↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

第011話 第一戦略機動大隊 VS レッサーデーモン(2)

■フリーダム都市国家 港町エンジョイ・市街地広場


泥と血に塗れた石畳の上で、俺はへたり込みながら荒い息を吐いていた。

最終防衛ラインを突破され、この市街地広場まで雪崩れ込んできた魔族の群れを前に、三千名いたはずの防衛隊と冒険者の生き残りは、すでに百名ほどにまで減り果てていた。


腕が千切れるほど剣を振るい、仲間たちと死に物狂いで連携して、俺がようやく討ち取れた魔族はたったの「二体」。

それが限界だった。分厚い皮革に覆われた巨躯、致命傷を与えても即座に再生する異常な生命力。俺たち人類が何十年もかけて磨き上げてきた剣技も魔法も、奴らの暴力の前では子供の戯れに等しかった。


(勝てない……。俺たちは、ここで食い殺されるんだ……!)


絶対的な恐怖が、伝染病のように広場を支配していく。


「たすけてくれぇぇぇっ!」

「死にたくないよおおお、いやあああッ!」

「ひぃぃぃぃ……こっちに来るな、来るなァァッ!!」


絶叫と悲鳴が、あちこちで肉が引き裂かれる不快な咀嚼音(そしゃくおん)にかき消されていく。

視界の端で、Bランクの屈強な戦士が、先陣のレッサーデーモンよりさらに一回り巨大な――後詰めの指揮官クラスであろう『グレーターデーモン』の丸太のような腕に掴み上げられていた。男の必死の抵抗も虚しく、グレーターデーモンは無造作にその頭から食らいつき、鮮血が雨のように広場へ降り注いだ。


「やばい、やばい、やばい……ッ! 俺も、俺も食われて死ぬのか……!」


心が、完全に折れた。

戦線を維持するという義務感も、冒険者としての矜持も、すべてが恐怖の前に吹き飛んだ。俺は震える足に鞭を打ち、武器を放り捨てて背を向けた。逃げなければ。どこでもいい、この地獄から一歩でも遠くへ。


そう思い、駆け出そうとした直後だった。


――ガシッ。


「……え?」

後頭部から顔面にかけて、鋭い爪を備えた巨大な万力のようなものが、ガッチリと食い込んだ。


「あ……痛い……ッ、痛い、痛い痛い痛い!!」

メキメキと頭蓋骨が軋む音。横目だけで視線を動かすと、そこには、口から大量の涎(よだれ)と血を滴らせたグレーターデーモンが、俺の頭を鷲掴みにしている姿があった。


奴の裂けたような口が、俺の顔面を丸呑みにしようと大きく開かれる。

喉の奥から立ち上る、腐肉と血の悪臭。


「あぁ……死にたくない、死にたくないッ! 誰か助けて、助けてくれえええええッ!!」


情けない悲鳴が喉からひねり出された。

だが、奇跡など起きるはずがない。ミスリル級の装備を持ったSランクの英雄たちは、ここにはいないのだ。神はいない。誰も助けに来てはくれない。俺はここで、誰の記憶にも残らず、ただの肉塊として悪魔の胃袋に収まるんだ。


絶望に支配され、俺は目を閉じ、全身の力を抜いて死を受け入れ――。


――――プシュンッ!!!


