↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/22

第十六話 百万分の一の男

 アントワネット姫からの伝言。


 サンルームにすぐ来ること。


 すぐに向かうと、お茶のセットが用意され、姫が椅子に座り、ティーカップを持っていた。


 姫はサンルームに近づく僕に気がつくと、カップを置く。


「座らなくて良いわ」


 姫は僕を立たせた。


「また出かけるの?」


「はい。ノームの里に行きます。申し訳ありません」


 姫はつかつかと歩み寄り、手を振りかぶると、僕のほおを張った。


「どうして謝るのよ!」


 姫の声は震えていた。


「わかりません。自然と口から出ました」


 姫は僕を見上げる。


「結婚式までに戻りなさいよ。またやり直しなんて、許されないのだからね」


 僕は返事を保留する。


「どうして何も言わないの」


 姫は大きく振りかぶる。打つタイミングを見計らっているようだった。


「知らぬ土地になります。帰りを約束できません」


 姫は僕のほおを張る。


「結婚式までには、ううん、できる限り早く帰って来なさい」


「わかりました。できる限り」


 姫は振り返ってサンルームの席に戻り、僕から視線を外した。

 僕は一礼して、退出した。



 ノームの故郷は、このナルタール王国の山地の中にある。

 サタナリア教官のもとに行き、僕の姉弟子にあたるカーディナル先輩に挨拶しなければいけない。


 僕は教官のいる教室に急ぐ。


 すると、僕の身長よりずいぶん背の低い女性が、大きな木箱を持って歩いている。

 木箱には大小様々なガラスが入っており、それらの中には液体が入っている。

 かなり重たそうだ。


「あの、お手伝いしましょうか」


 その女性は振り返る。


「心配いらんよ。うち、こう見えてもしっかりしてんねんで」


 少しの訛り。


「あの、僕はグレイと言います。お名前を伺っても良いですか」


 女性は笑った。


「なんや、あんたが近頃ウワサのグレイはんか。うちはカーディナル。よろしゅうな」


 カーディナル先輩は木箱を片手で保持して、僕に片手を差し出した。



 僕とカーディナル先輩は並んで教室に入る。中には教官がいる。


「ふむ、なるほど。その様子なら改めての挨拶は不要のようだな。カーディナル、予定通り、グレイを君の故郷に連れて行ってほしい」


「はいはーい。わかりましたー。ところで、教官。うち、グレイはんと『仲よう』してもええんかな? ほら、別に結婚前やねんから、構わんやろ?」


 教官は耳を閉じて、顔を伏せている。


「カーディナル。君のその悪癖、どうにかならないものかな」


「これはうちの性分やさかい、教官でも変えられまへん」


 なんだろう。何か良くないことが起きてしまったのだろうか。


「サタナリア教官。僕はカーディナル先輩と仲良くするのは問題ないと思います。むしろ、嬉しいです」


「グレイ、この女に気を許してはいけない。君の貞操の問題なのだ」


 貞操。なるほど、そういうことか。


「それは、問題になることですか?」


「なるとも、君は姫の夫となるのだから」


 そういうものなのか。

 僕は考えを改める。


「あの、そのようなことは、姫と国王陛下にあらかじめ伝えた方が良いのでしょうか? 僕は拳闘士でした。商人たちの持ち物です。もちろん、主人の中には女性もいました」


 教官の耳が一瞬伸びて、閉じた。


「グレイ、君は拳闘士だった。君の過酷な状況は国王陛下も配慮して下さっているだろう。あと、これは決して姫には言ってはいけないよ」


 そういうものか。


「わかりました。ご指導ありがとうございます、サタナリア教官」


「せやったら、うちがチョットもろてもええやん」


「駄目だ」


 教官の声が教室に硬く響いた。



 そうして、カーディナル先輩と二人の旅が続く。

 アルト号に相乗りして、上空にはカミスが飛んでいる。

 先輩は執拗に体を押し付けてくる。僕はバランスを崩さないように、アルト号を走らせた。


 三日ほど行くと山地に着いた。ここからは下馬して歩く。アルト号の手綱を引く。


「カーディナル先輩、もうすぐ着きますか?」


「その、カーディナル先輩っていう音、何度聞いてもええね。それはそれとして、もうすぐ着くで、ほら、あの穴や」


 山肌に、大きな穴が空いている。

 穴の周囲は、よく見ると彫刻が施されており、四角の幾何学模様が彫り込まれていた。


 ランタンを点けてカミスを肩に乗せ、穴の中を奥まで歩く。中は徐々に上っており、山の内側に入っていっているのかと思う。暗闇の中を進むためか、時間の感覚がくるう。


 そして、急に明るい広間に出た。


 そこは王宮がすっぽり入っても、まだまだ余裕がある空間で、とにかく広かった。


 その広さに見合った多層構造の建築物がいくつも建っている。

