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第009話 幕間 様々な思惑

■ コアラ大陸 西方 魔王城 王の間


コアラ大陸の極西にそびえ立つ魔王城。万年雪とどす黒い雷雲に覆われたその最奥、絶対的な冷気と沈黙が支配する『王の間』にて、魔王フランツ・ビータは微かな苛立ちと共に頬杖をついていた。


彼の主導によって開始された人類圏への侵攻は、数年にわたり完璧な盤石さを見せていたはずだった。旧ダージリン王国の領土を蹂躙し、人類を絶望の淵へと追いやる。その果てに待つ完全なる支配は、もはや時間の問題であると誰もが信じて疑わなかった。

だが、その完璧な計画は、あの辺境の砦『ランズ・エンド防衛基地』において無惨に打ち砕かれた。


ダージリン方面軍総司令クロスフォードの戦死。

そして、彼が率いていた十三万という大軍勢が「敵兵の姿をただの一人も見ることなく」完全に蒸発したという、悪夢のような報告。


「……不可解極まるな」


玉座に響く魔王の低い声に、並み居る高位魔族たちは息を殺した。

魔法の痕跡すらなく、ただ凄まじい爆発と光だけが十三万の命を刈り取ったという。この異常事態により、魔王軍のダージリン完全占領計画は一時凍結を余儀なくされ、現在、王都コウチャに展開中の全部隊には厳重な待機命令が下されている。


後任の総司令には、魔王の腹心たる『四大魔人』の一人、バルタザールを派遣する手はずが整っていた。

バルタザールはかつて、ダージリン王国の誇る絶対防衛線『レッドライン』に対し、広域殲滅魔法【ライトニング・ストーム】を無数に叩き込み、物理的な地形ごと防衛線を崩壊させた絶大な武功を持つ男だ。彼を以てすれば、いかなる未知の防衛兵器がランズ・エンドに存在しようと、再び陥落させられるという算段であった。


現在、王の間にはバルタザールを除く三人の魔人が集結している。


「さて……これからどう動くか。セマよ、何か良い案はあるか?」


魔王フランツ・ビータの問いに、四大魔人で唯一の女性であり、最高位の知謀家でもあるセマが一歩前に出た。紫色の艶やかな肌と、蛇のように冷酷な瞳を持つ彼女は、妖艶な笑みを浮かべて言葉を紡いだ。


「それでしたら……ジャポン皇国への道を護る関所、港町『エンジョイ』に対し、威力偵察を兼ねて部隊を派遣してはいかがでしょうか」


セマは細い指先で、空中に浮かび上がる大陸の幻影地図をなぞった。


「エンジョイへ向けて、レッサーデーモン一千体を放ちます。これでエンジョイを難なく占領できれば御の字。仮に失敗し、数体が命からがら逃げ帰ってきたとしても、人類側に『何かしらの未知なる変化』があったという確固たる情報が得られます」

「ふむ。ランズ・エンドではなく、あえて別ルートを叩くか」

「はい。正体不明の攻撃で十三万が消え去った場所へ、無策で再侵攻するのは愚策の極み。まずは人類の新たな『手札』を暴くのが得策かと存じます」


魔王は低く喉を鳴らし、玉座の肘掛けを叩いた。


「なるほど、理にかなっている。セマよ、エンジョイへの侵攻はお前の指揮で動かせ。念のため、後詰としてグレーターデーモンも百体ほど派遣しろ。もし、この軍勢すら容易く破られるようなことがあれば……人類は我々にとって、真の『脅威』となる何かを手に入れたということになる」

「ははぁ……仰せのままに」


深く頭を垂れるセマの瞳の奥で、残忍な知的好奇心がギラリと光った。

こうして、魔王軍による港町エンジョイへの大規模な威力偵察部隊が、静かに進軍を開始したのであった。



◆ ◆ ◆



■ 日本国 東京 霞が関 首相官邸 地下会議室


異世界の暗雲とは対照的に、日本の首相官邸の地下深くに位置する危機管理センターでは、極めて現実的で血の通った官僚的な議論が白熱していた。

ジャポン皇国をはじめとする三カ国との国交樹立。それは単なる外交的勝利ではなく、一億二千万人の国民が餓死の危機から脱したことを意味する、日本国存亡を懸けた分水嶺であった。


「……それにしても、『勇者召喚』ですか。事態が落ち着いたら本格的に調査させますが、過去に二度、三度と日本人がこの世界に召喚――いや、拉致されていたとは」


内閣総理大臣が、手元の分厚い報告書に目を落としながら呟いた。

その「勇者」と呼ばれる日本人が、過去にどのような魔法的活躍をしたのかは定かではない。内政チートを行ったのか、農業チートを行ったのか。だが、結果としてジャポン皇国には「大根」や「米」など、地球の日本で馴染みのある農作物が多数根付いていたのである。