戦場には到底そぐわない、何かが弾けたような、鋭く短い異音が響いた。


「……え?」


頭蓋骨を砕きかけていたグレーターデーモンの万力が、唐突にフッと緩んだ。

ドサリと、背後で巨大な質量の塊が地に倒れ伏す音。

俺はへたり込んだまま、信じられない思いで後ろを振り返った。


俺の頭を掴んでいたグレーターデーモンが、白目を剥いて絶命していた。

その硬い頭蓋骨の眉間から右目にかけて、見たこともない『黒い矢』が、羽根の根本まで深々と三本も突き刺さっていた。


「う、嘘だろ……?」


周囲を見渡すと、さらに信じられない光景が広がっていた。

俺に群がろうとしていた数体のレッサーデーモンたちも、同じように頭部や心臓を完全に射抜かれ、聲(こえ)を上げる暇すらなく次々と地面に転がっていく。


あの、鋼の剣すら容易く弾き返す強靭な魔族の肉体が。

通常の弓矢など、どれほど至近距離で放っても刺さりすらしないあの分厚い皮膚が。

まるで、紙切れか豆腐でも撃ち抜くかのように、いとも容易く貫通されていたのだ。


「助かった……のか? 俺は……?」


呆然と呟く俺の耳に、重々しい『エンジン』の駆動音が響いてきた。

広場の入り口に立っていたのは、見たこともない奇妙な黒い弓(コンパウンドボウ)を構えた、見慣れぬ軍装のエルフたち。

そして、その奥から土煙を上げて現れたのは、無骨な鉄の筒を背負った、異形の二輪車(スーパーカブ)の編隊だった。


「残敵を掃討せよ! 一匹たりとも逃がすなッ!!」


先頭の二輪車に跨る男――かつて人類最強と謳われたSランク冒険者、カンガ・ルーの号令と共に、人類の反撃の狼煙(のろし)が、絶望の港町に高々と上がった。




◆ ◆ ◆




「……完全にレッサーデーモンの『波』だな。だが、悠長に構えている暇はないぞ。全隊、攻撃用意ッ!」


大隊長カンガ・ルーの怒声に、副官が大声で復唱する。

「はっ! 全隊、攻撃用意完了しています!」


カンガ・ルーの視線の先、崩壊した広場では、逃げ遅れた同胞たちが今まさに魔族の牙にかかろうとしていた。

(これ以上は……俺の目の前で、誰一人として死なせはしないッ!)

かつてマジノラインで仲間を失った絶望の記憶が、彼の胸の内でどす黒い怒りの炎となって燃え上がる。


「特火(バズーカ)部隊による一斉砲撃の後、歩兵および弓兵部隊は突入! 残存友軍の救出と、残党のレッサーデーモン狩りだ!」

「「「了解ッ!!」」」


血気盛んな第一戦略機動大隊の返事が響き渡る。

部隊の最前列に横一列に展開したのは、ニホン国から供与された三十台の『二輪の鉄馬』であった。


その正体は、ニホンの民間バイク『スーパーカブ110』のフレームを補強し、陸上自衛隊の現役装備である『84mm無反動砲(カールグスタフM2)』を車体に直接溶接した、狂気の即製戦闘車両である。

ニホンの「技術流出防止法」において、現役の対装甲火器をそのまま異世界へ輸出することは本来不可能であった。しかし、防衛省の制服組の一人が、かつて地球のフランス軍が開発した無反動砲搭載スクーター『ベスパ150TAP』という変態的兵器の知識を持ち出したことで事態は急転した。


「歩兵が肩に担いで撃つ」という無反動砲最大のメリットを、あえてバイクと溶接(一体化)して完全に潰す。これにより現代戦における兵器としての価値を著しく下げ、あくまで「農作地帯用の移動式・害虫駆除機」という名目で法の抜け穴を潜り抜けたのだ。日本の技術研究本部は、このプロトタイプをわずか一週間で完成させたという。

将来的には、コアラ大陸の防衛自主独立を見据え、日本の銃器メーカー『乏和(ほうわ)工業』とバイクメーカー『KANDA』による国内生産ラインの構築すら予定されていた。


日本側からすれば「メリットを相殺したデチューン品」に過ぎない。だが、ファンタジー世界の住人であるカンガ・ルーからすれば、これは紛れもなく戦略級魔法に匹敵する『神の杖』であった。


「各車、12発の対人榴弾(HE)を撃ち尽くせ! 撃ち方、始めェッ!!」


「「「後方よし!! 発射(テェーッ)!!!」」」


三十人の砲手たちが、バイクの側面に身を屈めながら一斉にトリガーを引いた。

ドガァァァァァァァァァァァンッ!!!


凄まじい後方爆風(バックブラスト)が広場の土埃を吹き飛ばし、三十発の84mm対人榴弾が、密集するレッサーデーモンの波のど真ん中へ吸い込まれた。

そして、一斉起爆。

強靭な悪魔の皮膚も筋肉も、現代科学の生み出した超音速の破片と爆轟の前では、ただの濡れた紙切れだった。巨大な肉塊が、悲鳴を上げる間もなくミンチとなって宙を舞う。


「再装填(リロード)開始! その合間、弓部隊撃てェェェッ!」

「再装填完了!」

「後方よし! 発射ァーーーッ!」


訓練の賜物である、流れるようなつるべ撃ち。

バズーカ部隊が次弾を装填する数秒の隙を、エルフたちのコンパウンドボウによる精密射撃が完璧にカバーし、デーモンたちに反撃の隙を一切与えない。


ズドォォン! ズドォォン!!


