第七話 捕虜交換
謁見の間の扉が開き、無数の蝋燭が点けられた吊り照明が僕の目に入る。
それは、無数の獣の目のように見えた。
僕は椅子がある側の扉から入った。
毛足の長い絨毯を歩く。そこは一段高くなっていて、部屋の中央を見下ろすようになっていた。
部屋の中央には立派な旅装の使者がいる。その人は、直立したまま顔を下に向けていた。
僕は黒く、硬く、少し光りを返す木製の椅子に向かって歩く。
その後ろには、サタナリア教官がいる。僕は歩み寄り、椅子に座った。
「顔を上げてください」
僕は使者に命じる。
「この度は会談の場を設けてくださりありがとうございます。グレイ様」
使者が僕に向かって頭を下げる。わずかな敵意。感謝の気持ちは伝わってこない。
「遠くカーン王国からようこそ。何か困ったことがありましたか?」
使者は少し驚いた顔をする。
「いえ、そのようなこと。丁寧に案内していただき、嬉しく思っています」
僕は使者を見た。王様から使者との交渉は任されている。もちろん、使者との交渉なんてしたことはない。
僕はサタナリア教官の存在を感じる。
何かあれば相談しよう。使者を見る。
「来た理由を教えてください」
「は、はい。貴国との間に起きた不幸な行き違いについて、お話をさせていただきたく」
「『鉄腕』ガッシュが盗賊を率いていたことですね。それでなんのお話ですか?」
「いえ、それが不幸な行き違いだと言っているのです」
「行き違いとはなんですか?」
「ガッシュ将軍は、貴国の友好的な視察として訪れていたのです。不幸なことに、それを知らせる使者が務めを果たせなかったのです」
「視察とは、盗賊となって街道を封鎖することですか?」
「いえ、そうではありません。そうではないのです。お願いですから落ち着いて聞いてください」
僕は焦っていたのだろうか?
サタナリア教官は動かない。
「聞きます」
「ガッシュ将軍は峠で身動きが取れなくなり、悪天候のため、敵味方の区別がつかず、貴国の軍と衝突してしまったのです。ついては身代金について……」
「いえ、それは違います。盗賊は天候が悪くなる前から活動していました。順番が違います」
「いえ、そうではなく、お願いですから聞いてください。今回の不幸な衝突について、身代金で解決したいのです」
身代金。お金を払って争いを終わらせるということだろうか。
「あなたはお金を払えば争いが終わると思っているのですか?」
「あの、その、いえいえ、まさか。争いは起きておらず、不幸な行き違いとして、ガッシュ将軍が貴国に滞在しているというだけです。それで身代金のお話となるのです」
争いは起きていない?
旅人は襲われた。盗賊は投石と矢を仕掛けてきた。そして、崖崩れで大勢死んだ。
「いえ、それは違います。争いはありました」
「いえ、ですからそれは」
「変なことを言わないでください!」
僕から大きな声が出た。
「死んだ人も傷ついた人もいます。争いはありました」
「……それは貴国のお考えということでよろしいでしょうか」
なんだろう。当たり前のことだから、それで良いと思う。
「はい。争いはありました」
「……わかりました。では、改めて、戦争捕虜として、身代金と引き換えに、ガッシュ将軍をお返しいただきたい」
「ガッシュ将軍一人で良いのですか?」
「はい、一人です。ご希望の金額はございますか?」
身代金はどのくらいの額がいいのだろう。人間一人分。
「では、金貨十二枚でお願いします」
僕はかつての一年分の生活費を提示した。一人分だから、きっとそのくらいだろう。
「……それは、あまりにも」
使者は驚いた顔をした後、黙り込んで下を向いた。高すぎたのだろうか?
サタナリア教官は何も言わない。
カップの湯が冷めるほどの時間が過ぎた後、使者は顔を上げる。
「それであれば、私どもは金貨十二枚に加えて、健康な奴隷五百名をお渡しいたします」
なぜ人が増えたのだろう。
僕はこの椅子に座ってから、初めてサタナリア教官に振り返った。サタナリア教官は胸を張っていた。
問題なさそうだ。
「では、それで良いです」
「ありがとうございます。詳細な手順は後日改めて」
使者は頭を下げる。
僕はサタナリア教官に促され、退室する。
僕は廊下でサタナリア教官に一度頭を下げる。
「サタナリア教官。僕は正しかったのでしょうか」
サタナリア教官は笑顔だった。
「カーン王国の嫌がらせを公式に認めさせたことは成果です。彼の国とは実質的に断交状態でしたから、問題ないでしょう。それと」
サタナリア教官は耳を立てる。
「ガッシュ将軍について、身代金ではなく、奴隷を得ることは良いことだと思います。我が国は街道整備のための労働力が不足しています。知っていましたか?」
「いえ、知りませんでした」
サタナリア教官はため息をついた。
「では、身代金について、本気であの額を提示しましたか?」
「はい、いけませんでしたか?」
「軍事の費用についての講義はまだでしたね。早急に行うことにしましょう。ともかく、今回のことは怪我の功名ということですね」
「サタナリア教官、僕は何か間違えましたか?」
サタナリア教官は背伸びをして僕の頭を触った。なんの意味があるかはわからなかった。
「グレイ、あなたは王道を貫きました。細かい数字は追って学べば良いことです」
数週間後、捕虜交換の日、僕はその場に立ち会った。
『鉄腕』ガッシュ将軍は、すぐに帰った。
残されたのは、目の前で整列する五百人の奴隷。
恐らく、戦の小競り合いや、盗賊たちに捕らえられたか、親に売られた者たち。
僕と同じ。
「皆には、街道整備の仕事をしてもらうことになります。雨の日にも移動ができる便利な道です。どうか、力を貸してください。食事は一日三回、パンとスープと豆と、肉か魚を出します」
僕は頭を下げた。奴隷たちは静かになった。
少し経って、奴隷たちは歓声を上げた。
話を聞いてくれたみたいだ。
三度の食事は、サタナリア教官の講義を受けたおかげで、国庫に比べて、全く問題ない出費であることはわかっていた。
「おい、お前、グレイじゃないか?」
顔を上げる。知っている顔。名前は忘れてしまったけれども、同じ地下室にいた仲間。
「僕はグレイ」
「そうか、助けてくれてありがとな。カーン王国にいたら、いつ悪魔の餌にされちまうかわかんなかったからな」
「悪魔?」
「いや、詳しいことは知らないんだけどさ。噂だよ。噂。カーン王国には魔王の悪魔がいるって。とにかく、助けてくれてありがとな」
悪魔、魔王。
その言葉が、僕の心に染み付いた。
そんな騒ぎの中、サタナリア教官が僕に駆け寄ってきた。
「グレイ、捕虜交換は済みましたか?」
「はい、済みました。サタナリア教官、どうされたのですか?」
「グレイ。明日の鷹狩りに君も参加することになりました。アントワネット姫の要望です」
僕はアントワネットさんの顔を思い浮かべる。そういえば、しばらく会っていない。
「わかりました。僕も行きます」
サタナリア教官はため息をついた。
「グレイ、鷹狩りは馬に乗り、鷹を操る。鷹は調教されたものを使うが、馬に乗る訓練が済んでいません。午後はまず鷹匠と打ち合わせを行い、その後、乗馬の訓練を行います。わかりましたね」
馬はわかる。僕がまだ乗れないこともわかる。
けれども、鷹狩りとはなんだろう。
僕は、ほおに風を感じた。




