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B.E. 01(知らない文字が並んでる)


   Bookend, Book Stand_23-09


 図書警察の来訪はチャーリーを死ぬほど怯えさせた。


 彼女は一五〇センチに満たない小柄な女で──よろしい、ついでに抜群のスタイルでないことも認めよう──年とともに落ちなくなった何ポンドかの肉を腹と尻に抱えた四十路の独身で、昨年の厄年(アンラッキー・イヤー)に視力の低下を感じ、一年近くの不便を騙し騙し、ついに老眼の事実を受け入れたばかりである。


「あなたの作品はアーカイブに収蔵できません」


 蝉の鳴き声を背負って、図書警察は玄関口に現れた。

 午前も早い時間であったが、すでに日差しの痛い夏の日であった。


 彼らは背の高い二人一組で、彼女の見立て通りならば、若い男女のペアであった。

 転換の新世紀に適応するため、すっかり〝毛深い〟姿に〈変身〉している。


「したがって」と、彼は続けた。「要請は棄却されました。同作の再審査を希望する場合は、一年後になります」


 それを伝えるためだけに、わざわざ? 


 チャーリーはむかつき、怯えさせられた意趣返しの必要を認識した。


 もうひとりの図書官が云った。声は女のそれであった。「転換の〈処置〉もなく、スーツの着用もしないあなたが当該テーマを書くことに懸念を抱きます。──不適当では?」


「わたしの作品よ!」チャーリーは憤慨した。


「ですから敬意をもって、直接の通達となりました」


 偉そうなこって。ますますもって嫌らしい。ビビらせやがったパンツの染みは、屈辱の証だ。「わたしは検査ではじかれたのよ!」


「存じています」


「喘息で! アトピーで!」あと、鼻炎。


 幸い、これらの程度は辛いことがないこともないが、ひどく深刻でもない、とは思う。抗ヒスタミン薬と保湿クリームがあればこそ、と、付け加える必要はあるが。〈新世紀〉に於て薬切れはない。必要分が過不足なく、きちんと届く。健康と健全な世界に、ようこそ。


 ところが、彼らは視線を交わし、「……存じませんでした」申し訳なさそうに頭を下げた。


 嘘でしょ? お役人が把握してないって?


 新しい姿へ〈変身〉した彼らが現れてからこっち、世界は神さまが躓いてお盆をひっくり返したような有り様なのに。

 図書官が知らないということは、新〝行政〟は前世紀然とした縦割りなのか。連携不全か。少し残念に思うのは何故だ。完璧/完全な〝世界政府〟が存在するとでも?


「ちょっといいかな」気勢を削がれたチャーリーは、穏やかに訊ねた。ふたりの図書官は頷き、続きを促した。

「あなたたちのお名前、訊いても?」


「ルースです」と、女図書官。


「ラッキー」男図書官は答え、二つ折りの身分証を目の高さに広げて見せてくれた。


 ()()()()()()()()()()()()。これで真贋の判別ができるとでも? とは云え、普通に名乗られたことに驚いた。


「番号で呼び合ってるかと?」女図書官は、茶目っ気のあるウインクをして、「数字や記号は取り違えが多いんですよ」


 まあ、そうだろうな。


「とにかく──」ラッキー図書官は身分証を戻しながら、「一年後に改めて提出していただければ、再審査を受けられます。でなければ──、」


「捨てるか新作を書け?」


「後者がおすすめです」と、ルース図書官。「おそらくですが、何か根本的な問題かと」


 あきれた!


 この二人は()()()()()()()。下ッ端・木ッ端役人だ──或いは何も知らされていない?


「一方的なご通達、ご苦労さまね」


 思いの外、嫌みったらしい口調に我ながら驚いた(挑発する必要あるの、チャーリー?)。


 彼らも同じようで顔に困惑を浮かべながら、

「ええ、それでは」とラッキー。

「確かにお伝えしました」とルース。


 ふたりの図書官は、彼女の家の玄関から立ち去った。一拍置いて、蝉の声が戻ってきた。


 肌がじっとりと汗ばんでいる。

 チャーリー、または「売れない」小説家は、ドアを閉じ、夏を外に絞め出した。


   *


 シャワーを浴びて、下着を替え、文明人らしい気分に戻ると、一度は萎んだ強い怒りが、再び腹の底から湧き上がった。


 チャーリーは端末を手に取って、都子(ミヤコ)に繋いだ。彼女はチャーリーと幼なじみで、同じマンガを読み、アニメを好み、チャーリーがお話を作り、都子が絵を描き、冊子にして即売会(イベント)で売った。売れなかった。でも、楽しかった。()()()()()()()()


 ──それがチャーリー・ザ・〝売れない小説家〟の原体験・原動力。いつかこの手で、万物の(ユニバーサル・)傑作(マスターピース)()()にする!


 呼び出しに都子なかなか出なかった。


 彼女は春にソロウェディングを文字通り独りで挙げ、妊娠した。チャーリーは生殖細胞を求められたが、怖くなって断わった。そして都子はどこから調達したか、新しい命をお腹に宿した。このご時世、どうして子供を作ろうと考えたのか。そして、チャーリーには、知らぬものをお腹の下に収めるのことを、親友であれども、何処かすっぱりと割り切れない思いがあった。


 大昔から云われているように、「生まれたら変わるわよ」を信じていいのだろうか。お腹の子は順調に育つであろう。おめでとう、人類史上、最高の医療技術時代に、ようこそ。


 呼び出し音を聞きながら、ふと、「未婚の母」とは云うが、「未婚の父」は聞かないな、と思った。女だけの特権なのか、女ゆえの呪いのなのか。世界のひっくり返った今となっては祭司の書(ビッグバン)も些かあやうい。説教の通りに姦淫が罪ならば、やはり未婚の親も罪となる。


 はい(ヘイ)有罪(ギルティ)よ、都子・ザ・シングル。


 でも聖母は? と思ったところで、相手が出た。「もしもし(アホイ)?」口に何かを含んでるような声だった。


「わたしだけど」


 ごくり、と飲み込む音がして、「みんなそう云うわ」ころころと、楽しそうに笑った。


「都子、聞いて」一拍・ひと呼吸。劇的(ドラマチック)に盛り上げる。「アレが来たのよ!」


「おめでとう!」


 ──都子はそういう子なのだ。


 かくかくしかじか、経緯を語ると、


「へえー」スピーカーの向こうで都子は驚いた。「本当に来たんだ!」


 なんだと云うのか。


「とにかく」チャーリーは努めて冷静になろうとし、奥歯を強く噛んでいることに気付いた。「わたしは〝彼ら〟によって貶められた」


 何を大袈裟に、と都子は朗らかに笑った。


「収蔵できない云ったのよ!」チャーリーは、八つ当たり気味に続けた。「不適当! わたしの作品が適さない!」


「ああ、それはね」と、都子は答えた。「あんたの作品、普通に面白くないってことの婉曲表現よ」

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