第十三話 水攻め
カーン王国軍の総数はわからなかった。
クマタカのカミスは上空から遠くまで見通すことができるが、数を数えられるわけではない。
ただ、プレスナさんは言った。砂塵の量から見て、三千は超えているだろうと。
軍議の場になる。
「籠城を考えています。意見をください」
僕は籠城を提案する。騎士たちは意外そうな顔をする。
「打って出ないのですか?」
「何か策がおありなのですか?」
「いいえ、敵軍の総数もわかっていないうちに、何の対策も立てられません」
まずはガードを固める。致命傷を避ける。観察する。考える。
「プレスナさん。カーン王国のこと、教えていただけますか」
僕は皆を促し、椅子に座る。プレスナさんも座った。
「詳しくはないのですが、私の知っていることだけ」
従卒が騎士たちのカップに水を入れる。
「カーン王国は元々あった諸部族が、十数年前に強力な王によって統一された国です。我がナルタール王国よりも歴史は浅いですが、国の勢いがあります」
「何を言う。ただの蛮族の国を勢いがあるなどと」
一人の老騎士が立ち上がる。
僕は手で制する仕草をする。
「続けてください」
「はい。カーン王国の領地は王の単独支配下にあり、軍政も統一されております。これは私見ですが、我が国よりも柔軟な兵の運用が可能かと思います」
「ありがとうございます。参考になりました」
僕の頭の中に、フットワークが軽く、リーチの長い拳闘士のイメージができる。
「わかりました。ありがとうございます」
僕はプレスナさんに尋ねる。
「ところで、王都の兵はどのくらいですか?」
「直属の兵は一千です」
「わかりました。ここを抜けられると危険ですね。素通りしてくれれば、挟み撃ちにできますが……」
僕は軍議の机に置かれたピッチャーの澄んだ水を見る。
その水面が、僕に考えを与える。
「やはり、籠城でお願いします」
軍議が終わったあと、僕はペンと紙を持つ。
一つ息をつき、心を落ち着けて、文字を書く。
文字に意味を与え、文章にする。
僕は書いた文章を自分で読み、内容を確認する。
そして、僕はカミスの足に細い筒をくくり付け、中に書いた紙を入れる。これはサタナリア教官宛の手紙だ。
「カミス、頼んだ」
僕は空にカミスを放った。
翌日から、カーン王国の攻撃が始まった。兵隊は置き盾の影に隠れ、ゆっくりと近づいてくる。カーン王国軍は落ち着いている。
「相手の進軍を遅らせてください。矢を多めに使って問題ありません」
僕はスタミナの配分を考える。相手を焦らせる。
それでも、三日目には城壁をめぐる接近戦が始まった。
戦いは激しく、槍や剣が振るわれ、熱した油や落石も多用された。
城壁があるため、有利に戦いを進めることができたが、被害は出る。
僕は日々、怪我人と話し、亡くなってしまった人の遺体に会い、埋葬を頼んだ。
そんな小競り合いが毎日続いた。僕は壁に付く兵隊を毎日交代するように命じる。兵の半分を休ませる。
「守りを薄くするのは危険では?」
老騎士が心配してくれる。
「城壁があります。プレスナさんとも相談しました。こちらの軍のうち、半数の千人もいれば、城壁を守ることができると考えます」
疲労した状態で戦うと怪我をしやすい。兵はスタミナを回復させてから、戦場に立たせる。
城壁という限定的な戦場が、このような判断を可能にした。
実際の被害の少なさに、老騎士が唸る。
「私の考えが誤っていたようですな。余計な口を挟んで申し訳ない」
「いえ、意見を頂けて嬉しいです。今回、僕はスタミナ配分を考えて、休むことを決めました。でも、いつもそれが通用するとは限りません。よろしくお願いします」
老騎士は、頭を下げて下がった。
そして、小競り合いが半月ほど続いた頃、僕の作戦が発揮された。
敵陣の後方、森の中を流れるシナイ河。その河の流れが止まる。
それは、前方の野にある唯一の水源だった。
カミスの手紙が届いた。
サタナリア教官が動いてくれた。
僕の依頼に応えてくれたサタナリア教官が、シナイ河の上流に土魔法でダムを作ってくれたのだ。
僕は城壁からカーン王国軍を見る。
まだ大きな動きはない。だが、河の水がなくなったことにより、兵隊たちが慌ただしくしている。
こちらの城壁内には複数の井戸があり、水に苦労することはなかった。
その日、カーン王国軍は戦闘を仕掛けてこない。そして、置き盾の向こうへ下がり、徐々に離れていく。
僕たちも、野戦を仕掛けることはない。
戦争を仕掛ける理由がなかった。
そうして、カーン王国との戦争は、自然に消滅していった。
僕は、手紙を届ける大役を終え、サタナリア教官のもとから戻ったカミスを腕に乗せた。そして、カーン王国のいなくなった森を見つめる。
その時、僕の視線の中で、空気が歪んだ。いや、空間が歪んだ。
黒い稲光。
一瞬の後、敵陣の跡地に、黒い巨大な、本当に巨大な牛のような存在が現れた。
悪魔。
僕の思考にその言葉が浮かぶ。
その悪魔は、こちらの城壁に向けて、突進してきた。




