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第16話 「過去バナ」

「お待たせ」


 席を空けていた晴美が戻ってきたのはその時だった。後ろには少しふくよかな、眼鏡をかけた少女がトレーを手に立っている。彼女が件の『みのりん』だろう。


 凛音は大きく息を吐く。芳江の過去、あまりに価値観の違う考えに、少々胸焼けを起こしてしまった。


 晴美は場の空気をすぐに察して、席に着くなり芳江に尋ねる。


「何かあったの?」

「別にぃ。さおりんがここの生活が不安だって言うから、私の恋バナならぬ過去バナしてたの」

「ヨッシーの過去バナ?」

「そうそう。貧乏生活が長かった私にとって、この島が如何に素晴らしいかって話よ」


 芳江から凛音へと視線を移す。


「久尾さんもお気の毒に。食べられる雑草の見分け方とか、食事中に聞きたく無かったでしょう?」

「なんてこと言うのさっ! そこまで話してないよ」


 雑草を食べたことは否定しないのか。

 苦笑いする凛音と、我関せずとスープに口をつける実里。2人を無視して、芳江は瞳を輝かせる。


「ちょうど良い機会だし、みんなで過去バナ大会しようよ」

「ちょうど良くなんかないわよ」

「良いじゃん、良いじゃん。恋バナしたって虚しいだけなんだし」

「あのね、みんな生贄なんて酷い目に遭ってるんだから。これ以上傷に塩を塗り込むのはやめなさい」

「えーっ! そんなことないって。さおりんも、みーぽんやみのりんの思い出話を聴きたいよね?」


 なんてタイミングで話を振ってくるんだ。

 ほぼ初対面の相手の過去を掘り返すなんて、失礼にもほどがある。しかもあんな話を聞いた後じゃ余計に気まずい。


「みんなも、こんな生贄生活を受け入れられる、その、理由みたいなものってあるの?」


 それでも聞かずにはいられなかった。例え自分の首を絞める結果になろうとも、好奇心の前で人は無力だ。


 凛音の質問を受けて、晴美と芳江がアイコンタクトを取る。芳江が頷いたのを確認すると、晴美は諦めたようにため息をついて、静かに語り始めた。


「私は、昔から親にヒドイことされてきたから」


 左の袖をまくって腕を出す。

 蛍光灯の明かりを反射する白いテーブル。その上に置かれる、これまた白くか細い腕。


 晴美を除く3人の視線が集中する。だがその先にあるのは、タバコを押し付けられた腕の()()

 肘までまくれた腕からは、約10箇所ほどの丸い凹凸があった。じんましんにしては赤みがない、かといってその部分だけ肌の色が他よりも濃くなっている。

 傷跡の原因こそ凛音には分からなかったが、晴美がおぞましい目に遭ったことは容易に想像できた。


「はいっ、私の話はおしまい。

 ここは確かに怖いことも多いけど、家に居るよりは安全だし楽しいから。だから何とかやれてる感じ、かな」


 腕を下ろした晴美は気丈に笑う。だが、腕の内側からは別の傷跡が顔を覗かせる。

 火傷の跡とは明らかに違う、刃物による切り傷。それが手首のあたりに無数の線を引いていた。


「ハイッ! つぎはみのりん、どうぞ」


 マイクを持つような仕草で、眼鏡の少女に拳を突きつける芳江。相手はまだ箸にも手をつけていないが、そんなものは御構い無しだ。


「私は、中学の時イジメられてたから」

「はいつぎっ! さおりん」


 実里の言葉を遮って、今度は凛音にマイクが向けられる。話を振っておきながら、何とも雑な扱いだ。


 凛音はふと、芳江の顔がすぐ側にあるのに気がついた。知り合って半日の中ではあるが、彼女はグイグイくるタイプなのは分かる。

 それにしても近い、近すぎる。それに瞳が輝いている。芳江が犬だったら、尻尾も耳もピコピコフリフリ動かしているだろう。

 晴美も妙にソワソワと凛音の様子を伺っている。


 二人とも期待しているのだ。久尾凛音が如何にして、巧原女学院の転校生となったのか。その過去に何があったのかを。


 凛音は頭を悩ませた。恐らく巧女の生徒は、芳江や晴美のような境遇の者が多いのだろう。それなら理不尽な海上の監獄について、肯定的な意見なのにも納得がいく。

 本来帰るべきはずに場所が、彼女たちにとっては最も近寄りがたい場所だから。


 しかし凛音は違う。


 親の干渉が気に触る程度で、そこそこ裕福な家庭で育ってきた。本土への帰郷の念も依然として強まるばかりだ。

 正直に身の上話を語ったところで、期待に応えることは出来ないだろう。下手をすれば最悪、クラスで孤立する状況にもなりかねない。


 横の二人から顔を逸らす。と、ここで助け舟が正面から現れる。


「やめなよ」


 実里はお椀を置くと、ジロリと凛音以外の2人を睨んだ。


「困ってるの、見て分かんないの?」


 強い言葉だった。即座にテーブルの空気が張り詰める。

 凛音は慌てた。助けて船は嬉しいが、みんなの話を聞きたいと言った自分に責任がある。それに実里にも申し訳ない。


「私は……」

「そうね、もうやめましょう」


 晴美がパンパンと手を叩く。こうして女子の過去バナ大会は終了した。


「本当にごめんなさい久尾さん。私たちちょっと、無神経過ぎたわ」

「気にしないで、先に辛い思いさせたのは私だから。実里さんも、食事の途中だったのにごめんなさい」

「いや。私は別に、大丈夫よ。久尾……凛音、さん?」


 何故か首を傾げる実里に芳江はすぐさまツッコミを入れる。


「なんで疑問形なのさ。同じクラスに来た転校生じゃん」

「だって芳江、ずっとさおりんって呼んでたし」


 それは疑問に思っても仕方がない。早くもアダ名の弊害が露呈してしまった。


「また考えなしにヘンなアダ名をつけて……でも良かったわ。実は久尾さんにことづてを頼まれてたの」

「えっ、私に?」

「うん。学食の入り口で急に呼び止められて」


 だから晴美とはぐれたのか、3人は得心する。


「ヘぇ〜。誰々、なんの用なの?」


 芳江が身を乗り出す。本人よりも興味津々といった感じだ。


「生徒会の先輩。話したいことがあるから、授業後に生徒会室まで来て欲しいって」

「生徒会……」


 実里の言葉を反芻する。

 また何か厄介ごとに巻き込まれるのでは。嫌な予感がしつつも、凛音はただただ頷くことしか出来なかった。

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