第十七話 グレイの告白
僕は机の椅子に座り、白い紙を取り出す。
インク壺は黒、サタナリア教官から貰ったペンは、茶色と黒が混ざった模様で、牛の角で作られている。
その前に僕はいる。
文字は習った。
準備も問題ない。
目的もある。
目的、アントワネット姫にノームの里で手に入れたネックレスを贈る。
けれども、書けない。
僕は作戦以外の手紙を書いたことがない。
季節の挨拶を書けばいいと、本には書いてあった。
僕は花の名前も鳥の名前も星の名前も知らない。
僕は拳を握りしめる。
手のひらで血液が脈動していた。
サンルームに入る。
執事さんに頼むと、僕のための席を開けてくれた。
僕は待つ。
しばらくすると、アントワネット姫がつかつかと歩いてくる。
手には紙片を持っている。
「グレイ! どういうつもりよ。こんな無礼なもの私に送りつけて!」
姫が持っているのは、僕の手紙だ。
「来てくださってありがとうございます」
姫は手紙を持っていない手を振りかぶった。利き腕。
僕は少しだけ首の筋肉を緊張させ、姫の平手打ちに備える。
近頃、姫の平手打ちは精度と速度を増し続けていて、脳が揺れる恐れがあった。
バチンッ。サンルームのガラスが震えたように感じたのは、僕の視界が動いたからだろう。
「グレイ。説明しなさい」
平手打ちの一撃で少し怒りが発散できたのか、姫はサンルームの椅子に腰掛けた。
「はい。来ていただきたかったので『来てください』。場所の説明が必要だと思ったので、その前に『サンルームへ』。そして、宛先のアントワネット姫のお名前と、僕の名前を書きました」
アントワネット姫はため息を一つつく。
「あなたに季節の挨拶や気取った言葉を求めても仕方ないものね。でも、日時が書いていないのはどういう事? 場所だけじゃ、会えないかもしれないじゃない。どうするつもりだったの?」
確かに、日時を書き忘れていた。
「申し訳ありません。僕の失敗です」
姫の感情がまた高まっている。
「私は、どうするつもりだったのか、聞いているの!」
僕は考える。
「多分、お待ちしていました」
姫は僕を見つめる。
「どういうこと?」
僕は姫の目を見る。今気がついた。姫はまつげが長くて多い。
「姫がいらっしゃるまで、ずっとお待ちしていました」
姫が立ち上がり、利き手を振りかぶる。姫の顔は紅潮している。
多分、力が入っている。僕は備える。
バチンッ!
「馬鹿じゃないの! 馬鹿じゃないの? 馬鹿じゃないの」
姫は三度そう言うと、そのままサンルームを出ていってしまった。何かから逃げるように見えた。
僕の懐に姫に送るはずだったネックレスが残った。
ネックレスはその細い鎖をちゃらりと鳴らした。
夕方、僕の頬はまだ赤い。
僕は、僕の嘆願により反逆の処刑をまぬがれ、今は僕のために働いてもらっているヤタルスさんの報告書を読んでいた。
武器の調達についてのものだ。
悪魔に通用すると思われる武器、二種類。
巨大兵器のバリスタと、ノームの技術が込められたミスリルクロスボウ。
バリスタは大きな木材と大きな鋼を使うので、作るのに時間がかかる。
ミスリルクロスボウは貴重な金属ミスリルと、ノームの繊細な技術を使うので、作るのに時間がかかる。
つまり、どちらもすぐにたくさん手に入るものではなかった。
ヤタルスさんの報告書には、職人を増やしているという内容も添えられていた。
一番早い方法を考えてくれている。
僕は「その進め方で問題ありません」と手紙に書いて、執事さんにわたした。
「なにかお薬を持ってきましょうか?」
「いえ、すぐに治りますから」
僕は姫に張られた頬を撫でた。




