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俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~  作者: パラレル・ゲーマー


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第3話 八咫烏の人が家に来た

 コンビニでの強盗劇から一夜が明け、平穏な平日の午前十一時過ぎ。


 今日も両親はそれぞれの職場へと出かけており、森川家には静寂だけが残されていた。二階の自室で、直哉はパソコンのチェアに背を預けたまま、中空に広がる《因果集結クロニクル》の画面をぼんやりと眺めていた。


 昨日の実戦後、所持品の強化素材を全消費して一気に育成を進めたキャラクターのパラメータが、鮮明に浮かび上がっている。


『★★★★ 東雲セナ』


『Lv.20』


『HP:3,430 / 3,430』


 レベルの上限に達したことで、HPの値は初期の二千台から千近く上昇した。だが、肝心のステータス画面で直哉が目をつぶれない現実が、そのすぐ下の欄に居座っている。


『因果晶:0』


『クレジット:0』


『育成記録・初級:0』


「結局、石はゼロなんだよな……」


 思わず口から愚痴がこぼれる。経験値素材とお金は手に入ったが、ガチャを回すために一番肝心な『因果晶』は一個たりとも支給されなかったのだ。


 そして、金色に輝くバナーの右下では、残酷な数字だけが減り続けていた。


『【限定キャラクター集結】』


『開催期間残り:15日と12時間』


「無課金で石の取り方も分からないのに、限定ガチャだけ期限切られるの、本気で勘弁してほしいわ」


 舌打ちしながら画面を閉じた直哉だったが、実は昨日の夕方から、ゲームシステムとはまったく別の要素でも気が気ではない時間を過ごしていた。


 防犯カメラだ。


 直哉はスマートフォンの検索ブラウザを開き、地元のニュースサイトやSNSで自宅近辺の情報を検索してみた。


 昨日発生した『強盗未遂事件・店内の客による制圧で容疑者逮捕』という程度のローカル記事はいくつか見つかった。だが、その詳細において「トイレに入ったおっさんがなぜか謎の美人剣士に変身して強盗を瞬殺した」「店舗内に存在する不可解な防犯カメラ映像」といった、オカルト系やネットの炎上を誘うような話題は、いくら検索してもただの一つも引っかからない。


 どこか別の掲示板で映像が拡散されていたり、警察の公開捜査が始まったりしている形跡も一切なかった。


 直哉はスマートフォンの画面をオフにし、深く息を吐き出した。


(……まだ警察、うちには来てないな)


 あの防犯カメラの映像を見られれば、少なくとも事情聴取のためにすぐ警察官が実家へ駆け込んでくるものだと覚悟していた。だが、一夜が明けて昼近くになっても、外からパトカーのサイレンが聞こえることもなければ、家のインターホンが鳴る気配もない。


(もしかして、普通の未遂事件扱いで、わざわざ助けた客まで追わなかったとか……意外と大丈夫だった?)


 胸の奥で渦巻いていた不安が少しだけ軽くなり、根拠のない希望的観測へすがりかけた、まさにその瞬間だった。


『ピンポーン』


 一階の玄関から、電子的なインターホンの音が自室まで響き渡った。


 直哉の体が、パソコンのチェアの上でピタリと固まった。


「…………」


 気のせいではない。数秒の沈黙を挟み、もう一度、やや控えめなリズムで電子音が鳴った。


『ピンポーン』


(来た? 警察か!?)


 一瞬だけ安堵し始めていた心に、昨日のコンビニ天井の黒い防犯カメラの残像が強烈に蘇る。直哉は喉を一度鳴らし、スウェットの裾を引っ張りながらゆっくりとチェアから立ち上がった。


 階段を下り、一階のリビングへ向かう。


 玄関の脇に取り付けられているインターホンのモニター画面を、息を潜めるようにして覗き込んだ。


「……ん?」


 カメラ越しに映っていたのは、制服を着た警察官でもなければ、スーツにネクタイの刑事風の男性でもなかった。


 そこに立っていたのは、一人の若い女性だった。


 黒い長めの髪を後ろで一つにまとめ、涼やかな目元に細身の眼鏡をかけている。服装はかっちりとした黒のジャケットに落ち着いた色合いのブラウスを合わせた、堅すぎないオフィスカジュアル風の装いだった。年齢は二十代後半から三十代前半くらいに見える。いかにも現場で戦う構成員や特殊部隊といった鋭さはなく、どこか行政機関の窓口や企業の労務担当者を思わせる落ち着いた空気をまとっていた。


