第004話 ランズ・エンド防衛戦1
コアラ大陸北東部、オーホッホ海。
抜けるような青空と穏やかな波間を、奇妙な船団が進んでいた。
先頭を進むのは、帆柱を備えた重厚な木造船が十隻。その後方と側面にピタリと寄り添うように、巨大な灰色の鋼鉄艦が二隻、航跡を引いて追従している。
日本国海上自衛隊、第1水上戦群・第7水上戦隊の佐世保を母港とする護衛艦群である。
ジャポン皇国との国交樹立の使者を乗せた海上保安庁の巡視船『みずほ』と「補給艦2隻」、それを護衛するための三隻を皇国の貿易港エドワンに停泊させたまま、主力となる二隻の巨艦が北上を続けていた。
一隻は、満載排水量四万五千トン。アメリカ海軍の強襲揚陸艦『アメリカ』と同等の巨大な船体と飛行甲板を持ち、ガスタービンMT30を二基搭載した統合全電気推進システムを採用。中身は国産の最新鋭センサー群と電子機器で完全に固められた、超大型ヘリコプター搭載護衛艦『いずも』。
そしてもう一隻は、イージスシステムを搭載した防空の要、ミサイル護衛艦『こんごう』だ。
彼らの現在の任務は、自衛隊法に基づく「海上警備行動」。ジャポン皇国から、人類最後の防衛拠点である『ランズ・エンド防衛基地』へ向かう食料輸送船団の護衛である。
しかし、その実態は過酷を極めていた。
「……艦長。ソナー員およびレーダー員の疲労がピークに達しつつあります。見知らぬ異世界の海で、いつ海中から未知の巨大生物が襲ってくるか分からない極度の緊張状態。それに加え、この護衛対象の遅さですからね」
『いずも』のCIC(戦闘指揮所)。青白いモニターの光が反射する薄暗い空間で、船務長である三等海佐の真田が、血走った目を擦りながら報告した。
「分かっている。大出力のエンジンを積んだ護衛艦にとって、木造船の15ノットという速度に合わせ続けるのは機関員泣かせもいいところだ」
艦長である一等海佐、神林 宗一は、苦々しい表情で腕を組んだ。
現場の苦労に拍車をかけているのが、「人工衛星の極端な制約」であった。
日本列島が転移した際、軌道上にあった情報収集衛星のうち、辛うじて日本上空にあった数基だけが一緒に転移してきていた。しかし、地球規模の通信網は失われ、数基の衛星がコアラ大陸上空を通過するのは一日にわずか二回、数分間のみ。広域のリアルタイム監視など到底不可能だった。
「だからこそ、彼らの出番というわけだ」
神林の視線の先には、陸上自衛隊・情報処理班の柴田三佐がコンソールに向かっていた。
今回、『いずも』には特例として陸上自衛隊の部隊が同乗している。彼らの目的は、無人航空機『スキャンイーグル2』の運用である。
長時間の滞空能力と高度な電子光学センサーを持ち、飛行甲板の端からカタパルト発進が可能なこの無人機こそが、衛星を失った艦隊の唯一の「リアルタイムの眼」であった。
「艦長! 柴田三佐から報告! スキャンイーグル2が、ランズ・エンド西方へ向かう無数のアンノウン(不明目標)の群れを捕捉! 映像とデータリンクを『いずも』CICへ転送します!」
通信士の佐々木一曹の緊迫した声と共に、メインモニターに上空から撮影された高精細な光学・赤外線映像が映し出された。
歴戦の自衛官たちが集うCIC内に、どよめきと驚愕の声が広がった。
画面を埋め尽くしていたのは、大地を黒く染め上げるほどの『大軍勢』だった。
「推計値ですが……総数は十万から二十万。到着までおよそ五日。我々がランズ・エンドに到着する翌々日には、基地への総攻撃が開始される計算になります」
神林艦長は眉間を深く揉んだ。
「佐々木一曹! エドワンに停泊している外交官・九条氏へ状況を報告。皇国経由で『魔信』にてランズ・エンドへ緊急警告を送れ。並行して、衛星通過のタイミングに合わせ市ヶ谷(本国)へ暗号通信! 『防衛出動に準ずる、航空部隊を含めた大規模な火力支援要請』を打電せよ!」
絶望の要塞島と、交錯する希望
コアラ大陸の北東端からさらに北。
かつて存在した絶海の火山島を彷彿とさせる、巨大な二重カルデラ構造を持つ島。周囲を切り立った数百メートルの断崖絶壁に囲まれたその島は、旧ダージリン王国が長い歴史と魔法・土木技術の粋を集めて築き上げた完全な『要塞島』であった。
外輪山の絶壁には魔法で強化された石組みが施され、無数の大型弩砲や防衛用魔導器がずらりと並ぶ。カルデラ内部は、大規模な厩舎や兵舎がひしめく巨大な軍事都市。
そして、この要塞島と大陸とを繋ぐ唯一のルートが、人工的に強固に補強された一本の『巨大な陸橋』である。
「司令……皇国から、緊急の魔信が入りました。西方百キロに十万以上の大軍勢と、多数のゴブリンライダーの接近を確認したとのことです」
作戦司令部で報告を受けた防衛基地の司令長官ドレーク・ヴァリアント将軍は、重い腰を上げて作戦会議室へと向かった。
