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第十一話 病床でもラッキー

 柔らかい。多分毛布。


 僕は目を覚ました。


 背中が痛む。血は止まっている。


 僕は体を起こして周囲を見渡した。


 窓から明るい日差しがそそぎ、爽やかな風が吹き込んでいる。


 ベッドの上、どうやら僕は生き残ったようだ。


 僕の寝ていた横のサイドボードには花瓶が置かれ、黄色の小さな花々が主張していた。


 時刻は朝かな。


 その時、部屋の扉が開いた。


 扉から、青色と金色が飛び出してきた。


 金髪をなびかせたアントワネット姫が、青い花束を持って現れる。


 アントワネット姫は僕が身を起こしていることに驚いた様子だった。


 そして、素早く二歩前に歩み出た後、その速度を緩めて、ゆっくりと近づいてきた。


「おはよう、グレイ。もう体はいいの?」


 姫は淡々と尋ねてくる。


「いえ、まだ長時間、立ったり歩いたりすることはできないと思います」


「そう、そうなのね」


 納得した姫は、侍女を呼んで花瓶の花を黄色から青色に変えさせた。


「ありがとうございます。とても美しいです」


 姫はツカツカとベッドに近づき、僕のほおを軽く打った。それは触れたのと同じくらいの強さだった。


「余計なことは言わなくて良いの。怪我を治しなさい」


 そう言うと、姫はすぐに部屋を出て行った。


 一人になった僕は、毛布を被る。


 怪我を治すには、眠ることが必要だった。


 起きると、また朝だった。

 僕は、自分の傷の深さを実感する。体が睡眠を求めている。


 朝の日差しの中、部屋の扉が開いた。


 紫と金色。


 アントワネット姫が、金髪をなびかせて、部屋に入ってきた。


「起きていたのね。体は治ったの?」


 痛みがまだ強い。


「いえ、すぐには治らないようです」


「そう、わかったわ」


 姫は侍女に命じて、花瓶の花を交換させた。


 そうして、無言のまま、部屋を去って行った。


 その翌日から、毎日。


 赤、白、青、黄、青と、姫は花を届けてくれた。


 僕はお礼を言うべきか悩んだ。


 けれども、姫が言った言葉を思い出して、我慢した。


 姫も僕を見て少し身を乗り出して、すぐに戻って、帰って行った。



 時間が過ぎて、僕が起き上がれるほどになると、姫は来なくなった。



 僕は日課を続けることにした。

 昼間は医者に止められるので、夜中、ベッドの毛布を盛り上げて、僕の身代わりを作る。

 そして、ベッドのカーテンの影に隠れて立ち、静かにジャブを打つ。体の回復を感じた。


 そんなある日の夜、僕がいつものように静かにジャブをしていると、扉が静かに開く音がした。


 僕は息を潜める。夜中に起き出していることが知られれば、ジャブの練習を禁止されてしまうかもしれない。


 部屋に入ってきた人物は、静かに暗く光る刃を取り出した。


 短剣。


 そして、それはベッドの上の毛布に突き立てられた。


 僕は判断する。ベッドが無人であることに気がついた人物は、周囲を捜索するかもしれない。短剣に素手は分が悪い。


 僕は先んじてカーテンの隙間から飛び出し、全力のジャブを放つ。

 その人物の顎を打ち抜き、膝が落ちる。そのまま反対の拳でもう一度顎を横から力いっぱい打つと、その人物の口から袋が飛び出し、べちゃりと床に落ちた。人物は倒れ、動きを止める。


 僕は警戒しながら短剣を拾い、袋を小さな灯火にかざした。それは酸っぱい臭いを出していた。


 しばらくすると、衛兵が大勢集まり短剣を持っていた人物を縛り上げる。

 その後ろから、プレスナさんが現れた。夜遅くなのに。


「グレイ様、ご無事のようで何よりです。刺客の侵入を防げず、申し訳ありませんでした。この責は私にあります。申し訳ございません。どのような罰でも……」


「プレスナさん。この袋を調べてもらえませんか。刺客が口に含んでいた物です」


 そう言って袋を渡す。

 深夜のジャブの練習のことは誤魔化せそうだった。



 何日か経って、僕は病室から自分の部屋に戻った。怪我が治ったのだ。


 僕は姿見鏡で背中に二つの傷跡が増えたことを確認する。

 もう、傷は治っている。

 念のため、自分自身の目でも確認したかったのだ。もちろん以前受けた他の傷も大量にある。


 僕が背中の傷を確認していると扉がノックされた。


「どうぞ入ってください」


 扉が開き、金色が入ってきた。

 アントワネット姫だ。


「な、なんで裸なのよ!」


 ああ、そうか。普通は服を着るのだった。今の僕は上半身が裸だ。拳闘士時代の癖が抜けない。


「申し訳ありません。無作法でした。着替えますので、一度お外に……」


「このままで良いわ、伝えにきただけなのだから。私たちの結婚式、やり直すことになったから、次は怪我しないでよ。やり直し、面倒なんだから。絶対よ」


「はい、できる限り、努力いたします」


 僕は裸のまま礼をした。


 頭を上げる。アントワネット姫は僕の体を見つめていたが、僕と目が合うとすぐに部屋を出て行った。


 そうだ、教官にも挨拶をしないと。

 いつから授業を再開してもらえるだろうか。

 楽しみで仕方なかった。



 日常を取り戻し、数日経った頃、国王陛下に呼び出される。

 謁見の間ではなく、私的な執務室だった。


「刺客の言葉により、余の弟、ダイフォスが、一連の暗殺計画の黒幕であることがわかった」


 陛下の顔は暗く沈んでいる。


「ダイフォスは既に自身の城に立て籠もり、開戦の使者を寄越してきておる」


 陛下は言葉を切り、強い酒を一口飲んだ。


「グレイよ。余はそなたにこの討伐の任を与えようと思う。そなたはどう思うか?」


 陛下は迷っていらっしゃる。弟を討つことを躊躇っている。許し、手を差し伸べる手段を探っている。


「国王陛下」


 陛下は僕を見る。


「サベルナ河の上流、その湖はダイフォス閣下の領地でした」


 僕はサタナリア教官の歴史の授業を思い出す。


「自らの領地の異常に気付けず、人々を苦しめた。僕はこのことに怒りを覚えます」


 僕は我に返る。陛下の前で激情を見せてしまった。


「ふむ、統治に不安があると見るか」


 陛下は再び酒を口にした。


「最早悩むこともない。逆臣ダイフォスを討つ。グレイよ、かつてそなたは盗賊討伐において、一兵も失うことなく、これをやり遂げておる。よって、そなたに指揮を任せる。後ほど謁見の間で正式に指名するが、そのように心得よ」


「はい」


 僕は頭を下げる。本格的な戦争が、僕の手によって幕を開けることになる。

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