 セールスや近所の回覧板の届け物かとも思ったが、見覚えはない。


 直哉は警戒を解かずに、インターホンの通話ボタンを指で押した。


「はい?」


 ほんの数秒間をおいて、外にいる女性が静かに一礼した。


『森川直哉さんでしょうか?』


 丁寧な、しかし確認の意志を含んだ言葉だった。名前を把握してやってきた来訪者に、直哉の心臓が不快なリズムで高鳴る。


「そうですけど。どちら様ですか?」


 女性はドアのカメラへ向けて、穏やかなトーンのまま言葉を紡いだ。


『昨日のお昼頃、ご自宅から歩いて十分ほどの場所にある、コンビニエンスストアにいらっしゃいましたよね』


 直哉は、モニターを挟んだまま完全に絶句した。


「…………」


 完全に来た。逃げ道ゼロだ。


(終わった。マジで全部バレてた……!)


 だが、絶望に凍りつく直哉に対して、女性はすぐに安心させるように穏やかな声を重ねた。


『ご心配なさらなくても大丈夫です。私は警察の者ではありませんし、昨日のコンビニでの件で森川さんを法的に責めたり、問題にしたりするために来たわけではありません』


「はあ……」


 警察ではない。強盗の制圧についての抗議でもない。だとしたら何の目的で個人を特定してまで家に来たのか。


『少し特殊なお話になります。まずは玄関先で構いませんので、少しだけお時間をいただけますでしょうか』


 直哉の目に、再び強い疑惑が浮かんできた。三十四歳のいい大人が、見ず知らずの女性の「警察じゃないから話を聞かせろ」などという言葉を即座に信用して家へ上げるほどお人好しではない。


 当然の権利として、直哉は聞き返した。


「警察じゃないなら、どちら様です?」


 言われた女性は嫌な顔一つせず、手元から小さな革製のパスケースを取り出し、カメラのレンズのすぐ正面へとしっかり掲げて見せた。


 そこには、公的機関の身分証に似た意匠のロゴマークと、顔写真、そしていくつかの管理番号が記されている。


『八咫烏の霧島と申します』


 直哉はモニターをじっと見つめた。


「……八咫烏?」


 日本の警察でも、税務署でも、自治体の部署でもない。これまでの三十四年間、テレビのニュースやネットの知識でも、そんな名称の組織はただの一度も耳にしたことがなかった。


 一瞬だけ居留守を使って無視し続けようかとも迷った。


 だが、昨日のコンビニでの一件を知られていて、こちらのフルネームや現住所まで正確に特定して玄関前に立っている以上、この場で鍵を閉めて閉じこもったところで何の意味もないことは明白だった。逃げ隠れすればするほど、後から大きなトラブルになって跳ね返ってくるだけだ。


 直哉は大きな溜息を一度吐くと、通話ボタンを切り、玄関の土間へ降りた。


 ドアチェーンは掛けたまま、扉をわずかに開ける。


 外に立っていたのは、モニターで見た霧島一人だけだった。


 直哉は改めて身分証を見せてもらい、顔写真と目の前の女性が一致していることを確認する。家の前の通りにも、武装した複数の隊員が待機していたり、黒いバンが道路を塞いでいたりする様子はない。


「突然の訪問、申し訳ありません。八咫烏の霧島です」


 彼女は丁寧にお辞儀をした。


「森川です。どうも……」


「昨日の件と、森川さんご自身に発現した能力についての確認で伺いました。森川さんを拘束したり、逮捕したりする目的ではありません」


「能力……」


 その単語まで出されたところで、直哉はようやく諦めた。


 チェーンを外して玄関を開ける。


「話、長くなります?」


「少々」


「じゃあ、玄関で立ち話も何なんで。どうぞ」


「ありがとうございます。お邪魔いたします」


 リビングへ案内する。両親が綺麗に片付けていっているため、部屋はそれなりに落ち着いていた。霧島へダイニングテーブルの椅子を勧めつつ、直哉はキッチンへと視線をやった。


「お茶とかいります? 適当なペットボトルのやつくらいならありますけど」


「お気遣いなく。仕事中ですので、このままで結構です」


「じゃあいいっすか。自分も座りますね」


「はい」


 二人してテーブルの向かい側の椅子に腰を下ろす。


 秘密結社や謎の超常機関による接触というファンタジー映画のシチュエーションからは程遠い、まるで市役所の税金相談か、社会保険事務所の担当者がやってきたかのような、あまりにも淡々とした日常的な空気がテーブルの上に漂っていた。


