表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~  作者: パラレル・ゲーマー


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/8

第2話 コンビニ強盗を捕まえたら報酬が出た

 《因果集結クロニクル》という正体不明のシステムが直哉の視界に居座り始めてから、丸三日が経過していた。


 その間、状況は驚くほど何一つ進展しなかった。


 なぜ自分がこんな能力に目覚めたのか。


 これを何に使えばいいのか。


 肝心の『因果晶』をどうやって入手するのか。


 そして、キャラクターを強化するための『育成素材』をどこで手に入れるのか。


 何もかもが不明なままだった。


 直哉はこの三日間、時間を持て余すたびにシステム画面を展開し、隅々までメニューをタップし続けていた。だが、隠されたコマンドが見つかるわけでもなく、ある日突然親切なチュートリアル機能が解放されるわけでもなかった。ゲームのナビゲーター役のキャラクターが現れることもなく、クエスト欄は依然として空白を保っている。


 唯一、システムの中で動き続けていたのは、『限定キャラクター集結』のバナーに表示されたカウントダウンタイマーだけだった。


 初日に『残り19日と14時間』を示していた数字は、三日後の昼現在、律儀にこう変化していた。


『【限定キャラクター集結】』


『開催期間残り:16日と10時間』


 直哉はベッドに寝転がったままその文字を見つめて、大きな溜息を吐いた。


「いや、減ってんだけど」


 部屋の天井に向かって悪態をつく。


「石の取り方くらい教えろよ。課金させないなら、どうやって回せって言うんだよこれ」


 現在の所持品の項目を開いてみる。


『所持キャラクター:1』


『★★★★ 東雲セナ Lv.1』


『HP:2,480 / 2,480』


『所持武装:9』


『因果晶:0』


『クレジット:0』


 育成のタブを開き、東雲セナのレベルアップを試みても、画面中央には冷淡なシステムメッセージが表示されるだけだ。


『使用可能な育成素材がありません』


 この三日間のうち、直哉が一度も能力を使わなかったわけではない。周囲に人がいない時間を狙って自室の鍵を閉め、東雲セナへの『キャラクターチェンジ』自体は何度か試していた。


 だが、それはあくまで室内で軽くスクワットやストレッチをしたり、手の中にあの素っ気ない片手剣《制式霊装刀・四式》を出したり消したりした程度に留まっている。派手な《瞬雷》などのスキルは、家屋を損壊させる危険を恐れて一度も発動させていなかった。


 そして、分かった事実がある。


 どれだけキャラクターチェンジを繰り返しても、報酬は一切出ない。長い時間セナの姿のままで過ごしていても、ログインボーナスのようなものは出ないし、武器を何度も実体化させても実績解除の通知などは来ない。


 つまり、少なくともこのシステムは、


「能力を維持したり、ただ無意味に使ったりするだけでゲーム内報酬がもらえる」


 という仕様ではないようだった。


 直哉がもう一つ気になっていたのが、ステータス画面にある『HP:2,480 / 2,480』という数字だった。


「HPあるんだよな……」


 ゲームである以上、体力バーの存在は自然だ。だが現実の世界において、自分のHPが何を意味しているのかはさっぱり分からない。ゼロになったらどうなるのか。ただのスタミナのようなものなのか、それとも致命傷を負うという意味なのか。


「だからって、自分で自分を殴って減るか試すほど馬鹿じゃないぞ」


 三十四歳の成人男性として、痛いことは嫌いだったし、わざわざ自傷行為に走る理由はどこにもない。結果として、HPゲージの正確な検証も保留されたままだった。


 昼になった。


 両親はいつも通り朝の内に勤め先へ出て行き、家の中には直哉一人だけが残されている。


 少し小腹が空いたので一階のキッチンへ降りて冷蔵庫を開けたが、作り置きの惣菜や昼食になりそうなものは見当たらなかった。戸棚にはカップ麺がいくつか備蓄されていたが、三日連続で部屋にこもり、レトルトやインスタント食品ばかり食べていたせいで、胃が少し拒否反応を示している。


「少し外の空気でも吸うか」


 誰にも干渉されない生活に慣れすぎているとはいえ、たまには外へ出ておかないと精神のバランスが崩れる。そう判断した直哉は、財布とスマートフォンだけをスウェットのポケットに突っ込み、玄関でサンダルを突っ掛けて外へ出た。


 向かったのは、自宅から歩いて十分弱の場所にあるコンビニエンスストアだった。


 雲の少ない穏やかな昼下がりだった。住宅街の細いアスファルトの道を、近所の主婦が乗った電動自転車が通り過ぎ、遠くの道路からは宅配の軽トラックの音が聞こえてくる。


 何の変哲もない、平和で退屈な東京の日常だ。


 直哉はポケットに両手を突っ込み、のんびりと歩を進めながら考えていた。


(今日は少し濃いめの味の弁当でも買って帰って、午後からもう一回セナのスキル説明文をじっくり読み直してみるか)


