第005話 ランズ・エンド防衛戦2
■ 旧ダージリン王国 ランズ・エンド防衛基地
コアラ大陸の北東端からさらに北。絶海の海にぽつんと浮かぶ要塞島、『ランズ・エンド』。
かつて存在した絶海の火山島を彷彿とさせる巨大な二重カルデラ構造を持つその島は、外周を切り立った数百メートルの断崖絶壁に囲まれている。そして、島と大陸を繋ぐのは、魔法と土木技術の粋を集めて造られた一本の巨大な『人工陸橋』のみ。
大陸最強と謳われた旧ダージリン王国の騎士たちは、この陸橋の最前線で分厚い鋼の鎧に身を包み、文字通りの鉄の壁を形成していた。
だが、威容を誇る彼らの実態は、凄惨たるものだった。
「……司令。第十二中隊の騎士が三名、栄養失調で倒れました。もはや、甲冑の重さにすら耐えられない者が続出しています」
副官の悲痛な報告に、防衛基地司令長官ドレーク・ヴァリアント将軍は、乾ききった唇を噛み締めた。
この半年間、魔王軍の海上封鎖により補給を絶たれた彼らは、極度の飢餓状態にあった。海藻を煮込み、時には軍馬の飼葉にすら手を出して命を繋いできた。屈強だった騎士たちの頬は痩せこけ、握る剣の柄は小刻みに震えている。
そこへもたらされた、西方より迫る『十三万の魔王軍』の報せ。
もはや、この要塞は風前の灯火であった。
「耐えろ、としか言えんのが口惜しい……。だが、皇国からの魔信を信じるならば、今日……」
ドレークが重い声で呟いた、まさにその時だった。
バタバタバタバタバタッ――!!!
東の空から、空気を物理的に叩き切り、腹の底を激しく揺さぶるような『異音』が響き渡った。
「な、なんだあれは!?」
見張りの騎士が絶叫する。
東の海上、水平線の彼方から猛烈な速度で接近してくる灰色の巨大な鉄の塊。ワイバーンの羽ばたきでも、グリフォンの鳴き声でもない。それは彼らの常識を根底から覆す、生物ではない鉄の飛竜――海上自衛隊のSH-60K哨戒ヘリコプターであった。
「総員、対空戦闘用意! 魔導師、シールドを張れ!」
未知の存在に対する本能的な恐怖から、ドレークは思わず叫んだ。
しかし、その鉄の飛竜に敵意はないようだった。機体は要塞の中枢である広大な練兵場の上空でピタリと静止すると、ゆっくりと降下を始める。
ゴォォォォォォッ!!
猛烈な下降気流が吹き荒れ、砂埃が舞い上がり、飢えた騎士たちは立っていることすらできずに吹き飛ばされる。魔法も使わずに空を制圧する絶対的な質量の暴力に、ドレークたちはただ息を呑むことしかできなかった。
やがて着陸した機体の横腹が勢いよく開き、中から数名の人物が姿を現す。
漆黒の揃いの軍服と自動小銃を身に纏った護衛。そしてその中央には、パリッとした黒い外套を着こなした、黒髪黒目の人間が立っていた。
「はじめまして。私は日本国外務省から参りました、特命外交官の阿佐見と申します」
土埃の舞う練兵場。剣も魔法の杖も持たないその男は、数千の兵士たちに囲まれながらも一切の動揺を見せず、優雅に一礼した。
ドレークはハッと我に返り、震える足に力を込めて前へ出た。
(これほどの強大な鉄の乗り物を操る国……! 同時に、彼らは皇国が国交を結んだという援軍だ!)
