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B.E. 03(お望みのままに)


   *


 不思議なことに〈新世紀〉は、前世紀の目指す所であったグローバルを取り下げ、ローカルコミュニティをさらに細かく切り分けた。


 都市と都市、町から町への移動に申請が必要になった。わりと許可は降りる(と聞いている)。が、全てではない、とチャーリーは信じている。だから、わざわざするまでもない。代わりに無人の配送車が定期で荷物を持ってくる。ご注文(オーダー)はお望みのままに。素敵なこって。回収車もやって来る。ありがたいこって。不安の雑音を排除し、静かに世界が廻っている。


 つまりこうだ。()()()()()()()()()()()


 その中にあって、どう生きる、との問いは過去のものになった。


 解放の時代! 今、どうしたい?


 ──お望みのままに。


 自由すぎて不自由を感じた者は、わりと早くに()()()()()()。やっほー、新世紀にようこそ! ついに到達した史上最高・超々・福祉社会!


 チャーリーは歯の問題を解決した。歯並びも調整した。茶渋を落として輝きを取り戻した。堅いものを齧ったりした(ジャーキーとか)。彼女は、()()の気分も味わった。ヘイ、ベイビー、かわいそうなヤギはどこだい?


 一方で、体型・体重の管理は別らしい。〈ビスコ〉が美味しいのがいけない。彼女は、わりと自分に甘かった。泥縄気質でもあった。何かと()()()()()体質でもあった。


 そして、チャーリー・ザ・ミドルクライシスは考えずにいられない。


 今日のわたしは、残りから数えて何日目? 読みたい本は何冊ある? 作りたいこと、書きたいものはどれくらい? 山ほどある! なのに、この〝最高の福祉の世紀〟でも、二回目はない。


 ──大人の歯は、生え変わらないものよ。


 最後に都子と直接に顔を合わせたのはいつになるだろうか。ビデオ通話は馴染まなかった。昔ながらの通話でやり取りをしている。画面越しの対話が当たり前の世代からすれば、こっちはびっくり旧世代。


 都子もチャーリーと同じく、〈処置〉をしない(結構)。第一子を妊娠しており、とどのつまり当座、〈転換〉も〈変身〉からも外される。


 もしかして、とチャーリーは思う。すべて彼女の計画通りだったのではないか。


 いつか、都子は云っていた。「処置は天国と同じね。誰一人として元に戻ろうと考えない」


 その考えはわりとぞっとしないものだった。


「うん」都子は独り頷く。「天国と同じだ」


 つまり:いつだって物事は一方通行。


  *


 寝入りばなは頭が冴える。チャーリーはベッドサイドに置いているメモ用紙を手に取って(宇宙でも・仰向けでも・字の書ける)サインペンで明日の自分へ申し送りしようとし──起き上がった。

 今や、はっきりと目が覚め、頭は冴えきっていた。


 ()()()()()()()()


 可能だろうか? そもそも、あの石はなんだ。御影石か。鏡面仕上げっぽいぞ。いったい誰が加工した。指示をした。作らせた。


 雄々(オオ)、オジマンディアス、ラムセス二世。王の中の王オイル・サー・ディーン。いや、時代が違う。ロゼッタ石はプトレマイオス朝で、ラムセスさんの二世は、それより千年も古い君主で王キング・オブ・キングスだ、ファラオ☆


 チャーリーは、黒い石に刻まれた楔形文字を思いながら、まんじりともせずに、ただただ暗闇の中にいた。翌朝、目覚めた時、すでに陽は高くあり、夜明けを告げる鳥の啼き声を聞いた記憶が残っていた。


   *


 石に刻む。そのアイディアは、チャーリーの中で発酵し続けた。特にトイレで。特にお風呂で。つまりバスルームで。アイディアを具体化する早い段階で決めたことがある。


 三つの言語で彫る。


 ひとつはチャーリーの書いた原語版。もうひとつの翻訳を都子に頼めないだろうか? 


 彼女は語学堪能なのである。彼女にこそ、お願いしたい。そして、〝毛深い文字〟こと、共通語。その文字。これを外すこともあるまい。最新の言語が最古の記録媒体に刻まれる愉快なアイロニー。その昔、大国の近隣に或る国が勃興した。そして独自の文字を作った。二世代のうちに栄華と没落を駆け抜けた。新しい文字で写された教典は、亡国のあと砂に埋もれ、何世紀ものあと、発見された。


 今度はどれほど持つだろう。


   *


 世界の変容が現われ始めた頃である。程なく──来年か再来年か、三年後か、五年後か。

 デモ隊が列をなして練り歩いた。声を上げていた。行儀は良かったが、それだけだった。


「ひとは、しあわせな事実や現実より、不幸で悪い嘘を信じたいものね」都子は云った。「表現の規制はPTAの専売だと思ってた」


 チャーリーには〈新世界〉が分からなかった。が、賛同しかねる気持ちはあった。しかし、それだけだった。何かが変わるであろう事実を知っていても、実感は別。他人事だ。


「どう思う、チャーリー?」


 チャーリーは肩をすくめた。「わたしに、それを語る資格はないと思う」


「そんなことないよ」と、都子は云う。「誰だって何を云ってもいいはずよ、話していいはずよ。資格なんて不要なの。強いて云うなら、人類ってこと」


「そうかなあ」


「それにしても、」と都子は続けた。「新人ならぬカイジンだったとはね」


「怪人?」


 都子は指を振って、補足した。「ネアンデルタールが旧人で、クロマニヨンが新人なら、次はなに? 超新人? 違うよね。()()は進化論から外れた強制アップデート版よ。だから、改(造)人(間)」


 どんな字を当てようと怪人だな、とチャーリーは思った。そんな気持ちを見透かすように、「改造人間を造るなんて、まさに悪の組織ね」と、都子は笑った。

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