第22話 「アンタを殺しにきたわ」
週末である金曜日。放課後の教室は浮ついた雰囲気に包まれていた。席の近い娘や仲の良い娘で集まって、遊びの予定に花を咲かせている。
司とのデートを明日に控えた凛音も、無意識に口角を上げながら荷物をカバンにしまっていた。
と、ここで暗い顔がスゥッと彼女に迫る。
「ねぇ、さおりん。先輩が呼んでるんだけど……」
見ると、いつも元気印の芳江が珍しく顔を強張らせている。
帰りの挨拶が済むなり、いの一番で出て行ったはずだが、伝言を頼まれて戻ってきたようだ。
凛音が教室のドアに目をやると、特徴的な目をした金髪女性が立っていた。向こうも凛音を見つけたようで、ヒラヒラと片手を振ってアピールする。
「ヤッホー! 凛音ちゃん元気ぃ?」
生徒会の先輩、伊坂流智亜だ。
1年生の階に先輩が居ればそれだけで目立ってしまうもの。その先輩に名前を呼ばれ、今度は教室中の視線が凛音へと集中する。
サァと顔から血の気が引いていく。小走りで向かうも、2人の間に小さな影が割って入った。
「いきなり下級生の教室にきて騒ぐとは、常識知らずな先輩だな」
先輩相手でも一歩も引かず。首を上げて睨みつけたのは他でも無い、士道司だった。
15センチの身長差などものともしない。両手を広げクラス、もとい凛音を守ろうと立ちはだかる。
「なんや自分……って、あぁアンタか。選ばれしもの、だっけ?」
流知亜はおどけた仕草で司の顔を指差した。しかし涼しげな青眼は揺るがない。
「用があるんはアンタやない、後ろの凛音ちゃんや」
「そっ、そうゆうことだから。つか……士道さんはちょっと退いててね〜。ハハハ〜」
後ろから両肩に手を置いて司を引き剥がすと、先輩の手を取って全速力で教室を後にした。
他人モードの氷の視線を背中に感じながら。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
凛音は無我夢中で走った。
その甲斐あって、人の視線を上手く潜り抜けることが出来た。今は階段裏で壁に手をついている。
「アッヒャッヒャヒャ! そぉんな警戒せんでもええやん?」
「笑いごとじゃないです!」
気を遣えない年上に対して、自然と声が荒くなる。
昨日の帰り際での言葉といい、流知亜人の反応を見て楽しむ節がある。櫻子とは違った意味で危険なタイプだ。
「凛音ちゃんはホラ、アレやろ。目立つのがイヤっちゅうこっちゃろ、襲われるから」
「そうですよ、当たり前じゃないですか。これじゃ余計に危険な目にーー
「そーでもないで。少なくともクラスの子にはウチとの仲はアピール出来た。バックに生徒会がいると知ってて、手ぇ出す輩はおらへんはずや」
流智亜はニィと笑って八重歯を覗かせる。少なくとも彼女なりの考えがあったわけだ。もちろん邪念もあるであろうが。
「そんなワケで、学校案内いくでぇ!