「こ、こちらこそはじめまして。私はこの防衛基地司令長官、ドレーク・ヴァリアントだ。……現在の我々の絶望的な状況は、お聞き及んでいることと思う。して、ニホンは……我々の『味方』になってくれると考えてよろしいのだろうか?」
ドレークの命を絞り出すような問いかけに、阿佐見は眼鏡の奥の鋭い瞳を細め、薄く、頼もしい笑みを浮かべた。
「もちろんです、ドレーク司令長官。我々日本国は、貴国の防衛基地を守り抜くことを決意し、政府の超法規的措置をもって『圧倒的な援軍』の派遣を決定いたしました。ですから……もう、安心してください」
その言葉が響いた瞬間。
死を覚悟していた兵士たちの間で、張り詰めていた糸が弾けた。
「おおおぉぉぉぉっ!!」
「助かる! 我々は助かるぞ!!」
武器を放り投げ、その場に泣き崩れる者。抱き合って歓喜の雄叫びを上げる者。
ドレークもまた、熱くなる目頭を押さえながら、阿佐見の手を力強く握りしめた。
その日の午後、要塞は熱狂に包まれた。
SH-60Kの先導によって安全な航路を確保した十隻の輸送船が入港し、さらに沖合の『いずも』から輸送ヘリが次々と物資をピストン輸送し始めたのだ。
広場には無数の焚き火が焚かれ、日本の戦闘糧食や温かい豚汁、皇国の小麦が振る舞われる。自衛隊の衛生兵による近代医療の治療も開始され、死に絶えようとしていた一万の軍勢は、たった一日で完璧な士気と体力を取り戻したのである。
「司令。兵たちの士気は最高潮です。魔族の十三万が来ようと、今の我々ならこの陸橋を絶対に守り抜いてみせます」
「ああ。ニホン国の阿佐見殿によれば、彼らの『空飛ぶ船』と『灰色の巨大な鳥』が、我々の後方から信じられないほどの火力支援を行ってくれるそうだ。我々は、ただ前だけを見ていればいい」
西の空には、決戦の暗雲が立ち込めている。
だが、彼らの瞳にもう絶望はなかった。背後には、星の海を渡ってきた規格外の鋼鉄の同盟国がついているのだ。
運命の決戦へ向けた時間が、静かに、そして確実に動き出していた。
▲運命の決戦の日。
ランズ・エンド防衛基地から西へ十キロ。荒涼とした平野を、大地を黒く染め上げるほどの軍勢が埋め尽くしていた。
「……クロスフォード司令。目標であるランズ・エンド防衛基地まで残り十キロ。全軍、所定の陣形への配置を完了しております」
魔王軍・ダージリン方面軍総司令クロスフォードは、豪奢な天幕の中で足を組み、副官からの報告に満足げに頷いた。彼の手には、ダージリン王都を陥落させた際に奪い取った最高級のクリスタルグラスが握られ、芳醇な赤ワインが揺れている。
「ご苦労。……休憩終了後、予定通り『ゴブリンライダー』百騎による先制攻撃を開始せよ。奴らの防衛陣形と対空兵器を上空から完全に粉砕し、終わり次第、地上部隊十三万による蹂躙戦へ移行する」
「ハッ! 直ちに!」
天幕を退出していく副官の背中を見送りながら、クロスフォードはワインを一口含み、醜悪な笑みを浮かべた。
空を飛び、ひ弱な人間どもへ遥か上空から一方的な強襲を仕掛けるゴブリンライダー。ゴブリンの分際で空を舞うとは小癪だが、これほど有能な戦力はない。
かつて、ダージリン王国の王都コウチャへ侵攻した際も、ゴブリンライダーによる空からの火炎魔石投下によって、王都の防衛軍は為す術もなく崩壊した。地上から放たれる弓矢など届かない高高度から、一方的に死の雨を降らせる。
「さて……極上の『ワンサイド・ゲーム』を、たっぷりと楽しませてほしいものだ」
クロスフォードの号令を受け、百騎のゴブリンライダーが一斉に飛び立った。
巨大な皮膜の翼を持つ飛竜の亜種が、ギャアアアッという耳障りな鳴き声を上げながら西の空を埋め尽くし、東のランズ・エンドへ向かって猛スピードで飛んでいく。
その光景を地上から見上げていた魔族の軍勢は、早くも勝利を確信し、下劣な歓声を上げていた。
しかし――真の地獄は、彼らの見えない『遥か上空』からやってきた。
◆ ◆ ◆
■ ゴブリンライダー・ギズ
「ギギャギャ! ニンゲン、モヤス! セイアツ、スル!」
ゴブリンの飛行兵ギズは、騎乗するワイバーンの背の上で涎を垂らして嘲笑し、手にした火炎魔石を弄んでいた。
空を飛べる自分たちは、この世界における絶対の強者だ。地上で震える羽の無い人間どもを見下ろし、安全圏から一方的に焼き尽くす。今日もまた、極上の蹂躙が始まるはずだった。
ピピピッ……ピピピピッ……。
「……ギ?」
不意に、乗騎のワイバーンが怯えたように鳴き声を上げた。
ギズが目を凝らすと、遥か前方の雲海から、見たこともない『灰色の細長い筒』のようなものが、尋常ではない速度でこちらへ向かってくるのが見えた。
弓矢か? いや、あんな速さで飛ぶ魔法も矢も見たことがない。
ギズが疑問を抱き、ワイバーンの手綱を引こうとした――その瞬間。
それは、音速の三倍(マッハ3)で飛来したAAM-5(04式空対空誘導弾)であった。
赤外線シーカーがワイバーンの強烈な体温を正確に捉え、吸い込まれるように胸元へ直撃する。
ドガァァァァァァンッ!!