 それらは上層階で互いに渡り廊下で繋がれているようで、僕たちの街とは根本的に違う形をしていた。

 そして、天井や壁や建物が明るく光って見えた。


「苔が発光してるんよ。結構明るいやろ?」


 なるほど、それで。


「はい。とても驚いています」


 カミスが久しぶりに広い空間に出たためか、勇んで飛び上がった。カミスはしばらく自由にさせよう。僕たちは先輩の案内で、中央の建物に向かった。



 たくさんのノームたちに囲まれて、僕たちは座っていた。僕が協力して悪魔を倒したと知ると、大勢のノームたちが集まってしまったのだ。


 あぐらをかいた年寄りのノームが、僕の目を見る。


「そんで、城壁の高さと、大体の体高。悪魔が城壁にぶつかった時の様子を詳しゅう話してくれへんか」


 僕はその様子を話す。


 ノームたちは壁に図を書いて、計算を始めていた。

 僕は細かなことまで聞かれる。

 どうやら、悪魔の体重を計算しているようだった。


 その議論は白熱し始め、僕は質問攻めから解放された。


 別の立派な服装のノームの前に歩み出る。


「悪魔に有効な武器があると聞きました。どんな武器ですか?」


 そのノームは、口にくわえた太いストローから、煙を出している。ストローの反対側に付いた皿の上で何か植物を焚いて、その煙を吸っているようだった。


「予想やけど、ミスリルクロスボウのことやないかな。あれやったら、何でも貫くで」


「それをぜひ見せてください」


 僕たちは射撃場にやって来た。鉄の板が何枚も吊られている。


 そこに、青白く輝く金属製の十字弓が持ち込まれた。大きさは僕たちでも十分に持ち運べるものだった。


「まあ、試しに撃ってみい」


 僕は、矢が装填されたミスリルクロスボウを構えた。


 思いのほか軽い。


 僕は鉄の板を狙い、引き金を引く。


 鋭い破裂音がした。

 まるで空気が裂けたようだった。

 カーンという金属がぶつかる音が響く。


 クロスボウの矢は、並んだ鉄の板を一度に十枚貫いていた。


「これなら、悪魔に通用すると思います。取り回しも本当に良い」


 僕は興奮した。これは素晴らしい。


 そして、交渉の時間となる。


「ミスリルクロスボウを僕たちのために作ってください。あと、その作り方を僕たちの職人にも教えてください」


「そらあかん。秘伝やからな。月に一丁やったら売ったる。それ以上は無理や」


「お願いします。どうしても、必要なんです」


 僕は粘った。


 根負けしてくれたのか、一人のノームが声をかける。


「ほやったらコインを投げて表を出す。これを二十回連続でやったら、教えたるわ。できへんかったらあきらめ」


「わかりました」


 僕はその挑戦を受けた。


 ノームからコインを受け取り、僕は指で上に弾く。地面に落ちたコインは表を向いている。

 まず、一回。

 続ける。

 二回、三回、四回……十回まで続いたところで、ノームから待ったがかかった。


「ちょい待ち、残り十回はこっちで投げるわ」


 僕はコインを手渡す。


 ノームの一人が僕の代わりにコインを投げる。


 十一回、十二回、十三回……


 ノームたちの目が見開かれる。


 ……十九回、二十回。


 二十回のコイン投げは終わった。


「これで、教えてもらえますか?」


 僕はノームたちに確認する。


「まだ信じられへんわ、百万分の一やで。せやけど、目の前で起きたことや、割れた石は元には戻らん。ええやろ、教えたる」


「ありがとうございます」


 僕は頭を下げた。


 職人の派遣などの日時や人数は、追って詳細を詰めることになった。


 その日はノームたちの宴会に招かれた。トカゲの肉を油で焼いたものは、香ばしくてとても美味く、僕は何度もおかわりをしてしまった。



 翌日、僕は帰ることになる。ノームの里を離れる前、露店で見事な彫金のネックレスを見かける。


 その時、このネックレスを下げたアントワネット姫の姿が思い浮かんだ。


 思えば、姫に何も贈り物をしたことがなかった。


「これが欲しいです。おいくらですか?」


「あんた、百万分の一の男やな。構わん。持っていき。その方が、このネックレスも幸せもんやわ」


 僕はネックレスを押し付けられた。


「それには護身の加護があるらしいわ。昔の言い伝えやし、誰も怖あて試しはせんけど、まあ、ええように使ってな」


 護身の加護。

 姫を守ってくれるかもしれない。

 もう、涙を浮かべることも減るかもしれない。


 そうして、僕は改めて帰路についた。洞窟の中でカミスが鳴いた。空を飛べない時間が長く、不満があるのだろうか。


「ごめん、カミス。これからは連れていく場所を気をつける」


 そうして、暗闇の中を歩いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。