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俺の異能が中華ゲーだった ~34歳無職、ガチャで引いたキャラに変身して働きます~  作者: パラレル・ゲーマー


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第4話 俺の能力、仕事に使えるらしい

 「おはようございます、森川さん」


 「おはようございます。今日はよろしくお願いします」


 東京都内にある総合行政ビルの地下通路。白く磨かれた壁と均等に並んだLED照明が、二人分の足音を平坦に吸い込んでいく。


 前を歩くのは、黒いオフィスカジュアルに身を包み、資料用のバインダーを小脇に抱えた八咫烏の行政担当職員――霧島だ。その後ろを歩く直哉は、いつものパーカーにデニムというラフな私服のポケットへ手を突っ込み、周囲をきょろきょろと見回していた。


 「いやあ、もっと地下秘密基地みたいなところを想像してましたよ」


 「都内の住宅地近くに地下秘密基地を造る方が大変ですよ」


 前を向いたままの霧島が、少しも調子を変えずに返した。


 「まあ、そりゃそうか」


 映画や漫画に出てくる謎の超常機関とは違い、八咫烏は現代日本の行政と予算の中にしっかり組み込まれた専門機関なのだ。その事実を、直哉はこの建物へ入ってからの短い時間だけでも十分に実感させられていた。


 「こちらです」


 霧島が管理カードキーを壁際のセンサーへかざすと、分厚い二重扉が低い駆動音を響かせながら左右へ滑り、広大な屋内試験区画の全貌が姿を現した。


 そこは一般的な高校や大学の体育館よりもさらに二回りほど広く、何より明らかに頑丈に造られていた。十メートル近い高さの天井、特殊な複合材で補強された壁面、着地衝撃を分散する交換式の床材。壁際の監視ゾーンには運動性能測定機器や荷重装置、ハイスピードカメラ、因果律改変反応をリアルタイムで観測する大型モニター群が並び、中央から奥へ伸びる百メートル近い走行レーンの先には、人間サイズの戦闘ダミーや大型の高耐久標的まで用意されている。


 直哉は思わず感心したような声を漏らした。


 「おお……こっちはちゃんとしてる」


 「何がですか?」


 「超能力の研究施設っぽい」


 「最初からそういう専門施設ですよ」


 霧島が呆れたように息を吐いたところで、監視デスクの方から技術職用の作業服を着た四十代ほどの男性が歩いてきた。


 細身の眼鏡をかけ、胸ポケットには何本もの筆記具と小型の電子スケールを差している。白衣を翻す研究者というより、巨大な測定機械を日常的に調整している現場技師といった印象の男だった。


 「本日、運動性能と因果干渉値の計測を担当します。技師の岸本です。よろしくお願いします」


 「あ、森川です。よろしくお願いします」


 岸本は珍しい実験動物でも見るように直哉を観察することもなく、ごく普通の検査対象者に接するような態度で頭を下げた。その事務的な距離感に、直哉は少しだけ安心する。


 霧島が手元の進行表を開いた。


 「では、本日の検査内容について先に説明します。まず森川さんご本人としての基礎身体測定を行い、その後、東雲セナさんへのキャラクターチェンジと変身後の身体性能を確認します。続いて武装の実体化、現在把握されている各スキルと戦闘技能の試験を行い、最後に因果干渉規模を含めた総合評価から、登録上の暫定Tierを判定します」


 そこまで聞いた直哉は、以前から引っかかっていた一つの数字を思い出した。


 「あ、そうだ。検査するなら先に一個聞いていいです?」


 「はい」


 「俺のゲーム画面、HPって数字があるんですよ。今の東雲セナだと三千四百三十」


 岸本が端末へ入力しかけていた手を止めた。


 「HP、ですか?」


 「はい。ゲームなら普通に体力じゃないですか。でも、現実で何を意味してるのか全然分かんなくて。レベルを上げたら二千四百八十から三千四百三十まで増えたんですけど」


 霧島が尋ねる。


 「これまで、その数値が減少したことはありますか?」


 「一度もないですね。コンビニの強盗でも攻撃は全部避けたんで」


 「意図的に減少させようと試したことは?」


 「さすがに自分を殴ったり刺したりする気にはならなかったです」


 「それで正解です」


 即答だった。


 岸本も同意するように頷き、HPの項目を新しく検査記録へ追加する。


 「現時点では、名称と数値しか情報がありません。物理的な負傷量なのか、疲労や能力使用に関係する値なのか、あるいはまったく別のパラメータなのかも分からない。安全な減少条件が不明な状態で、人体へ意図的に損傷を与えて確かめる試験は行えません」


 「ですよね。俺も痛いの嫌なんで、そこは保留でお願いします」


 「そのようにしましょう」


 ひとまずHPについては「存在そのものは確認するが、機能は未判明」として検査記録へ残されることになった。


 霧島は進行表へ視線を戻し、もう一つ重要な注意事項を付け加えた。


 「それから、本日の目的は森川さんを極限まで追い込んで最大出力を測定することではありません。現時点で安全に確認できる能力と、登録上必要な最低保証値を把握することが目的です。途中で設備側の安全域を超えるようなら、その時点で試験を終了します」