ギズは、自身に何が起きたのかを理解する暇すら与えられなかった。
鼓膜を破る轟音と共に炸裂した弾頭が、乗騎もろともゴブリンの肉体を空中で四散させ、血の雨となって眼下の大地へ降り注いだ。
百騎いたゴブリンライダーは、敵の姿を視認することすら叶わぬまま、わずか数秒でその半数以上が空の藻屑と消えたのである。
◆ ◆ ◆
■ 航空宇宙自衛隊 F-15XJパイロット
「――アルファ・リーダーより各機。空の目標の大半が消失。残存は散開しパニック状態。脅威度ゼロと判定。これより、制空権の確保を宣言する」
高度一万メートル。
抜けるような群青の空を、銀翼の猛禽たちが音速を超えて飛翔していた。
航空宇宙自衛隊第9航空団所属、F-15XJ。ミサイル母機及び爆撃トラックとして大規模改修を受けた最高峰の重戦闘機である。
HUD越しに眼下の惨状を見下ろしながら、パイロットは酸素マスクの奥で冷静に告げた。
「こちらアルファ・ツー。まるでスローモーションですね。チャフもフレアも、回避運動の概念すら存在しないようです」
「ああ。同情する気にもなれん。……全機、兵装システムを対地モードへ切り替えろ。これより対地爆撃へ移行し、地上の害虫どもを掃討する」
空の覇権を瞬時に確立した十六機の編隊(F-15XJ十機、護衛のF-35A六機)は、魔法世界の常識を置き去りにしたまま、無慈悲な降下を開始した。
眼下の平野には、黒い絨毯のように蠢く十三万の魔王軍が密集している。パイロットたちは、ただ機械的に操縦桿のボタンを押し込んだ。
機体の腹と翼下から、強烈な炸薬を詰め込んだ一発227キログラムのMk82無誘導爆弾がボロボロと切り離され、重力に従って魔王軍の頭上へ降り注ぐ。
その数、一回のパスで計二百六十発。
純粋な物理的破壊エネルギーの豪雨が、地上へと殺到した。
◆ ◆ ◆
――――ズドオォォォォォォォォンッ!!!!!
大地が、めくれた。
最初に直撃したMk82爆弾が、地上で数万の悪魔が展開した「強固な魔法防壁」に触れた瞬間。中級・上級魔法の粋を集めたはずの障壁は、まるで薄いガラスのように粉々に砕け散った。
そして、無数の爆弾が十三万の大軍勢のど真ん中に着弾し、連鎖的に炸裂した。
閃光。
鼓膜を破る轟音。
遅れて襲いかかってきたのは、すべてを炭化させる超高熱と、人体を内臓から破裂させる凄まじい衝撃波であった。
「アギャアアアアッ!?」
「ギ、ギェェエエッ……!」
誇り高きグレーターデーモンの漆黒の強靭な肉体が、爆風によって紙くずのように引き裂かれ、宙を舞う。魔法を詠唱しようとしていたレッサーデーモンたちは、その声を発する間もなく爆炎に飲み込まれ、一瞬で蒸発した。
「な、なんだ、あれは……!?」
爆発の余波で吹き飛ばされ、泥に塗れたクロスフォードは、耳鳴りに支配された頭で絶望的な光景を見つめていた。
地平線の彼方まで続いていたはずの自軍の美しい陣形が、たった数秒の間に、クレーターだらけの火の海へと変貌している。
(灰色の……巨大な鳥が、あのような凄まじい威力の爆弾を落としただと!?)
馬鹿な。あり得ない。
そもそも、ゴブリンライダーの飛竜も含め、空を飛ぶ魔物は自らの体重以上の重い物を運ぶことなどできない。だから空からの攻撃は『火炎魔石』程度の軽いものを落とすしかないのだ。
あの灰色の鳥はなんだ!? なぜ、あれほど巨大な爆弾を、あれほど大量に抱えたまま空を飛べるのだ!?
