などで構成されている。このまま崩壊していくのか再び集結していくのかはわからない。
そんな中を宇宙船が通ると軌道計算の結果がデタラメになってしまうため、第七惑星に近付く宇宙船はリングを横切ってはならず、迂回していく必要があった。当然ながら強引に横切ると突破前に宇宙船はスクラップになるだろう。
「エレナ、ここからはハイペリオンが操縦するよ」
「え~」
「ほら、こっち来て。一緒にリングの残骸を見ようよ」
「アカリは誘い方がなってない。もっと言葉を選びなさい」
義姉相手にロマンチックになっても仕方ないので、言葉選びはわざとだ。というか二人きりなのでよろしくない。エレナが魅力的な女性だというのは間違いないからだ。自制が大事。
文句を言いながらも素直に船長席の横、補助席に着く。
『惑星接近の許可が出た。ルートが決まっているのでレベル5の自動操縦で行くぞ』
「任せるよ」
操縦室の正面、左右の大型モニターの表示がつながり、航空機のキャノピーからの光景のように迫力ある画像になった。画質も迫力が強調されるように調整されて、シアターハイペリオンは今日もプロの仕事だ。
「私、これ行けると思う!」
「駄目だよ」
リングの表面を波立たせないように、たっぷり30分かけてリング内縁の内側へ誘導される。
モニターに映るのは巨大ガス惑星の縞模様。大気中層の様々な成分を含む色とりどりの雲の流れが作り出す景色だ。不気味だがどこが美しい。
届け先の浮遊大陸は、縞模様を作っている濃密な大気に浮かぶ巨大構造物だ。とてつもない重量があるが、高密度で流れの速い大気との作用で発生する浮力と揚力のおかげで落下せず、高層大気との境界にずっと浮かんでいる。
「アレが浮遊大陸ね。初めて見た」
惑星の重力と劣悪な気候のため、浮遊大陸へ来ることができる船はあまりない。小型で強力なエンジンを持つ船しか来ることができないのだ。ハイペリオン号は浮遊大陸に来ることができる、最大級の船だった。
巨大宇宙船のクルーであるエレナは、ここは来たことはないのだ。
「第七惑星に衝突した浮遊惑星の残骸。超古代文明の遺跡……いったい何なのかな」
「僕は遺跡はもう懲り懲りだよ」
管理棟は調査隊のベースキャンプが元になった地球人類が建てた後付け施設で、百数名の定住者がいる。
過去に自ら「ジュピタリアン」と名乗り地球帝国から独立を宣言したが、このような巨大な施設を単独で維持できるはずもなく、現在はトレジエム星系政府が管理している。人口を調整されているのは、叛乱防止のためだ。そして地球ケンタウリ政府が帝国を名乗ったことは一度もない。
「ジュピターワン、こちら宇宙船ハイペリオン号。着陸許可願います」
『こちらジュピターワン。ハイペリオン号、キャプテンアカリ。ようこそ惑星Jへ』
「アカリ、この人達……」
「エレナ、この星では「J」は重要なアイコンなんだ。Jこそ全てJこそ至高」
「うん、気をつける。私も嫌いではないし」
アカリは急に独りぼっちになった気分だ。
管制官に指示されたとおりJ格納庫にハイペリオン号を入れる。
積み荷は栽培ユニットの新型だ。ジュピタリアンも新鮮な野菜が食べたいのだ。代わりに発掘品を積み込む。第四惑星の研究施設で詳しい分析をするそうだ。
積み卸しはハイペリオンと基地のジュピタリアンに任せ、アカリは管理棟の中を散策する。エレナが先にひょろっと出て行ったので探さなければならない。
人が住むのは重力制御されている管理棟だけだ。
管理棟はかなり広い。三〇階層の構造物で一つのフロアがサッカーコート程度もある。独立国家を標榜していた頃は1000人強の人口があったらしいが、今は閑散としている。
エレナは簡単に見つかった。元々部外者が入ることができるエリアなんてほとんどない。彼女は惑星を見ることができる下層の展望デッキにいた。
「……美味しいものでもあるかなって」
ここは単なる研究施設だ。
星からの熱でエネルギーには困っていないが、それを商売に使おうという人間はいない。商売をしたければちゃんと地面があるところに行ったほうがましだ。
「帰るよ。もうじき積み込みも終わると思う」
「キャプテンアカリ。やはり帰ってしまうのか?」
「そりゃね。荷物もあるし」
アカリはあまりここには来たくなかった。なるべく誰にも会わずに、船内で隠れていようと思っていたのだ。
「我々の研究成果をかすめ取る、横暴な地球帝国への抵抗に協力してくれ、頼む」
まだ過激派の残党がいるのだ。
「君だって、帝国に恨みがあるだろう?本来ならば帝都で大将軍になっていてもおかしくない君を……」
こうやって「少し」有名なアカリを再起を図るシンボルとして利用しようとするのだ。
「ハイペリオン、準備は?」
『いつでも』
「こちら宇宙船ハイペリオン号。ジュピターワン出発の許可を」
『ジュピターワンだ。いつも済まないな、キャプテンアカリ。これに懲りずまた頼むよ。航路データを送った。いつ出てくれても構わない』
「ありがとう。ハイペリオン、行こう」
ハイペリオン号は来た時の逆ルートに向けて慎重に浮遊大陸を離れた。
「あなたも大変ね」
弟がいろんな界隈から誘いを受けているのは知っていたが、まさか叛乱を計画している連中からも誘われているのはエレナもさすがに初めて知った。アカリがその勧誘に心動かされることがないのはわかっているが。
「エムロード号は反乱軍より高待遇で副長を募集してるけど?」
「トーマスさんはどうするんだよ」
可哀想な現副長の顔を思い出して苦笑する。
「皆歓迎するんじゃない?本人も含めて」
人の良さそうな小父さんが心底ほっとした表情で拍手をしている光景が目に浮かぶ。
「それも良いかもね」
アステロイドベルトに近づくと、第七惑星はもう背景の星々に混ざる少し大きめの点としか見えない。ただ、高精細のモニターに映る姿はリングがある分少し歪だ。その姿を見てか、エレナは思い出した。
「ねえ、ジュピターって、太陽系の木星のことだよね」
アカリは黙って首を振る。
「でも輪のある有名な……」
「良いじゃないか、楽しくやってるみたいだし。それにあの星に名前はないだろ?好きに呼ばせてあげよう。そんな事より早く帰ってなんか食べに行こうよ」
結局彼の地では水の一滴も飲んでいないのだ。
「そうね、それが良いわ」