 「いや、本当に助かりますよ。俺も自分の限界なんて全然知らないんで、いきなり死ぬほど頑張れって言われても困るし」


 最初に始まったのは、生身の森川直哉としての基礎身体測定だった。


 パーカーだけを脱ぎ、体重測定、グリップ式の握力計、脚力センサー、短距離走、動体視力、垂直跳びと、ごく普通の健康診断や体力測定にもありそうな項目を順番にこなしていく。


 約二十分後、タブレットへ集計された結果を見た岸本は、何の躊躇もなく結論を口にした。


 「見事なほど標準的な一般成人男性の数値です。むしろ長期の運動不足の影響か、瞬発力と持久力には若干の低下が見られますね」


 「岸本さん、オブラートって知ってます?」


 「医学・統計上の事実の報告です」


 握力は右四十二キロ、垂直跳びは三十六センチ。多少の上下はあっても、誰がどう見ても普通の三十四歳男性であり、森川直哉自身の肉体へ恒常的な身体能力強化がかかっている形跡はなかった。


 「それでは次へ進みましょう。森川さん、東雲セナさんへの変身をお願いします」


 「はいはい」


 直哉は試験区画の中央へ移動すると、視界の右上に浮かんでいる《因果集結クロニクル》を展開した。


 編成メニューのメインフレームには、唯一の所持キャラクターである東雲セナが配置されている。画面下部に浮かぶ金色の『【CHARACTER CHANGE】』へ意識を重ねた。


『変更先:東雲セナ』


『キャラクターチェンジを実行しますか?』


『YES / NO』


 YESを選択した瞬間、青白い光が身体を包み込んだ。


 すでに何度も経験してきた、肉体の重心そのものが急速に切り替わる独特の感覚。視線がわずかに低くなり、身体を包んでいた私服の感触も消えていく。


 光が収まった時、そこに立っていたのは三十四歳の男性ではなく、濃紺の戦闘用ジャケットをまとった二十一歳の女性剣士――『★★★★ 東雲セナ』だった。


 直哉は軽く手を開閉してから、霧島へ顔を向けた。


 「これでいい?」


 口から出たのは、涼やかで透明感のあるセナの声だった。頭の中では相変わらず、


(さて、今日はどこまで数字が出るんだろうな)


 と森川直哉のまま考えているが、一度言葉として外へ出れば、声も一人称も言い回しも東雲セナのものへ補正される。


 霧島がチェックシートへ記録する。


 「はい。昨日ご自宅で確認した状態と同じですね」


 岸本もモニター上へ流れ込んでくる測定結果を確認した。


 「身長164センチ。基礎体温、心拍、筋肉の収縮速度を含めて、変身前とは完全に異なる生体パラメータへ移行しています」


 そこで、すぐに身体測定へ入るのではなく、霧島が直哉へ向き直った。


 「スキル試験を始める前に、現在システム上で確認できる戦闘機能を、一度すべて読み上げてもらえますか? 森川さんにしか画面が見えませんので、こちらも試験項目を正確に把握しておきたいんです」


 「全部読むの?」


 「お願いします」


 「分かった」


 直哉はスキル画面を開き、昨日まで自分一人で眺めていた文字列を順番に読み上げていった。


 通常攻撃《白雷剣式》は五段構成。スキル1《瞬雷》はクールタイム八秒で、使用すると五秒間の《励起》状態を獲得し、攻撃力が二十%、移動速度が十%上昇する。《励起》中は通常攻撃の二段目と五段目を命中させることで《電位》を一つずつ獲得でき、最大三つまで保持可能。ただし十五秒以内に新しい《電位》を獲得しなければ、すべて失われる。


 スキル2《雷走・反転》はクールタイム十二秒で、保持している《電位》をすべて消費する。《電位》一つなら与えるダメージが二十%上昇、二つなら四十五%上昇したうえで《瞬雷》の残りクールタイムが二秒短縮され、三つなら与えるダメージが七十%上昇し、さらに六秒間の《臨界駆動》へ入る。


 「《臨界駆動》中は攻撃速度十五%アップ、雷属性攻撃の与ダメージ二十五%アップ。通常攻撃五段目でEXエネルギーが追加でもらえて、EXも強化されるみたい」


 岸本が凄まじい速度で入力していく。


 回避行動《流光歩》は、攻撃をぎりぎりで回避することで《極限回避》へ派生し、次の通常攻撃が《反雷》へ変化。《反雷》は敵の背後へ回り込んで斬撃し、《電位》を一つ獲得する。


 EX《暁天・千雷一閃》はEXエネルギー百を消費。《臨界駆動》中なら《暁天・千雷一閃――極》へ強化され、最後の斬撃の威力が四十%上昇し、対象の雷耐性を一時的に低下させ、《瞬雷》のクールタイムを即座にリセット、さらに《電位》を一つ獲得する。