 不思議なシステムを授かってから三日。特別な事件は何も起こらず、彼の中では早くも「よく分からない能力があるだけの、いつも通りの日常」という感覚が定着し始めていた。


 コンビニに到着する。


 自動ドアの前に立っても、システムが未来を警告してくれるような便利機能は働かない。視界に危険を示すイベントマーカーが点灯することもなければ、特別なBGMが脳内に流れることもない。


 完全にただの偶然として、直哉は店内へと足を踏み入れた。


 店内には、平日の昼前らしい穏やかな時間が流れていた。


 レジの奥には、二十代前半と思われる若い男性店員が一人で立ち、伝票のようなものを整理している。客は直哉のほかに、雑誌のコーナーで立ち読みをしているサラリーマン風の男と、カップ麺の棚を見て迷っている大学生風の若者がいる程度だった。


 直哉は弁当とおにぎりの並ぶチルドケースの前へ行き、牛カルビ弁当にするか、から揚げ弁当にするかを真剣に吟味していた。


 その時だ。


 入り口の自動ドアが開き、軽い入店チャイムの音が響いた。


 入ってきたのは、黒いキャップ帽を深く被り、やや大きめのジャンパーを着た小柄な男だった。最初はただの普通の客に見えた。


 だが、その男は商品の棚には目もくれず、直線的な歩調でレジのカウンターへと突き進んだ。


 そして、


「金出せ!」


 低い、しかし切迫した叫び声が店内に響き渡った。


 男がジャンパーの右ポケットから引き抜いたのは、刃渡り十五センチほどありそうな鋭い文化包丁だった。蛍光灯の光を反射して、銀色の刃先がぎらりと輝く。


 店内の空気が、一瞬にして凍りついた。


 雑誌を読んでいたサラリーマンが息を呑み、少し後ずさる。


 おにぎりの棚から顔を上げた直哉の第一反応は、決してアニメの主人公のようなヒーロー的なものではなかった。


(うわ)


(マジかよ)


 そして、率直に思った。


(怖っ)


 三十四年間、日本という安全な国で平穏に生きてきたのだ。刃物を突きつけられるような強盗事件の現場に遭遇した経験など、当然ながら一度もない。


 一般人としての正常な防衛本能が、直哉の思考を即座に制御する。


(店員の指示に従え。犯人を刺激するな。警察が来るまで余計な動きをするな)


 たとえ自分の財布を差し出せと言われれば、抵抗せずに渡すつもりだった。金など命に比べればどうでもいいし、コンビニのレジの現金もどうせ保険でカバーされるはずだ。


(俺が刺される方がよっぽど馬鹿らしい。絶対に関わらないでおこう)


 未知の能力に目覚めたからといって、人間の本質や臆病さが三日で激変するはずもない。直哉は棚の陰に身を隠すようにして、強盗に背中を向けようとした。


 ところが、状況は直哉が望むような平穏な経過をたどらなかった。


 強盗の男は、極度に興奮していた。目の周りが充血し、息が荒く、立っている足元すら少しふらついているように見える。


「早くしろ! 開けろって言ってんだろ!」


「あ、あの……今、鍵を……!」


 突然の凶行にパニックに陥った若い男性店員が、レジのキャッシュドロアを開ける操作をもたつかせてしまったのだ。震える手でボタンを押し間違え、エラー音がピーピーと虚しく鳴り響く。


 その音にさらなる焦燥を掻き立てられた強盗は、完全に理性を失い始めた。


「チッ、舐めんな!」


 男が包丁を乱暴に振り回す。その刃先が、レジ横の透明なアクリル板に激突し、いやな音を立てた。


 それだけではない。男は興奮のあまり、すぐ近くの通路で凍りついていた大学生風の客へと体を向け、包丁の先を突きつけたのだ。


「お前も動くな! 動いたら刺すぞ!」


 若者の顔から血の気が引き、その場にへたり込みそうになる。


 その一部始終を棚の隙間から見ていた直哉の中で、はっきりと危険信号が点滅した。


(……おいおい。あれ、マジでヤバいやつじゃねえか)


 金目当ての理路整然とした犯罪者ではない。追い詰められたパニック状態で、手が滑って誰かの腹に包丁を突き立てかねない、もっとも危険な種類の強盗だった。


 放っておけば、本当に誰かが刺されるかもしれない。


 その現実が脳裏をよぎった瞬間、直哉の足が反射的に半歩だけ前へ出ようとして――止まった。


 今の三十四歳無職・森川直哉の生身の身体では無理だ。


 長年のデスクワークと運動不足で、筋肉は完全に衰えている。格闘技の経験はおろか、学生時代の喧嘩の経験すらない。素手が包丁を持った凶乱の男に勝てるはずがない。


 だが。


 その瞬間、三日前の自室で見た姿見の記憶が、鮮烈に蘇ってきた。


 軽く跳んだだけで天井まで届いたあの驚異的な脚力。


 手にしたこともない日本刀を、自分の手足のように完璧にコントロールできた感覚。


 そして、ステータス画面に記されていた文字列。


『★★★★ 東雲セナ』


『現地登録Tier:3』


『戦闘特性:高速近接/継続攻撃/クイックスイッチ』


 直哉の頭の中で、計算が高速で回りはじめる。


(……待て)


(今の俺のままなら絶対無理だけど)


(セナなら?)


