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第18話 「力を得ると」

 授業で剣道を習ったので使ってみたくなったのか、司は傘の柄を両手で握り、中段の構えを取る。

 居眠りの常習犯である司だが、体育は真面目に受けていた。如何に選ばれしものと言えど、体を動かしながら寝ることは出来ない。


 対する2人のギャルもそれぞれの武器を構える。


 ピンク髪の武器は伸ばしたネイル。ヤマンバの物とは違って長さは10センチほど。先端がドリルの形状をしており、突き刺すことに特化している。


 ピンクから数歩後ろに立つ、水色髪。彼女のは一見すると銃のような形状をしている。だが、よく見ればドライヤーだ。

 メタリックレッドのボディは可愛さよりも、ちょっと大人な女性を意識してのものだろうか。操作ボタンに指を掛けて、ノズルを銀髪の小娘に向けている。


 カードから生成される武器は一人一人で違うものであり、同じものは存在しない。

 武器の種類は彼女たちの内面を色濃く反映しており、攻撃性の高い性格の者ほど殺傷力のある形態を取る。日用品が多いのも、彼女たちにとってそれが馴染みのある道具だからだ。


 だが見た目に惑わされてはいけない。そのどれもが相手の命を奪う為の、神の力を宿しているのだ。


「死ねぇ!」

「こてぇ!」


 眼前に突き出された腕を傘で弾く。

 感情表現の薄い彼女にしては元気な掛け声だったが、バンドの巻かれた部分で防いだだけなので有効打突でも何でもない。


「ソラソラソラソラァ!」


 次々と繰り出される貫手に防戦一方の司。押されつつも、相手の動きを観察して傘の芯で軌道を逸らし続ける。

 後退を続ける途中、あることに気がついた。


 水色が居ない。


 死角に入られたのを警戒し、司は宙空へと飛び上がった。貯水タンクの傍に立って、上から水色の姿を探し始める。


 カチリ。


 軽快なプラスチックの起動音。司はそれを耳で捉え、反射的に飛び降りた。

 刹那、もと居た場所に爆発が起こる。

 タンクの破裂とともにブチまけられるのは大量の水だ。

 司は傘を開いて局所的な豪雨を防ぐ。彼女ならではの対応方法だ。


 立ち止まるのは危険と判断し、滴る水の中を走り出す。

 ようやく発見した水色は、運良く目の前に居た。戦闘前と変わらずコチラにノズルを向けている。


 カチリ。


 操作ボタンの押し込みに合わせて音が鳴った。水色髪の浅黒い腕が、ドライヤーを手にしたまま跳ね上がる。


 何か来る。

 横へと飛んだ司。そのすぐ真後ろのコンクリート床が、抉れるように吹き飛ばされた。セメントに染み込んだ泥水が飛沫を上げる。


 その様を見て司は確信した。ノズルから発射される衝撃波、それが水色髪のギャルが持つドライヤーの攻撃だ。

 しかし正体が分かったところで弾が見えないのでは厄介この上ない。


「オラア!」


 水色へと迫る司を今度は背後からピンク髪が襲いかかる。上体を逸らして反転し、ドリルネイルを間一髪でいなした。

 仕切り直すために距離を取る。と、すかさずドライヤーの弾丸が飛んできた。


 遠距離と近距離、見えない弾丸と必殺の爪。連携は完璧だった。


 戦闘が始まって5分。

 3人のスニーカーや革靴は吸い込んだ水で変色してしまっていた。お互い無傷のまま、戦闘は継続している。

 しかし戦況は一方的であった。

 カシャン。と、終わりを告げる音が夕焼け空に響き、司の背中が緑のフェンスを揺らす。


「さーて、もう逃げ場はねぇなぁ」


 屋上の隅へと追いやられた司。

 ピンク髪は薄ら笑いを浮かべながらゆっくりと歩みを進めていく。自分で突き刺さないように、指を器用に曲げて拳を鳴らした。その右斜め後方には水色が控えている。言葉通り逃げ場はない。


「2対1ならもう勝ち目無いジャン。カード渡すなら命だけは助けてあげる」

「2対1? 何を言っている」


 水色の降伏勧告に、司は首を傾げた。


「それはコッチのセリフだ。見て分かんねーのかよ!」

「それはあくまで人数の話。どうやらオマエたちは、金と銅の力の差を理解していないようだな。銅ランクのカード5枚を集めて合成すると銀にランクが上がる。そして銀5枚相当で金になるんだ。