 最後にパッシブ《夜明けを待たず》。《励起》中に通常攻撃を四回以上命中させることで五秒間クリティカル率が十二%上昇し、《臨界駆動》中なら追加でクリティカルダメージが二十%上昇する。


 すべてを入力し終えた岸本は、しばらく画面に並んだ項目を見てから、静かに言った。


 「ゲームの攻略サイトを、そのまま試験仕様書へ転記している気分になりますね」


 「私も説明しててそう思うよ」


 「ですが、これで少なくともこちらが知らない機能名を勝手に指定することはなくなりました。それでは、身体能力から確認しましょう」


 床から昇降式の高負荷測定レバーがせり上がってくる。


 霧島がその装置を指し示しながら説明した。


 「先に申し上げますが、八咫烏が使用するTierは、筋力や速度の倍率だけで決まる階級ではありません。身体能力を比較するため、この試験では便宜上、一般成人男性の平均的な身体出力を『1.0』として測定しますが、それとTierそのものは別です」


 「ゲームの基礎ステータスみたいなもの?」


 「かなり乱暴に言えば、そう考えていただいて構いません」


 一倍の負荷は、当然のように何の抵抗も感じなかった。


 二倍、三倍、四倍と上げても、セナの腕には大した力みすら生まれない。油圧装置が重い駆動音を立て始め、成人男性五人分に相当する負荷へ到達したところで、直哉は片手でレバーを握り、そのまま滑らかに最上部まで引き上げてしまった。


 「これで五倍?」


 「はい」


 直哉は自分の腕を軽く振りながら首を傾げた。


 「まだかなり行けるよ。これなら、もう倍くらいにしても全然大丈夫そうだけど」


 監視デスクで心拍と筋負荷を確認していた岸本が、霧島へ結果を伝える。


 「本人の申告だけではなく、測定値から見てもかなり余裕があります。少なくとも五倍域は限界値から相当遠いですね」


 「分かりました。では、今日はここまでにしましょう」


 「え、もう止めるの?」


 「この装置は初期測定用です。さらに上を測るなら高負荷設備へ移す必要がありますし、今日の目的は最大筋力の測定ではありません」


 直哉は少し不満そうにレバーから手を離した。


(まだ全然重くなかったんだけどな)


 岸本はそのまま測定結果を保存する。


 「五倍域で大幅な余裕あり。ただ、筋力だけでTier判定はできません。速度や反応性能、これから計測するスキル使用時の因果干渉値まで含めて総合評価するべきでしょう」


 「そうですね」


 霧島が頷く。


 続いて移動能力へ移った。


 百メートルの走行レーンで、まずは指定された速度を一定時間維持する。時速三十キロ、四十キロ、五十キロと段階的に上げていき、最終的に時速六十キロへ到達しても、セナの身体は息一つ乱さず軽やかな足運びを保っていた。


 「まだ速くできるよ?」


 「今日はそこまでです」


 「さっきから全部その理由で止めるね」


 「初日の検査で床や緩衝壁を壊されたくありませんので」


(まあ、それはそうだ)


 跳躍試験でも、軽く膝を曲げただけで数メートルの高さへ跳び上がり、着地時にはほとんど音を立てずに姿勢を戻した。さらに壁面へランダムに点灯する光を順番に触れていく反射試験では、設定速度を上げ続けた結果、最後には直哉ではなく測定装置側が追従不能を表示して試験が打ち切られた。


 岸本が眼鏡を押し上げる。


 「単に筋力や走力だけが高い身体ではありません。視覚処理、平衡感覚、空間認識、姿勢制御まで、実戦用にかなり高度な調整がされています」


 「東雲セナってキャラクターの設定が、そのまま身体に反映されてるんだと思う」


 「プロフィールとの整合性は非常に高いですね」


 身体測定を終え、次は武装の確認へ移った。


 「装備している武器を実体化してください」


 「もちろん」


 直哉が右手を前へ伸ばし、武装画面へ意識を重ねる。青白い粒子が手の中へ集まり、一振りの刀として実体化した。


『★★★《制式霊装刀・四式》』


 岸本は測定台へ刀を置かせ、重量や材質、内部構造、刀身表面の特徴を順番に測定していく。


 「確かな質量と内部構造があります。少なくとも幻影ではありません」


 「ゲームだとガチャのハズレで出る★3武器なんだけどね」


 「現実側の基準から見れば、十分特殊な兵装ですよ」


 「最低レアなのに?」


 「比較対象がおかしいのでは」


 一度武器を消失させ、数秒後にもう一度実体化する。


 岸本は刀身の微細な傷や表面構造を先ほどのデータと比較し、しばらくしてから結論を出した。


 「少なくとも、再出現後も同一個体と考えられる特徴を維持しています。ただし、消失中にどこかへ収納されているのか、それとも同じ状態を保持したまま再構成されているのかまでは判断できません」


