第21話 「親友だから」
流智亜と別れてから10分ほど後。凛音は未だ昇降口に居た。ある人物を待っているのだ。
(校内初の転入生。凛音ちゃんが思てる以上に注目を浴びとるんや。ゆめゆめ忘れんようにな)
下駄箱に背中を預けながら、別れ際に言われた言葉を反芻する。危険に晒されていることなど百も承知だ。生徒会に入らない理由は無いだろう。
イタズラ好きな先輩はともかく、会長は信頼に足る人物のようだった。
それでも彼女の紅い瞳を思い出すと、たまらなく不安になる。
「……あっ」
その言葉で凛音の思考は現実へと引き戻された。
振り返ると、そこには待ち人ーー士道司の姿があった。制服ではなく、凛音にとって馴染みのある臙脂色のジャージを着ている。
流智亜との別れ際、凛音はまだ司の靴が残っていることに気がついていた。思わず声を上げてしまったが、ウソをついて彼女を待っていたのだ。
昼間の言葉の真相を知るために。
「遅かったね、司ちゃん」
司は無言で凛音の前を素通りすると、靴を履いてさっさと外へ出てしまった。凛音も当然追いかける。
「司ちゃんってば」
「…………」
正門までは一直線。とはいえ明かりはまばらだ。つかず離れずの距離を保ちつつ、見失わないように声をかける。それでも司は立ち止まるどころか、振り返りもしなかった。
「待ってよー」
それでも声をかけ続けた。
そして、ある地点まで行くと急に足を止めた。
「リンネはしつこいな」
「司ちゃんこそ律儀なんだよ」
ムスッとした司の顔を見ながら、凛音はピョンと正門のレールの溝を飛び越えた。
ともかくこれで2人とも学校の外へと出たことになる。
「フフフ、流石はリンネ。よくぞ学校ではと言った私の意図に気づいてくれたな」
「何、そのキャラ? まぁ付き合いは短いけど……なんとなく、ね」
無愛想な振る舞いは、どうやら構内限定らしい。もう前後に距離を取る必要はない。2人は並んで歩き出す。
「なんで教室であんな酷いこと言ったのよ」
「そんなの決まってる。私はクラスのヤツらを信用してない。
そんな私が凛音にだけ親しくしてたら、余計な迷惑をかけるかもしれない。いつ敵として戦うか分からないからね」
「それじゃあ夕方、屋上にいたのもクラスの子と戦ってたからなの?」
司の足が止まる。
「知ってたのか?」
「たまたま窓から見えたのよ、水音も凄かったし。そしたら司ちゃん、ジャージでビチャビチャの靴下履いてたから、戦ってたのかなって」
「よく見てるな」
「親友ですから」
ふふふ。2人は小さく笑って歩き始める。
司は凛音を気遣って、アパートまで送ることを申し出てくれた。夜の暗がりの中、時たま潮風が吹き荒ぶ。
住宅地のある島の東側はお店も少なく、明かりも少ない。一定間隔で立っている街灯と、たまに通り過ぎる車のライトを頼りに大通りを進んでいく。幸い道は単純なので迷うことはないだろう。
「ここで司ちゃんに助けられたんだよね」
凛音の見上げた先には補修された歩道橋。思えばあの時から全てが始まったのだと、一昨日のことなのにすごく昔のことに感じる。
「爆発があって、襲われて、助けられて……司ちゃんってば、危ないのに手すりに立ってたね」
「選ばれしものだからね」
司はいつもの調子で鼻を鳴らす。
「選ばれしものとか、高いとこ登ったりとか、なんで目立つようなことばかりするの? やっぱり全部集めて叶えたい願いがあるから?」
「そんなんじゃないよ。それに願いなら、もう叶ってる」
「へぇ……ハッ!?」
いけない、迂闊だった。
凛音は慌てて口を閉じる。
「どうかしたの?」
「えっとぉ……」
学院には生贄生活を楽しく感じてしまうほど、不幸な生い立ちの生徒が多数居る。それが、今日一日の学校生活を通じて凛音が感じたことだった。
本人は気にしないかもしれないが、身の上話を聞くのはもう沢山。
その旨を伝えるも、予想通り司の返事はアッサリしていた。
「私は別に気にしないよ」
「私が気にするのよ。辛い過去を口にしても虚しいだけじゃない」
「そっか。でも私は凛音には色々と聞いてもらいたいかな。変に心配させちゃ悪いし」
聞いてもらいたいと言われれば、断るわけにもいかない。司のことをもっと知りたいとは思っていたし、それで彼女の力になれるなら本望だ。
凛音はゴクリと喉を鳴らす。それが合図となって、司は口を開いた。
「私は産まれてから、ずっと白い大きな部屋で育てられてた。周りには大人の人が沢山いたから、何も困ることは無かったけど 。でも両親とか、そういうのはまったく分からなくて、巧原に来てから私は普通じゃないんだって気がついた」
「うん」
相槌を打っては見たものの、凛音は内心困惑していた。ヘビーな過去は予測出来たが、コレは中々な特殊な事例ではないかと。
大人たちは常に司を観察していた。点滴で薬を入れられて、毎日その記録を取っていた。理由は分からない。
その白い部屋には同年代の子供が数人居た。みんな同じモノを食べ、同じように学び、同じように薬を入れられる。
そんな生活が続く中、一人また一人と子供は動かなくなっていった。眠っているうちに動かなくなった子もいれば、突然苦しみ出した子もいた。
それらの子は大人たちに部屋の外に出されて、戻ってくることはなかった。
そして司だけが残った時、一人の大人が彼女に向かって呟いた。
『素晴らしい。キミこそが選ばれしものだ』
白い部屋が世界の全てだった生活は突然終わりを迎えた。今度は突然黒い服を着た大人の人がたくさん入ってきて、白い服の大人達を連れて行ってしまった。
一人残された司は意識を失い、目が覚めた時には、巧原へ向かうバスの中に居た。
等間隔で灯りの下を歩いてきた二人。司の話が終わってからずっと、終始無言のままだった。と言うより、なんて言ったら良いのか凛音は考えあぐねていた。
そうこうしているうちに凛音の家、コーポタクミが見えてくる。3階建のアパートの入り口で止まると、司はフッと笑った。
「だから選ばれしものっていうのは、私にとってたった一つのアイデンティティなんだ。具体的になにがどうってわけじゃないけど、取り敢えず他人とは違う振る舞いを心がけてるんだ。私が私であるために」
司は穏やかな顔で目を瞑り、胸の前で手を組んだ。過去に思いを馳せた彼女の見せる、初めての表情。
凛音は、司の手を上から優しく握りしめた。驚きを浮かべる蒼い瞳を、ジッと見つめ返す。
「正直、司ちゃんの身に何があったかは分からないけど。ずっと司ちゃんの味方だから。親友だから。無力だけど力になるから。だからなんでも言ってね」
鼻息を荒くして、ちょっと痛いくらいに手を握り締める。なんて言ったら良いか分からないなら、素直に気持ちを伝えれば良い。
「あ、ありがとう」
勢いは増して、ブンブンと腕が上下に動く。
「なら今度、南西部へ買い物に行こうよ。ついでにこの島のことも色々案内してあげるよ」
「うんっ!」
いつになく満面の笑みを咲かす凛音。釣られて顔をほころばせる司。
宵闇の只中に居ながらも、照らされた街灯が春の日の太陽のように、2人を優しく包み込んでいた。
この時、遠くから彼女たちを覗く者が居たのだが、その存在に気がつくことは無かった。




