第15話 「それってさ……」
「ヨッシー! こっちこっち」
食堂の最奥、校庭が見渡せる窓際。
一人の少女が4人掛けのテーブルに着きながら、こちらへ手を振っているのが見える。
「みーぽん〜、今行く〜」
芳江が手を振り返すと、危うくトレーを落としそうになった。咄嗟に凛音が肘でカバーする。人混みの最中でカレーをひっくり返すとか、大顰蹙間違いなしだ。冷や汗をかきながらも、なんとか2人は少女の元にたどり着いた。
「いや〜、場所取り助かったよ」
「まったく調子の良いことで。ヨッシーは後先考えないから、念のため取っておいて良かった。
それと……」
凛音と少女の目が合う。
「確か巳本さん、だよね。前の席の」
「そう、巳本晴美よ。よろしくね、久尾さん」
「こちらこそよろしく」
「ムーッ! 私のことは覚えてなかったクセにぃ」
隣の芳江が頬を膨らませる。凛音は手を振りながら慌ててフォローした。
「巳本さんは、可愛いバレッタつけてたから、たまたま覚えてただけだよ」
「あら、ありがとう」
ニコリと笑った晴美に促され、凛音たちもテーブルに着く。
晴美は芳江と比べると、幾分か落ち着いた娘だ。目尻の下がった優しそうな瞳の持ち主で、左目の下にある泣きぼくろが大人っぽい。
正面からでは見えないが、綺麗な黒髪をバレッタで留めている。金色の細かな装飾がとても綺麗で、落ち着いた印象の晴美によく似合っていた。
「いただきまーす!」
席に着くなり開口一番。パンと勢いよく手を叩き、芳江はスプーンをルーの海に沈めた。
凛音も手を合わせた後、肉じゃがに箸をつける。
口の中に肉の旨味と玉ねぎに甘みが広がる。ホクホクのじゃがいもも白いお米にピッタリだ。ここの生徒は、こんな美味しいご飯を毎日食べ放題。
おしゃべりの話題も、転校生である凛音の質問ばかりだ。引っ越してから災難の連続だった彼女にとって、まさに夢のような時間だった。
ここでの生活も悪くわないかな。そんな考えが凛音の頭をよぎる。
「そういえばみのりんは?」
2杯目の水を飲みながら、芳江が話題を変えた。晴美の顔がわずかに曇る。
「一緒に来たはずなんだけど、はぐれちゃったみたいで」
「あ〜、みのりんドン臭いとこあるからなぁ」
「みのりんって?」
新しい名前が出てきたので、すかさず凛音は疑問を口にする。
「藤木実里。さおりんも同じクラスじゃん……って分かんないか」
「みのりんって席は前の方だし、まだ話したことは無いんじゃない」
「ま〜、そうだよね。さおりんってば隣の席の私のことも分かんなかったし、仕方ないね」
「それはもういいでしょ」
ニヤリと悪戯っ子の笑みを浮かべる芳江を凛音はたしなめる。
「私、もう食べ終わったから、トレー返しがてら探してくるね」
晴美は返却口と書かれた看板の方へ歩いて行くと、すぐに人混みに紛れてしまった。
「みのりんと巳本さんは仲いいんだね」
「うーん、仲良いっていうか。みのりんは大人しい子だから、ほっとけないって感じ?」
「そうなんだ」
その後も二人を待ちながら、凛音と芳江は花の咲き誇るガールズトークを再開した。どこどこのケーキ屋が美味しいとか、北の山にあるタワーからの眺めが綺麗だとか、芳江は身振り手振りを交えて教えてくれた。
櫻子の酒盛りなんかとは雲泥の差だ。
だがそんな楽しい時間は、芳江の疑問によって唐突に終わりを迎えた。
「さおりんってさぁ、今は制服だけど今朝はジャージ着てたよね」
「えっ、あっ……登校するとき見てた?」
「うん」
凛音はなんだか嫌な予感がして口ごもる。
芳江の口調は変わらない。リスのような丸い瞳を人懐っこい笑顔で向けてくる。それが逆に不気味に思えた。
「それってさ……」
凛音の耳元に手を当てて、囁くように言葉を続けた。
「白い学生証持ってるのと関係あるのかな?」
ドキリと心臓が飛び跳ねる。
ウソ、見られてた? いつ、券売機の時?