 あの危険すぎる突進斬撃《瞬雷》を使う必要はない。派手な剣を呼び出す必要すらないはずだ。


 あの人外じみた運動能力と、身体に染みついた技術のパッケージがあれば。ただの興奮した一般人一人を取り押さえることくらい、訳もないのではないか?


 だが、それでも恐怖感は消えない。これが初めての「実戦」なのだ。


(いやいや待て、ゲームと違ってリアルで刺されたらどうなるか知らないんだぞ!? HPが減るだけで済むのか、普通に血が出て痛いのか、仕様すら分かってないのに!)


「早く金出せって言ってんだろ! 殺すぞ!!」


 レジの方から、強盗の怒鳴り声と、店員の悲鳴に近い声が聞こえる。


 直哉は唇を噛んだ。


(……でも、このまま見殺しにして誰かが本当に刺されたら、あとで絶対に寝覚め悪いよな)


 正義のヒーローになりたいわけではない。


 ただ、「自分なら簡単に助けられるかもしれない力を持っている」と気づいてしまった以上、その現実を無視して背中を向けることが、彼の中のささやかな良心にはどうしてもできなかった。


 直哉は強盗と店員がレジに気を取られている隙を見計らい、棚の死角を滑るように移動して、店内奥にあるトイレの扉へと向かった。


 少なくとも個室の中なら、変身する瞬間そのものを誰かに見られることはない。そこまで考え、「怖がってトイレに逃げ込んだ客」に見えるよう足音を抑えて個室へ滑り込む。


 素早く鍵をかけ、大きな息をひとつ吐き出した。


 狭いトイレの空間。洗面台の上の鏡には、少し顔色の悪くなった三十四歳の自分の顔が映っている。


「……本当にやるのか、俺」


 自問しながら意識を集中させると、右目の視野に《因果集結クロニクル》のインターフェースが展開した。


 『編成』のタブを開く。


『SLOT 1 東雲セナ』


『SLOT 2 EMPTY』


『SLOT 3 EMPTY』


 一番左のメイン枠は、すでに『東雲セナ』に固定されている。


 画面下部に輝く、金色の『【CHARACTER CHANGE】』ボタン。


 直哉は指を少し震わせながらも、そこに強い意識を重ねた。


『変更先:東雲セナ』


『キャラクターチェンジを実行しますか?』


「……よし」


 YESを選択する。


 視界が一瞬で青白い閃光に覆われる。


 感覚のショートと、肉体の質量が変わる微かなめまい。スウェットの重みが消え、肌を引き締める濃紺の戦闘用ジャケットとベルトの感触が体を包み込む。


 視線の高さが少し下がり、全身に羽毛のような軽やかさが宿る。


 この三日間で何度か繰り返したキャラクターチェンジが、初めて自室の外で完了した。


 直哉は画面の左上に表示されているパラメータを、もう一度確認した。


『HP:2,480 / 2,480』


(……二千四百八十)


(どういう基準の数字かは意味分かんないけど、とりあえずこれがゼロにならないようにだけ気をつけよう)


 空間から剣を実体化させることはしない。


 相手はただの人間だ。いくら刃物を持っているからといって、真剣で斬りつければ相手を殺してしまうか、重傷を負わせる可能性が高い。


(武器はなし。過剰防衛でこっちが捕まったら洒落にならない)


 変身してもなお、日本社会に適合した三十四歳としての慎重さは失われていなかった。


 直哉は小さく深呼吸をし、トイレの個室の鍵を開けて扉を押し開いた。


 入ったのは三十四歳の冴えない成人男性。


 出てきたのは、黒いショートヘアと涼やかな顔立ちをした二十一歳の女性剣士だ。


 だが今の直哉に、自身の見た目を気にしている余裕はない。


 強盗はまだレジのカウンターを挟んで、包丁を突きつけながら若い店員を怒鳴り続けていた。


「いいから全部袋に入れろ! 早くしろ!」


 セナ姿の直哉は、足音をほとんど立てずに床を蹴り、強盗の背後から十メートル弱の距離まで一気に近づいた。


 その異様な接近の気配に、強盗の男がようやく気づいて振り返る。


「なんだお前!」


 目を見開いた強盗の視界に映ったのは、濃紺の奇妙なジャケットを着た若い女の姿だった。


 直哉は、「落ち着け、金なんかどうとでもなるから刃物を下ろせ」と言いたかった。


 だが、声帯から発せられたのは自動的に補正されたセナのボイスと口調だった。


「その辺でやめた方がいいよ」


 透明感がありながらも、肝の据わった涼やかな女性の声。


 自分で言ってしまってから、直哉の内心が驚いた。


(うわ、今の台詞、妙に格好よく決まったな!?)


