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第十五話 魔王大戦の伝説

 久しぶりに王都に戻ると、歓声に包まれた。


「グレイ!」

「俺たちのグレイ!」

「悪党退治!」

「結婚式はいつなんだ!」


 大勢の人々が叫んでいる。どうしよう。返事をした方が良いのかな。


「結婚式はします。まだ日時は聞いていません」


「なんだ。婿なのに知らないのか!」


 大勢の笑い声が聞こえる。


 アルト号に乗って、僕は少しずつ進む。



 時間をかけて王宮にたどり着き、旅装のまま謁見の間に入った。


 片膝をつき国王陛下を待つと、先にアントワネット姫の入場を告げる兵の声が聞こえる。

 僕は頭を下げている。けれども、気配で姫が段上の王族の椅子に座ることがわかった。

 姫の視線を感じる。


 少し遅れて、アレクセイ・プラソール陛下が入場してきた。


「面をあげよ」


 先ほどまで感じていた姫の視線が消える。


 僕は顔を上げて国王陛下とアントワネット姫の顔を見る。

 姫は僕の後ろの壁を見ている。

 国王陛下は威厳を保って僕の顔を見ている。


「先の戦い、見事であった。逆臣ダイフォスをはじめとして、主だった敵将を捕らえた手腕、見事である」


「もったいない言葉です」


 僕は姫の表情をうかがう。僅かに目が合っただろうか。


「また、反逆者の助命嘆願については追って沙汰する」


 国王陛下は一度、威厳のある咳をする。


「叙勲については精査して行うゆえ、後とする。よって、まずは褒美を与える」


「はい。ありがとうございます」


 いや、一度断るのが礼儀だったかもしれない。もう遅いかな。


「望みのものを申してみよ」


 のぞみのもの。


 そういうこともあるのか。

 僕の想像の外の話だった。


「少し、考えさせてください」


 僕は国王陛下の顔を見たまま考える。あ、そうだ。


「バリスタをできるだけたくさん欲しいです。それと、それを作れる職人も」


 周りの貴族たちがざわめく。


「グレイよ。バリスタのような大型兵器は、国策の話となる。その職人についてもだ。なぜ、今ここでそれを求める」


「はい。必要だと感じたからです」


 僕は居並ぶ諸侯をうかがう。ざわめきが聞こえていた。


「カーン王国が悪魔と呼ばれる怪物を使っていました。城壁ほどの大きさがあり、角を持つ牛のような姿をしています。城壁を崩しかねない力があります。巻物によって現れるため、どこに現れるかわかりません」