絶え間なく続く轟音。

各車12発、三十台のバイクから放たれた合計360発の84mm榴弾は、エンジョイの広場を文字通り「火の海」へと変えた。

砲撃の土煙が晴れた時、そこには絶望の象徴であったレッサーデーモンの群れの二分の一近くが、跡形もなく消し飛んだ凄惨なクレーターだけが残されていた。




◆ ◆ ◆




「全車、砲弾残数ゼロ!」


特科(バズーカ)部隊からの報告が響く。土煙が晴れゆく広場には、原型を留めない魔族の残骸が散乱していたが、依然として数百のレッサーデーモンが健在だった。

「了解だ! 特科部隊は弓装備へ移行! これより全隊、残存する友軍を救出しつつ、害虫どもを完全に殲滅する!」


大隊長カンガ・ルーが腰から黒光りする刃を抜き放ち、前線へと躍り出た。


「アルファ隊は俺に続け! ブラボー、チャーリー隊は後方から弓で援護しろ! アルファ隊、白兵戦開始!」

「「「うおおおお!」」」


彼らが手にしたのは、かつての騎士たちが振るっていたような長剣ではない。陸上自衛隊の制式装備である『89式多用途銃剣』――つまり、戦闘用のサバイバルナイフである。

日本には刀を打つ技術はあっても、軍用剣を大量生産するラインはない。当初は難色を示した異世界の貴族たちだったが、軽量でありながら高価な『ミスリルソード』に匹敵する恐るべき切れ味と耐久性を見せつけられ、即座に第一戦略機動大隊の主力近接武器として正式採用された。これもまた、技術流出防止法を潜り抜けるため、書類上は『調理用万能包丁』という強引な名目で輸出された代物であった。


「ブラボー、チャーリー隊! 援護射撃、放てッ!」


エルフとハイエルフのみで編成された計二百名の後方部隊が、一斉に弦を弾いた。

彼ら彼女らが構えるのは、日本から『競技用スポーツ器具』として供与された現代の結晶、コンパウンドボウ。滑車による驚異的な初速で放たれたカーボン矢に、エルフたちが代々受け継いできた『風魔法』が付与される。


かつてのエルフの長弓の有効射程は、せいぜい五十から百メートル。Sランクの狙撃手であった亡きシュトハ・キャンベラの五百メートルはあくまで特例中の特例だった。しかし今、現代科学の物理演算と異世界の魔法が融合(ハイブリッド)したことで、一般の弓兵ですら『最大射程三百メートル』という常軌を逸した精密狙撃が可能となっていた。第一戦略機動大隊とは、この絶望的な射程差を用いた『遠距離からの面制圧』を最大の武器とする部隊なのだ。


「おおぉぉぉりゃぁぁぁッ!」


必殺の矢の雨がデーモンの頭上へ正確に降り注ぐ中、アルファ隊(七十名)が友軍の救出へと飛び込んだ。

生き残りの兵士を喰らおうとしていた巨大なデーモンの腕を、アルファ隊員の89式銃剣が真横から一閃する。ミスリルに匹敵する刃は、硬い筋肉をあっさりと両断し、醜悪な腕が宙を舞った。


「大丈夫か!? もう安心しろ、すぐ後方へ下がるぞ!」

「た、たすかっ……ありがとう……ッ!」


腕を斬り落とされ、激昂したデーモンが残った片腕で二人に襲い掛かろうとした瞬間――ヒュッ、と風を切り裂く音が響き、悪魔の眉間に三本の矢が深々と突き刺さった。後方からの完璧な援護射撃である。


無駄のない救出と、精密な射撃の連携(コンボ)。

戦場を完全に支配した第一戦略機動大隊の蹂躙劇は、その後わずか十数分で幕を下ろした。


港町エンジョイに侵攻したレッサーデーモン一千体、全滅。


エンジョイ防衛隊の生存者、七十名(冒険者は全滅)。


第一戦略機動大隊の被害――ゼロ。


剣と魔法の常識が、現代日本の戦術ドクトリンによって完全に過去のものへと置き換わった、圧倒的でワンサイドな勝利であった。



ブックマーク登録

17件

総合評価

94pt

評価ポイント

60pt


誠にありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
魔改造スーパーカブの活躍もさることながら…銃剣思った以上にめっちゃ強いな…まぁ現代と中世の鉄の作り方は全然違いますし作り方が違うという事は強度も段違いですから、この世界のミスリルに匹敵する強さと言われ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。