 だが当然、極度の緊張とパニック状態にある強盗に、その忠告が届くはずもない。相手が体格の細い若い女だと認識したことで、男はかえって強気になったように顔を歪めた。


「引っ込んでろ! 来んな!」


 威嚇するように、刃渡り十五センチほどありそうな包丁を直哉の顔面へ向けて突き出す。


 それでも直哉が足を止めず、あと三メートルという間合いまで近づいた瞬間、男の理性が完全に吹き飛んだ。


「殺すぞ!!」


 男が踏み込み、直哉の喉元へ向かって包丁を大きく振り下ろした。


 ここからの出来事は、直哉自身の意識速度すら置いてきぼりにするほど、短く、そして速かった。


 男が腕を振り下ろす軌道が、はっきりと目で見えた。


(うわ、来る!)


 怖いという感情が脳をよぎる。


 だが、東雲セナというキャラクターの肉体からすれば、その攻撃は信じられないほど遅く見えていた。


 考えて動いたわけではない。体が勝手に最適な解を選択した。


 包丁の刃先が届くコンマ数秒前、直哉の右足が半歩だけ外側へとずれる。最小限の動きで、振り下ろされる刃の軸線から完全に体を逸らした。


 男の攻撃が空を切り、前のめりになった姿勢のバランスが崩れる。


 その瞬間、直哉の細い左手が、まるで蛇のように伸びて男の右の手首を正確に掴み取った。


 力任せに握ったわけではない。関節の構造を完璧に把握しているかのように、手首へ絶妙な角度で力を加える。


「あぐっ!?」


 男の口から悲鳴が漏れ、指の力が一瞬で抜ける。銀色の包丁が、からりと乾いた音を立ててリノリウムの床へ転がり落ちた。


 さらに直哉の身体は止まらない。相手の肘関節の裏側に右手を添え、自分の体幹を軸にして相手の重心を前方に崩す。最後は足首を軽くからめ取って払うだけで十分だった。


 まるで合気道の演武でも見ているかのような流れる動作で、男の小柄な身体は宙を舞い、コンビニの床に腹からドスンと叩きつけられた。


「ぐっ、うあ……ッ!」


 直哉は倒れ込んだ男の背中に膝を押し当て、腕を背中側へひねり上げて完全に拘束した。関節を決められているため、男は痛みに悶えてまともに動けない。


 実戦開始から制圧まで、時間にしてわずか三秒弱だった。


 派手な剣技である《瞬雷》も、高速接近して斬り抜ける《雷走・反転》も、何一つ使う必要などなかった。


 『現地登録Tier:3』と表示される身体能力と戦闘技能を備えた肉体にとって、刃物を持っているとはいえ一般人一人を制圧する程度なら、スキルを持ち出すまでもなかったのだ。


 そして、男を押さえ込んでいる直哉本人が、何より一番驚いていた。


(えっ)


(もう終わった?)


 背中でうめき声を上げている強盗自身も、何がどうして自分が床に這いつくばっているのか理解できていない。


 レジの向こう側でパニックになっていた男性店員も、雑誌のコーナーにいたサラリーマンも、包丁を突きつけられていた大学生風の若者も、全員が時間が止まったかのように凍りついていた。


 静まり返った店内で、ようやく我に返った若い男性店員が、震える手でレジ奥の緊急通報ボタンを押し、固定電話の受話器を取り上げて110番へ通報を始めた。


「あ、警察ですか!? 強盗です、コンビニで……はい! 犯人は今、他のお客さんが取り押さえてくれて……!」


 直哉は強盗の腕を決めながら、これからどうするべきかを冷や汗交じりに考えていた。


 その時だった。


 直哉の視野の右下、システムインターフェースの隅に、これまで見たことのない金色のアイコンが輝いた。


 いつもの赤い通知マーカーではない。明るい黄金色だ。


 ピロリン、と美しいハープを弾いたかのようなファンファーレ音が、脳内に直接響いた。


 驚く直哉の目の前の空間に、大きな専用ウィンドウが展開される。


 そこに書かれていたのは、ゲームの『MISSION CLEAR』のようなお気楽な言葉ではなかった。


『【因果変動記録】』


『外部因果への有意な干渉を確認しました』


『集結者の介入によって成立結果が変動しました』


『活動記録を更新します』


『評価処理完了』


『活動報酬を獲得しました』


 テキストの後に、二つのアイテムアイコンが派手なエフェクトと共に飛び出してきた。


『《育成記録・初級》×20』


『《クレジット》×20,000』


 直哉は強盗を押さえ込んだまま、視界の文字を見つめて完全に固まった。


(…………)


(……報酬?)


 三日間、部屋の中で何をどう試しても、システムは沈黙を貫いていた。


 何度キャラクターチェンジを繰り返しても、どれだけ自室で身体能力を試してみても、剣を呼び出して軽く構えてみても、アイテムはおろか、ただのメッセージ一つ出なかった。


 それが、コンビニで包丁を振り回していた強盗を取り押さえ、事件の結果を変えた直後、初めてシステムからの「報酬」が支払われたのだ。


 直哉の頭の中に、一つの仮説が組み上がっていく。


(もしかして……)


(現実の出来事に介入して、起きる結果を変えたら報酬が出るのか?)


