第003話 国交樹立
■ ジャポン皇国 皇都オワリ 天守閣
静寂に包まれた和洋折衷の豪奢な謁見の間。
日本国外務省から派遣された特命全権大使・九条 陣は、護衛の海上自衛隊員たちと共に、分厚いオーク材の円卓についていた。
卓の中央には小型のモバイルプロジェクターが置かれ、白い壁に日本国の街並みや工業地帯、そして広大な農地の映像が次々と投影されている。
「――以上が、我が日本国の概略となります。本日は急な訪問にも関わらず、国交樹立に向けた会談の場を設けていただき、心より感謝申し上げます」
九条は無難な挨拶で締めくくり、一礼した。
彼の内心には、想定外の事態に対する強い困惑があった。国交樹立の初動交渉である以上、相手は外務大臣クラスが出てくるのが定石だ。しかし、円卓の向かいに座っているのは、ジャポン皇国の絶対権力者である女皇オイニその人であった。
さらに不可解なのは、女皇の左右に控える二人の少女の存在だ。金髪の豪奢なドレスを着た少女と、獣の耳を持つ活発そうな少女。女性だけで行政府を仕切る特異な国家体制なのかとも推測したが、どうやら事情は異なるらしい。
「して……お主の言う『国交樹立』とやらで要望される、食料と資源のニホンへの輸出は構わん。我が皇国は、幸いにして食料にだけは余裕があるゆえな」
威厳ある声で、女皇オイニが口を開いた。だが、その瞳には鋭い光が宿っている。
「ただし、条件があるのじゃ。この左右に座っておるのは、我が皇国のすぐ隣、大陸に位置する二カ国の姫と長じゃ。その二カ国とも、ニホンは国交を結んでほしい。そして……皇国から北西にある『ランズ・エンド』という防衛拠点に食料を積んだ輸送船を送りたいのだが、その護衛をお主らに頼みたい。それが絶対の条件じゃ」
「……護衛、ですか」
九条の目が細くなる。単なる通商条約に、なぜ他国の王族が同席し、なぜ軍事的な『護衛』が条件として提示されるのか。
「お主らからすれば、急に他国の長と国交を結べと言われ、軍船を出せと言われるのは筋違いじゃろう。だが、それには……血を吐くような訳があるのじゃ」
オイニの言葉を皮切りに、九条たち日本使節団は、この世界の『絶望』を知ることとなった。
魔王軍の侵攻。四大魔人の脅威。蹂躙された大陸と、全滅の瀬戸際にある人類。
壁に投影された日本の平和な映像が、ひどく場違いなものに感じられた。
「……承知いたしました」
沈黙の後、九条は外交官としての冷静な仮面を被り直した。
「ですが、四カ国の国交樹立と、戦地への食料輸送船の護衛に関しては、我々の一存で決めることはできません。一度本国へ報告し、対応を仰ぎたいと思います。返答は……二、三日いただければ出るかと」
「ほぉ……?」
オイニが、信じられないものを見るように目を丸くした。
「二千キロも離れたニホンの本国へ報告し、返事を貰うのに、たったの二、三日じゃと……? 貴国は、よほど高価で強力な『長距離魔信』でも使用しておるのか?」
「魔信……ええ。我々は『人工衛星』という独自の通信網を持っております。似たようなものだとお考えください」
九条は、沿岸警備隊が持っていた魔石通信機を思い出しながら、あえて深くは説明せずに頷いた。
■ オイニ視点
ニホンの外交官・九条との会談を終えたわらわは、謁見の間に残り、大きく息を吐いた。
ニホン側が持ち込んだ『プロジェクター』なる、動く魔写のような機械には心底驚かされた。魔力を込めた魔石に風景を記録する我らの魔写とは次元が違う。まるでその場にいるかのように、美しい絵が滑らかに動いていたのじゃ。
「さて……あの九条という男のニホンの説明が本当であるなら、是非とも対魔族戦を手伝ってほしいものじゃ。そのためなら、食料や資源などいくらでもくれてやるのじゃがな」
わらわの言葉に、アールグレイ王女とジェンダーも力強く頷いた。
「ええ……ニホンのあの巨大な灰色の船の力を借りられれば……みなさん! 絶対にニホン国を味方に付けましょう!」
「ほんまやで! ランズ・エンドにメシ送らんと、ウチらを守ってくれとる騎士はんらが餓死してまう!」
「確かに……魔信での定期報告では気丈に振る舞っておるが、声のやつれ具合は隠せておらんかったからのぅ……」
奪われた祖国の奪還は、彼女たちの悲願。
だが、北のランズ・エンドへの補給だけでなく、我が皇国と大陸を繋ぐ『陸橋』の防衛も強化せねばならん。あそこを突破されれば、人類は完全に終わる。
わらわたちは、ニホンからの返答を、祈るような気持ちで待ち続けた。
海上警備行動発令
それから、ちょうど二日後のことじゃった。
再び天守閣を訪れた九条は、手に持った紙の束を読み上げながら、わらわたちに力強く告げた。
「我が日本国政府は、国際貢献と人道的見地に基づき、ランズ・エンドまでの食料輸送船の護衛を引き受けます。これは自衛隊法に基づく『海上警備行動』の範囲内において、貴国の要望に最大限応えるものです」
カイジョウ・ケイビ・コウドウ。
聞き慣れぬ言葉じゃったが、その響きには、どんな魔法の防壁よりも硬く、頼もしい鋼鉄の意志が込められているように感じられたのじゃ。




