B.E. 02(ハッピーエンド)
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自称小説家。
自称。
忌々しい頭の二文字。
よろしい、認めよう。チャーリー・ザ・〝駄作〟製造機。それが、わたしだ。
二冊目を世に出し八年も経てば、新人と同じ、いやそれよりなお悪い、出戻り敗残者。
チャーリーはソファに沈み込んで、〈ビスコ〉を齧った。甘いクリームに反し、胸の奥には不愉快な思いが巣くうのを感じた。カップの中のインスタント・コーヒーはミルクが足りなかった。胃に不快感が広がった。
不健康。不健全。却下された原稿。
出版事業は、死に体と呼んでも過言でなくなった。いや、書物はすでに死んでいる。本は死んでしまったのだ。
健全ってなに?
彼女の愛した〈ロジウム〉誌は判型を小さくし、ページを薄くし、程なく電子化し、ヤングアダルトレーベル〈スチル文庫〉と一般向けの〈カボス文庫〉に分裂した。編集部は何をしているの? 出版は慈善事業じゃない。文化事業だ、恥を知れ!
しかし、文句の付け先は無くなった。国際標準図書番号は交付が絞られている。遠からず消えるのは既定路線。そのくらい〝売れない〟チャーリーにだって分かる。
彼らは本を取り上げようとし、そうした。
予兆は前世紀の終わりからあった──が、それでも文字を書くひと、文字を読むひとは途切れなかった。
紙書籍は売れなくても(!!)、かってないほど、ひとは文章を紡ぎ、読み漁った。技術革新は情報網と物流網のの開拓と拡大を果たし、物質文明と精神文化は新たな段階へ進んだ。教育水準と識字率はかってない規模であった。文字そして文章を取り巻く、ありとあらゆる歯車が見事なまでに噛み合った奇跡の世紀──嗚呼、遥けき哉、表現と自由の時代!
──そして時代は変わった。新世紀が幕開けた。今度ばかりは本当に殺しにかかってる。
あの図書官は何て云った?
不適当では?
なんてこった。わたしが、どんなテーマで、何を/書こうと/自由でないか?
アナーキストを気取ったわけでもない。ボヘミアンに転じたわけでもない。右か左か、バイかゲイかストレートか。
それが問題なのか?
わたしはストレートで(なぜにこれを公言せねばならぬのか)、わりあい保守派で、四十路で女で、未婚なのがいけないのか?
そんなわたしが、長期航海可能な〝身体改造〟を受けた乗員を乗せた宇宙船が、星の大海原を渡り、遥か昔に飛び立ったゴールデン・レコードを積んだ探査機と巡り合う冒険物語を書いてはいけないのか?
よろしい、船員はむくつけき男たちだらけで、航海パートが濃いのは認めよう。骨格を自在に組み換えられる航海支援介助メカを共有する描写は、些かグロテスクかもしれない。あと、みんな死ぬ(沙翁の通った道だ)。だが、孤独な探査機と船員たちとの対比によって紡がれたヒト、モノ、コトを超えた壮大な愛と希望の感動作じゃ。
わたしのテーマ。書きたいもの。
伝いえたいもの。
どんな題材であれ、相応しい舞台と人物、キャラクターを配したに過ぎない。
どの出版人も欲しがらなかった不遇の前作は、何も問われることなく、するっと空の上にアーカイブされた。前作と新作で、トーンに違いはない。自分で書いたものなのだから。許可・不許可。アーカイブの基準とは、理由なにか、根拠はどこか、説明はないのか。
──あなたの作品は適しません。
なんとびっくり! 誰が決めたの? わたしの邪魔をすると云うのか、何様だ!
──あんたの作品、普通に面白くないのよ。
よろしい、それは認めよう(いや、認めていいの?)。時に、都子は辛辣な批評家になる。
──話は取っ散らかって、揚げ句に収拾しやしない。
なるほど、確かに読者が不在だ(おっと、開き直りやしたぜ、ダンナ)。
いや、別にひがんでいるわけでない。少なくとも出版はされたのだ。二冊も。よろしい、確かによく売れたわけでない。担当編集者に企画は送り続けた。公募にも出し続けた。ところが、或る時から、ぷつりと途絶えた。
何が変わったのだろう? 以前よりずっと面白いものを作っている自負はあった。実際、面白い。そりゃそうだ。自分の読みたいものを書いているのだから。つまりこれが自己満足体系サイクルです。
都子・ザ・〝批評家〟は、歯に衣を着せない。
──あんたの作品、悪くないけど、良くもないってことじゃない?
フムフム。
──売り物にするには、及第点じゃ駄目。最低でも〈良〉の壁をブチやぶらないと。
ウムウム。
──パンチが足りないとか。知らんけど。
都子は無責任に云う(よろしい、彼女に責任があるわけでもない)。
──感性が化石になってない?