 もちろん、それだけで法則の全貌が分かったわけではない。


 犯罪者を倒したからなのか。


 人を助けたからなのか。


 能力を使って事件へ介入したからなのか。


 それとも、『集結者の介入によって成立結果が変動しました』という文面通り、本来とは違う結果を現実へ成立させること自体が条件なのか。


 この一件だけでは判断できない。


 ただ、三日間何をしても沈黙していた《因果集結クロニクル》が、自分の行動によって現実の出来事が変わった直後に初めて反応した。その事実だけは間違いなかった。


 直哉は胸を高鳴らせながら、すぐさまメニューのインベントリ欄を確認した。


『所持品一覧』


『《育成記録・初級》×20』


『《クレジット》×20,000』


『因果晶:0』


(石は増えてねえ!)


 一番欲しかったガチャ石は、見事にゼロのままだった。もらえたのは、キャラクターを強化するための経験値素材と、ゲーム内通貨らしきクレジットのみだ。


 それでも、ずっと空っぽだったインベントリに初めてアイテムが加わったという事実は、ゲーマーとしての直哉の心をこれ以上なく沸き立たせた。


(いや、石は出なかったけど、でもちゃんとした報酬は出た!)


(やったぜ!!)


 男を押さえつけながら、彼の表情には隠しきれないニヤつきが浮かんでいた。


「あ、あの……!」


 声に呼ばれ、直哉はハッとして視線を上げた。


 レジの向こうから出てきた男性店員が、緊張と畏敬が入り混じった顔つきで、おそるおそるこちらへ近づいてきていた。


 店員から見れば、強盗をわずか数秒で鮮やかに叩き伏せた謎の美人が、なぜか虚空の一点を眺めながら一人で嬉しそうにニヤニヤしているという、非常にミステリアスかつ不気味な状況だ。


「あの、本当にありがとうございます……! お怪我はないですか?」


 直哉は慌てて表情を引き締めた。


「え? あ、うん。大丈夫」


 声はやはり涼やかな東雲セナのものだ。


「今、警察の方に連絡しましたので、あと数分でパトカーが到着するそうです。あの……事情聴取とかもあると思いますので、できればそのまま少し待っていていただけますか?」


 『警察』。


 『事情聴取』。


 その二つの単語が耳に飛び込んできた瞬間、直哉の熱狂していた脳内へ、強烈な現実が一気に引き戻された。


 警察が来るということは、当然、名前や住所、身元を聞かれる。


 身分証明書の提示を求められる。


 今ここにいる自分は、二十一歳の『東雲セナ』という正体不明の女性の姿をしているのだ。免許証を見せれば三十四歳の森川直哉と書かれているし、指紋を取られれば本人と一致する。そんな状況をどうやって警察へ説明すればいい?


 さらに、直哉はゆっくりと視線を上げ、店舗の天井へと目を向けた。


 そこには、黒い半球型の防犯カメラが、しっかりと自分の頭上を監視するように取り付けられていた。


(…………)


(あ)


 直哉の血の気が、今度こそ本気でサーッと引いていった。


 自分がこのコンビニに入店した時の姿は、間違いなく三十四歳の無職・森川直哉だった。


 その男が、店内のトイレに入った。


 そして数分後、そのトイレの扉が開き、中から見たこともない二十一歳の女性剣士が現れて、強盗を素手で投げ飛ばしたのだ。


(個室なら変身するところは見られないって、それしか考えてなかった!)


(ここコンビニだぞ! 入口からトイレまで防犯カメラあるに決まってるじゃん!)


(なんで俺、よりによって防犯カメラが回ってる店内のトイレの中で変身したんだよ!?)


 トイレの扉は一つしかない。窓もない。後から警察が映像を確認すれば、「男がトイレに入り、入れ替わりに女性が出てきた」という不自然極まりない録画映像が、言い逃れようのない形で残ってしまう。


 すでに手遅れだったが、少なくとも今の状況で警察の到着を待つことだけは、絶対に避けたかった。


 直哉は床に落ちた包丁へ目をやり、強盗の腕を決めたまま靴先でそれを引き寄せると、犯人から手の届かないレジカウンターの奥へ滑らせた。


 それから男の拘束を解いて立ち上がる。相手はまだ関節の痛みでうめき、すぐに起き上がれる様子ではない。


 直哉は店員の方を向き、セナのクールな口調で尋ねた。


「怪我はなかった?」


「は、はい! 僕は大丈夫です!」


 店員が振り返る。


 包丁を突きつけられていた大学生風の若者は、まだ顔を青くしていたが、近くにいたサラリーマンに肩を支えられながら立ち上がっていた。怪我をした様子はない。


 その姿を見て、直哉はようやく少し安心した。


「じゃ、私はこれで!」


「えっ?」


 言うが早いか、直哉はくるりと背を向け、自動ドアに向かって早歩きで歩き出した。


「ちょ、ちょっと待ってください! お名前だけでも……!」


 背後から店員が引き留めようと叫ぶが、直哉は決して立ち止まらなかった。


 ここで走って逃げ出すわけにはいかない。東雲セナの身体で本気を出せば、それだけでまた常人離れした動きを防犯カメラへ追加することになる。


 ごく自然な、しかし本人としては精一杯の早歩きで自動ドアを通り抜け、直哉は昼の光の中へと姿を消した。


 コンビニから歩いて数百メートル。


 直哉は住宅街の奥へと進み、人通りが途切れた細い裏路地へと滑り込んだ。古いアパートとブロック塀に挟まれた場所で周囲を見回し、誰もこちらを見ていないことをしっかりと確認する。


