第十話 結婚式
王宮の中が騒がしい。
それとなく駆け回る執事に聞くと、大勢の招待客の接待の手配や、装飾の準備、衣装の準備などで大変忙しいとのことだった。
僕は居場所が無く、相変わらず早朝から中庭でジャブの練習をしている。
近くの木の枝には、クマタカのカミスが止まり、見守ってくれている。
フットワークを確認し、拳を突き出す。
今、これに何の意味があるのか言うことができない。ただ、止めることができなかった。
そんな時だった。
薄暗がりの中、一人の女性が近づいてくる。
人目を引く金髪。
アントワネット姫だ。
姫は供回りも付けずに、中庭に現れた。
間諜が現れたと言う事件もあった。僕は急いで姫の元に向かう。
「アントワネット姫。このような時間にどうなされたのですか?」
僕はアントワネット姫の間合いに入る。
アントワネット姫は平手を繰り出してくる。拳ではない。僕は避けない。
乾いた音が僕のほおを叩いた。
「なぜ叩いたのか、理由をお聞かせ願えませんか?」
「私、あなたに言うことがあって来たのよ」
姫は呼吸を整えた。
「今回のことは、あくまで政略結婚なのだから。わかっていて? 私生活はこれまで通り別々なのだから、勘違いしないで!」
そう言うと、もう一度振りかぶり、僕のほおを張った。多分、姫の手も痛いだろうと思う。
僕は姫を観察する。顔に化粧ものっている。髪型も整えられている。爪も美しく塗られている。衣装も寝着ではない。随分と準備をしてきている。姫の意志を感じた。
「姫は政略結婚が好きなのですか?」
「なっ……何を言っているのよ?」
「いえ、そのように聞こえたので、確認です」
「今回のことが政略結婚だって言っているの! もう、変なこと言わないで!」
「わかりました。では、そのようにいたします。私生活は別々と言うことですね」
姫はもう一度ほおを張ってきた。
僕の顔を強くにらむ。
そして、姫はそのまま帰っていった。
僕はカミスを見る。
カミスは少し笑っているように見えた。
朝になり、日が昇る。
僕が井戸の水を浴びた後、布巾で体を拭いていると、馬蹄の音が響いてきた。
王宮の壁を登り、王城側を見ると、城付きの騎士であるプレスナさんが台の上に立って行進の指揮をとっていた。何かの訓練のようだ。
僕はその訓練の休憩を待って、プレスナさんに話しかけた。
「プレスナさん。何の訓練なのですか?」
「グレイ様。これは姫とグレイ様のご結婚のパレードの訓練です」
「パレード?」
「はい。お二人には天蓋なしの二人乗りの馬車に乗っていただき、王宮から教会まで進んでいただきます。その際、周囲の民衆たちがお二人を祝福いたします。それがパレードです」
僕はその様子を想像する。
「ありがとうございます。何となくわかりました。民衆たちの祝福とは、勝った後のような感じでしょうか」
「勝つ、ですか?」
「はい。拳闘に似ているのかなと」
プレスナさんは少し顔を伏せた。
「いえ、それとは違います。民衆はみんな、本当にお二人を祝福してくれます」
僕は何かよくないことを言っただろうか。
プレスナさんは台を降りて、僕に歩み寄り、抱きしめてくれた。
「本当に、お二人を祝福してくれているのです」
僕はプレスナさんの腕の中で、小さくなってしまったように感じた。
「わかりました。プレスナさん。ありがとうございます」
そう言って、僕は少し早足でその場所から去った。
数日後、衣装合わせがあった。僕とアントワネット姫、それぞれ結婚の衣装を着て、二人で並ぶ。
衣装係と王様が僕たちを見る。僕たちも姿見鏡で様子を見る。
「嫌よ」
アントワネット姫が否定した。
「冠は私の方が大きくなければいけないわ。グレイは婿入り、私の方が偉いの。それを示す必要があるわ」
衣装係が慌てる。今僕たちが身につけているよりも、立派な王冠が無いようだった。
「では、僕の冠を姫に被ってもらってください。僕は何か他の予備のものでお願いします」
「ですが、それでは……」
「グレイもそれで良いと言っているのだから、あなたはそれに合わせなさい」
アントワネット姫に衣装係が頭を下げる。
とにかく、アントワネット姫は少し大きな王冠を、僕は少し小さな王冠を被る。
そして改めて姿見鏡を確認する。アントワネット姫は満足した様子だった。
そして数日経って、結婚式当日。
僕はいつものようにジャブの練習をして、頭から冷水を被る。
本を読んで、サタナリア教官の指導を受けて、第一王位継承者である姫の婿が、どのような立場であるかは何となくわかった。
王様とは国の象徴であり、政務、軍務の権限の頂点であること。
僕の場合は将来的にアントワネット姫が女王になるだろうから、女王の夫として、この責任を分かち合う存在とならねばいけないこと。
外交も行わなければいけないこと。
今日の結婚式にも諸国の使節が来ているらしい。
うん。サタナリア教官には申し訳ないけれども、まだよくわからない。いずれわかる日が来るのだろうか。
僕はもう一度冷水を被った。
日が昇り、ラッパが高らかに鳴り、兵隊の鎧が緊張で響き、馬がいなないた。
アントワネット姫と僕は、天蓋なしの馬車に乗り、周囲を兵隊と城付きの騎士、騎兵に囲まれて進む。今日の主役はアントワネット姫なので、王様は天蓋付きの馬車で、少し後ろに付いてきている。
「グレイ!」
「俺たちのグレイ!」
「グレイ! また水が汚れた時は頼むぞ!」
あちらこちらから、僕の名を呼ぶ声が聞こえる。アントワネット姫も美しいと呼ばれているが、その声は少し小さい。
アントワネット姫は僕の足を蹴った。それは馬車の外からは見えない。
僕は足の様子を確認する。僕は革のブーツを履いている。足を怪我することはない。
アントワネット姫は座っている。ヒールを折ることもないだろう。
その時だった。
きらめきがあり、カンッという音がして、姫の体が横に倒れる。
姫の被った王冠が、馬車の外に飛ぶ。
そこに矢が見えた。
僕はアントワネット姫に覆い被さった。
背中に鋭い衝撃が二回。
多分、矢が刺さっている。
「カミス!」
僕は上空のカミスに声をかけた。カミスが高く鳴き、急降下する。
僕は腕の中の姫を確認する。無傷だ。
大きな王冠が兜の代わりになり、矢から姫の頭部を守ったようだった。
幸運だった。
僕の背中から血が流れている。
「鷹が入った窓を調べなさい!」
プレスナさんはあの日の鷹狩りに同行していた。カミスの狩りを見ていた。
遠くからプレスナさんの声も聞こえる。もう大丈夫のようだ。
僕は姫からどくために足と腕に力を込める。
いや、力が出ない。血を流しすぎただろうか。
腕の中の姫は僕を見上げている。
「申し訳ありません、姫。僕は今、立てそうにありません」
立てないまま、僕は周囲を見渡す。
前方の馬車の中、王弟ダイフォス様と目が合った。
僕は思い出す。渾身の一撃を空振りした時の拳闘士の表情だった。
血が流れる。姫の衣装が赤に染まる。
遠くから、「生きているうちに治癒魔法をかけろ、間に合わせるんだ」と聞こえる。
僕の血で顔を赤く染めた姫の目に、涙が浮かんでいた。