それが、現在の日本の食糧問題を即座に解決する一助となっているのは、なんとも皮肉な歴史の巡り合わせであった。


総理にとって、魔族との戦争は『国家間の総力戦』ではなく、あくまで『武装勢力の排除』および『大規模な害虫駆除』でしかない。

ランズ・エンド防衛戦での統合幕僚監部からのデータと、軌道上に展開しつつある代替観測網の解析によれば、自衛隊がコアラ大陸に安定した活動拠点を完成させ次第、一年もかからず魔王城を物理的に更地にできるという試算がすでに出ていた。


「農水省としては、過去の拉致被害の側面はともかく、皇国に日本の農作物のノウハウが伝わっていたのは不幸中の幸いでした」


農林水産大臣が、興奮を抑えきれない声で発言する。


「インフラさえ整えば、即座に日本への大規模な食糧輸出環境が整います。今後は皇国だけでなく、王国や都市国家の土地でも地球の作物を栽培させ、我が国の完全な食糧安保を確立します。これは同時に、かつてのTPP等で打撃を受けていた国内の農業従事者への、大規模な『技術指導員としての再就職斡旋』にも直結します。畜産業の技術移転も急務です」

「国交省としては、まず皇国へ我々のインフラ設備と、その運用保守ノウハウをパッケージとして輸出します。これが将来的な日本の国益となり、皇国の属国化を避けた自立発展の基礎となります」


国土交通大臣の報告に続き、厚生労働大臣が立ち上がった。


「厚生労働省からは、亜人種に関する防疫体制の進捗を。将来的な労働力としての受け入れや留学を見据え、未知の感染症リスクをゼロにするための調査を継続中です。また、現地には『公衆衛生』の概念が皆無であるため、手洗いや煮沸など、基礎的な衛生教育のパッケージを皇都全域に展開させています」


次々と前向きな報告が上がる中、文部科学大臣が大型ディスプレイの画面を切り替えた。


「文科省は、経産省や法務省と合同で『異世界人向けの教育パッケージ』の準備に入っています。日本の高校卒業レベルの読み書き、計算、労働倫理を叩き込まねば、日本企業が大陸へ進出した際の人材確保と購買層の育成に致命的な遅れが生じます」

「教育に時間はかけられないぞ?」

「ええ。ですから、国内大手テック企業であるMony社やMahoo社の協力を得て、最新の『HMDによる仮想世界フルダイブ技術』を教育に投入します。現実の数倍の体感時間で、一年分の学習を短期間で脳に定着させます」


文部科学大臣の言葉に、会議室がどよめいた。

魔法世界の人々を、現代日本のVR技術で物理的に啓蒙する。もはやSF小説のような計画が、国家予算を投じて現実に行われようとしていた。


「ただし、政治思想まで急激に教え込むと、現地で革命や反乱が起きかねません。カリキュラムの思想的調整は、極めて慎重に行っています」

「よろしい。法務省はどうだ?」


総理の視線を受け、法務大臣が咳払いをして立ち上がった。最も重く、複雑な議題である。


「先ほどの『勇者召喚』に関してですが、我が国には『法の不遡及』の原則があり、国交樹立前の出来事に対して法的アクションを起こすのは困難です。将来の良好な関係を考慮し、この件は外交カードとして伏せておくのが賢明かと存じます。……そして、現在水面下で最も激しい議論が交わされている件についてご報告します」


法務大臣の表情が険しくなる。


「母国を失い、日本と共に転移してしまった『在日米軍』の処遇についてです。軍人とその家族、軍属を含めて約十万人。彼らの多くが銃器を所持しており、治外法権のまま放置するのは国家の根幹を揺るがす極めて危険な状態です。現在、馬毛島(まげしま)に巨大な『特別行政区』を設け、彼らを日本の法体系の下に組み込む案が有力視されています。かつての同盟国であり、極めて友好的な彼らを保護することは、日本の国益に必ず繋がると考えております」


防衛大臣もそれに深く頷いた。


「防衛省としても、在日米軍が我が国の指揮下、あるいは強固な連携下に入れば、国防力は飛躍的に向上すると考えています。……さて、会議の直前に、皇都オワリより緊急の要請が入りました」


防衛大臣は、前線の戦況図をモニターに映し出した。


「皇国への陸の玄関口、港町エンジョイに対し、約一千体の害虫(魔族)が接近中とのこと。ジェンダー行政長らより、現地で編成された新部隊『第一戦略機動大隊』をエンジョイへ緊急輸送してほしいとの要請です」

「自衛隊の直接介入は求められていないのか?」

「はい。今回は『ニホンから供与された技術が、自分たちだけで通用するか試したい』とのこと。そのため、我が方は大型輸送ヘリ(CH-47J)による部隊の緊急空輸と、後方での負傷者の医療搬送のみをサポートする旨で回答したいと考えますが、よろしいでしょうか」


総理大臣は深く頷いた。


「自衛隊の直接介入なしで、あくまで輸送支援のみか。……なんともまぁ、彼らも忙しいところだな」


総理大臣は、呆れたような、しかしどこか頼もしさを感じる息を吐いた。

未知の世界に放り出されながらも、日本という国家の歯車は誰一人として歩みを止めていない。むしろ、前例のないフロンティアを前にして、官民一体となった熱気すら帯びている。