(ここでチャーリーは胸に痛みを憶える)
──云いたくないけど、云うわ。
都子・ザ・ショットガンは続ける。
──みんなハッピーエンドが好きなのよ。
(ここでチャーリーは崩れ落ち、拳を地面に叩きつける)
──書けるわけないじゃん!
チャーリーの人生は、或る時、ぷつりとアンハッピーに転がった。取引先と勤務先が続けて倒産し、恋人は去り、親友を除き天涯孤独の身上にあって不景気の嵐に捲かれ、そして三十路の帰路に立ち──そもそも世界がひっくり返った。
人類はこのままでは絶滅します。
それはバカみたいに聞こえた。
なので、変身してください。
やっぱりバカっぽいと思った。
大気が変わって、〈変身〉の〈処置〉を受けないと、そのまま生きるのは難しいです。
おやおや、ハニー。そんな話がまかり通ると思ってかい?
アナウンスは続く。適応できない場合のために、〈変身〉スーツもご用意します。〈処置〉とは違い、多少の不便はございましょうが。
うん。バカっぽい。なのに、〈転換〉が始まった。処置はサクサクと施され、なんてこと。いつの間に人類はそんな技術を?
いい質問です。月に旗が立ったように、必要な時が来たら、きちんと飛躍するよう準備をしており、タイミングが合えばいつでも・どうにでも、なったのです。
こうして、世界はどんどん変容していった。一方で、チャーリーは不運の歯車が次々と噛み合い、転落した──と、悲劇に浸ってみた。
なるほど、これが中年のあがきか。
好い人と出会い、子を為し、家庭を持ち、母に成れると信じてた? ところがところが御覧じろ。爪は艶を失い、髪も鼻毛も白いものが混じり、肌は水を弾かず、ケアを怠ればカサカサだ。バストに張り合うウエストと、何をするにも気力の息切れと無縁でなくなった。大好きな読書にいたっては、腕を伸ばさないと文字を拾えない。これが何より堪えた。眼鏡がある? そんな問題でない!
過去の自分と出会えるのなら、とにかく警告に警告を重ねてやりたい──お前は加齢から、絶対に逃れられないのじゃ……。
うっわ。ただの怪談じゃん。それもわりとイヤなタイプの。
しかし、世界がひっくり返っても、日は昇り、日は沈み、一日、一日と時間は消費される。
或いは、〝転換〟を促すために、〝世界〟は時間をぐいぐい巻き上げている可能性を疑い始め、これは立派なパラノイアの前兆であるとチャーリーは気が付き、滅入った。
世界の構造がまるっと変わるのは、ほんの数年で充分なのだ。〝今どきの若者は〟などと嘆くのは、価値観の転換が連綿と人類史に刻まれていた証左である。一世代もあれば充分で、二代、三代と続けば、もはや異邦人。
いま、十歳未満の子供たちは、以前の世界の価値観を知らない。理解できようもない。何が問題か、分からないことが分からない。決定的なのは、子供たちは母語の他に、基礎共通語のみならず、拡張共通語を習っている。言語とは民族の根源で、〈世界〉の見え方、捉え方そのものだ。
彼らは紙の本を読まない。共通語に訳された情報を読む。誰か、或いは何かによって翻訳されたものを読む。
新しい言葉。新しい考え。新しい生き方、在り方、新世界──新世紀、世代隔絶。
地上で生まれた子供たちは、〈変身〉するか、〈スーツ〉を着るかの選択に疑問を持たない。素の身体に固執する大人たちを理解できない。〈転換〉の処置を受けるのは当然で、だから抵抗や嫌悪を持つことなど、想像の埒外だ。
彼女自身は、〈新世紀の事情〉とやらを理解しているつもりであるが、気持ちの深いところでは抵抗、もしくは恐怖があって、だからどうしても作品に限らず、知らぬうちに態度や言動が外へと漏れ出ている。
いつか都子が云っていた。「何でも噛みついていたら、いつか噛みつかれるよ」
チャーリーは反論したい気持ちをぐっと堪えた。
「作品を外に出すって、そういうコトでしょ? 誰かに見て貰いたい、知って貰いたい、共感して貰いたい──創作はエゴの押し付けよ。だから批判も反論もあって然り。分かってる?」
つまりそれって、「いわゆる〝殴っていいのは殴られる覚悟がある者だけ〟ってこと?」
都子は小首を傾げ、「違うの?」
「殴る相手は、殴られるようなことをしでかした」
「そうかなぁ」都子は、ううん、と呻き、「殴られても仕方ない奴はいるし、それを殴る気持ちは分かるけれども──、」
やっぱりねぇ、と同意しかねる調子で、「殴っちゃったら、お終ェよ」
あんたの殴りたい相手って誰よ?
チャーリーは訊ねたい欲求を飲み込んだ。
いつだって:わたしの性根は機能不全。




