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第13話 「気安く話しかけないで」

「何事もなく来れてしまった」


 昇降口の上にある四角錐のオブジェ。巧原女学院の象徴とも呼べるそれを見上げながら、凛音は口をあんぐりと開けている。

 現在の時刻は午前8時36分。校門前には他にも多数の生徒であふれていた。


 一昨日に櫻子が言った通りだ。早すぎず遅すぎない時間にコソコソせずに向かったら、無事にたどり着けた。


 事件現場である交差点を通るのは流石に気が引けたが、驚くべきことに現場は元の状態に戻っていた。

 残骸の撤去のみならず、歩道橋の手すりも完全な形で修復済み。実際に目で見た凛音は唖然とした。


 しかしここは生贄の街である巧原。カードが武器になったり、女子高生の殺し合いが日常茶飯事の中でいつまでも驚いてばかりはいられない。


 周囲の視線が自分へと注がれる中、臆することなく下駄箱を目指す。

 コソコソはしていない。しかし制服姿の生徒達の中に、一人でジャージを着ていたら目立つのも仕方はない。


 自分の名前の書かれた場所にスニーカーをしまい、カバンから上履きを出して職員室へと向かう。

 凛音の顔を見た立花先生は少し驚いた顔をしていた。すぐに代わりの制服を用意して、教室へと案内してくれた。


 凛音にとって応接室以外の初めての場所。緊張で高鳴る胸をそっと手で押さえる。


「大丈夫、司ちゃん(親友)がいるんだもの」


 前の扉から入ると、凛音の目の前には30名ほどの生徒。凛音は先生の隣に教壇に立つと、後ろの黒板に自分の名前を書く。


「今日からこのクラスに転入してきた久尾凛音です。この島や学校の仕組みにはまだ慣れませんが、皆さんよろしくお願いします」


 若干の皮肉を込めつつも、当たり障りのない挨拶を済ませた。クラス中の視線が凛音に集中する。この時ばかりはどこの学校でも同じだろう。


 緊張の中、凛音は廊下側の前から3番目の席に目を向ける。見知った銀髪を見つけることが出来た。


 だがそれだけだ。


 凛音は司が自分に笑顔を向けてくれたり、あわよくばウインクの一つでもと期待していた。

 しかし、その期待は見事に裏切られてしまった。司は机に突っ伏して寝ていたのだ。


「それじゃあ久尾さんの席は……」


 裏切られた気がして、凛音は唇の端をヒクヒクとさせている。その横で先生はホームルームを進行していく。


 結局窓際の後ろの席へと案内された凛音。隣前後の娘たちと軽く挨拶をして、一限目の授業に臨むのだった。


 事前に取り寄せた資料によれば、巧原女学院の偏差値は凛音の通っていた高校よりも高いものだ。もっとも生贄の事実を隠していた今となっては、資料など信じられない。


 凛音は転入手続きもあって前の学校の授業をほとんど休んでしまっていた。学力の差と勉強の遅れを危惧していたが、実際に授業を受けて杞憂だったと安心する。

 高校生活はまだ始まったばかり。少しの遅れくらいなら十分に取り戻せる。


 むしろ、授業内容は普通そのものだった。逆に不安を覚えるほどだ。


 神の生贄として、願いを叶えるために殺し合いをしている生徒たち。ならばもっと殺伐としているもの。

 身構えていた凛音にとっては肩透かしをくった気分だ。


 それでも不審な点が無いわけではない。

 凛音はキリのつくところまで黒板を写し終えると首を上げる。教室を後ろから眺めて、違和感を感じ取る。


 生徒の背中に比べて、空いている席が妙に多いのだ。


 1年D組には全部で41名の生徒が在籍している。今朝の出席確認で返事があったのは32名。つまり9名の生徒が欠席している。


 インフルエンザなどの理由による学級閉鎖。その基準は、地域の差はあれクラスの10パーセントの感染といわれている。

 5月の中旬の今の時期、まさか流行しているとは考えられない。


 机の状態も様々だ。

 横の端のフックに私物と思わしき手さげが掛かっているもの。一度も使われてないんじゃ無いかと思うほど、うっすらと埃の積もったもの。

 と、思いきや、やたらボロボロで木が変色しているものもあった。オマケに表面はカッターか何かの刃物で何度も切りつけた跡がある。


 凛音は彼女たちの身に何が起こったかなど知る由もない。もしかしたら本当に風邪で休んでいたり、寝坊してサボったりしているだけかもしれない。


 しかし凛音は思う。

 名前は名簿に載ってはいるが、顔は知らない彼女たち。なんの面識も無い他人だけど、一度でも会うことはないと。


 不穏が見え隠れする中、事件が起きたのは2時限目の後の休み時間だった。


 凛音は前の休憩時間と同じように席の近い娘たちと談笑している。凛音は専ら聞かれたことに答えていた。

 生贄のことや学生証のカードのこと。聴きたいことは山ほどあるが、机を囲まれての質問責めの前に流されるほかなかった。


 学院始まって以来の転校生。凛音にその自覚は全く無いが、物珍しさからか集まる人はとどまるところを知らない。

 転校生が物珍しがられること自体は、クラスでのよくあるミニイベントの一つだし、チヤホヤされる凛音も満更でもなかった。


 人垣の隙間、教室の隅で白い人影がむくりと動く。司が目を覚ましたのだ。


「ちょっとゴメンね」


 凛音は恩人の動きにすぐに気がついた。机に掛けたカバンの中から青いハンカチを取り出す。立ち上がりながらクラスメイトの隙間を縫って、小走りで教室を横断した。


「コレ、ありがとう。やっと返せてよかったよ〜」


 凛音は司の席の隣に立った。お礼の言葉と共に笑顔でハンカチを手渡す。

 昨日の夕方から洗濯機を回し、アイロンがけまでした一品だ。もちろん血が取れたのは念入りに確認済み。

 なんとか返せてホッと一息。


 の、はずだった。


「返して」


 凛音の手からハンカチをひったくる。司は、呆然とする凛音をよそに立ち上がり、毅然とした態度で言い放った。


()()()()気安く話しかけないで」


 クラスメイトたちのざわつく声の中、振り返ることなく廊下へと出て行く。


「どうして……」


 凛音の小さな呟きは、次の授業の開始ベルに掻き消された。

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