「それで構わない。ところで、足場となるランズ・エンド防衛基地の強化はどうなっている?」

「現在、陸上自衛隊の三個施設団を現地へ派遣し、昼夜を問わず急ピッチで作業を行っております。あと一ヶ月もすれば、近代的な要塞拠点として完成する予定です」


防衛大臣が即答する。

ランズ・エンド周辺の海域には、海上自衛隊の第1水上戦群 第1水上戦隊が睨みを効かせ、陸上には第7師団および第2師団の一部が展開し、絶対的な警戒網を敷いていた。

これは単なる防衛ではない。その先にある、魔王軍に占領された旧ダージリン王国の『王都コウチャ奪還』を見据えた、明確な侵攻への布石であった。


「大丈夫そうだな。引き続き、抜かりなく進めてくれ。……それでは、本日の閣僚会議を終了とする」


総理の力強い宣言と共に、分厚い扉が閉ざされる。

人類の反撃の狼煙は、この霞が関の地下深くから、確実に上がり始めていた。



◆ ◆ ◆




■ジャポン皇国 皇都オワリ 天守閣


日本の技術支援によって急激な近代化が進む皇都。その中心にそびえる天守閣の最上階では、三人の少女たちが机を囲んでいた。


「……ニホンという国は、本当に凄まじい国じゃのう」


ジャポン皇国の女皇オイニは、先んじてニホンから帰還したジェンダーの報告書と、窓の外に見えるナトリウムランプ(10WのLED電球にモバイル型ナトリウムイオン電池とソーラーパネルの組み合わせ)の眩い光を見つめながら、深い感嘆の息を漏らした。


「列強国を超える、世界唯一の超大国。……単語の意味としては理解しておるつもりじゃが、一度でいいからその『ニホン』という国を、わらわの目でも直接見てみたいものじゃ。のう、アールグレイよ?」

「ええ、本当に一度行ってみたいですわね! なんでも、パフェとかクレープとか、見たこともないほど甘くて美味しい食べ物が山のようにあると聞きましたの!」


旧ダージリンの王女アールグレイは、目をキラキラと輝かせて両手を組み合わせた。

魔王軍との凄惨な戦いを忘れさせるような、年相応の暢気な会話。だが、その向かいのソファで頭を抱えていたフリーダム共同体の行政長ジェンダーは、呆れたようにジト目を向けた。


「あんたら、ホンマ暢気そうでええなぁ……。ウチはニホンに行って、カルチャーショックっていうんか、もう大陸の国家が全部ただの『田舎の村』にしか見えんようになってしもうて……正直、まだ頭がフワフワしとるわ」


時速二百ハ十五キロで走る鉄の馬車。天まで届くガラスの塔。

あの圧倒的な光景を思い出すだけで、ジェンダーは眩暈を覚える。

三者三様の感想が交錯する中、オイニの表情がスッと引き締まった。


「……だからこそじゃ、ジェンダー。オワリの西、エンジョイに迫る魔族に対する『自衛隊の支援』の件、ニホンからの許可はしっかりと取り付けたんじゃろうな?」

「あぁ。ウチらの部隊の輸送と、救助者の搬送のみを取り付けることはできた。……ニホンの直接的な火力支援は、一切なしや」


オイニは重く頷き、立ち上がった。


「これが『本番』じゃ。この戦いの成否で、我々の軍事力が『自主独立』可能か、それとも永遠にニホン国へ依存し続けるかが決まるからのう」


ニホン国は強大すぎる。

だからといって、国防そのものまで全てニホンに委ねてしまえば、ジャポン皇国も他の国家も、実質的な主権を持たないただの『傀儡国家』に成り下がってしまう。

それは、一国の主として一番避けねばならない最悪の結末だ。

だが、既存の剣と魔法の軍事力では魔族に対抗することができない。そのジレンマを打ち破るための切り札こそが、ニホンから供与された機動力と兵站の技術を取り入れた新部隊――『第一戦略機動大隊』であった。


「確かに、オイニ様の仰る通りですわ」

アールグレイもまた、王女としての誇りを滲ませて真剣な顔つきになる。

「私からも、ランズ・エンドを護る臣下たちに『ジエイタイから必死に技術を学ぶように』と厳命してあります。私が再びランズ・エンドの地を踏む機会がありましたら、ニホンの知識を得て覚醒した優秀な臣下たちを見られるのかと思うと、胸が高鳴ります」


それぞれの思惑と決意が、皇都の夜空の下で静かに交錯していた。

自衛隊もちゃんとヘスコ防壁使ってること知りました。

ランズ・エンドもヘスコ防壁で短期間で強化されてます。

もちろん日本製のコンパウンドボウの大量配備が予想されます。

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― 新着の感想 ―
ランズエンドはヘスコ防壁で強化してたのか! てっきり鉄筋コンクリートで強化されてると思いましたが、短時間&ロケット砲程度なら防御出来て簡単に修復出来る方の方が圧倒的合理的ですもんね。 そして次回辺りで…
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