疑問と恐怖が頭を支配する。だが、頭上をマッハの速度で飛び去っていくF-15XJの轟音が、彼に思考する時間を与えなかった。
「くぅ……ッ! 進めぇぇっ! ランズ・エンドへ進めぇぇっ!!」
クロスフォードは、恐怖で腰を抜かす副官を蹴り飛ばし、血を吐くような声で絶叫した。
「あの鳥に構うな! 死にたくなければ、ランズ・エンドの要塞へ向かって走れ! 奴らの城に潜り込んで乱戦に持ち込めば、味方ごと爆撃はできまい!!」
ここで立ち止まれば、再びあの鳥が旋回してきて爆撃の餌食になる。かといって退却すれば、十万を超える兵力を持ちながら、人類の要塞を前に無様に敗北したという永遠の恥となる。
幸いなことに、爆弾を落とし尽くした鳥どもは、東の海の方向へ飛び去って行った。
「進め! 止まるな! 前進あるのみだ!!」
クロスフォードの狂気じみた命令により、魔王軍は陣形を完全に崩したまま、半ばパニック状態で東への進軍を再開した。
残りは十キロ。いや、あと五キロほどだ。前方に、うっすらと巨大な人工の陸橋と、そこで待ち構えるダージリンの重装騎士たちの姿が見え始めた。
(よし! あそこまで行けば人間どもとの近接戦闘になる! 我々の絶対的な暴力で捻り潰してやる!)
クロスフォードがそう確信し、醜悪な笑みを浮かべかけた――その時だった。
――――ヒュガァァァァァァァァンッ!!!
空気を切り裂く不気味な飛翔音が響いた直後。
前進を試みていた魔王軍の真っ只中に、巨大な爆発の火柱が次々と立ち上った。
ドカァァァァァァァンッ!!
ズドドォォォォンッ!!
「なっ……!?」
先ほどの航空爆撃の余韻も冷めやらぬうちに、再び大地が激しく揺れた。
空を見上げても、あの『灰色の鳥』の姿はどこにもない。だが、数十秒おきに正確無比な爆発が進軍ルートをえぐり取り、密集して走っていた数千の魔族が悲鳴を上げる間もなく赤い肉片へと変わっていく。
「と、鳥はいないぞ!? 空には何もいない! いったい、どこから攻撃が来ているというのだ!?」
クロスフォードは、ひび割れた魔獣馬車の陰にうずくまりながら絶叫した。
◆ ◆ ◆
■ 海上自衛隊 護衛艦『ありあけ』CIC
「先行していた『いずも』『こんごう』、及び陸自スキャンイーグル2とのデータリンク接続、完全に同期!」
「目標座標、リアルタイムで更新中!」
ランズ・エンド沖合。
エドワン港から全速力で急行してきた汎用護衛艦『ありあけ』のCIC室に、緊迫した報告が響き渡った。
今回、後続として追加派遣されたのは『ありあけ』と『はるさめ』の二隻である。エドワン港には、巡視船『みずほ』と補給艦を護衛するため防空能力に長けた『すずつき』を残留させており、この海域には計四隻が集結していた。
これぞ、2026年に新編された『第1水上戦群 第7水上戦隊』の主力陣形である。
「目標、ランズ・エンド西方五キロ地点を侵攻中の敵残存部隊。距離一万二千(12km)! 艦砲射撃の用意!」
「砲、目標よし!」
砲雷長がコンソールを叩き、射撃管制システムが敵の大軍勢の座標を正確にロックオンする。現代の艦砲は、目視で敵を狙うような旧式の大砲ではない。レーダーとコンピューターによって風向き、湿度、弾道計算のすべてが完全に制御された、百発百中の精密狙撃兵器である。
「――撃て(テー)ッ!!」
艦長の号令と同時に、『ありあけ』と『はるさめ』の前甲板に搭載された『オート・メラーラ 76ミリ砲』が一斉に火を噴いた。
ズドドドドォォォン! という小気味良くも腹の底に響く発射音が連続して鳴り響く。
この速射砲は、『1分間に最大85発』という驚異的な連射速度を誇る。撃ち出された榴弾は美しい放物線を描いて空を引き裂き、地平線の向こう側に密集する魔王軍の頭上へ、正確無比な死の雨として降り注いでいった。
「目標エリアに着弾! 敵陣形の崩壊を確認!」
しかし、狂気的な連射速度ゆえに、直下弾倉の消費も激しい。
「一番砲、弾倉内残弾わずか!」
「撃ち方、待て! 直ちに弾薬を補充せよ!」
一時的に砲撃音が止む。だが、訓練を積んだ砲雷科員たちと揚弾システムは息つく暇もなく稼働し、艦内の弾薬庫から次々と新たな76ミリ砲弾を急速装填していく。
「弾薬補充完了!」
「よし、追加攻撃を行う! 撃ち方、始め(再開)ッ!!」
わずかなインターバルを挟み、護衛艦は再び猛烈な火を噴き始めた。
◆ ◆ ◆
■ クロスフォード
「ほ、報告しますっ……!! これは空からの攻撃ではありません! 海からです。沖合にある人類側の『船』からの、艦砲射撃です!!」
全身を血に染めた伝令兵からの報告に、クロスフォードは耳を疑った。
船からだとすれば、最低でも十キロ以上は離れている。魔界にすら存在しない理不尽な射程距離だ。
ズドーン! ズドーン! ズドーン!
