第20話 「入ってみる気はないかしら」
生徒が使用するにはあまりにも豪華な部屋。中へ通された凛音は、緊張した面持ちのままソファに座らせられた。ゆったりと包まれる感覚に全身の力が抜けていく。
座り慣れていないせいか、落ち着かない。肌に触れる滑らかな質感も、それ相応のお値段を連想させられ気が気では無かった。
「ウチのお気に入りのアールグレイ。どうぞ」
そんな凛音の前に、西洋白磁のティーセットが差し出される。ユラユラと昇る蒸気は透明感のある柑橘系の香りを伴って、部屋を癒しの空間へと作り変えていく。
(なんだか、良い香り)
時間をかけて紅茶を堪能し、凛音の気分が落ち着いたところで姫原美悠は切り出した。
「私は生徒会長の姫原美悠。こちらは庶務を担当してもらっている伊坂流智亜よ」
「よろしゅうな」
「久尾凛音です。こちらこそよろしくお願いします」
頭を下げて改めて挨拶する。そしてキョロキョロと部屋の中を見回した。
「あの、他の方々は?」
「ごめんなさい、今日は不在なの。入っている部活との兼ね合いもあるから」
「あっそうなんですね。分かりました」
凛音は転校してから始めて『部活動』という言葉を耳にした。普通の学校なら当たり前なのだが、この巧女にも存在しているとは意外だ。
学食も充実していたし、立花先生をはじめとした教師たちの授業も分かり易い。治安の悪さを除けば、芳江の言うように案外悪く無い生活が送れるかもしれない。
「久尾さんは先ほどこう言っていましたよね。怖い(・、)と」
「……はい」
発言を指摘され、萎縮から背を丸めてしまう。
「別に責めてるわけじゃないわ。死の危険に恐怖を感じる、ごく普通のことよ」
会長の後ろに立つ流智亜も、首をウンウン縦に振って同意する。
「だからこそ。私は巧原の生徒たちに、ここで普通の学校生活を送ってもらいたいと考えているの」
真っ直ぐと射抜くような瞳で凛音を見つめる。この人は本気だ、本気でやろうと考えている。
しかしそれがまかり通るとは到底思えなかった。
「そんなこと出来るんですか?」
越して来て一週間足らずの凛音でも、この街の危険さは嫌という程身に染みている。
「確かに、自分がどれほど難しいことを目指しているかは理解しているわ。この島が作られた経緯、周りを海で囲まれた閉鎖空間、カードという人が持つには過ぎた力、そして全てのカードを集めると叶う願望。
ここがもっと過酷な環境であれば、私たちは協力しあってこの島からの脱出を考えたはず。しかし程よく満たされた巧原の全てが、仲違いさせるように仕組まれているのが現状なのよ」
会長の分析は的を射ているように凛音は感じた。単なる夢想家ではないと感服する。
唇に手を当てて、話の続きに耳を傾ける。
凛音が予想した通り、この島に集められた生贄の少女たちには、不幸な生い立ちという共通点があるようだ。巧原の生活を楽園と感じる反面、精神的に不安な娘も多い。
またカードを奪われた者は、それこそイジメの対象となり、自ら命を絶ってしまうこともあるという。
「あの、よろしいでしょうか?」
凛音が手を挙げて質問する。
「何かしら?」
「生徒会の取り組みと、この島の悲惨な現状については理解できました。ただ、それと私が呼ばれたことと何か関係があるんでしょうか?」
「そうねぇ……」
少し間を置いてから、会長と流智亜が顔を見合わせる。
「率直に聞くけど、久尾さん。貴女、生徒会に入ってみる気は無いかしら?」
「私がですか!?」
突然の申し出に素っ頓狂な声を上げてしまう。口をあんぐり開けた凛音とは違って、会長の表情は変わらない。どうやら本気のようだ。
「私たちの考えは理解していただけたのでしょう?」
「そっそそ、それはそうですけど。私、転校してきたばかりですし。分かんないことだらけで」
「だからこそよ。この島を変える為にも、新しい考えや視点は取り入れるべきだわ」
「でも私、その、カード……が……」
「持っていないのでしょう」
「え?」
凛音は両目を見開いた。その驚きと疑問の眼差しから、会長はそっと目を逸らす。
「……少し落ち着きましょう」
控えていた流智亜がすぐにアールグレイを注いでくれた。芳しい香りが凛音の鼻腔をくすぐる。
会長がカップに口をつけたのを見て、凛音も紅茶をすする。動揺からか思った以上に多く含んでしまった。舌がヒリヒリする。