 ここまでは分かるか? オモチャの缶詰めの話じゃないぞ」

「バカにしてんじゃねーぞ!」

「つまりだ……オマエたちが今まで何枚集めたかは知らないが、金である私は銅カード25人分の力がある。つまり25対2だ。この意味が分かるか?」


 そこまでの説明を聞いて、水色は息を飲む。


「銅ランクのアタシたちじゃ、ハナから勝ち目無いってコト?」

「只のハッタリだ。すぐにぶっ殺してやる!」


 瞬きも許さぬ速度でピンクが突っ込んできた。大きく腕を伸ばして、最短距離で司の喉へと迫り来る。


 司は相手との距離や爪の長さからカウンターは不可能と判断。紙一重でドリルネイルを躱し、奥にいる水色へと吶喊する。


「アオイッ!」


 カチリ。


 一瞬の間の後、弾き出される衝撃波。しかし傘の生地で受けた司は怯まない。開いた傘を盾にして、攻防一体の突撃を続行する。


「くっ」


 カチリ……カチッ……カチ……カチカチカチカチ!


 ドライヤーから放出される見えない殺意。絶え間無く続く攻撃に、床は剥げてフェンスは歪む。

 しかし司は止まらない。身に起こる台風をものともせずに、水色との距離をドンドン詰める。


「逃げろアオイッ!」


 迂闊に近づけば暴風の巻き添えを食らってしまう。接近戦担当のピンクは、もどかしく感じながらも声をかけることしか出来ない。


 距離を置いてアカネのサポートを待とう。

 水色髪の少女、アオイは踵を返して逃げ出した。近ずく傘に背を向けて、一目散に走り出す。


 追う者から追われる者へ。その転換点を見逃す司ではない。

 手首に伝わる振動が止むや、傘を閉じて無防備の背中へ肉迫する。かたやアオイは焦りと急な転進、そして何よりぬかるんだ足場によって大きく身体のバランスを崩した。


 獲物が前のめりに転倒していく中、司は大きく傘を振りかぶる。かくしてその一撃は、寸分の狂いなくアオイの尻へと吸い込まれていった。


「どおぉう!」


 バシーン!


「いったあい!」


 充実した気勢、適正な姿勢、そして先端から5センチの箇所による打突。当たった場所が尻ではなければ一本だった。

 お尻に手を回して、這いつくばるように倒れこむ。水色の髪を汚水で浸し、アオイは顔を苦痛に歪ませた。


「ンなろうっ、よくも!」


 仲間がやられ、激昂しながら飛びかかるピンク。反対に司はあくまで冷静に対処した。傘を開いて相手の視界を防ぎ、一瞬の隙をついて足払いをかける。


 頭に血が上っては単純な回避にも意識が回らない。アツくなりやすい性格のアカネには、尚のこと注意が必要だった。

 結果、無様にも左肩からコンクリートの床に叩きつけられる。


「25対1ならもう勝ち目無いじゃん。カード渡すなら命だけは助けてあげる」


 意趣返しのつもりかアオイの台詞を引用する。ピンクの喉元に傘の石突を押し当てて、司は悠然と見下した。


「テメェ、追い込まれたフリはワザとかよ。こっちを油断させるために」

「半分正解。もう半分は2人の位置を確認したかったから。壁を背にすれば、後ろには絶対に回り込まれない」


 手の平が傷つくのも構わず、アカネは拳を強く握りしめた。食い込んだ爪からの出血をものともせず、濡れた床に何度も叩きつける。


「クソッ、クソッ、クソッ!」

「よせ、これ以上無駄に血を流すな」

「ウルセェぞ、ボッチ! テメェにダチを殺された悲しみが分かるかっ!?」

「わかる」

「なんだと?」

「つきぃ!」


 右手に力を入れて傘の先端を抉りこむ。喉仏をひと突き。アカネは咳き込む間も無く気絶した。


 初めて決まった有効打突は非常に危険な箇所だった。顕現による身体強化がなければ、彼女は恐らく即死していただろう。


「さて」


 気絶したアカネ。そして、少し離れたところでお尻を押さえて気絶してたアオイからもカードを奪う。


 背中に西日を顔に合成の光を浴びながら、司は計3枚のカードを重ね合わせる。


「力を得ると面倒ごとに巻き込まれる。凛音のためとは言え、厄介なものだな」


 小柄な少女の小さな呟きは、夕焼け空へと消えていった。

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