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第14話 「学食行かない?」

「学校では気安く話しかけないで」


 その言葉を紡ぐ彼女の瞳は、氷のように冷たかった。

 それが凛音の頭の中で渦を巻く。昨日までの、不思議だけどどこか親しみのある彼女。休憩時間での、崖から突き落とすように拒絶した彼女。


 今日までの間に一体何があったのか、司の態度の真意はどこなのか。


 凛音はただただ記憶と思考の渦に呑まれる。その後の授業など全く耳に入ってこなかった。


「久尾さん、学食行かない?」


 凛音一人に向けられた言葉。右の耳から入り込み、見事に彼女を思考の渦から救い出した。

 首を時計回りに90度回して声の主人、隣の席の少女を確認する。


「あっ、えっと……」

牧田(まきた)芳江(よしえ)だよ。んもう、今日の休み時間ずっと話してたじゃない」

「そうだったね。ごめんなさい、牧田さん」


 司のことに気がとられ、反応が遅れてしまった。

 牧田さんと休憩時間に話していたのは確かだ。もっとも、一度に大勢の人に囲まれていた凛音にとっては、誰が誰だかいちいち覚えていなかった。


「芳江でいいよ。それより、よかったら学食案内してあげるよ」

「ありがとう。じゃあ行きましょ芳江ちゃん」


 凛音は芳江について席を立つ。

 廊下へ出る直前に、チラリと空っぽになった席を見た。司は、休憩時間に会話をしたきり教室には戻ってきてはいない。


 クリーム色の廊下には多くの生徒でごった返していた。学生食堂へ向かう者や購買部へ昼食を買いに行く者、全てタダなのだから利用しない生徒はまず居ない。

 目に見える人の波。その全てが、自分と同じ生贄のために集められたと思うと凛音は軽くめまいを覚える。


「さおりんはさぁ、学食って初めて?」


 投げかけられた言葉に、またもや意識が中断する。傍らの芳江はニコニコした笑顔を凛音に向けている。歩くたびにボリュームのあるくせっ毛が揺れて、なんだか小動物みたいな愛らしさがある。

 凛音は思わず首を振り、周りを確認した。そして人差し指を自分の顔に向けてみる。


「さおりんって、私?」

「そうそう。ひさおりんね、で、さおりん。どう?」

「なんか変じゃない? さおりって名前みたいで」

「意外性があっていいと思ったんだけどなぁ。うん、嫌なら辞めておくね」


 ちょっと驚きはしたものの、別に嫌と言うほどではない。どちらかと言うとせっかくのクラスメイトの提案を断ってしまう方が嫌だった。


「そんなことないよ。初めて呼ばれたからビックリしちゃっただけ」


 人間関係は最初が肝心。

 凛音は友人への気遣いや距離感といったものには疎い方だ。本土にいた頃ならば「馴れ馴れしい」と口には出さずとも距離を取っていたはずだった。最初に相手にペースを握られてロクなことにならない。


 ここ(巧原)ではそうは行かないだろう。カードも使えず、島での生活も始まったばかりの凛音は、まさに産まれたての赤子も同然。

 それこそ他者に媚びてでも情報を集める必要がある。


 そう言う意味では、先を歩く芳江は頼りになりそうだ。少し強引なところもあるけど、人当たりは良さそうだと凛音は感じた。


「でもさっきは酷かったね。さおりんって選ばれしものと知り合いだったの?」


 振られた話題に聞き慣れた単語が出てきて思わず聞き返す。


「選ばれしものって、士道さんのこと?」

「そうそう。さっきハンカチ返してたじゃん」

「あぁ……」


 あのギャルも、学年も違う櫻子も知っていた()()()()()()。その呼称をクラスメイトが知らない道理は無い。


「落としたのを拾ってあげただけだよ」

「そうなの? でもさっきはありがとうって」

「それよりなんなの。その、選ばれしものってアダ名。さおりんよりよっぽど変だよ」


 凛音はハンッと鼻を鳴らした。先ほどの態度もそうだが、どうやら司はクラスに上手く馴染めていないらしい。あまり親しくすると自分もハブにされかねない。女の子は距離感掴めないと生き残れないのだ、主に学校生活で。

 芳江はクリッとした目を細めると、少し困って顔をしかめる。


「私がつけたんじゃないよー。自分で勝手に言ってるんだよ」

「そうなの。変な子ね」

「変な子だよ。さっきの態度見たでしょ? 全然喋んないし、たまに喋ったらあんな風だし、嫌な感じだよね」


 もし凛音が今日初めて司とあったのなら、間違いなく芳江と同じ印象を抱いただろう。

 助けてもらった恩があるとは言え、後で冷静考えてみても先ほどの行動にはカチンとくる。愚痴のついでに他の人に司の印象を聞いておくのも悪くはないだろう。


「教室にいる時間の半分は寝てるね」

「今日は全部寝てた気がするけど」

「歩道橋の手すりとか校門の支柱だとか、よく高いとこにいるし」

「バカと煙はってヤツね」

「あと自分のカードを窓から投げて無くしちゃったりもしたね」

「ええっ! それホントなの?」


 思わず声が裏返ってしまった。芳江も「気持ちはわかるよ」と苦笑いする。


 巧原でカードといえば一つしかない。凛音がどれだけ望もうと、文字通り触れることすら許されないアレに他ならない。

 それをぞんざいに扱うなど許されることではない。本土でもそうだが、学生証を窓から投げちゃいけない。


「名前を呼んで戻すかと思ったらほっといたままだし、ホント訳がわかんないよね」


 凛音は司と最初に出会った時のことを思い返してみる。

 あの時確かに彼女は歩道橋の手すりの上に居た。そしてたまたま飛んできた殺された人のカードを手にした。流石に都合が良すぎるけど、本人に聞いたら絶対に選ばれしものだからと答えるだろう。


 アレ、司ちゃんってあんまり関わっちゃいけないタイプの人じゃないか?


「ここだよ〜」


 むむぅと悩む凛音の耳に、一層強くなった喧騒が届く。どうやら学食に着いたようだ。

 階段を登ったのは間違いないが、どうにも話に熱が入ってしまい、詳しく場所を把握できていない。


「まぁ帰りに覚えればいいか」


 開け放たれたスモークガラスの扉からは、生徒たちが引っ切り無しに出入りをしている。出てくる娘はお弁当のテイクアウトが目的らしく、手にはビニール袋が握られていた。


「あちゃー、今日も混んでるなぁ」

「なんかゴメンね。私がボケっとしてたせいで出遅れちゃったね」

「うんにゃ、多分大丈夫」


 焦る様子もなく券売機に並ぶ芳江。凛音も後に続いた。

 券売機にはお金を入れる口が付いていない。代わりに機械の横にはカードリーダーが設置してあり、そこに学生証を通して券を購入する仕組みだ。


 前の生徒がカードを機械に通していく。凛音はその手元を注意深く観察した。

 生徒の皆んなは銅色か、たまに銀色のカードを通している。凛音の前にいた10人ほどの中に、白い学生証を使用している者は居なかった。直前の芳江も銅のカードを通している。

 凛音は少し躊躇ったが、周りの目を気にしながらも、カードを通して食券を購入した。


 出来上がりのトレーは、隣のカウンターからすぐに出てきた。肩をぶつけないように気をつけながら、二人は混み合う食堂の中を奥へ奥へと進んで行く。


 新しいクラスメイトに初めての学食。普通の学生生活が、ようやく始まろうとしていた。

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