 「そこは分かんないか」


 「現時点では」


 そして、いよいよ直哉が初変身から試したくて仕方がなかった、固有スキルの実地試験へ移った。


 隔離された攻撃試験区画の奥へ、高耐久ターゲットダミーが固定される。霧島と岸本は防護ガラスの向こうへ移動し、直哉だけが標的から二十メートル離れた開始位置に立った。


 「まずは《瞬雷》単独でお願いします」


 「やっと撃てるよ」


 思わず口元が緩む。


 視界の右下では、


『《瞬雷》:使用可能』


 のアイコンが明るく輝いていた。


 発動を意識した瞬間、セナの身体が自然に低い姿勢へ沈み込み、刀を前方へ向ける。足元へ青白い雷光が走った。


 「――遅い!」


 直哉自身は何も言おうとしていなかったのに、スキルに設定された専用ボイスが勝手に口から飛び出した。


 直後、身体が床を蹴る。


 青白い残光が一直線に走り、二十メートルという距離が一瞬で消失した。高速移動と同時に放たれた斬撃が高耐久ダミーの表面へ深い傷を残し、直哉はその向こう側で何事もなかったように停止する。


 視界中央へ新しい表示が浮かんだ。


『《励起》状態を獲得』


『残り時間:4.9秒』


『攻撃力+20%』


『移動速度+10%』


 「うわ、何これ。すっごく気持ちいいな」


 素直な歓声が漏れた。


 それから周囲の広い試験区画を改めて見回し、自室で試すのを思いとどまった三日前の自分を思い出す。


 「……家でやらなくて本当に良かった」


 『その判断は非常に適切だったと思います』


 霧島の声がマイク越しに響く。


 岸本はモニターを見ながら尋ねた。


 『現在、画面にはどのような効果が表示されていますか?』


 「《励起》が五秒。攻撃力二十%アップ、移動速度十%アップ」


 『その攻撃力とは、具体的に何を意味するのでしょう』


 「私も知りたいんだけど。ゲームなら普通の言葉だけど、現実だと何を基準に二十%なのか分かんないんだよね」


 そこで比較試験を行うことになった。


 まず《励起》の切れた通常状態で新しい標的を一度斬り、その衝撃量、切断深度、接触時の因果干渉値を測定する。続いて《瞬雷》を発動して《励起》へ入り、可能な限り同じ姿勢、同じ動作で二撃目を放った。


 響いた衝撃音は、耳で聞いただけでも先ほどより明らかに重かった。


 岸本が複数の測定結果を何度も見比べ、再計算まで行ったあと、やや信じ難そうな表情で口を開く。


 『物理的な衝撃量、標的の損傷深度、接触時の因果干渉値。完全に同じ条件を再現できる試験ではありませんので誤差はありますが、複数の指標で通常状態より、およそ二十%前後高い結果が出ています』


 監視室に短い沈黙が落ちた。


 霧島が確認する。


 『……本当に二十%なんですね』


 「だから、何をどういう法則で二十%増やしてるんだろうね、これ」


 岸本が額へ指を当てた。


 『公式の実験報告書に「ゲーム上のバフ効果によって攻撃力が約20%上昇した」と記載するのは、技術者として非常に気が引けますね……』


 「私もサラリーマンだったから、そういう書類を作る時の気持ちはよく分かるよ」


 若い女性剣士から「私もサラリーマンだった」と慰められた岸本は、何とも言えない複雑な表情を浮かべながら測定結果を保存した。


 その後は、事前に共有したスキル表に沿って戦闘技能の確認へ移る。


 まず通常攻撃《白雷剣式》。


 直哉が刀を構えると、セナの身体は迷いなく動き始めた。第一段の横薙ぎから、相手の間合いへ踏み込む第二段、手首を返しながら連続して刃を走らせる第三段、下方から跳ね上げる第四段、そして最後は雷光をまとい、高速ですれ違いながら第五段の抜け斬りを叩き込む。


 それは力任せに剣を振り回している動きではなかった。各攻撃の終了地点が次の攻撃の開始姿勢へ自然に繋がり、重心移動、間合い、刃筋、姿勢制御のすべてが、一つの完成した戦闘体系として組み上げられている。


 岸本がモニターから目を離さず言った。


 『戦闘技能も間違いなくありますね。身体能力だけを強化された素人の挙動ではありません』


 「私自身は体育授業の剣道しかやったことないからね。全部この身体が知ってる」


(本当に意味分からないくらい自然に動けるんだよな)