まずは屋内、音楽室からや!」
今度は流智亜が凛音の手を引いて歩き出した。
音楽室があるのは西棟の3階。
昨日訪れた生徒会室、その廊下の反対側の突き当たりに位置している。
勇んで来たいいけれど、扉には鍵がかかっている。当たり前だが中には入れない。
「ほな、次行こか」
「えぇ?」
流智亜は凛音の手を取って歩き始める。
訪ねた部屋の中には、鍵が掛かっておらず、自由に見て回れるところもあるにはあった。しかし、学食のような特別目を引くようなモノはやはりない。設備も中学時代に見たものと、そう大差は無かった。
何度も階段を登り降りして、凛音はすっかり疲労困憊に。
「ハァハァ。あの……少し休憩しませんか」
先を歩く流智亜は余裕そうだが、行き先もペースも握っていれば当然と言える。
「なんや、もうバテたんか? これだから最近の若いモンは」
イジワルなことを言いながらもそこは先輩。休憩を兼ねて学食へと案内してくれた。
「ここは先輩の奢りやで。好きなの頼んでなぁ」
「奢りって……全部タダじゃないですか」
凛音は手慣れた手つきで券売機に学生証を通し、コーラのボタンを押す。
その様子を見て流智亜は鼻を鳴らした。
「なんや、ここ来たことあったんか」
「お昼はいつも友達とここで食べるんです」
出てきたカップを手にして、2人は手近なカウンターに腰かける。
ようやく一息つける、炭酸が喉にくる、凛音の顔も自然と綻ぶ。
「案内とか言いながら、生徒会に引き込む既成事実を作ってましたね?」
「ナハハハッ! バレてたか」
凛音のジト目に、流智亜はアッサリと白状した。
授業後とは言え、金曜日である今日はすぐに帰宅する生徒は少ない。
そんな中を転校生と生徒会の役員が手を繋いで歩いていたら、見つけた生徒は何を感じるだろうか。
「凄い自信があるみたいですけど、生徒会の方々って、やっぱりお強いんですか?」
「おっ、疑っとるんか?」
「心配なんですよ」
「自分の身が、やろ?」
「…………」
人を小馬鹿にしたような流智亜の態度に、凛音は唇を噛みしめる。
挑発して本音を引き出させるのがこの人の狙いだ。ただ単に反応を楽しんでるだけかもしれないが、ムキになったら思うツボ。ここは我慢どころだと心の中で言い聞かせる。
「まぁ任せとき。なんせ生徒の在り方を変えようとしとる連中の集まりや。ウチも含めて、それを口にする実力があると自負しとるで。とっておきの切り札も用意しとるしな」
「それなら安心ですね」
「言うても約束通り、ちゃんと校内案内はしてたやろ。面白いかは別として」
「昨日言ってた場所には、まだ連れて行ってもらってませんけどね」
「コンサートホールか? まぁ今までは前菜、メインディッシュは屋外や」
喉を潤した2人は外へと向かう。昇降口の前で落ち合うと、正門へと向かう生徒たちの間を縫って、グラウンドのある東側へと向かった。
一昨日は逆方向の裏門へと向かったので、凛音にとっては初めての場所だ。
グラウンドの向こうには体育館、そして同じほどの建物がいくつか見える。あれがホールや図書館か。施設はこちら側の方が充実していた。確かにメインディッシュと呼んでも差し支えはないだろう。
グラウンドにはジャージ姿の生徒がチラホラ集まってストレッチをしていた。
動きが緩慢というか、悪い言い方をすればやる気が感じられない。
「アレは何部ですか? 道具の準備もしてないようですけど」
凛音は遠目で見ながら、前を歩く流智亜に尋ねる。
「部活やないで、凛音ちゃん。だいたい巧女で活動しとる部活なんて、文化部しかないで」
「そうなんですか!?」
運動部が無いとか、そんな学校聞いたことない。
「そらそうや。こんな島の中おったら全国大会もクソも無いやろ。どうやってモチベ保つねん」
時たま運動好きな生徒が集まって、自主的にトレーニングなどを行なっているそうだ。
そういった生徒たちに活躍の場を与えることも生徒会の使命だと、流知亜は付け加えた。
グラウンドを大きく迂回する道を行きながら図書館を目指す。左右にはイチョウの並木が立っており、青い葉の隙間から夕陽が路上を斑点に輝かせていた。
「ふぎゃ!?」
グラウンドの生徒たちを目で追っていた凛音は、流智亜の背中に鼻をぶつけた。突然足を止めた先輩に抗議をするべく、首を正面に戻す。
と、目の前には2人の行く手を阻むように、一人の少女が立っていた。
「伊坂流智亜ね」
少女の線は細く、触れれば思わず折れてしまいそうなほどだ。しかし痩せこけた頬と目の下の隈を見れば、それが本来のものでなく病的な原因があるとすぐに分かる。
痛んだ髪、カサついた唇。そして鋭くギラついた瞳……
「アンタを殺しにきたわ」