 視界の《因果集結クロニクル》を呼び出すと、ただちにキャラクターチェンジの解除コマンドを選択した。


『【CHARACTER CHANGE】』


『変身を解除しますか?』


『YES / NO』


 YESを強く選ぶ。


 再び青白い光の粒子が視界を覆い、身体の感覚が揺らぐ。


 数秒後、そこに立っていたのは、スウェットを着た三十四歳の男――森川直哉だった。


 急に身体の質量が重くなり、視線の高さが少し上がる。


「……ふうっ」


 直哉は壁に手をつき、荒くなっていた息を整えた。胸の奥では、まだ心臓が早鐘のように激しく鳴り続けている。


 本物の犯罪者と刃物に向かい合ったのだ。当然、死ぬほど怖かった。


 だが、結果として誰も怪我をすることなく、強盗を取り押さえることができた。その達成感と安堵感が、少し遅れてじわじわと湧き上がってくる。


 直哉は家へ向かって歩き始めながら、すぐにシステムのメニューを開き、インベントリのタブを見つめた。


『《育成記録・初級》×20』


『《クレジット》×20,000』


「マジでもらってる……」


 声に出して読み上げ、にやけそうな顔を必死で引き締めながら、小さく拳を握った。


「やったぜ」


 三日前からずっと「どう使えばいいんだ」と悩まされ続けていた能力が、初めて自分の行動に対して意味のある応答を返してくれたのだ。


 ガチャを回すための『因果晶』の獲得条件はまだ分からない。今回分かったのはせいぜい、現実の出来事へ介入し、それまでとは違う結果を成立させた時に《因果集結クロニクル》が何らかの評価を行う可能性が高い、という程度だ。


 犯罪者を捕まえたことそのものが条件なのか、人助けだったからなのか、それとも本当に『因果変動』という言葉通りなのか。それを確かめるには、まだ一件では足りない。


 それでも、報酬を得るために何をすればいいのか見当さえつかなかった三日前に比べれば、大きな前進だった。


 家へ歩いて帰るまでの十分間が待てず、直哉はスマートフォンの画面を見るような自然な視線で、《因果集結クロニクル》の『育成』メニューを開いた。


 画面には、唯一の所持キャラクターのステータスが表示されている。


『★★★★ 東雲セナ』


『Lv.1』


『HP:2,480 / 2,480』


 『育成』のボタンを選択する。


『レベルアップ素材を選択してください』


『所持素材:《育成記録・初級》×20』


 試しに、手に入れたばかりの素材をすべて選択してみる。


『《育成記録・初級》×20を使用します』


『消費クレジット:20,000』


『実行しますか?』


「お、ちょうど今回の報酬で全消費するのか。親切設計じゃん」


 迷わず『YES』を選択した。


 画面全体が美しい金色の光に包まれ、お馴染みのレベルアップ効果音が鳴る。


 パラメータの数値が、高速で跳ね上がっていった。


『Lv.1 → Lv.20』


『HP:2,480 → 3,430』


 さらに、続けて通知ウィンドウがポップアップする。


『現在のレベル上限に到達しました』


『次のレベル上限を解放するには、キャラクターの昇格が必要です』


『必要な昇格素材が不足しています』


 直哉は納得したように頷いた。


「なるほど。レベル20で一度上限が来て、限界突破の素材を要求されるシステムか。本当に中国製のスマホゲーそのものだな」


 レベルアップ後のステータス詳細を見比べる。


 もっとも目立って上昇している数字は、HPのパラメータだった。千近く値が上がっている。


 だが一方で、スキルの効果量や攻撃倍率などのテキストには、明確な変更はなさそうだった。


 固有の評価ランクも変わらない。


『現地登録Tier:3』


 のままだ。


 直哉は首を傾げた。


「レベルを二十まで上げても、基本のHPしか増えてないな」


 もう一度、緑色の文字で表示されたHPバーを見る。


『HP:3,430 / 3,430』


「……そもそも、このHPって結局現実で何に使うんだ?」


 スタミナが増えて疲れにくくなるのか。体が頑丈になって怪我をしにくくなるのか。あるいはゲームとして表示されているだけで、現実には別の意味があるのか。


 今のところ、確かめる術はない。


「まあ、減って困るもんでもないし、増えるに越したことはないか」


 直哉はそう軽く結論づけ、育成画面を閉じた。


 自宅の屋根が見えてくる。彼は静かな住宅街を歩きながら、今日得られたもっとも重要な事実について思考を巡らせていた。


(コンビニ強盗を捕まえて事件の結果を変えたら、経験値とお金の報酬が出た)


(だったら、他の事件やトラブルに関わった時にも、別の報酬……例えば因果晶とかが出ることもあるのか?)