 次は《電位》と回避能力の試験だった。


 《瞬雷》で《励起》を獲得し、通常攻撃第二段を標的へ命中させる。


『《電位》×1』


 「一個ついた」


 続いて訓練用の機械アームが起動する。


 最初は十分に余裕を持って攻撃を避けたが、画面には何の変化も出なかった。


 「今のは普通に避けただけみたい」


 『では、次はもう少しぎりぎりまで引きつけてください。ただし無理はしないように』


 速度を一段上げたアームが直哉へ迫る。


 今度は衝突する寸前まで待ち、セナの身体が最小限の動きだけで軌道から外れた瞬間、視界へ通知が現れた。


『《極限回避》成立』


『次の通常攻撃:《反雷》』


 「来た」


 次の攻撃を意識すると、直哉の身体は標的の死角へ一気に回り込み、鋭い斬撃を叩き込む。


『《電位》×2』


 さらに通常攻撃第五段まで繋ぐ。


『《電位》×3』


 「これで三つ」


 『では、その状態で《雷走・反転》をお願いします』


 「やってみる!」


 三つの《電位》が一瞬で消費され、直哉の身体が標的へ高速で接近した。すれ違うように強烈な斬撃を走らせると、ダミーの表面へ深い傷が刻まれる。


 同時に表示が切り替わった。


『《臨界駆動》』


『残り時間:5.9秒』


『攻撃速度+15%』


『雷属性攻撃の与ダメージ+25%』


 身体を覆う雷光が明らかに強くなり、刀を軽く振っただけでも動作速度が一段上がっていることが分かる。


 「うわ、これは分かる。身体そのものが明らかに速くなってる」


 『継続時間は?』


 「六秒」


 『かなり短いですね』


 「ゲームだからね。こういうバフって大体そんなもんだよ」


 そこから何度かの試行を重ね、最後にEXスキルの確認へ移った。


 まず通常版《暁天・千雷一閃》を試す。


 大型の高耐久標的を中央へ固定し、防護設備と計測装置がすべて起動したことを確認してから、直哉はEXエネルギーを百まで溜めた。


『EXエネルギー:100 / 100』


『《暁天・千雷一閃》:使用可能』


 「本当に撃っていいんだよね?」


 『そのための試験施設です』


 「じゃあ、遠慮なく」


 発動を意識した瞬間、またしても直哉の意思とは無関係に口が動いた。


 「夜明けを待つ必要なんてない――《暁天・千雷一閃》!」


(技名まで勝手に叫ばせるの、やっぱり恥ずかしいって!)


 そんな内心の抗議を置き去りにして、セナの姿が視界から消える。


 次の瞬間、高耐久標的の周囲を青白い雷光が幾筋も走った。異なる方向から標的だけを正確に狙い、連続した高速斬撃が次々と装甲へ叩き込まれていく。


 最後に直哉が標的の背後へ姿を現し、強烈な一撃を装甲へ食い込ませた。


 重い衝撃音が試験区画へ響き、分厚い装甲表面に無数の切断痕と大きなへこみが残る。


 直哉は白煙の向こうにある標的を眺めた。


 「……これでも十分やばいね」


 霧島が測定結果を確認する。


 『周囲一帯へ被害を撒き散らす広域攻撃ではなく、対象へ連続攻撃を集中させる性質のようですね』


 「ゲームでもボス相手に撃つ技っぽいしね」


 通常版の記録を取ったあと、高耐久標的を交換する。


 再び《瞬雷》から通常攻撃、《電位》三つ、《雷走・反転》と繋いで《臨界駆動》へ入り、EXエネルギーを百まで確保する。


 視界の表示が変わった。


『《暁天・千雷一閃――極》:使用可能』


 「本当に名前変わった」


 『説明文通りですね。お願いします』


 「じゃあ行くよ!」


 もう一度、専用ボイスとともにEXが発動する。


 今度は通常版よりも明らかに激しい雷光と斬撃が標的へ集中し、最後の一撃が装甲正面へ食い込んだ瞬間、先ほどよりも一段重い衝撃音が響いた。


 標的の正面装甲が大きく割れ、内部の緩衝層まで刃が達している。


 同時に直哉の視界へ新しい表示が現れた。


『《瞬雷》:使用可能』


『《電位》×1』


 「おお、本当に《瞬雷》のクールタイム戻った。電位も一個ついた」


 岸本は通常版と強化版の測定結果を比較した。


 『最終打撃について、通常版より明確な出力増加を確認しています。説明上の四十%強化と厳密に一致するかどうかは複数回の試行が必要ですが、大幅に増加していること自体は間違いありません』


 「雷耐性を下げるってやつは?」


 『今回の標的そのものに「雷耐性」というパラメータが存在するのか、その定義から検証しなければなりません。そこは保留ですね』


 「またゲームの言葉に現実側が困ってる」


 『森川さんの能力については、今後も同じ問題が何度も起きそうですね』


 白煙の向こうに大きく損傷した標的を眺めながら、直哉は乾いた笑いを漏らした。


 「……これ、自宅で試さなくて本当に良かったね」


 『本当に良かったです』


 霧島も心から同意したようだった。


 岸本は標的の損傷を確認しながら、淡々と付け加える。


 『自室で使用していれば、少なくとも部屋と周囲の壁には相当な被害が出ていたでしょう』


 「危なかった……」


 すべての測定を終えたところで、直哉はキャラクターチェンジを解除した。


 青白い光が身体を包み、次の瞬間には、パーカーを脱いだ三十四歳男性の森川直哉へ戻っている。


 「急に体が重くなるな……」


 首と肩を回す直哉の前へ、霧島と岸本が今日の総合測定結果を持ってきた。


 岸本が先に口を開く。


 「身体出力、速度、視覚処理、姿勢制御、剣術、対人戦闘技能、各スキル使用時の因果干渉。いずれも高い水準です。単なる外見変化ではなく、『東雲セナ』という完成された戦闘用身体と技能体系を、一式で再現していると考えるのが自然でしょう」