 霧島は自身のバッグからタブレット端末と、クリップボードに挟まれた数枚の書類を静かに取り出した。余計な雑談を挟まず、手際よく本題へと切り込む。


「先に基本となる確認をさせていただきたいのですが、森川さん。今週の月曜日の朝以降、ご自身に何らかの特殊な『能力』や、これまでにない身体機能の変化が発現していませんか?」


 直哉は、テーブルの上に置いた自分の手を一度見つめ、すぐに視線を上げた。


「あ、はい。出ました」


 あっさりと頷く。


 霧島が、眼鏡の奥で少しだけ目を丸くした。


「……即答で認めていただけるんですね」


 直哉は肩をすくめた。


「いや、だって昨日のコンビニ強盗のことまで完全に把握して家に来てるんでしょ? 今さら『何のことですか』とか誤魔化しても絶対しょうがないじゃないですか」


 長年会社員として働いてきた三十四歳だ。相手がすでに証拠を握っている局面で、下手な嘘や言い訳を重ねることの無意味さは嫌というほど理解していた。


 霧島はふっと口元を緩め、タブレットにチェックを入れた。


「ありがとうございます。お話が早くて大変助かります」


 彼女は端末の画面を少し操作し、一枚の静止画資料を表示した。コンビニの店内の防犯カメラから切り出された、トイレの扉周辺の画像だ。


「では続けて確認いたします。昨日のお昼頃、該当店舗のトイレに最初に入られた男性は、森川さんご本人で間違いありませんね?」


「はい」


「その後、同じトイレの扉から出てこられた、濃紺の戦闘服を着た女性も?」


 直哉は少しだけ間を置き、頭を掻きながら答えた。


「……俺です」


 霧島は頷き、手元のレポートへ目を落とした。


「分かりました。防犯カメラの映像解析と、こちらの透視担当による現場確認結果とも一致します」


「透視?」


 その言葉に、直哉は初めて強い反応を示した。


「はい。突然のことで驚かれるとは思いますが、森川さんのように通常の物理法則だけでは説明できない特殊な能力を持つ方は、以前から存在しています」


 直哉は彼女の目を見て黙り込んだ。


「…………」


 数秒の空白のあと、小さく息を吐き出すように言った。


「マジっすか」


「はい、紛れもない現実です」


「超能力者とか、そういった系統の?」


「細かな分類や呼び方はいろいろありますが、世間一般のイメージで言えば『超能力者』という言葉で認識していただいて構いません。先ほど申し上げた透視担当も、そうした能力を持つ方です」


 直哉は心底感心したように、低く声を漏らした。


「へえー……」


 その反応が予想より落ち着いていたのか、霧島がわずかに首を傾げる。


「あの……もう少し驚かれるかと思っていたのですが」


「いや、それより俺だけじゃないんですね」


 直哉は安心したように大きく背もたれへ体を預けた。


「はい。能力者そのものは、実はそこまで珍しい存在ではありません。現在、日本国内だけでも三百万人以上が確認されています」


「…………そんなに?」


 今度こそ直哉の目が丸くなった。


「はい。数十人に一人という規模です。ただし、大多数は比較的小規模な能力を持つ方ですし、日常生活で人目につくような使い方をされる方ばかりではありません」


「じゃあ、俺が学生だった頃の学校にも、会社にも普通にいた可能性がある?」


「十分あります。本人が明かしていなければ、森川さんが気づかなかったとしても不思議ではありません」


「すげえな……」


 特別な存在に選ばれたわけでも、世界の主人公にさせられたわけでもないという現実。それは直哉にとって、選ばれし者としての使命感などより、はるかに大きな安心を与えてくれた。


