第六話 安全なはずの任務
僕は大きなケモノの前にいた。
馬だ。
馬のことは、もちろん知っている。
けれども、自分がそれに乗ることなんて、考えてもみなかった。
僕は馬の手綱を引っ張り、馬の鞍によじ登ろうとする。馬がみじろぎをする。
乗れない。
僕は途方に暮れた。
「グレイ様、間もなく出立の時刻です」
女の騎士、プレスナさんの声がする。
今回の盗賊討伐任務のため、僕についてくることになった騎士だ。
プレスナさんの声はゆったりとしていて、キレイだ。僕の聞いたことのない種類の声だった。
騎兵の数は二十騎、それに僕とプレスナさんを合わせて二十二騎になる予定だった。けれども、僕は馬に乗れない。
周囲の騎兵たちは、僕のことを待っている。その声も聞こえる。「馬にも乗れないヤツが大将なんて、俺たちの運も尽きたなぁ」と、僕は申し訳なさで目が熱くなった。
「プレスナさん。僕は馬に乗れません。僕は徒歩でも良いですか?」
プレスナさんは、困ったような、少し笑ったような表情をした。
「指揮官のあなたが乗馬しなければ、私たちも馬に乗ることができません。仕方ないので、私と相乗りにしましょう」
プレスナさんはそう言うと、馬を僕のそばに寄せ、手を引いて馬の上に引き上げてくれた。
僕の視界が高くなる。
そのまま城門を抜けて、街に出る。
視界が違う。世界が違う。なんだこれ。
僕は視界の高さに戸惑う。
馬に乗る。
それだけの高さのことなのに全てが下に見え、僕はその新しい世界に圧倒された。
背後から、プレスナさんが少しだけ抱き寄せてくれた。
感情に震える僕のことを、馬の恐怖に震えていると思われたのかもしれない。
僕は何も言い出せず、そのまま優しく抱かれていた。
僕が視線の高さとプレスナさんの接触という感情におそわれている中も、馬は進み、街道に出た。
街道で望む景色は、やっぱり遠くまで見通せた。街道の先の山も見える。僕たちが今回討伐する盗賊団は、あの山のどこかにいる。
けれども、その山は遠かった。
一日では辿り着かない。
僕たちは、街道側の村に何度か泊まって進んでいく。
途中、雨に降られることもあったけれども、側溝のある街道は、問題なく通行できた。
そして、峠の麓の村に到着した。
プレスナさんが宿を手配し、店主に出立が明日であることを告げた。
「やめといた方が良い。峠はぬかるんでる。乾くまでは危険だ。それに、盗賊団も出ると聞いている」
プレスナさんは首を振る。
「雨が降ったからと言って戦を止める騎士などいません。私たちはその盗賊団を討ちに来たのです。明日出立します」
僕は気になり、店主に聞く。
「ぬかるんだ峠はどうなるんですか? 街道はずっと続くんですよね。側溝があれば問題ないんじゃないですか?」
「いえ、崖崩れが心配なんです。街道の両脇に見下ろす崖があります。そこが崩れると危ない。それに、さっきも言いましたが、盗賊団も出ると聞きます」
「ありがとう。教えてくれて」
僕は歩いていくプレスナさんに駆け寄る。
「プレスナさん。明日出発するのは構いません。けれども、行軍はゆっくり行なってください。崖崩れを心配しています」
プレスナさんは僕の目を見た。
「わかりました。兵たちにそのように伝えます。明日は盗賊団との戦いになるかもしれません。よく休んでください」
僕もプレスナさんの目を見て頷いた。
翌朝、少し雨が降っていた。
僕たちはゆっくり街道を進む。
峠の店主の言いつけを守っているのか、街道を行くものは僕たちの他にいない。
崖に通りかかる。
馬が少し足を運ぶのを躊躇った気がした。
「プレスナさん。何か変だ」
その直後、僕たちの頭上から、矢と石が降ってきた。
盗賊団だ。
矢の数は少なかったけれども、とにかく投石の数が多い。騎士たちは鎧で石を受け止め、弓で応戦しようとする。騎士の騎射は正確だろう。でも、騎士の鎧とはいえ、隙間に相手の矢があたれば危ないだろう。
僕はプレスナさんに言う。
「プレスナさん、真っ直ぐ前に走ってください。まずは距離をとろう」
プレスナさんは一瞬止まったけれど、すぐに指示を出してくれた。
僕たちは前方に向かって駆ける。
盗賊団も崖の上を駆けているようだった。
その時、後ろの崖から水が噴き出した。
そして、街道に向かって崖が崩壊する。
僕たちは崩落から逃れた。でも、後ろから追っていた盗賊団は崖崩れに巻き込まれたようだった。
崖の土砂の中から、盗賊の手足が何本か見えた。
「プレスナさん。崖の崩落に注意しながら、掘り出せる盗賊は掘り出して捕縛してください」
「討伐の指示しか受けておりません」
僕は盗賊の土砂から突き出た腕を見た。骨と筋の腕だった。
「うん、でも、できるだけ、お願いします」
僕はプレスナさんにお願いし、プレスナさんは行動してくれた。
土砂から助け出した人のうち、立派な体格の人がいた。名前を聞いても答えなかったけど、兵の一人が顔を知っていた。
「『鉄腕』のガッシュです。隣国カーン王国の武将です」
僕たちは、『鉄腕』ガッシュと、何人かの盗賊を連れて、崩れた崖の上をなんとか通り、王都に戻った。
数日後、王様に呼ばれた。
「グレイ。こたびの働き、実に見事であった。特に、『鉄腕』ガッシュを捕らえるは格別のことだ。これで、我が国は外交上の優位を得た」
王様は片膝をつく僕の頭を見下ろす。
「グレイ。カーン王国から、『鉄腕』ガッシュの返還交渉の打診が来た。この交渉、そなたに任せる。大いに学ぶこと」
僕は頭を下げる。
王様が退出するのを待って、部屋を出た。
扉の外にプレスナさんが立っていた。
「グレイ様」
様と呼ばれるのは、まだ慣れない。
「一兵も失わず、敵将まで捕えられました。グレイ様の指揮のおかげです」
僕は思い出す。
「僕は死にたくなかっただけです。それに、誰かが側で死んでしまうこともそんなに好きじゃありません。それだけです」
僕は頭を下げて、サタナリア教官の授業に向かう。
プレスナさんは、ずっと僕を見ていた。