 諸侯のざわめきが大きくなる。


「倒すためにバリスタを使用しました。なので、バリスタの数を増やしたいのです」


「ふむ、グレイよ。そなたの考えはわかった。その件についてはまた改めるとしよう。ともかく、よくやった」


「はい。ありがとうございます」


 僕が小さく頭を下げ、顔を上げた時、アントワネット姫と目線が合った。

 アントワネット姫は大きく目を逸らす。

 僕の記憶に、その動きが鮮明に残った。



 謁見の間を退出した後、僕は教室に向けて走った。


「サタナリア教官!」


 教室には、いつもの教官が、教官卓に座っていた。

 僕の声を聞き、耳をこちらに向けてくれている。


「グレイ。王弟ダイフォスの討伐おめでとう。それよりも、悪魔と戦ったというのは本当か」


 教官の耳が僕の方を向き続けている。


「はい、本当です。バリスタで倒しましたが、黒い霧となって消えてしまいました」


「なるほど、それは確かに悪魔かもしれない」


 教官は手元のお茶を飲み干した。


「グレイ、私の師匠、タヤカルに会いに行こう。私の師は長生きだ。詳しい話を知っているかもしれない」


 タヤカル。僕はその名を聞いたことがなかった。



 教官に案内され、僕たちは王宮の地下へと降りる。長い螺旋階段を何段も何段も降り、どうやら底についた。


 教官は古い木製のドアの前に立つ。その扉は何年も使われていないように感じられた。


「師タヤカル。サタナリアです。私の弟子のグレイもおります」


 教官は耳を伏せている。


 少しして、扉が音もなく開いた。


 その先、部屋の中央には、頭の上にケモノの耳があり、結った髪が真っ白なシルフがあぐらをかいて座っていた。そして、その目は閉じられている。


「サタナリア。グレイをこちらへ」


 古い楽器が鳴るような声だった。僕は教官に手を引かれ、師タヤカルのもとに歩み寄る。

 教官が僕の手を導き、師タヤカルの手と、僕の手が触れる。


 その時、僕の身体中を何かが撫でた感触があった。

 そして、僕は自分のことを思い出す。とにかく空腹で、恐怖に塗れていた拳闘士時代のこと、『金拳』フロイドを倒したこと、その後の王宮の生活と事件。直前の戦争と悪魔との対決。


 僕はこの不思議なシルフの女性を見つめる。その目はずっと閉じられたままだ。


「ふむ、概ねわかった。悪魔と魔王のことを知りたいのだな」


 女性、師タヤカルは、目を閉じたまま僕に確認する。


「はい、そうです。教えてください」


「このまま流し込めば、お前が壊れてしまうかな。口を使うことにしよう」


 師タヤカルは、僕の手を離した。


「グレイ、悪魔を見たな」


「はい。牛のような悪魔を見ました」


「なるほど、魔王については何を知っている?」


「悪魔を呼び寄せる巻物に魔王が関わっていると聞きました」


「では、魔王の話からするとしよう」


 師タヤカルは、扇を手に持ち、顔の前にかざす。その目は開いていないけれど、まるで扇の文字を読むような仕草だった。


「かつて、大戦。というものがあった。魔王と人類の争いであったため、魔王大戦と呼ばれることもある」


 師は、扇を一度閉じて、もう一度開いた。


「魔王は、自らの魔力を使い、自らの姿に似せた魔将と、獣の姿に似せた悪魔を作り、人々を襲わせた」


 獣の姿。僕が戦った悪魔は大きな牛に見えた。


「悪魔の力は圧倒的であり、人々は次々と殺され、殺され、殺され、いつのまにか元の数の一割ほどになっていた。つまり、人類文明は一度滅びた」


 文明? 滅びた? どういう事だろう。


「しかし、魔王と悪魔たちは姿を消した。僅かな人類の命脈は保たれた。それから数千年をかけて文明を甦らせた。それが今のこの世だ」


「師タヤカル。なぜそのことをご存知なのですか?」


「私は生き残りなのだよ」


 僕は師を見つめる。その目は閉じたままだった。


「生き残ったのだよ。そして、今、君たちの前にいる」


 師は扇を閉じた。


「悪魔が現れたということは、魔王もまた、現れるのだろう。グレイ、君は悪魔や魔王に立ち向かうつもりはあるのか?」


 師の瞳は開いていない。だが、僕を見ていた。


「僕は死にたくありません。周りの人が死ぬのも嫌です。だから、悪魔や魔王が来るというのなら、抵抗しますし、倒します」


 気付けば、僕は拳を握っていた。


「良い拳だ。魔王や悪魔について気になることがあれば聞きに来るといい」


「ありがとうございます。あの、もう少しだけ良いですか?」


「なんだ?」


「はい。僕たちはバリスタを用いて悪魔の対策をしようとしています。アドバイスを頂けませんか?」


 師は瞳を閉じたまま、教官の方に視線を向けた。


「サタナリア。お前の弟子にノームの娘がいただろう」


 教官は耳をピンと立てた。


「はい。岩妖精であれば、カーディナルという娘がいます」


「その者の里を訪ねてみるといい。まだ途絶えていなければ、悪魔に有効な武器が伝わっているはずだ」


「わかりました。ありがとうございます」


「ありがとうございます。あの、もう少しだけ良いですか?」


「グレイ、なんだ?」


「魔王は恐ろしいですか?」


 サタナリア教官が僕の手を引く。


 師は少し下を向いたあと、顔を上げた。


「ああ、怖くてまだ目が開けられない」


 師の言葉が絡みつく。

 その恐怖は僕にも伝わり、僕の足が二歩、後ろに下がった。

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