現在、島と大陸を繋ぐ陸橋の最前線には、分厚い鋼の鎧に身を包んだ重装騎士たちが甲冑を纏った軍馬に跨がり、文字通りの『鉄の壁』を形成している。その後方には多数の魔法使い(魔導師)が陣取り、巨大な防壁を展開しながら敵へ向けて魔法の弾幕を浴びせる構えを取っていた。
だが、兵士たちはこの半年間まともな補給を受けておらず、飢餓状態にある。一万に満たない兵力で十万を防ぎきれるはずがなかった。
「諸君。全軍に第一種防衛体制を発令する! だが、絶望するのは早い。明日には海路より、待ちに待った食料輸送船が到着する! この飢えを満たし、要塞の地の利を活かせば必ず勝てる!」
隊長たちから歓声が上がる中、ドレークはさらに声を張り上げた。
「さらに朗報がある。この輸送船団を護衛しているのは、皇国が新たに国交を結んだ『ニホン』という国家の機械船だ。彼らがこの防衛戦に加勢してくれる可能性に賭け、見栄を捨てて積極的に支援を取り込もうではないか!」
彼らはまだ知らなかった。
翌日、水平線の向こうから姿を現す『ニホン』の船が、山のように巨大な鋼鉄の要塞艦であることを。
防衛省中枢・超法規的殲滅作戦の発動
日本国 防衛省本省(市ヶ谷)。
統合幕僚監部のオペレーションルームでは、悲壮な調整が続けられていた。
「ランズ・エンドが突破されれば、国交を結んだジャポン皇国も滅亡します。政府は、超法規的措置を含む『海外派遣(害虫駆除作戦)』の実施を決定しました」
統合幕僚長である大和陸将は重々しく告げた。
東京から二千キロ先の戦場。中継地点となる硫黄島と沖縄の那覇基地の地上整備員たちは、不眠不休で爆弾の積み込み準備に奔走していた。
「作戦の主軸は、航空宇宙自衛隊による『空からの面制圧爆撃』。メインは『F-15XJ』。これをミサイル母機兼・爆撃トラックとして運用します。F-15XJ十機と、護衛兼誘導のF-35A六機の計十六機を一つのグループとし、四波に分けて順次出撃。
F-15XJ一機につき、Mk82無誘導爆弾を二十発、AAM-5を四発。F-35Aにもステルス性を除外して翼下パイロンを適用し、Mk82を十発搭載させます」
航空幕僚長が言葉を継ぐ。
「なお、ジャポン皇国近海に展開中の『いずも』には艦載機としてF-35Bが搭載されていますが、未知の海域における母艦の防空、そして万が一の不測の事態に備えた安全面の観点から、今回は作戦に投入せず完全に温存します。
航空攻撃の後は、『ありあけ』『はるさめ』を『いずも』艦隊と合流させ、ランズ・エンド沿岸からの『艦砲射撃』、並びに哨戒ヘリ『SH-60K』による機銃掃討を行います」
「『すずつき』はエドワンにて、『みずほ・補給艦2隻』の護衛にあたります」
悪夢の軍団と、知らぬ間の地獄
旧ダージリン王国 ランズ・エンド防衛基地 西方百キロ。
「ふ……ふふふっ。見えるぞ。ついに私の時代が来るのだ」
魔王軍・対人類殲滅部隊ダージリン方面軍総司令、クロスフォードは、巨大な四頭立ての魔獣馬車に揺られながら、脂ぎった唇を歪めて笑った。
彼が率いる部隊の編成は、まさに「暴力の極み」であった。
ゴブリンの群れだけではない。
主力となるのは、根源的な恐怖の象徴とも言える高位の魔族たちだ。
レッサーデーモン(下級悪魔)。
数にして二万。暗赤色の筋骨隆々とした肉体と皮膜の翼を持つ彼らは、人間の魔導師が詠唱に数分を要するような「広範囲を焼き焦がす爆炎」や、「すべてを凍てつかせる氷の散弾」といった中級魔法を、息をするように無数に放ってくる。
そして、軍の中核を成すグレーターデーモン(上位悪魔)。
数にして一万。漆黒の巨躯と強固な皮膚を持つ彼らは、「天を焦がす極大の火柱」や「大地を丸ごと穿つ大爆発」といった、一撃で城壁を粉砕する戦略級の上級魔法を操る、歩く攻城兵器であった。
「あぁ……俺はなんて幸運なのだ! 陸橋に並んだ騎士どもなど、我がデーモン部隊の一斉詠唱だけで蒸発する。人類というひ弱なゴミ共を潰すだけで、四大魔人様に次ぐ階級へ昇格できるとは!」
クロスフォードは、野心に満ち溢れた目で東の空を見つめた。
圧倒的な魔法火力と暴力。それが絶対の勝利をもたらすと疑わなかった。
その空の彼方から、自らの軍勢が誇る「上級魔法」など児戯に等しい威力を持った鋼鉄の雨――Mk82爆弾の豪雨と、音速を超えて飛来する魔鳥(F-15XJ)たちが飛来してくることなど、想像すらできるはずがなかった。
三日後に訪れる、圧倒的で理不尽な「地獄」の足音は、着実に彼らへと迫っていた。
お久しぶりです。
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まことにありがとうございます。
作中のいずも型護衛艦は、アメリカ級強襲揚陸艦1番艦ベースです。
旧作では、ランズ・エンドは江の島クラスの島表現でしたが、
現実的に見たら、小さすぎるだろうってことで青ヶ島クラスの島に変更しました。