「貴女がカードの受け取りを拒否したであろうことは、すぐに分かりました。本土から来たばかり、ましてや普通の感覚の持ち主なら、神の力など恐れて当然ですもの。もっとも、貴女の優しさを知った上でこちらも声をかけたわけですが」
「はぁ」
なんだか怖い、凛音はそう感じた。このままここに居ては全て見透かされて、言いくるめられそうだ。
「まぁまぁ、言うても今日は顔見せやさかい。そんな怖い顔しなさんな」
凛音の抱いた僅かな不安を、2人のやりとりを見ていた流智亜は逃さなかった。
「返事はいつでもOKやし、基本この部屋には誰かしらおるようにはしとる。心配なことがあったら相談に乗るから、気軽に顔出してや」
「その通りよ、久尾さん。よろしければ明日の放課後にでも校内を案内するわ」
「おぉそれは良い案やな、さすが会長!」
「流智亜がね」
「なんでやねん!」
すぐさま会長にツッコミを入れる流智亜。そのコミカルな仕草に、凛音も思わず噴き出してしまった。
「オチがついたところで今日はお開きにしましょ。ウチ、凛音ちゃん送ってきますわ」
ティーセットをみんなで片付ける。まだやることがある会長に挨拶をして、2人は部屋を後にした。
外は日が沈み、廊下には明かりが灯っている。窓から屋上を見てみたが暗くてよく分からなかった。
「まだ学校にも慣れとらんのに、色々付き合わせて悪かったなぁ」
申し訳なさそうに笑う流智亜に、凛音は手を振る。
「そんな。こちらこそ色々お話しが聞けて良かったです。紅茶も美味しかったですし、ありがとうございます」
「そう言ってもらえて何よりや。それで明日の学校案内はどないするん? 会長はああ言ったけど、正直疲れてるやろ」
相手を気遣う流智亜だが、凛音の方はというと案外疲労を感じてはいなかった。
緊張こそしたものの今日は平和に過ごせたし、昨日は一日休むことも出来た。何より司から勇気を分けてもらったのが一番の理由だろう。
「是非ともお願いします。生徒会に入るかはまだ分からないですが、この学校のこと色々知りたいんです」
「そうかそうか、ええ心掛けや。ほな任しとき、どっか見たいとことかあるか?」
流智亜はニンマリしながら、昇降口に向かう途中、色々と行き先提案してくれた。
体育館よりも広く作られたコンサートホール。生徒の信仰のために作ったは良いが、すっかり寂れてしまった教会など、校内の(謎な)名所も漫談混じりで解説してくれた。
聞いてるだけでもワクワクしてきて、コロコロ変わる表情に凛音もつい笑みがこぼれてしまう。
生徒会の人が一緒なら心強い。明日は襲われる心配もないだろう。
「おっとっと。つい話し込んでもーたわ」
昇降口まで来たところで、ペシっと流智亜は自分の頭を叩いた。
「2年の下駄箱は上にあるねん。急いでとってくるわ。ちょっと待っといてや」
女学院の昇降口は、建物内の階段で2つに分かれている。1年生は1階部分、2、3年生は兼用で2階部分を使用する決まりだ。
「アッ!」
自分の下駄箱に手を伸ばした凛音は、あること((・)に気がついて思わず声を出してしまった。
背中に叫び声を受けて、走り出した流智亜が振り返る。
「どしたん?」
「あっいえ、なんでもないです。ここで大丈夫です」
「そうは言うても、もう外は暗いで。それにウチこう見えても結構ヤル(・)方なんや。キッチリ家まで守ったる」
しかし凛音は首を振る。
「いえいえ。私の家、ここから近いんです。今日はありがとうございました」
急に喋りがしどろもどろになる。生徒会室に居た時以上に焦った様子だ。
「そっか、ならええわ」
流智亜は訝しく思いつつも、深くは詮索しなかった。初対面の相手に自宅まで案内させるほど無用心ではない。ということだろうか。
「ほな、気ぃつけて帰り」
くるりと回って、背を向ける。歩き出すこと2、3歩……首だけで回して流智亜は振り向いた。
「余計なお世話かも知れへんけど、生徒会の件、早いとこ決めた方が身のためやで」
薄ら笑いを浮かべ、わずかに開かれた眼からは緋色の瞳を覗かせている。数分前の陽気な彼女からは想像も出来ない姿だった。
「校内初の転入生。凛音ちゃんが思てる以上に注目を浴びとるんや。ゆめゆめ忘れんようにな。
それじゃあ、また明日」
静かに告げた彼女は、ゆったりとした足取りで蛍光灯の下を去っていった。
凛音はというと、狐につままれたような顔をしたまま、その場で立ちすくむことしか出来なかった。