「いや、正直ほっとしましたよ。何も分からないまま、この日本社会で俺だけがおかしな能力に目覚めたのかと思ってたんで」


「何の案内もなく突然力を得れば、ご不安になるのは当然だと思います」


「ってことは、本当に魔法とか超能力みたいな世界がこの世にあるんだな……」


「はい、存在します。ただし、一般社会やメディアには原則として秘匿されています」


「ああ、やっぱり秘密なんですね」


「はい。少なくとも現在は、そのような扱いです」


「なるほどー」


 あまりにも普通に相槌を打つ直哉の温度感は、我ながら驚くほど平坦だった。


 疑問が一つ解決すると、思考は次なる現実的な確認事項へと移る。


「じゃあ、その『八咫烏』っていうのは、一体何なんでしょう?」


 霧島はクリップボードの紙を一枚めくりながら、過不足のない説明を口にした。


「私たち八咫烏は、日本国内で確認された能力者の登録、安全な能力使用についての案内、トラブルの相談、必要に応じた生活支援などを行っている専門機関です」


 直哉は眉をひそめた。


「じゃあ、秘密警察とか、能力者を捕まえて人体実験するような暗黒組織じゃなくて?」


「違います」


 霧島は即座に首を横に振った。


「日本国内では、特殊な能力を持っていることそのものは犯罪ではありません。今回私が伺ったのも、昨日のコンビニでの行動を理由に森川さんを拘束したり、能力を取り上げたりするためではありません」


「へえ。……能力って、取り上げられるんです?」


「能力の発現形式によります。何らかの道具や媒体に依存する能力であれば、その媒体を安全のため管理する場合もありますし、著しく危険な使用が続けば法的な使用制限措置が取られる場合もあります。ただ、能力そのものを一律に本人から取り上げられる、という意味ではありません」


「あ、なるほど」


 裏の社会にはまだまだ知らない制度や法則があるのだろうが、今はそれ以上深追いしないことにした。


「要するに今回は、森川さんのような新規覚醒者の方が確認されたため、基礎情報の登録と、後日の能力検査についてご相談しに来たというのが、私の主な目的です」


「なるほど」


 直哉の認識としては、退職後に市役所から来る国民健康保険の確認や、定期健康診断の案内通知くらいの軽さに聞こえていた。


 納得がいったところで、もう一つだけどうしても聞いておかなければならない疑問がある。


「でも、どうして俺の家や場所が分かったんです? あの時、変身したのはトイレの中だったし、コンビニを出てから路地裏で元に戻る時も、人目がないのには気をつけてたはずなんですけど」


 霧島は微笑を浮かべた。


「一言で言えば、昨日のコンビニ店内の防犯カメラです」


「ですよねー……」


 あれだけ注意したつもりでも、入口と出口という当たり前の現実を忘れていた自分の詰めの甘さに、直哉は天井を仰いだ。


 だが、霧島はそこで言葉を区切り、より詳しい補足を加える。


「ただ、正確にはあの映像だけで特定したわけではありません。実は今週の月曜日から、森川さんのお住まいの周辺では、Tier3相当の因果律改変反応が断続的に観測されていました」


「ちょっと待ってください」


 直哉は反射的に霧島の説明を遮った。


「はい?」


「今、Tier3って言いました?」


「言いましたが……」


 直哉は椅子から少し身を乗り出した。


「俺の能力の画面にもあるんですよ。その言葉」


 今度は霧島のスタイラスが止まった。


「どのように表示されていますか?」


「引いたキャラのプロフィールに、『現地登録Tier:3』って」


「……現地登録?」


「はい。俺はてっきりゲームの架空設定だと思ってたんですけど、霧島さんたちもTierって言うんですね」


 霧島は数秒だけ黙り、タブレットへ何かを入力した。


「その表示については、後ほどもう少し詳しく確認させてください。私たちが使用しているTierという区分と、森川さんの画面に表示されるものが同一の意味を持つかは、現時点では断定できません」


「分かりました」


「話を戻しますね。森川さんのお住まいの周辺では、この数日間、Tier3相当の因果律改変反応が何度か観測されていました」


「超能力を使うと、そちらの機械とかで分かるんですか?」


「一定以上の因果偏差であれば、専用のセンサーでおおまかな発生地域と反応規模を検出できます」


「じゃあ、俺が自室で何回かキャラクターの姿へ切り替えて試してたのって……」


「少なくとも、そのうち何度かは記録されています」


 直哉は絶句した。


「マジか……」


(じゃあ、わざわざ部屋の鍵をかけてカーテンをしっかり閉めてたの、何の意味もなかったってことかよ……)


 もっとも、霧島はすぐに補足した。


「遠隔センサーだけで、使用者の顔や名前、能力の具体的な内容まで分かるわけではありません。各反応が同じ人物によるものかどうかも、センサー単独では判断できません。この三日間の段階では、あくまで『この住宅地区画のどこかに、未登録の能力者がいる可能性が高い』という程度でした」