 「まあ、中身はただの運動不足のおじさんですけどね」


 霧島が資料を一枚めくった。


 「ここで、Tierについても簡単に説明しておきます。日本で通常使用している区分は、Tier4、Tier3、Tier2、Tier1、Tier0の順です。数字が小さくなるほど上位になります」


 「数字小さい方が強いんですね。ちょっとゲームと逆っぽくてややこしいな」


 「そして、Tierは筋力や一つのスキルの威力だけを示すランクではありません。能力者本人が、どの程度の規模の因果律改変を安定して成立させられるかを総合的に評価する階位です」


 霧島は検査記録へ視線を落としながら続ける。


 「森川さん自身の生身の身体能力は一般人と変わりません。しかし、森川さんご本人の意思によって東雲セナさんへ変身し、これだけの身体能力や戦闘技能、各種スキルを安定して成立させることができる。これも当然、森川直哉という能力者本人の実効力として評価されます」


 「なるほど」


 「今回の検査結果、これまで観測された変身時の因果律改変反応、そして一昨日のコンビニでの実戦記録を総合すると、現時点で客観的に保証できる暫定登録Tierは『3』が妥当です」


 「あのゲーム画面に書いてある『現地登録Tier:3』と同じかあ」


 「少なくとも、東雲セナさんについては一致していますね」


 直哉はそこで、少しだけ眉を寄せた。


 「でも、それも変な話ですよね。俺が八咫烏のことを知るより前から、画面には『現地登録Tier3』って書いてあったわけだし」


 霧島の手が一瞬だけ止まった。


 「その点についても、今後確認する必要があります。ただ、現時点では森川さんご自身にも分からないでしょうから、推測だけで話を広げるのはやめておきましょう」


 「それもそうですね」


 あくまで現段階で確認できた最低保証としてのTier3。能力の全容がまだ分からない以上、今後新しい機能や、さらに大きな規模の因果律改変が確認されれば、登録上の評価が改められる可能性もある。


 ともあれ、これで森川直哉は、日本の能力者社会における正式な登録手続きへ進めることになった。


     ◆


 検査を終えたあとは施設内の小会議室へ場所を移し、温かいお茶とおしぼりを出された。


 一息ついた直哉は、昨日霧島が帰り際に口にしていた話を思い出す。


 「そういえば霧島さん、昨日言ってましたよね。能力を使う仕事があるって」


 「はい。そのご説明もしましょう」


 霧島がタブレットを操作すると、能力者向けの専門業務が一覧となって表示された。


 そこに並んでいるのは、映画に出てくる秘密組織の暗殺任務のような仕事ではない。通常の物流では扱えない呪物や能力反応を持つ物品を運ぶ『特殊物品搬送』、要人や研究者、能力関連物品を守る『護衛業務』、怪異の確認や封鎖、対処を行う『怪異対応』、残留因果や空間異常などを調べる『異常現象調査』、倒壊や火災、水害などで通常の救助隊が活動しにくい区域へ入る『災害救助支援』、そして能力測定や装備試験、対能力者訓練へ参加する『試験・訓練協力』など、現代社会の中で特殊技能を必要とする仕事ばかりだった。


 直哉は一覧を眺めながら感心する。


 「思ったより、ずっと普通に仕事として存在してるんですね」


 「ええ。能力者の方々も、普通に社会の中で生活していますから」


 「これを受けるには、八咫烏に公務員として就職しなきゃ駄目なんです?」


 「いいえ。登録と雇用はまったく別です」


 霧島はすぐに否定した。


 「普段は一般企業で働き、休日だけ短期案件を受ける方もいます。自営業の方や学生の方もいますし、登録だけして能力関連の仕事を一度も受けない方もいます。案件によって契約形態は異なりますが、森川さんがおっしゃるような短期のスポット業務として参加することも可能です」


 「じゃあ、本当に空いてる時だけやるのでもいいんですね」


 「はい」


 その仕組みは、直哉が以前いた会社とはかなり違って見えた。毎朝決められた時間に出勤し、担当も締切も上司の都合で決められ、一度入れば辞めること自体に大きな労力が必要になる働き方ではない。仕事一件ごとに契約し、終わればそこで切れる。受けるかどうかも自分で選べる。