「ジャッ……ジャージを着てたのと白い学生証に、なんの関係があるのかな〜?」
動揺する凛音をからかうように、芳江は声を上げて笑う。
「怯えなくていいよぉ〜。さおりんも、いきなり襲われて貰ったカード盗られちゃったんでしょ?」
詳細は微妙に違う。だが、それを聞いて凛音は戦慄した。学院内ではカードの奪い合いが雑談と同じトーンで話されている。誰が聴いているとも関わらず、だ。
「ん? どしたの、もしかして違った?」
芳江は、こわばる凛音の顔を覗き込む。
「う、ううん。そう、そうなんだよね」
今度は目を合わせて、慎重に言葉を選ぶ。上手く言葉が出てこないのは、喉の渇きのせいだけではないだろう。
ここで芳江は、凛音の怯えを感じ取ったのか、衝撃の事実を口にする。
「まっ、私も同じだからねぇ〜。白紙はお揃いなのよん」
白紙とは白い学生証のことで間違いないだろう。それよりも……
「お揃いって、だってヨッシーのは銅色じゃあ」
「さおりんもよく見てるじゃん。人のこと言えないねぇ」
ニヤリと芳江が唇の端を上げる。彼女の丸い瞳が細められたのを見て、凛音は滑らせた口を両手で押さえた。
「貴重品だし、あんま見せびらかすモンでもないんだけどさぁ」
銅色の学生証を取り出し、凛音に手渡した。恐る恐る受け取ってマジマジと見つめる。
そしてあることに気がついた。
「茶色のマジックで塗ってるだけだよん」
凛音も持っている同じものに、茶色のマジックで色をつけているだけなのだ。
券売機に通すところを見ただけでは、普通のカードと見分けがつかない。間近で見て初めて分かった。
衝撃の事実からの、予想を超えたタネ明かし。
「なんか、凄いね」
「凄い? そうかな、ただのマジックだよ」
「いや、なんて言うか、逞ましいというか。その発想はなかったわ。
カード無いと私、不安で仕方なかったもの」
「アッハハ。まぁそこはね、慣れってヤツかなぁ。
私もこの島きてから生贄の説明聞いてさ、最初は不安だったもん。さおりんもなるようになるって」
生贄という死の差し迫った恐怖に対して、果たして慣れや不安といった言葉で割り切れる話なのだろうか。
凛音は芳江の考えが不思議でならなかった。
「ヨッシーはさ、怖くないの? 自分が殺されるかもしれないってことに」
うーん。首を傾げて腕を組み、芳江は悩むそぶりをする。
「怖くないって言えばウソになるけど、私は割りかしここの生活に満足してるかなぁ」
「そんな馬鹿な……」
「カードさえ差し出せば命まで取られることはまずないし、美味しいものは食べ放題。服も映画も遊びもこの島に居れば自由に手に入るんだよ。
……恋愛出来ないのはちょっとアレだけどね」
「でも」
「あたしンちってさ……」
少し俯いて言葉を続ける。今日一日一緒にいて初めて見せる、寂しげな芳江の横顔。
「貧乏なんだよね。まだ私が赤ん坊の頃、父親が浮気してさ。それからお母さん一人で頑張って育ててくれたんだ。
中学出たら働かなきゃって思ってたからさ。そんなワケだから、今のこの生活って気に入ってるんだよね」
吹っ切れたように語る芳江。
確かに、苦労や貧困が決められた者にとっては、ここでの生活は楽園かもしれない。
それが例え、自分の命を他者に握られていたとしても……
いつもの人懐っこい笑顔に戻った芳江に対して、凛音はそれ以上、何も言えなかった。