広範囲にばら撒かれる鋭利な榴散弾(破片)が、グレーターデーモンの分厚い皮膚を容易く貫通し、四肢を千切り飛ばす。魔法防壁を展開しようにも、砲弾は音よりも速く飛来するため、着弾音を聞いた時にはすでに体が吹き飛んでいるのだ。
「ヒィィッ……! やめろ、やめてくれぇぇっ!!」
クロスフォードが頭を抱え泥に塗れて震えていると、不意に砲撃の音がピタリと止んだ。
舞い上がった土埃が風に流され、戦場の視界が少しずつ晴れていく。
(た、弾切れだろうか……? さすがにあれほどの連射、大砲の弾が尽きたに違いない!)
クロスフォードが恐る恐る顔を上げ、周囲の生き残った魔族たちに「今のうちに進め!」と号令をかけようとした――その瞬間であった。
――――ヒュガァァァァァァンッ!!!
ズドドドォォォォンッ!!
「な、あ……!?」
終わったと思っていた死の雨が、先ほどと全く同じ密度で再び降り注いできたのだ。
人間側の船が『大砲の弾薬を瞬時に補充して、攻撃を再開した』などという発想は、彼の常識には微塵も存在しなかった。
第二波となる76ミリ砲弾の雨あられが、立ち上がろうとした魔族たちを容赦なく赤いミンチ肉へと変えていく。完全に心をへし折る、絶望の追加攻撃であった。
やがて、第二波の砲撃が完全に終わり、静寂が訪れる。
顔の半分を失い、全身を血で染めた部下が這いずるようにして近づいてきた。
「ほ、報告……ッ。我々……侵攻部隊の、九割以上が……全滅しました」
「撤退しましょう、クロスフォード司令……ッ! あんな、沖合の彼方から飛んでくる大砲や、空から降ってくる凄まじい爆弾なんて聞いていません! これ以上は、無駄死にです!」
「ランズ・エンドの敵主力部隊も健在です」
血を吐きながら訴える部下の言葉に、クロスフォードは奥歯が砕けるほど強く噛み締めた。
もう、目と鼻の先にはランズ・エンドの防衛基地が見えているというのに。
「……本国に魔信で撤退を報告しろ! 報告完了後、残存部隊は王都コウチャまで即時撤退を開始せよ!!」
屈辱に塗れた決断を下し、魔信の伝達が完了した、その時だった。
パタパタパタパタパタパタパタッ――!!!
空気を直接叩きつけるような重低音が耳の奥に響き渡る。
クロスフォードが空を見上げると、ランズ・エンドの要塞の方向から、空を飛ぶ『巨大な白い羽虫』が低空を這うように急接近してくるのが見えた。
外交官の阿佐見を『いずも』へと一度送り届け、本国や艦隊との最終調整を終えて舞い戻ってきた、海上自衛隊の『SH-60K哨戒ヘリコプター』である。
白い羽虫の横腹がスッと開き、搭乗していた自衛隊員が、ヘリに据え付けられた『黒い鉄の筒』を、逃げ惑う魔族たちへ真っ直ぐに向けた。
ズドドドドドドドンッ!!!
ドアガンとして装備された『74式7.62ミリ機関銃』の銃口から、猛烈な火線が噴き出した。
秒間数十発という常軌を逸したサイクルで放たれる曳光弾が、光の鞭のようにしなりながら地上を薙ぎ払う。中世の甲冑など容易く貫通する軍用ライフルの弾幕が、魔法防壁を張る暇すら与えず、残存する魔族たちを次々と血飛沫に変えていく。
「ヒッ……!!」
クロスフォードは絶叫し、魔王軍の誇りも総司令としての威厳もすべて捨てて泥濘を駆け出した。
だが、死神の目は彼を逃さない。
上空を旋回するSH-60Kのドアガンナーが、逃げ惑う派手なマントの男に照準を合わせ、冷酷に引き金を引いた。
光の弾丸が、クロスフォードの背中に向かって一直線に迫ってくる。
(俺は……極上の蹂躙を楽しむはずだったのに。俺は一体、何を間違えたというのだ……?)
