第十九話 贈り物
手が動く、胸を触る。綿布のザラリとした感触。その奥の痛み。
僕はその痛みに安堵を覚える。
死んでいない。
もう一度胸を触る。血はにじまない。傷口は塞がっている。たぶん、治癒魔法が間に合った。
カタリと音が鳴る。ベッドの脇に誰かがいる。
「気がついたのね」
姫が椅子に座り、僕を見ていた。
カーテンが閉まり、灯火が点けられ、時間がわからない。
「姫、なぜこちらへ」
僕は不安になって尋ねる。姫の負担になってしまったのではないだろうか。
「あなたの治癒魔法の処置が済んだと聞いたから、少し寄っただけよ。もう喋られるの?」
僕は深呼吸する。
「はい、平気です。内臓を傷つけていないようです。皮膚の傷は塞がっています」
僕は自身の傷を押さえる。
そして、上半身は包帯のみ、下半身は膝丈のパンツであることを確認する。
シーツに隠れているとは言え、姫に対して無礼だろうか?
以前、裸は無礼である。
そのようなことを言われた気がする。
「姫、僕は今、包帯のみで服を着ていません。ですので、服を着ます。申し訳ありませんが、少し部屋を出てはいただけませんでしょうか」
姫は僕を見る。数秒ほど見たうえで、口を開く。
「びょ、病人なのだから、あなたがそんなこと心配しなくていいの。大人しく寝ていなさい」
そういうものなのだろうか。きっとそういうことなのだろう。
僕は部屋を見わたす。いつか見た花瓶、そこに青い花束が刺さっている。
ああ、そうだ。僕が背中を撃たれたときも。
「姫、お花をありがとうございます。僕は花のことはよくわかりませんが、美しくて、嬉しいです」
姫の耳がわずかに動いた気がする。姫の視線を僕は追う。姫の視線は少し迷ったあと、僕の顔を見た。
「私はアレクセイ・プラソールの娘よ。病人に花を贈るなんて、当然のマナーだわ。気にする必要なんてないのよ!」
その通りかもしれない。けれども、なぜ国王陛下の名前が出たのだろう。
あ、そうだ。
僕は身体を起こす。うん、起きた。
下半身は膝までのパンツを履いている。姫が先程病人なので問題ないと言っていたから、平気だろう。
姫は小さく鋭く息を吸って、ベッドから降りる僕の姿を見ていた。
僕は上着掛けに吊るしてあった僕の上着を手に取る。血は乾いている。上着の懐を探る。ちゃらりという鎖の音がする。
僕はネックレスを取り出した。それは僕の血で汚れていた。
「少し、待っていてください」
僕は水の張られた桶にネックレスを突っ込み、血を落とす。そして、布巾で磨き、血の汚れを取り除く。その時、ネックレスのペンダントに、刃が触れたことでできた歪みを見つけた。
それは捻れており、新しい幾何学模様に変形していた。
簡単に直せそうになかった。
僕は考える。姫を待たせている。
「グレイ、どうしたの? 何を洗っているの?」
僕は正直に話すことにした。
「姫に贈るためのネックレスをノームの里から持ち帰りました。けれども、襲撃の際に刃に触れたようで、歪めてしまいました。申し訳ありません」
僕は姫の目を見る。
姫の目は少し鋭く、僕の手の中のネックレスを見ていた。
「頂戴」
僕は頭が良くない。だから、確認をする必要がある。
「姫、僕は姫に差し出せるものを持っていません」
「そのネックレス。私に頂戴」
これのことか、どうしよう、まだ濡れている。
「まだ拭いている途中です。それに、血が付いています」
「関係ないわ。寄越しなさい!」
姫の声が響いた。少し、部屋に反響する。
僕は姫の前に歩み寄り、片膝をつく。
「姫、あなたのために持ってきたものです。傷をつけ、汚したものですが、受け取ってください」
「わかったわグレイ。受け取ります」
姫はそう言うと、ネックレスを受け取り、刃の接触で歪んだペンダントを見つめた。
「あなたの命はこれで助かったのね」
「はい、おそらく」
ネックレスのペンダントが刃の角度を変えていなければ、肺を刺されていたかもしれない。
「歪んだ形が気に入ったわ。グレイ、ありがとう」
姫はいつの間にか隣に来ていた侍女にネックレスをわたした。
「グレイ、あなた、やっぱり服を着なさい」
「はい。なぜですか?」
姫は僕の体を見つめる。
「どうしてもよ! 私は部屋を出るわ。また戻って来るから、すぐに着替えるのよ!」
姫は部屋を出ていった。僕は女官に手伝われ、着替えはじめる。
その時、扉が開いた。
「姫、僕はまだ着替え終わってはい……」
上等な服を着た男性が駆け込んできた。
「グレイ様。演台刺突事件の黒幕がわかりました。王弟ダイフォスの派閥の者たちです」
王弟ダイフォス。僕が討伐して囚えた大貴族。でも、派閥って?
「国王陛下は王弟派の処断を決意なされました。彼らの領地を召し上げる必要があります。グレイ様は傷が治り次第、軍を率いて、これの実務を取り仕切るように、との王言です」
なるほど、僕はまた戦争をしなければいけないようだ。
姫の顔が浮かんだ。
笑顔と怒った顔。
そのどちらもがちらつく。