 そこまで考えたところで、直哉は一昨日のコンビニで起きた、まだ霧島へ話していなかった出来事を思い出した。


 「あ、そういや霧島さん。もう一個、言ってなかったことがあります」


 「何でしょう?」


 「一昨日の強盗を捕まえた後、俺の能力から報酬が出たんですよ」


 霧島の手が止まった。


 「……報酬、ですか?」


 「はい。強盗を完全に押さえ込んだ直後に、急に金色のウィンドウが出てきて」


 直哉は当時表示された文章を、覚えている限りそのまま読み上げた。


 「『外部因果への有意な干渉を確認しました。集結者の介入によって成立結果が変動しました。活動記録を更新します。評価処理完了。活動報酬を獲得しました』って」


 霧島はすぐには次の質問へ進まず、一度その文章をタブレットへ入力した。


 「……『集結者』というのは、森川さんを指していると?」


 「多分。能力名が《因果集結クロニクル》ですし、他に使ってる人も見えてないんで」


 「システム上の使用者を示す呼称かもしれない、と」


 「俺はそう思ってます」


 霧島は続いて、文章の前半へ視線を戻す。


 「それから、『外部因果』という表現も使っているんですね」


 「そっちでも使う言葉なんです?」


 「完全に同じ用語ではありませんが、私たちも能力による外部への因果干渉を分析する際に、近い概念を使用します」


 「Tierといい、なんか妙にそっちの言葉と被るんですよね」


 「そうですね」


 霧島はそれ以上、根拠のない推測を口にすることはなかったが、もう一つだけ確認する。


 「では、この『評価処理』を行っている主体について、森川さんは何か把握していますか?」


 「全然」


 直哉は即答した。


 「誰かがどっかで俺を見て採点してるのか、そもそも能力自体が自動で判定してるだけなのか、それすら分かんないです。俺もそこはちょっと怖いんですよ」


 「分かりました。それで、実際に何が支給されたんですか?」


 「《育成記録・初級》っていう経験値素材が二十個と、《クレジット》ってゲーム内のお金が二万。それを全部使って、東雲セナをレベル1から20まで上げました」


 「今日の検査時点でレベル20だったのは、そのためだったんですね」


 「そうです」


 霧島は記録を取りながら、さらに重要な点を確認した。


 「その報酬は、事前にシステムから何らかの指示を受けて行動した結果ですか?」


 「いや、全然違います」


 直哉ははっきり否定した。


 「『コンビニへ行け』とか『強盗を倒せ』とか、そういうのは一切ないです。強盗が起きることを予告されたわけでもないし、未来を教えてくれる機能もない。俺はただ昼飯の弁当を買いに行って、偶然強盗に遭って、自分の判断で捕まえただけです。全部終わった後に、いきなり報酬だけ出ました」


 「事前指示を伴わない、完全な事後評価ということですね」


 「今のところは、そうとしか思えないです」


 直哉は湯呑みを置き、少し身を乗り出した。


 「だから俺、ちょっと考えてるんですよ。この能力、俺が現実で何かして、本来なら起きるはずだった結果を変えた時に報酬を出すんじゃないかって」


 「表示された文章だけを見れば、その可能性はあります。ただ、一件だけではまだ条件を切り分けられませんね」


 「そこなんですよ」


 直哉も頷いた。


 犯罪者を捕まえたことを評価したのか、人を助けたことなのか、能力を使ったことなのか。それとも、本当に《因果集結クロニクル》自身が表示した通り、「成立するはずだった結果を変化させた」こと自体を見ているのか。


 まだ何も分からない。


 直哉はタブレットに並んだ能力者向けの仕事へ目を向けた。


 「だから、できればこういう仕事を何種類かやってみたいんです」


 「収入を得るため、ということでしょうか?」


 「もちろん一年近く無職なんで、金もすごくありがたいですけどね」


 そこは否定する必要がない。


 「でも一番は、《因果集結クロニクル》が何を評価して、どういう時に何をくれるのかを知りたいんですよ。護衛で誰かを守ったら出るのか、怪異を倒したら出るのか、危ない物を回収したら出るのか。それとも戦闘も何もなく、普通に調査を終えただけでも何かもらえるのか」


 直哉は少し楽しそうに笑った。


 「色んな種類を試してみないと、この能力の育て方が全然分かんないんですよ。一番欲しい因果晶なんて、いまだに一個も手に入ってないし」


 霧島は数秒だけ考えてから頷いた。


 「なるほど。就職そのものが第一目的なのではなく、能力の条件を調べるため、安全かつ適法に現実へ介入できる機会が欲しいということですね」


 「まさにそれです」


 「でしたら、最初から危険度の高い戦闘案件を選ぶ必要はありません。研究協力、特殊搬送、低危険度の調査や怪異対応など、性質の異なる案件をいくつか経験する方が、能力の条件を調べるうえでも有益でしょう」


