第19「ワッ」
頭に響く重低音。そのすぐ後に巨大な滝が突然現れたような大きな音が鳴り響く。
「なになになにっ!?」
東棟3階の廊下に居た凛音は、思わず西日の差し込む窓へと駆け寄った。目を細め、音がしたであろう中央棟の屋上に目を凝らす。
貯水タンクに大きな亀裂が入り、そこから水が絶え間無く流れ出ているのが見える。
学院が出来てまだ数年のはず、老朽化は考えにくい。
凛音は唾を飲み込む。ならば考えられる原因は一つしかない。
神の娘による奪い合いだ。
凛音はしばらくの間、窓から外を眺めていた。角度が悪いのかこの位置からは人の姿は確認出来ない。大きな音もあれから聴こえてこなくなった。
「いけない、いけない。私は私のやるべきコトをしなくちゃ」
自分の頬をパンパンと叩きながら、改めて廊下の突き当たりにある部屋を見つめる。
部屋の表札には『生徒会室』の文字。凛音が院内で初めて見る木製の扉で、高さは天井にまで届きそうなほどある。彫られた装飾も精巧で、校長室と言われた方がしっくりくる。
実里からの言伝では呼び出し以上の情報は得られなかった。部屋の場所は皆んなから教えてもらったが、芳江も晴美も一度も入った事がないという。
生徒会のメンバーの名前も、入って一月の一年生たちでは当然把握は出来ていなかった。
向こうの要件は分からない。それでも、いきなり襲われることはないだろう。
扉の前に立って手の甲を近づける。腕の震えを止めるため、ノックの前に深呼吸。
「ワッ!」
背後からの突然の叫び声。
緊張が限界に達した凛音は、本人の意思に関わらず身体が石になってしまった。
「なーんちゃって! ビックリした?」
驚かした犯人は、戯けた様子で凛音の前へと飛び出した。
赤みがかった金髪に糸のように細い目。薄っすら開いた瞳は薄紅色で顎がシュッと引き締まっていた。背筋を少し曲げて凛音に目線を合わせてくれている。
相手の第一印象は、狐。
目だけを動かした凛音は、心の中で彼女をそう評した。
眼前の女性は唇の両端を吊り上げて陽気に笑っていたが、だんだんその顔色を曇らせていく。
「えっ、ちょ、どしたん自分? 大丈夫なん?」
「び……」
「び?」
「ビックリしたわぁ!」
ようやく自分でかかった金縛りが解けた。肩を大きく上げ下げし、息を荒げて凛音が叫ぶ。
「アヒャヒャヒャ、驚いてくれて何よりですわ」
「いきなりなんなんですかアナタ!?」
「ウチは伊坂流智亜。生徒会の一員や、よろしゅうな」
「生徒会……」
その一言で、凛音は再び顔を強張らせる。
「まぁまぁまぁ。アンタが噂の転校生やろ? リラックスしてぇや」
「ちょっ、ちょっと」
凛音の肩に腕を回し、空いてる方の手でドアノブに手をかける。
「ようこそっ! 巧女の生徒会へ」
ノックもせずにいきなり扉を開け放った。
突き当たりである生徒会室。その下は理科室、更にその下の1階は家庭科室がある。
広さにして通常の教室の1、5倍ほど。人口密度は教室移動の時とは比較にならないので、凛音にとっては殊更に広く感じられた。
部屋の中には、見るからに高そうな壺や絵画、石膏像なんかが飾られている。パイプ椅子や長机などは見当たらず、代わりにあるのは応接室より2ランクは上質そうな革のソファにテーブル。さらに床一面には幾何学模様のカーペットが敷かれていた。
校長室と間違えたのでは?
凛音が錯覚に襲われていると、奥まった場所から顔を覗かせている女性と目があった。
「あらお客様?」
キャビネットの資料整理をしていた手を止めて、こちらへ歩み寄ってくる。
ウェーブのかかった色素の薄い茶色の髪。朗らかで柔和な顔つきに、スラリと伸びた長い指。お嬢様然としたオーラを身に纏っている。
この人が会長だ。瞬時にそう思わせる品格が感じられた。
「はいそうです。転校生、久尾凛音さんをお連れしました」
傍の流智亜が大きく腕を振って仰々しくお辞儀をする。凛音もつられて出来る限り腰を曲げた。
「1年D組出席番号19番久尾凛音です。転校してきたばかりで怖いことばかりですがよろしくお願いします」
顔を赤らめ、早口で捲くし立ててしまった。
上体を起こすと2人が笑っている。流智亜はヘラヘラと、会長は口元を手で押さえながら。
その様子を見て凛音の顔がますます紅潮する。
「ここで落ち着いて、と言うのは来たばかりの人には酷よね」
女性は部屋を見渡すと、聖母のような微笑みで、凛音に右手を差し出した。
「ハイ、はじめまして。私は3年A組の姫原美悠。巧原女学院の生徒会長を務めております」