直後。
74式7.62ミリ機関銃から放たれた無数の凶弾が、クロスフォードの背中を、手足を、そして頭部を無慈悲に粉砕した。
肉を切り裂かれ、骨を砕かれた魔王軍ダージリン方面軍総司令は、苦悶の声すら上げる間もなく前のめりに倒れ込み――その傲慢な生涯を、異世界の泥の中でひっそりと終えたのであった。
◆ ◆ ◆
■ランズ・エンド防衛基地 屋上
「……なんという、ことだ。我々は今、神話の時代の戦いを見せられているのか……?」
ランズ・エンド防衛基地。その堅牢な外輪山の頂に築かれた城壁の上で、防衛基地司令長官ドレーク・ヴァリアントは、単眼鏡を持ったまま呆然と西の地平線を見つめていた。
周囲に立つ重装騎士たちも、魔導師たちも、皆一様に言葉を失い、ただ口を半開きにして遠くの光景に見入っている。
数時間前まで、彼らは死を覚悟していた。
西方から迫る十三万の魔王軍。空を覆うゴブリンライダーの群れ。要塞へと続く人工陸橋の上で激突すれば、血で血を洗う凄惨な肉弾戦になるはずだった。抜身の剣を握り締め、極度の飢餓と恐怖に耐えながら、ただひたすらに敵の姿が見えるのを待っていたのだ。
だが、敵は一向に姿を現さなかった。
代わりに彼らが見たものは、抜けるような青空を切り裂いて飛翔する、超音速の『灰色の鳥(F-15XJ)』の編隊。そして、地平線の彼方で連続して沸き起こる、太陽が落ちたかのような巨大な爆炎の柱であった。
ズドォォォォン……! ドドドォォォンッ……!!
十数キロも離れた要塞にまで、腹の底を揺らすような地鳴りと熱風が遅れて届く。
さらに信じられないことに、要塞の背後――東の海上に停泊している『ニホン』の巨大な鋼鉄艦から、目にも止まらぬ速さで光の尾が撃ち出され、それが西の地平線に正確に降り注いでいるのだ。
「し、司令! ペガサス偵察隊より魔信が入りました!」
通信を担当する魔導師が、震える裏返った声で叫んだ。
「て、敵の十三万の大軍勢が……灰色の鳥が落とした『巨大な鉄の塊』と、海上からの『見えない距離からの砲撃』により、完全に壊滅! 敵総司令のクロスフォードも討ち取られ、残存兵は散り散りになって敗走したとのことです!!」
「……我が軍の、被害は?」
「ゼ、ゼロです! 負傷者すら、一人も出ておりません!!」
その報告を聞いた瞬間、城壁の上に重い、あまりにも重い沈黙が落ちた。
十三万の魔王軍が、ただの一人もランズ・エンドの防壁に触れることなく、消し飛んだ。
大陸最強と謳われたダージリン王国の騎士たちは、剣を一度も振るうことなく、弓の弦を一度も弾くことなく、この絶望的な防衛戦に「完全勝利」してしまったのだ。
「これが……ニホン国の、力……」
ドレークは震える手で剣の柄を握り直した。
歓喜よりも先に、本能的な『畏怖』が全身を駆け巡っていた。
(我々は当初、この『ニホン』という国を、西方列強アトランティアの技術支援を受けた新興国か、あるいはその植民地や衛星国のようなものだと推測していた。……だが、違う。まるで違う)
アトランティアの機械船は、蒸気と油に塗れた無骨な鉄の塊であり、積んでいる大砲も射程はせいぜい数キロが限界だ。威力も精度も、魔法には及ばない代物だった。
しかし、あの灰色の鳥はなんだ? 音を置き去りにするあの異常な速度は。
十キロ、いや十五キロ以上離れた海の彼方から、寸分の狂いもなく着弾するあの大砲はなんだ。
(文明国の衛星国などではない。独自の、いや、我々やアトランティアの常識すらも遥かに凌駕した『超次元の理』で動く国家……! 彼らは、一体何者なのだ……!?)
もし、あの圧倒的な破壊の雨が、魔族ではなくこのランズ・エンドに降り注いでいたら?
強固な魔法防壁も、絶対防衛の地形も、あの上空からの爆撃と艦砲射撃の前には、まるで濡れた紙細工のように無意味だっただろう。
ドレークの胸中に湧き上がったのは、命を救われた深い感謝と同時に、自分たちが「とんでもない怪物をこの大陸に招き入れてしまったのではないか」という根源的な恐怖であった。
神か、悪魔か。
星の海を渡ってきたという異世界の国家は、人類の常識を根底から覆す、規格外の怪物であった。
パタパタパタパタパタッ――!
