喜びか悲しみか
「聖女の貴女がなぜこのようなことを?」
ギスラン様は、私の首を締めつける力を弱めながら、そう言って眉をひそめた。
…どうやら、私のことはまだ国外にはつたわっていないらっしい。
「私はもう聖女ではありませんよ、ギスラン様。
ニルヴィルの新しい聖女は、アマリア・キルベット様です」
私の聖女としての力はもうすでに失われてしまったのだ。
今の私には人よりも少し強い魔法が使える程度の人間になってしまったのだ。
そう言って目をふせる私をギスラン様は鼻で笑った。
「何を馬鹿なことを言っている。
貴女の聖女としての力は失われてなんか無い」
「いいえっ、私はもう聖女なんかではないんです!
あんなに聞こえてたミルラ様の声も精霊たちの声も聞こえなくなったし、私の豊穣の女神の加護は失われたわ!
私にはもう、ミルラ様の加護は残っていない…!」
私が聖女としての力をなくしたのは突然だった。
私は元々、豊穣の女神『ラ・ミルラ』の加護を受けていた。
神々の加護を受けるということは、この世界の命の源である神に愛され、世界の至るところに存在する精霊たちに自然と好かれるということ。
精霊たちがよく集まる場所には、様々な恩恵がもたらされる。
例えば、農作物がよく育つようになったり、自然災害が起こらなくなったりと人々の暮らしがとても安定したものになる。
それは結果的に国の繁栄にもつながるため、神の加護を受けたものはこの大陸において重要な存在なのである。
「…ラ・ミルラの声が聞こえなくなったのも、精霊の声が聞こえなくなったのも貴女が聖女としての力を失ったからじゃ無い」
そう言ってギスラン様は私の首から手を離し、その手を私の左耳に手を添えた。
今まで首を締めつけていたのが嘘のような優しい手つきであった。
「この趣味のいいピアスは誰からの贈り物かな…?」
「…アストラ様からいただいた物です」
…耳にギスラン様の吐息が当たって、自然と体に力が入る。
今、ギスラン様が弄っているピアスは、半年ほど前にアストラ様が私に送ってくれたプレゼントだった。
「ノア!君に贈り物があるんだ」
それは突然だった。
何の前触れもなく屋敷にアストラ様がやってきて、その日プレゼントをもらったのだ。
「お久しぶりです、アストラ様!
突然どうされたんですか?」
アストラ様にお会いしたのは本当に久しぶりで…。
その時、とても嬉しかったのを今でも覚えている。
「最近、キミと会っていないと思ってね。
せめてもの罪滅ぼしになればと思って、僕が選んだんだ!
使ってくれると嬉しいな」
そう笑顔で渡されたのは、黒真珠でできたピアスだった。
この頃、アストラ様は少し遅めの社交界デビューされたアマリア様に夢中だと、いろいろな方から耳にしていた私はその日、アストラ様にお会いできたのが本当に嬉しくて…。
アストラ様に頂いたその黒真珠のピアスをすぐにその場でつけた。
「とても似合ってるよ」
そう微笑みながらアストラ様にいってもらえたのが嬉しくて、それ以来、ずっとそのピアスを付けていた。
「貴女の聖女としての力が失ったと錯覚していたのはこれのせいだ」
ギスラン様はそう言うと、黒真珠のピアスを握り潰した。
パキンっと音を立てて崩れていく黒真珠。
『ノアっ!!』
その黒が砕けると同時に、ふわりと体に精霊たちが寄り添ってきてくれた。
『ノア、私の愛しい子』
「ミルラ様…!!」
ミルラ様の声も姿も見ることができて、自然と涙がこぼれた。
…でも、ミルラ様と精霊たちに久しぶりに会えたことよりも、アストラ様にもらった黒真珠のピアスを砕かれてしまったことにショックを受けている私がいて。
再び聖女としての力が戻ったことへの喜びと、ピアスが砕け散ったことへの悲しみのどちらが多いのかわからなかった。
投稿遅くなって申し訳ありません!
色々な方に読んでいただけているようで嬉しいです( ´艸`)
ゆっくりではありますが完結までお付き合い頂けたら光栄です!
それでは、次話でお会いできればと思いますー!