第008話 コアラ大陸の防衛力強化
大地ごと異世界へ放り出されるという未曾有の国難に直面しながらも、日本という国家は驚異的な速度で「生存のための最適解」を叩き出しつつあった。
その原動力となったのは、転移直後に発生したいくつかの『奇跡』と、持てる技術の全振りである。
最初の奇跡は、南の海で起きた。
転移直後、周辺海域の哨戒任務に当たっていた海上自衛隊のP-1哨戒機が、小笠原諸島・父島の西約百三十キロメートルに位置する『西之島』の異常な変貌を報告したのだ。
元々は4.4平方キロメートルに過ぎなかった火山島が、地殻変動の影響か、あるいはこの世界の未知なる法則によるものか――実に約854.8平方キロメートル、新潟県の佐渡島に匹敵する巨大な島へと急膨張を遂げていたのである。
のちの緊急地質調査により、この島には転移後の日本が喉から手が出るほど欲していた枯渇資源が、無尽蔵に眠っていることが判明した。西之島は『資源島』と再命名され、異世界における日本の経済とエネルギー供給を根底から支える大黒柱となった。
さらに、エネルギー問題の解決を後押ししたのが「持たざる国」として培ってきた技術力の結集だった。
福島県で東日本大震災の復興プランとして細々と進められていた『藻類バイオ燃料生産工場』は、国家の命運を懸けた一大プロジェクトとして劇的な規模拡大を果たした。同時に、国内最大手の自動車メーカー『TOYODA』が主導していた次世代水素エンジン技術の開発に、政府と全企業が採算度外視で合流。キューピッチで実用化された水素インフラと、資源島からの国内産石油の恩恵により、懸念されていた物流・輸送網の崩壊は完全に回避された。
コアラ大陸にも未開発の油田が存在する可能性が高く、魔族掃討後の本格的な採掘権もすでに視野に入っている。
産学官民の連携は、次世代バッテリーの分野でも凄まじいブレイクスルーを起こした。
全固体リチウム電池と並び、充放電八千回という驚異的な安定性を誇る安価な『ナトリウムイオン電池』の量産化に成功したのだ。
このナトリウムイオン電池は、インフラ整備の要としてジャポン皇国へと大量に輸出された。さらに、増大する大陸での電力需要を賄うため、国内で試験運用されていた『小型モジュール炉(SMR)』二基が、極秘裏に大陸へと運び込まれることとなる。
無論、日本政府は異世界の住人に「核」というパンドラの箱の真実を教えるつもりはない。あくまで「経済活動に必要な大型の魔法装置」という説明にとどめ、その周囲には陸上自衛隊の精鋭とAI搭載ドローンを配置し、二十四時間体制の絶対的な防衛網を敷いていた。
一方、食料自給率という最大の弱点は、ジャポン皇国からの莫大な食糧輸入によって解決されつつあった。日本が最新の農業技術と肥料を提供することで、皇国の農作物の収穫量は爆発的に増加しており、まさに理想的な互恵関係が成立している。
そして、日本国内の治安と結束を決定づけた「もう一つの奇跡(異常事態)」があった。
理由は一切不明だが、転移の瞬間に『日本という国家に対して明確な害意やマイナス感情を持っていた者たち』が、忽然と姿を消したのである。その代わりに、親日的な外国人の親族や友人たちが、世界中から日本と共に転移してきていた。
政府はこれを機に特別法を執行。希望者には迅速な帰化による戸籍編成を行い、万が一地球へ帰還できた場合には元の国籍へ戻れるというセーフティネットを用意することで、新たな国民を迎え入れた。
祖国を失い、日本と共にこの世界へ取り残された在日米軍も、現状は「保留」という形で静かに駐留を続けている。極めて歪な形ではあるが、現在の日本国は有史以来、最も強固な一枚岩となっていた。
◆ ◆ ◆
時を同じくして、海の向こうのジャポン皇国もまた、日本の劇薬のような技術提供によって凄まじい変貌を遂げていた。
日本のインフラ整備が介入した皇都オワリは、瞬く間に中世の街並みから近代都市への脱皮を始め、夜の闇はナトリウムイオン電池がもたらす街灯の光によって駆逐された。
そして何より、コアラ大陸の歴史を永遠に変えることとなる『軍事力の変革』が起きていた。
技術流出防止法の制約下にある日本が、三カ国の同盟軍に提供した「兵器」は、銃や大砲ではなかった。
近接戦闘用の『89式多用途銃剣』。
そして、滑車とてこの原理を応用し、人間の腕力ではあり得ない初速で矢を放つ、現代最強の弓『コンパウンドボウ』。
だが、真の脅威は「足」であった。
歩兵単体の機動力を極限まで高めるオフロードバイク『スーパーカブ 110』。
さらに、1950年代にフランス軍が運用した『ベスパ150TAP』を参考に、悪路走破用スクーターに「無反動砲」を強引に搭載、本体補強した対大型魔族用の即製戦闘車両『スーパーカブ 110 BZK』。