 ただ自室で画面を眺めているだけでは、何も分からない。


 直哉の中に初めて、


「《因果集結クロニクル》の報酬が出る条件を、もう少し細かく調べてみたい」


 という、能動的な目的意識が芽生え始めていた。


     ◆


 同じ頃。


 東京都心部のオフィス街にある、外観からすればどこにでもある行政系合同庁舎の一室。


 入り口には当たり障りのない公的機関の看板が掲げられているが、その実態は、日本国内の能力者登録や支援、特異事象への対応、そして神秘社会の秘匿に関わる業務を担う特殊機関――『八咫烏やたがらす』の都内担当部署のフロアだった。


 静かなオフィスの中で端末を確認していた女性職員――霧島のもとへ、監視部門の男性職員がタブレット端末を手に歩み寄ってきた。


「霧島さん。例の第十四管区の未登録反応ですが、今日またTier3相当の因果律改変反応を観測しました」


 霧島が顔を上げる。


「またですか?」


「はい。ここ三日ほど、同じ住宅地周辺で断続的に出ていたものです」


 職員が端末へ地図を表示する。


 住宅街の一角を中心として、おおまかな検出範囲を示す円がいくつも重ねられていた。


 最初の反応は三日前の午前中。


 その後も時間帯を変えながら、短時間のTier3相当反応が複数回観測されている。


「既存登録者の活動と重なっている可能性は?」


「周辺に登録者は何人かいますが、既知の活動記録とは一致しません。センサーだけでは個人の識別も、各反応が同じ人物によるものかどうかも分かりませんが、狭い地域で短期間にこれだけTier3反応が続いています。新規覚醒した未登録者がいる可能性が高いとして、所在確認を進めていました」


 霧島は地図上の円を眺める。


 Tier3というランクは、国家規模で指定される最重要戦力というほどではない。しかし、能力事件や局地的な異常事態の結果を一人で左右し得る、十分な実働級だ。


 未登録のまま住宅街で何度か能力を使っている者がいるのなら、いずれ本人へ接触して制度を説明する必要がある。


「それで、今日ようやく場所が絞れたんですか?」


「場所どころか、人物までほぼ割れました」


「ずいぶん急ですね」


「今回の反応地点が、コンビニエンスストアの店内だったんです」


「コンビニ?」


 霧島の目が少し鋭くなる。


「未登録のTier3能力者が店舗内で能力を使ったんですか。被害は?」


「そこが少し変わっていまして。ちょうど同じ時間帯、その店舗へ刃物を持った強盗が押し入っています」


「強盗犯が能力者だった?」


「いえ。強盗の男はすでに警察へ身柄を引き渡されていますが、能力反応は確認されていません。一般人です」


 では誰がTier3の能力を使ったのか。


 職員は、コンビニの店内に設置されていた防犯カメラの録画映像を、霧島のモニターへ表示した。


 事件発生の少し前。


 店内には数人の客がいる。その中の一人、スウェット姿の一般的な三十代半ばの男性へマーカーが付けられた。


 やがて強盗が入店し、包丁を抜いて店員を脅し始める。


 店内の客が凍りつく中、スウェット姿の男性は棚の陰を通り、店内奥にあるトイレへ逃げ込むように入っていった。


 そこまで見て、霧島は首を傾げた。


「この男性ですか? 普通に避難しただけに見えますけど」


「ここからです」


 トイレの扉が閉まってしばらくした後、再び同じ扉が開いた。


 そこから出てきたのは、スウェット姿の男性ではなかった。


 濃紺の戦闘用ジャケットを着た、黒いショートヘアの若い女性だった。


「……はい?」


 霧島の手が止まる。


 映像は続く。


 現れた女性はレジの前へ移動すると、包丁を振り回していた強盗の攻撃を最小限の動きで避け、手首を取って瞬時に床へ叩き伏せた。


 一切の無駄がない、洗練された近接戦闘だった。


 男を拘束して店員と言葉を交わしたあと、女性は床に落ちていた包丁を犯人から遠ざけ、そのまま店の自動ドアから出て行く。


 霧島はしばらく映像を見たあと、トイレの扉へ視線を戻した。


「……最初に入った男性は?」


「出てきません」


 職員が店舗構造図を表示する。


「トイレは一室のみ。外部へ通じる窓や裏口はありません。念のため透視・残留因果確認部門にも映像と現場を回しました」


 霧島が眼鏡の位置を直す。


「結果は?」


「第三者が隠れていた形跡はなし。現場に残った反応からも、トイレへ入った男性と、そこから出てきた女性は連続した同一人物と判断されています」


 霧島は画面の女性を改めて見つめた。


「変身系の能力……?」


「現状では、それがもっとも自然です」


「それなら、入店した男性の身元も?」


「確認済みです」


 職員が画面を切り替える。


『森川直哉』


『34歳』


『東京都在住』


『能力者登録歴:なし』


「防犯映像の顔写真から通常照会を行いました。森川直哉、三十四歳。約一年前に退職し、現在はご両親と同居しています」


「住所は?」


 地図が表示される。


 霧島が、一瞬黙った。


 森川家の位置。


 そこへ、ここ三日間に観測されたTier3相当反応の検出範囲を重ねる。


 複数の円が交差する範囲の中に、森川家はきれいに収まっていた。


「……なるほど」


「過去三日間の反応の大半は平日の昼間から夕方にかけて発生しています。森川さんは現在定職に就いておらず、ご両親はその時間帯は勤務先に出ています。もちろん、都市センサーだけで過去の反応まで本人のものと判定できるわけではありませんが――」