思考を遮るように、上空からけたたましいローター音が響いた。
魔王軍の残敵掃討を終えた海上自衛隊のSH-60K哨戒ヘリコプターが、ゆっくりと要塞の練兵場へと帰還してきたのだ。
「司令! ニホンの外交官殿がお戻りになりました!」
ドレークはハッと我に返り、慌てて城壁の階段を駆け下りた。
◆ ◆ ◆
砂埃を巻き上げて着陸したSH-60Kの横腹が開き、外交官の阿佐見が涼しい顔で降りてくる。
一度『いずも』へと戻り、戦後処理の通達のために再び舞い戻ってきた彼のスーツには、土埃ひとつ、血の一滴すら付着していなかった。先ほどまで数万の命を無慈悲に刈り取っていた兵器から降りてきたとは思えないほど、その佇まいは洗練され、穏やかだった。
「阿佐見殿……!!」
駆け寄ったドレークは、迷うことなく、冷たい石畳の上にガシャンと音を立てて片膝をつき、深々と頭を垂れた。
それに倣い、周囲にいた数千の騎士や魔導師たちも、一斉に武器を置き、地面に跪く。それは、ダージリン王国における最上級の敬意と、絶対的な服従に近い感謝の意を示す姿勢であった。
「ドレーク司令長官。どうか頭を上げてください。我々は同盟国として、当然の義務を果たしたまでです」
「い、いえ……! この御恩は、我らダージリンの民、いや、コアラ大陸の人類すべてが永遠に忘れることはありません!」
ドレークは顔を上げ、感極まった声で叫んだ。
「我々は剣を振るうことすらありませんでした。貴国がもたらした食糧で命を繋ぎ、貴国の圧倒的な『力』によって、絶望的な防衛戦を無血で乗り切ることができた。ニホン国は……我々にとって、神の使いに等しい!」
阿佐見は眼鏡を中指で軽く押し上げ、薄く笑った。
その笑みはどこまでも優しく、同時に、どこまでも底知れない冷たさを内包しているようにドレークには見えた。
「神の使い、などと大層なものではありませんよ。我々はただの『人間』です」
阿佐見は、平然と言い放った。
これほどの御業を成し遂げておきながら、彼らは自らを『ただの人間』と称する。その事実こそが、ドレークにとって何よりも恐ろしかった。
「ジャポン皇国にも、すでに勝利の報せは届いているはずです。……さあ、ドレーク司令長官。我々はこれより、貴国の奪われた領土の奪還に向けた『次なる協議』に入りたいと考えております」
「あ、ああ……! もちろんだ! 全力で協力させていただく!」
阿佐見が差し出した右手を、ドレークは両手で包み込むように力強く握りしめた。
その日の夕刻。
ランズ・エンド防衛基地の城壁に、三年ぶりに『勝利の角笛』が高らかに鳴り響いた。
兵士たちは涙を流して抱き合い、日本の自衛官たちに向かって歓呼の声を上げた。長きにわたる絶望の夜が明け、コアラ大陸に新たなる、そして圧倒的な力を持った希望の太陽が昇ろうとしていた。
◆ ◆ ◆
■ ジャポン皇国 皇都オワリ 天守閣
「……なんじゃと?」
わらわは、魔信の受信機を握りしめたまま、呆然と声を漏らした。
謁見の間に集まった者たちは、皆一様に息を呑んで固まっている。
円卓の横に座るダージリン王国のアールグレイ王女も、フリーダム都市国家の行政長ジェンダーも、信じられないものを見る目でわらわを見つめておった。
そして、円卓の向かい側。
日本国から派遣され、この皇都オワリに駐在している九条 陣特命全権大使が、壁に映像を映し出していた『プロジェクター』と呼ばれる魔導具のような機械の電源を切りながら、静かに微笑んでいた。
「オ、オイニ様。今、ランズ・エンドの防衛隊はなんと言ったのですか……?」
「……敵の、ダージリン方面魔王軍十三万が、完全に消滅したそうじゃ」
わらわの震える声に、謁見の間が水を打ったように静まり返った。
「しょうめつ……? わ、我が軍の被害は!?」
「ゼロ、じゃと。防衛隊の騎士たちは、剣を一度も振るうことなく、ニホン国の『空飛ぶ鳥』と『船からの砲撃』だけで、十三万の魔族が肉片になったそうじゃ……」
「嘘やろ……!?」
ジェンダーがガタッと音を立てて椅子から立ち上がった。アールグレイ王女は両手で口を覆い、大粒の涙をポロポロと流してその場に崩れ落ちた。祖国を奪った憎き魔王軍が討ち果たされた歓喜と、安堵の涙であった。
だが、わらわは自らの手の震えを必死に抑え込んでいた。
かつて、異世界から召喚された勇者が放った究極の爆発魔法。己の命と引き換えにするほどのあれほどの威力がなければ、魔族の大軍など止められないと思っていた。
だが、ニホン国はどうじゃ?
