第二十一話 イモのこと
夏の終わり。
農民たちは麦の収穫を行っていた。
彼らは目の前の作物を収穫するのに集中している。
だから僕は、考えなくてはいけない。
農作業を見たあと、王都に戻った。
アルト号の上から市場の様子を見る。
耳聡い商人たちだろうか、穀物の値段が上がり始めている。
まだ、王都の人々は異変に気がついていない。
だが、いずれ気がつくだろう。
僕は解決手段を思いつかなかった。
王宮へ戻ると、騒ぎが聞こえた。
そちらへ進むと、ズタ袋を持った年寄りの男が、衛兵を突破して王宮へ入ろうとしていた。
「通せ、これさえあれば、ナルタール王国は永久に食料に悩まされることはなくなるのだ」
「ええい、怪しいやつ。これ以上問答を続けるのであれば、牢へぶち込むぞ」
食料の話をしている。
僕はアルト号をそばに寄せる。
「どうかしたんですか?」
「いえ、この者が先ほどからしつこいのです。すぐに静かにさせますので」
僕はアルト号を降り、男性のそばに寄る。
「話を聞かせてください」
「グレイ様。このようなものの話など……」
男性は目を見開いて僕に駆け寄ってくる。
「あなたが! あなたがグレイか! 聞いてくれ! 私は生涯をかけて研究しているのだ! この国の人々を飢えから救いたいのだ!」
僕はその肩を左手で押して男性の突進を抑えた。
「聞きます。もう少し落ち着いてください」
男性は持っていたズタ袋に手を突っ込み、丸いものを取り出す。
少し土が落ちた。
「これです。これなんです! これが人々の滋養となるのです」
それは手のひらに収まるほどの大きさで、デコボコしていた。
「これは……なんですか?」
石のようにも、植物のようにも見えた。
「これは、イモです。作物です。これを食べることができます。美味です。そして、これを植えれば、何倍もの量に増えるのです」
男性は興奮して、僕にそれ、イモを差し出す。
「なるほど、どのように食べるものなのですか?」
僕の手にかかる圧力が弱まった。男性は懐の中から紙で包んだイモを取り出した。どうやらこれは皮を剥いたもののようだ。
「茹でて皮を剥いたものです。食べてください。さあ、さあ、さあ」
僕は右手で受け取った。黄白色で少し柔らかい。においを嗅ぐ。少し甘みを感じる。
かじる。柔らかくて、ねっとりとしている。うん、美味い。
「美味しいですね。どこの作物ですか? あなたはいったい?」
「この作物は海をわたって来たものです。私はアドニスです。植物、いえ、農学者です」
アドニスさんは、イモを差し出してくる。その服の袖がめくれ、腕に焼きごての跡が見える。
犯罪者の印だろうか?
いや、それよりも。
「なるほど、このイモは、増えるのにどのくらいの日数がかかるのですか?」
アドニスさんは、僕に向かって笑顔を向ける。
「話を聞いてくださってありがとうございます。およそ九十日です」
九十日。冬に間に合う。
その時、兵隊の声が飛ぶ。
「グレイ様、この男の腕に密航者の証があります。このような者の話、聞いてはなりません」
僕は海を超えることを想像する。
僕にはまだわからないことだった。
「いえ、アドニスさんを招待します。さあ、詳しい話を聞かせてください」
僕はアドニスさんを王宮に招いた。
夕方、僕はテーブルについて、アントワネット姫の到着を待つ。
椅子を引くのがマナーと聞き、立って待とうと思ったが、ウェイターたちに止められたので、座って待つ。
しばらくすると、薄い緑色のドレスを着た姫がやってきた。
僕は姫をまっすぐに見る。姫の胸元には、僕が送ったネックレス。それに付いたペンダントが輝いている。ペンダントの形は歪んでいるが、さすがに血は拭き取られていた。
姫は僕に視線を合わせない。また何か、無礼を働いてしまっただろうか。
「あなたとの結婚式のやり直し、日付が決まったから」
姫は僕に目を合わせないまま話す。
「わかりました。改めて、よろしくお願いいたします。アントワネット姫」
「うん、そうね。改めて、よろしく、グレイ」
姫はようやく僕を見た。姫のまつげが長いと気がついたのは、いつのことだっただろうか。
スープが運ばれてくる。甘い香りが立ち上る。
「私の知らないスープね」
「はい。新しい作物が手に入りましたので、お試しください」
イモを煮てよく潰し、バターを混ぜたものだと聞いた。
「これ、美味しいわね」
姫の顔がほころんだ。僕はスープが薄っすらと付着した姫の唇を見ていた。
――どこともしれぬ地下室。
たくさんの羊皮紙の巻物が乱雑に積まれた部屋。その中央で、男が羊皮紙を広げている。
その時、羊皮紙の上の空間が黒くねじ曲がり、その歪んだ空間が羊皮紙にべちゃりと落ちる。
「まだだ、まだ魔王様からの魔力の供給は細い。だが、もう間もなく」
男は机の上の羊皮紙を丸めて巻物とし、別の羊皮紙を取り出した。