「今日のコンビニで本人の能力使用が確認されて、住所が過去の反応地点と一致した」


「はい。透視担当の結果も合わせれば、ここ数日観測されていた未登録Tier3反応の主体は、森川直哉さんと考えてほぼ間違いないかと」


 霧島は報告書に表示された三十四歳男性の顔写真と、防犯映像に映っている若い女性の姿を交互に見比べる。


「三十四歳の男性が、若い女性の姿へ変身して、Tier3相当の身体能力を発揮する……」


「映像を見る限りでは、そのように見えます」


 この世界における能力者のあり方は多様だ。肉体強化や精神感応だけでなく、自身の外見や性別、肉体年齢を変化させる能力者自体にも前例はある。


 そのため、霧島にとって「男性が女性になったこと」そのものは、そこまで驚くべき部分ではなかった。


 重要なのは、ここ数日未登録のままTier3相当の能力を使っていた人物が特定できたこと。


 そして、その人物が今回、自分の力を犯罪ではなく人助けのために使ったことだった。


「強盗犯への攻撃に、不必要な過剰行為の形跡は?」


「ありません。刃物を落とさせ、投げて関節を取っただけです。店舗への被害もほぼなし。退店前には包丁を犯人から遠ざけています」


「一般人に変身を見られないようにした形跡は?」


「少なくとも本人なりには気を遣っているようです。トイレで変身したのも、変身そのものを目撃されないためでしょう。ただし、防犯カメラの存在までは考えが回らなかったようですが」


 職員の報告を聞き、霧島はわずかに口元を緩めた。


「敵対性も、社会への攻撃性もなし。なら、通常の新規覚醒者対応で十分ですね」


 八咫烏は、能力者を発見次第拘束するような秘密警察ではない。


 能力者が一般社会の中で安全に暮らせるよう登録や制度説明を行い、必要なら訓練・医療・生活上の支援へつなぎ、同時に一般社会との摩擦や神秘社会の不用意な露出を防ぐ。それが日常業務の大部分を占めている。


「私が担当します。世帯構成はご両親との三人暮らしで合っていますか?」


「はい。ご両親は平日の昼間は勤務先へ出ています。本人は日中、自宅にいる可能性が高いです」


「では、まず本人へ連絡して、明日の昼頃に訪問してもいいか予定を取ってください。能力者社会のことをまだ何も知らない可能性が高いですから、ご両親が不在の時間に本人だけと話した方がいいでしょう」


「分かりました」


「警察側には?」


「すでに映像の扱いについて調整を始めています」


「お願いします。本人は強盗を止めただけですから、変身能力のことまで一般の事件処理へ持ち込む必要はありません」


 霧島はモニターの映像を操作し、強盗を床へ押さえ込んでいる女性のフレームで再生を一時停止した。


 濃紺の戦闘用ジャケット。無駄なく整った姿勢。包丁を持った男を素手で制圧した直後だというのに、肉体の軸にはほとんど乱れがない。


 霧島は興味深そうにその姿を見つめた。


「しかし……単純に外見だけを変えている感じではありませんね。身体能力も戦闘技術も、最初からこの肉体に備わっているように見えます」


「透視担当も、肉体構造自体が能力使用前後で大幅に変化している可能性を指摘しています」


「なるほど。そこは本人に聞いた方が早そうですね」


 もちろん、この時点で八咫烏が把握しているのは、


『森川直哉という三十四歳男性が、正体不明の若い女性へ変身し、Tier3相当の身体能力を発揮する』


 という程度のことに過ぎない。


 その能力が、中国製のアクションキャラクターゲームを思わせるシステムとして直哉の視界へ表示されていることも。


 ガチャで獲得した『★★★★ 東雲セナ』というキャラクターへ切り替わっていることも。


 レベルやHP、育成素材、三人編成、キャラクターチェンジといったゲームそのもののルールが存在していることも。


 ましてや東雲セナという人物が、単なる架空のキャラクターではないことも。


 八咫烏はまだ何一つ知らなかった。


 霧島は端末上の予定表へ、明日の昼の枠を確保する。


「森川直哉さん、ですか」


 もう一度、三十四歳男性の顔写真を見る。


「では明日、その力についてゆっくりお話を聞かせてもらいましょう」

最後までお付き合いいただき感謝します。


もし「続きが読みたい」と思われた方は、ページ下部よりブックマークと評価をお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