分隊単位の兵士を乗せて荒野を疾走する『パジェロミニ(軽四輪駆動車)』。
そして、最大350キロの牽引トレーラーを引いて大量の物資と兵員を前線へ運ぶ『軽トラック』。
自衛隊員や民間の指導員たちは、これらの運用ノウハウ、悪路での運転技術、そして何より重要な「メンテナンス」の概念を、異世界の兵士たちに徹底的に叩き込んだ。
燃料となるガソリンは、資源島で原油採掘・精製されたものがタンカーで絶え間なく運び込まれている。それは、戦後の需要を見据え、自立して指導できる人材を育成するという日本の長期的な布石でもあった。
資源島では、1日に300万バレルの原油が取れることがわかっている。
こうして、バイク、四輪駆動車、そして現代の複合弓という独自の戦術体系を確立した全く新しい軍隊――『コアラ大陸連合軍・戦略機動大隊』が、二個大隊規模で産声を上げたのである。
後の歴史書に「大陸の勢力図を一夜にして塗り替えた英雄たち」と記される彼らの設立から間もなく。
日本からの早期警戒情報により、ジャポン皇国の中枢へ一つの凶報がもたらされた。
旧フリーダム都市国家から皇国へと続く絶対防衛線に、魔族の大規模な侵攻部隊が接近している、と。
◆ ◆ ◆
■ 旧フリーダム都市国家・ジャポン皇国国境 港町エンジョイ
かつて、この港町エンジョイは、ジャポン皇国とフリーダム都市国家を結ぶ交易の要衝として、多様な種族と商人が行き交う活気あふれる街だった。
しかし今、潮騒に混じって聞こえるのは、甲冑が擦れる冷たい金属音と、兵士たちの荒い息遣いだけである。ここは現在、魔王軍の侵攻を食い止めるための『絶対防衛線』として軍事要塞化され、民間人の姿はとうに消え失せていた。
「――隊長! まもなく、敵先鋒の魔族群が当基地の防衛圏内に到達します。その数、およそ一千!」
見張り塔から駆け下りてきた部下の報告に、守備隊長は重く息を吐いた。
「敵の種別は?」
「レ、レッサーデーモンの群れです! グレーターデーモン(上位悪魔)こそ確認されていませんが、完全な戦闘種族の軍団です!」
部下の声が微かに震えているのも無理はない。
レッサー(下位)と名付けられてはいるものの、それはあくまで魔王軍の中での階級に過ぎない。強靭な肉体と高い再生能力を持つ彼らは、冒険者ギルドの基準で言えば『Aランク冒険者が三人がかりでようやく一体を討伐できる』という極めて危険な存在だ。
先の防衛戦で致命的な損耗を受け、未だ回復しきっていないこのエンジョイ守備隊の戦力で、千体のレッサーデーモンを正面から受け止めきれるはずがなかった。
「冒険者ギルドにも緊急の応援要請を出していますが、到底間に合いません……! このままでは、防衛線は一時間と持たずに突破されます!」
絶望的な状況報告。
しかし、守備隊長は慌てることも、退却を命じることもなく、ただ静かに剣の柄に手を置いた。
「確かに、我々の戦力ではあの大群を『殲滅』することは不可能だ。だが、我々に与えられた任務は防衛ではない。徹底した『遅滞戦闘』だ。援軍は来る。……これは、ジェンダー行政長からの直接の指示だ」
「遅滞……? 足止めをして、一体どうなるというのですか?」
部下が悲痛な顔で問い返す。
「今回、皇都より『新部隊』が投入される。ジェンダー行政長、ジャポンのオイニ女皇陛下、そしてダージリンのアールグレイ王女殿下が総力を挙げて編成した、全く新しい軍隊の『お披露目』だそうだ。その新部隊が、このデーモンの大軍勢を相手にする」
「なんと……!? もしかして、我々はついに、魔族に対して反攻できるだけの体制が整ったということでしょうか?」
信じられないといった顔をする部下に、隊長は力強く頷いた。
「全容は分からん。だが、トップであるお三方の期待は並々ならぬものがある。そして何より、あの『ニホン国』が直接育成に関わった部隊だ。ただの援軍であるはずがない」
「おおっ……! 我々は、ついに魔族に一矢報いることができるのですね!」
恐怖で青ざめていた部下の目に、熱い涙が滲む。
絶対的な死の絶望に、一条の希望の光が差し込んだのだ。
「でしたら……その新部隊が到着するまで、我々は何としてでも足止めを行いましょう!」
「そうだな。ここで踏ん張らねば、今まで死んでいった仲間たちに顔向けができん。……総員、配置につけ! レッサーデーモンが一歩でもこの門を越えることを許すな!!」
隊長の号令は、すぐさま防衛線全域に伝播し、兵士たちの士気を劇的に跳ね上げた。
決戦の時は、目前に迫っていた。
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まことにありがとうございます。
今夜後1話投稿できればしたいと思います。
そのうえで、次の更新が今週末か来週になります。