自国を吹き飛ばすこともなく、味方に一切の傷を負わせることもなく、たった一日の、いや数時間の戦闘でそれを成し遂げたのじゃ。
(わらわたちは、あの召喚陣で、とんでもない『怪物』を引き当ててしまったのではないか……?)
アトランティアを凌駕する技術。魔法を嘲笑うかのような圧倒的な暴力。
もし彼らが牙を剥けば、このジャポン皇国など数日で地図から消し飛ぶだろう。
……だが、彼らは味方じゃ。友好的に国交を結び、飢えた民に食糧を運び、そして我々の絶望を払ってくれた。
わらわは女皇として、この強大すぎる『ニホン国』という国家を、何としても繋ぎ止めねばならない。たとえ彼らがどのような思惑を持っていようとも、絶対にこの同盟の糸を離してはならぬと、強く、強く心に誓ったのじゃ。
◆ ◆ ◆
■ 日本国 東京 首相官邸 地下危機管理センター
同じ頃、東京の首相官邸の地下深くに位置する危機管理センターでは、内閣総理大臣をはじめとする主要閣僚たちが、防衛省から送られてきた戦果報告の巨大なスクリーンを見上げていた。
「――以上が、統合幕僚監部より報告された『害虫駆除作戦』の全容です。F-15XJによる航空爆撃、および第1水上戦群第7水上戦隊の艦砲射撃による面制圧により、敵対生物(魔族)の一個方面軍を完全に無力化。我が方の被害はゼロです」
防衛大臣の淡々とした報告に、閣僚たちの間に深い安堵の息が漏れた。
「やれやれ……相手が弓と魔法しか持たない前近代的な軍隊だとはいえ、十三万という数を聞いた時は肝を冷やしたが。見事な作戦遂行能力だ、さすがは自衛隊だな」
「ええ。これで、ジャポン皇国をはじめとする現地国家からの『絶対的な信用と畏怖』は確保できたと見て良いでしょう」
総理大臣が、深く頷いて口を開いた。
「我々日本国は、この未知なる世界への転移により、既存のグローバルな貿易網をすべて失った。一億二千万の国民を飢えさせず、現代国家としての機能を維持するためには、あのコアラ大陸の豊かな資源と広大な農地が何としても必要だ」
「その通りです、総理」
外務大臣が、手元の分厚い資料を叩きながら目を鋭く光らせた。
「ジャポン皇国と、亡命政府であるダージリン王国、フリーダム都市国家。彼らを軍事的に支援し、魔族から領土を取り返してやることで、我が国はあの世界において絶対的な恩義と、確固たる地盤を築くことができます。これは単なる人道支援などではありません。日本国がこの異世界で生き残るための、壮大な『生存戦略』の第一歩なのです」
会議室にいる全員が、その言葉の重みに無言で頷いた。
資源のない島国である日本が、孤立したこの世界で生き長らえるには、大陸の国々と強固なブロック経済圏を築き、必要とあらば力で権益を守り抜くしかないのだ。
「うむ」
総理大臣は、決意に満ちた瞳でスクリーンに映るランズ・エンドの要塞島を見据えた。
「――皇都オワリに駐在している九条特命全権大使、並びに前線で実務にあたる阿佐見外交官に伝えよ。日本国はこれより、本格的に大陸の『領土奪還作戦』に介入する」
総理の声が、重厚な地下室に響き渡る。
「彼らの希望の光として、我が国の持てるすべての力を行使せよ、とな」
ここに、剣と魔法の世界を舞台にした、日本国の新たなる防衛と開拓の歴史が幕を開けたのである。
旧作よりいくつか設定加えたりしてます。
今更ですが、今年から護衛隊群は廃止になったことを今知りました。
護衛隊群の響き好きだったから残念です。
プロローグ等で出してた、護衛隊群の表記は直します。
引き続きよろしくお願いします。