 「それがいいですね」


 霧島はタブレットを操作し、直哉のスマートフォンへ登録情報を送信した。


 しばらくして、専用アプリの画面に新しい項目が表示される。


『森川直哉』


『暫定登録Tier:3』


『業務協力資格:閲覧・応募許可』


 そのすぐ下には、


『※Tierは4→3→2→1→0の順に上位となります』


 という注意書きまで付いていた。


 「お、ちゃんと書いてある」


 「初めて見る方が数字の大小を逆に受け取ることがありますので」


 案件一覧を開く。


『【特殊保管庫内・管理物品移送補助】』


『受注条件:登録Tier4以上(Tier4~Tier0)』


『想定所要時間:約3時間』


『報酬:28,000円』


『危険度:低』


『【防護装備・実効テスト協力】』


『受注条件:登録Tier4以上』


『想定所要時間:約4時間』


『報酬:32,000円』


『危険度:低』


『【都内郊外・低危険度怪異事象の確認および封鎖補助】』


『受注条件:登録Tier3以上』


『想定所要時間:約2~5時間』


『報酬:80,000円~』


『危険度:低~中』


『【指定領域・特異因果痕調査護衛】』


『受注条件:登録Tier3以上』


『報酬:120,000円~』


『危険度:中』


 直哉は表示された数字を二度見した。


 「……ちょっと待ってください。普通のバイトとか業務委託に比べて、単価高くないです?」


 「代替の利きにくい特殊技能を必要とする仕事ですから。Tier3相当の実働能力が確認されている方であれば、この程度は特別高額な案件でもありません」


 「俺が辞めた会社の日当より、はるかに高いんだけどな……」


 長時間残業と安月給だった前職を思い出し、何とも言えない顔になる。


 「これって、本当に好きなの選んでいいんです?」


 「資格条件を満たしていれば、ご自身で選んで構いません」


 「応募しなくても?」


 「自由です」


 「一週間何もやらなくても?」


 「問題ありません」


 「一ヶ月でも?」


 「登録上は何の問題もありません」


 直哉はしみじみと呟いた。


 「いい仕事だな……」


 「ただし、正式に受諾した後に無断で現場へ来なくなったり、勝手に契約を放棄したりするのは困りますよ」


 「そこはちゃんとしますよ。さすがに社会人としての最低限は残ってますって」


 受ける仕事も、時間も、危険度も、自分で決められる。以前の会社で感じていた、自分の生活そのものを組織へ差し出しているような息苦しさとはまるで違っていた。


 直哉は案件一覧をスクロールし、ある項目で指を止めた。


 「霧島さん。この『怪異』って、具体的には何なんです?」


 「通常の生物分類にも、人外の種族系統にも属さない異常存在や異常現象を、行政上まとめてそう呼んでいます」


 「妖怪とか?」


 「一般に妖怪と呼ばれてきた存在が含まれる場合もありますが、完全な同義ではありません」


 「じゃあ、鬼とか吸血鬼も怪異?」


 「それは別です。鬼や吸血鬼など、繁殖や血統の維持が可能な種族として社会を形成している存在は、基本的には『人外』として別分類になります」


 直哉はしばらく黙った。


 「…………吸血鬼、日本にいるんですか?」


 「いますよ」


 「マジか」


 「マジです」


 能力者が三百万人以上いる。


 透視能力者もいる。


 怪異もいる。


 そのうえ鬼や吸血鬼まで普通に存在する。


 四日前まで何一つ知らずに三十四年間生きてきた世界が、ここ数日であまりにも急激に広がりすぎていた。


 直哉は少し頭を押さえた。


 「……今日はもうその辺でいいです。家帰ってから、ゆっくり仕事見ます」


 「その方がいいと思います。長時間の検査でしたし、応募はいつでもできますから」


 「分かりました」


     ◆


 その日の午後十時頃。


 自室のベッドへ腰掛けた直哉は、静かな部屋の中でスマートフォンの案件一覧を眺めていた。


 護衛、搬送、怪異調査、研究協力。どれも一件ごとに契約が完結し、何ヶ月、何年と会社に縛られるような仕事ではない。


 そのスマートフォンの画面のすぐ横には、直哉にしか見えない《因果集結クロニクル》のステータスウィンドウも浮かんでいた。


『★★★★ 東雲セナ』


『Lv.20』


『HP:3,430 / 3,430』


『因果晶:0』


 そして限定キャラクター集結のバナーでは、何も知らない直哉を急かすように、今日も残り時間だけが着実に減っている。


『【限定キャラクター集結】』


『開催期間残り:14日と01時間』


 「求人サイトの一覧開くのなんて、会社辞めてから本当に一年ぶりだな……」


 以前なら、求人という文字を見るだけで気が重くなった。


 勤務時間、年間休日、固定残業、転勤、昇進、長期雇用。そんな文字を見ているだけで、また自分の生活をどこかの会社へ丸ごと預けなければならないような感覚に襲われていた。


 だが、今見ている一覧は違う。


 一件数時間。仕事が終われば契約も終わる。受けたい案件を自分で選び、嫌なら別の仕事を探せばいい。


 しかも上手くいけば、普通の日本円の報酬だけではなく、《因果集結クロニクル》の側からも何かを得られる可能性がある。


 育成素材かもしれない。


 クレジットかもしれない。


 まだ見たことのない昇格素材かもしれない。


 そして何より、いまだ一個も入手方法が分からない因果晶が出る可能性だってある。


 直哉は案件一覧をゆっくりスクロールし、その中にある、


『低危険度・怪異事象の確認および封鎖補助』


 という文字の上で指を止めた。


 以前のように、求人票を眺めているだけで胃の辺りが重くなることはなかった。


 むしろ今は、新しいゲームでまだ入ったことのないエリアや、試したことのないシステムを見つけた時に近い興味の方が強い。


 直哉はしばらく案件一覧を眺めたあと、わずかに口元を緩めた。


 「さてと……どれから試してみるかな」

最後までお付き合いいただき感謝します。


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