「あ、そうなんですか」


「はい。そこに昨日、近隣のコンビニでTier3相当の反応が発生し、防犯カメラには森川さんがトイレへ入ったあと、別の女性が同じ場所から出てくる映像が残りました。さらに透視担当による現場確認、通常の身元照会、森川さんのご住所と過去の観測地点を照らし合わせた結果、ここ数日観測されていた反応も森川さんによるものと判断しました」


 直哉は脱力して肩を落とした。


「なるほど……。昨日コンビニで強盗を取り押さえたりしなかったら、まだ俺だとは分からなかったんですね」


「特定までには、もう少し時間が必要だったと思います」


「防犯カメラ強いな……現代社会で隠し事なんか無理だな」


 ひとしきりの状況確認を終えた霧島は、タブレットの入力フォームを開きながら、いよいよ能力の中身に関する聞き取りへ進んだ。


「それでは、森川さんが発現された能力について確認させてください。昨日の映像を見る限りでは、ご自身の肉体を別の人物へ変身させる能力、と考えてよろしいでしょうか?」


 直哉は頬を掻きながら答えた。


「概ね、そうですね」


 霧島は手を止めて眉を寄せた。


「概ね、と言いますと? 単なる変身とは少し違うのですか?」


 どう説明すれば、この行政職員らしい女性に自分が置かれている奇妙な状況を理解してもらえるのか。直哉は数秒だけ言葉を選び、意を決してありのままを伝えた。


「あのですね。俺の能力、どう見ても最近の中華ゲーのシステムみたいになってるんですよ」


 霧島の動きが止まった。


「…………中華ゲー?」


「はい。中国産のスマホとかパソコンでやるキャラガチャのアクションゲーって、見たことあります? ゲーム内でガチャを回して、当たったキャラクターを三人くらいのチームに編成して、戦闘中にキャラを入れ替えながら戦うタイプのやつです」


 霧島は眼鏡のブリッジに指を当てながら考え込んだ。


「ああ……言葉の意味と、ゲームのシステムとしてはある程度分かります」


「それが、そのまま自分の能力になってるんです」


「そのまま、ですか?」


 直哉は、今も自分の視界に浮かんでいる《因果集結クロニクル》のインターフェースがある虚空を、指で示した。


 当然、霧島から見れば、何もないリビングの空間を指さしているだけだ。


「今、俺の目の前のこの辺に半透明のゲーム画面が見えてるんですよ。キャラクターとか武器とか編成とか、ガチャのタブまであって。発現した初日に無料十連があったんで回してみたんです」


「……はい」


「それで、★4キャラクターの女の子を一人引きました」


「それが昨日の女性ですか?」


「そうです。東雲セナっていう名前です」


 霧島はタブレットに『東雲セナ』と入力する。


「そのキャラクターを編成へ入れると、『キャラクターチェンジ』っていうボタンが押せるようになって、それを使うと自分自身の体があの姿へ切り替わります。身体能力とか戦闘技術まで一緒についてきます」


「なるほど。つまり、自分の意志で自由な姿を作る外見変化能力ではなく、システム内で取得したキャラクターへ変身する能力ということですね」


「概ねそんな感じだと思います」


「もし今後、男性のキャラクターを取得した場合は?」


「多分、男にも変身できるんじゃないですかね。まだ一人しか持ってないんで、そこは分かりません」


 まるでゲームの仕様確認でもしているかのような、奇妙な能力者面談だった。


 直哉は少し身を乗り出して聞いた。


「霧島さん、こういうゲームみたいな能力の人って、他にもいるんです?」


「変身能力そのものには複数の前例があります。性別や年齢が変化する例もありますし、ランダムに異なる道具や能力を取得する形式、一定のルールを満たすことで新しい機能を獲得する形式もあります」


「じゃあ、ガチャっぽい人もいるんだ」


「似た性質の能力は存在します。ただ、ここまで視覚的なインターフェースからガチャ、キャラクター編成、育成まで、商業ゲームの形式で一貫して構築されている能力は、少なくとも私は初めて見ます」


「ですよねえ」


 自分の能力が世界で唯一だとは思わないが、多少珍しい部類らしいと分かると、それなりに嬉しい。


 霧島は手元の資料を一度置き、直哉へ視線を向けた。


「森川さん。差し支えなければ、今この場で一度だけ、その東雲セナさんへの変身を見せていただくことはできますか?」


 直哉は少しも躊躇わずに頷いた。


「ああ、全然いいっすよ」


「その際、ご自宅を破損するような現象は発生しますか?」


「変身だけなら大丈夫です。剣を出したり攻撃スキルを使ったりはしません」


「では、お願いします」


 直哉は椅子から立ち上がった。


「一瞬光って、着てる服から性別まで全部変わるんで、驚かないでくださいね」


「映像では確認しておりますので、大丈夫です」


「じゃ、ほい」


 視界のメニューから『編成』を開き、画面下部の大きな『【CHARACTER CHANGE】』へ意識を集中させる。


『変更先:東雲セナ』


『キャラクターチェンジを実行しますか?』


『YES / NO』


 YESを選択した。


 青白い光が視界と身体を包み、慣れ始めた独特の感覚と共に重心が変わる。


 光が引く。


 目線が下がり、スウェットの感触が消え、代わりに濃紺の戦闘用ジャケットが身体を包んでいた。


 霧島は数秒間何も言わなかった。


 眼鏡の奥の視線が、直哉の顔から肩、腕、腰、脚へと順番に走る。同時に、テーブルの上へ置かれた携帯端末が短い電子音を鳴らした。


「こんな感じだよ」


 直哉の口から出たのは、涼やかで透明感のある東雲セナの声だった。


 霧島が端末と直哉を交互に見る。


「……昨日の防犯映像と同一の姿ですね。単に見た目だけを変えているとは考えにくそうです」


「でしょう? ちゃんと身体ごと変わってるんだよね」


 自分では普通に「変わってるんですよ」と言おうとしたのに、口から出た言葉はわずかに柔らかい。


 直哉はそこで、自分の口元を指さした。


「……あ、今の分かった?」


「何がでしょう?」


「私の頭の中では、普通に『俺』って言ってるんだよ。でも、実際に喋ると『私』になるし、喋り方も少し変わるみたい」


 霧島のスタイラスが動く。


「発声時に、キャラクター固有の言語表現へ補正されるということですか?」


「そう。中身は普通に森川直哉のままなんだけどね」


「記憶や人格、感情に変化は?」


「ないよ。別人の記憶が流れ込んできたり、好みまで変わったりもしない」


「では、昨日の強盗制圧で使用されていた戦闘技術については?」


「あれは使える。剣術も格闘も、どう動けばいいか身体が最初から知ってる感じ。元に戻ったら、ただの運動不足のおじさんだけど」


 若い女性の姿と声で「運動不足のおじさん」と自己申告する光景に、霧島の表情がほんの少しだけ緩んだ。


「なるほど。そこは正式な検査で詳しく確認した方がよさそうですね」


「私もそうしてもらえると助かるよ。家じゃ危なくてスキルなんか試せないし」


 直哉はそこで、先ほど途中になった話を思い出した。


「そういえば、さっき言った『現地登録Tier3』の下に、『東都特異災害対策局・第七機動班』って所属も書かれてるよ」


「東都特異災害対策局、ですか」


「うん。ネットで検索しても全然出なかったんだけど、そっちの秘密組織だったりしない?」


「少なくとも、日本の能力者行政にその名称の公的機関は存在しません」


「じゃあ、やっぱり架空設定なのかな」


「現時点では何とも申し上げられません。表示内容については、検査の際に詳しく聞かせてください」


「分かった」


 霧島はそこで端末の画面を切り替え、話題を次へ進めた。


「今日ここで確認できることには限界がありますので、できれば近いうちに、八咫烏の専門施設で正式な能力検査を受けていただきたいと思っています」


 直哉は首を傾げた。


「検査って、何を調べるの?」


「能力の発動条件、変身前後の身体能力、確認されている因果干渉の規模、武装やスキルの性質などです。ご自宅では試すことが難しい能力も、安全設備の中であれば確認できます」


「多いどころか、ほとんど何も分かってないから、ぜひお願いしたいかな」


 自身のHPが何を意味するのか。


 《瞬雷》を実際に使えばどれほどの現象が起こるのか。


 どういう条件なら因果晶が手に入るのか。


 昨日の強盗を取り押さえた直後に表示された《因果変動記録》と、突然支給された報酬のことも気になっている。


 聞きたいことはいくらでもあったが、まずは安全な場所で能力そのものを調べてもらってからでも遅くない。


「でしたら、森川さんにとっても有益だと思います。強制ではありませんが、新規に能力が発現した方には、基本的にお願いしている手続きです」


「いいよ。自分だけじゃ家壊しそうで、まともなテストできなかったし」


「ありがとうございます。日程について、ご都合のよろしい曜日などはありますか?」


 直哉は少し笑った。


「見ての通り、一年近く無職だから、日程はいつでも大丈夫だよ。明日でも明後日でも」


「…………」


 霧島はほんのひと呼吸だけ間を置いた。


「では、できるだけ早い日程で施設を調整させていただきます」


「お願い」


「検査と合わせて、日本の能力者としての正式な登録についても説明させていただきます。森川さんの場合、現時点ですでにTier3相当の因果律改変出力が複数回確認されていますので、正式なTier判定も必要になります」


「登録すると、八咫烏に所属することになるの?」


「いいえ。登録と所属は別です」


 それは直哉がかなり気にしていた点だった。


「いきなり国の特殊部隊とかに入れられて、戦う仕事させられたりしない? 私、会社がブラックすぎて辞めたばっかりだから、またわけの分からない職場に強制就職させられるのは嫌なんだけど」


「そのような制度はありません」


 霧島が今度こそ小さく笑った。


「登録されている能力者の生活は様々です。一般企業で働いている方も、自営業の方も、学生の方も、家庭に入っている方もいます。能力を日常生活ではほとんど使わず、普通に暮らしている方も大勢います」


「へえー。普通の生活してていいんだ」


「はい。必要な秘匿や安全上のルールを守っていただければ、八咫烏が個人の生活方針を決めることはありません」


 霧島はそこで一度、書類へ目を落とした。


「それから、ご同居のご両親には能力についてお話しされていますか?」


「いや、まだ何も言ってないよ」


「森川さんは成人ですので、八咫烏からご家族へ自動的に事情をお伝えすることはありません。現時点ですぐ説明する必要もありませんが、ご自宅で能力を使用される以上、今後隠し続けることが難しくなった場合はご相談ください」


「分かった。さすがに女になってるところ親に見られたら、説明に困るしね」


「その際はこちらでもお手伝いできます」


「それは助かる」


 霧島はさらに、軽く補足するように続けた。


「また、ご本人が希望される場合には、能力を活用した仕事や協力活動をご紹介する制度もあります。ただ、そちらについては検査と登録が終わってから改めてご案内します」


「能力を使う仕事もあるんだ」


「はい」


「まあ、それも後で聞かせて」


「もちろんです」


 必要な確認はひとまず終わったらしい。


 直哉は自分の身体を見下ろした。


「もう元に戻っていい?」


「はい。ありがとうございました」


 《因果集結クロニクル》を開き、キャラクターチェンジを解除する。


 再び青白い光が視界を包み、次の瞬間にはスウェット姿の森川直哉へ戻っていた。


 テーブルの上の携帯端末が、もう一度短い電子音を鳴らす。


 霧島がそれを確認する。


「解除時にも因果律改変反応が出ていますね」


「これ、変身するたびにそっちへ通知されてるんですか? プライバシーないなあ」


「住宅地の広域センサーは、そこまで正確な位置を割り出せるものではありません。誰が能力を使ったのかも、センサーだけでは分かりませんので、ご安心ください」


「昨日バレた俺が聞くと説得力ないっすね」


「昨日は防犯カメラの映像と、透視担当の確認結果、過去の反応地点が揃いましたから」


「ですよね」


 そう言って、霧島は名刺入れから一枚のカードを取り出し、直哉へ両手で差し出した。


「今後、能力について分からないことや、お体への異変、何らかのトラブルがありましたら、こちらへご連絡ください」


 直哉は受け取り、記載された連絡先へ目を通した。


「これ、霧島さんに直接繋がるんですか?」


「はい。当面は私が森川さんの新規覚醒担当になります」


「へえ、担当の人がつくんですね」


「新規覚醒直後は分からないことも多いですから、最初に一つ窓口を決めておいた方が森川さんも相談しやすいと思います」


「確かに」


 直哉もスマートフォンを取り出し、教えられた連絡先を登録する。


 画面に新しい名前が加わった。


『八咫烏・霧島』


 それを確認し、直哉は顔を上げた。


「じゃあ、霧島さんですね」


「はい」


 直哉は名刺を丁寧にテーブルへ置き、少し頭を下げた。


「森川直哉です。改めて、よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしくお願いします。森川さん」

最後までお付き合いいただき感謝します。


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