第四話 今日、何を食べるか、それが何よりも重要だ。
「……今日もいないか」
シャーウッド家の晩餐、1つ空いた席を見つめて、シャーウッド家現当主、リチャード・シャーウッドは寂しげにつぶやいた。
「忘れているのかもしれない。声をかけてくる」
シャーウッド侯爵家には三人の子どもがいる。
各々それなりに大きくなり家を空けることも多くなったことを寂しがったリチャードは100年前から続くシャーウッド家の伝統だと言い張り『週に一度全員そろって食事をとる』と勝手に宣言した。
家族でそろうことを嫌がる時期もとうに過ぎたレナード。そんな時期はかけらもなかったエリザベスは何も気にすることなく集まっていたが、そうもいかなかったのが、14歳のティモシーだ。
5年前にシャーウッド家の養子となったティモシーは部屋にこもって過ごしていることが多い。
「ほっておきなさいな。そういう日もあるわ」
「……明日から親が家にいないというのに……しばしの別れを惜しむとかないのか……」
「あなたが寂しいだけでしょう。数日間だけですし」
リチャードは妻であるヴァネッサにそう言われしぶしぶと言ったように席に着いた。
*******
数日後、午前の運動を終えたエリザベスのもとに焦った様子のメイドが駆け込んできた。
「ティモシーが部屋から出てこない?」
「えぇ、おとといの夜から一度も……」
「お父様とお母様……はいないものね。お兄様は?」
「朝早くから出ておられて……」
「わかったわ、行きましょう」
執事長がティモシーの部屋の前で声をかけている。
「ティモシー、開けるわよ」
エリザベスはティモシーの部屋をノックする。返事はない。ドアノブに手をかける。引っかかりもなくドアノブは傾いた。鍵はかかっていない。返事がないことも含め拒否ではないと受け止めて、中に入ろうと、扉を押す。すると何かが引っ掛かった。
わずかに開いた隙間から見える大量の本。エリザベスは以前彼の部屋に入った時、部屋中、足の踏み場がないほどに大量に広げられていたことを思い出した。
さらに力を込めて扉を押す。少しだけ奥が見えるようになると、エリザベスの視界に入ったのは床に転がる本以外の何か。
――あれは……手?
そう思いいたった瞬間、エリザベスは全身にさらに力を込めて扉を押す。少しずつ動くがやはり本がつっかえて人が入れるほどの隙間はできない。
「誰か人を呼んできて! ティモシーが倒れてるわ!」
エリザベスが叫ぶと、メイドの一人が駆け出す。
「残った者は一緒に扉を押して」
残った執事2人とエリザベスで押すが、やはりびくともしない。
――私には弟一人助ける力もないのか!
「私に上腕二頭筋がもっとあれば!」
エリザベスが叫ぶ。すると、少し隙間が広がった。その勢いに合わせて執事たちも力を込める。ものを引きずるような大きな音ともに扉が開いた。
「ティモシー!」
エリザベスが駆け寄る。ティモシーはエリザベスに肩をたたかれ、うぅと唸って目を開けた。
「姉さん? あれ、僕、寝てた?」
「……寝てた? あなた、昨日一日部屋にこもりっきりで出てこなかったって」
「あ、そうかも。ごめん。新しい本が届いたから、時間気にしてなくて」
「ティモシー……」
ティモシーは典型的な本の虫である。侯爵家の養子になった理由を聞くと本がたくさん読めるからと即答するような14歳である。
「本を読むのはいいけれど、体調をおろそかにするのはだめ。見なさい。あなたになにかあったかもしれないと思えば、こんなに多くの人が動いてくれるのよ」
エリザベスは扉の先を指さす。使用人たちがほっとしたような顔でティモシーを見つめていた。
「……ごめん。気を付けるよ」
「わかればよろしい。ところで今のあなたに一番必要なものがあると思うの。私にもね」
返事をするように、ティモシーの腹の虫が鳴る。
「ティモシーに消化のいい食事を。私には蒸した鶏肉をお願いできるかしら?」
「え、いいよ。後で食べるから」
「今必要なのよ。食事の後は少し寝て、そしたらストレッチをしましょう。あなたには本を読み切るための体力が必要よ」
「本を読み切るための体力……」
「そう。私も午後は腕立て伏せとTレイズをすると決めたわ。あなたを助ける力もつけないとね」
「……姉さん。そんなに僕のことを」
「大切な弟ですもの」
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「姉さんは何を食べているの?」
「蒸した鶏ささみですわ」
週に一度のシャーウッド家の晩餐、一人明らかに違うものを食べているエリザベスにティモシーは不思議そうに聞いた。
先日の一件以来、食事の時だけはちゃんと部屋をでてくるようになった。
「筋トレ中に必要な栄養がしっかり取れるのよ。料理長に相談しましたの。ダイエットにも最適とか」
「あら、いいわね。私も次からそれにするわ」
「じゃあ、僕も!」
ヴァネッサが近くにいた給仕長へ目配せをすると、執事長は微笑んで申し伝えますと答えた。
「リズは、騎士団にでもはいるつもりか?」
そう言って心配そうな顔をするのはリチャード。
「騎士の方々の体は私の目指すところではありますわね」
「かわいいリズがムキムキに……」
「エリザベスがどんなにムキムキになっても父上の愛は変わらないでしょう」
レナードの言葉に、リチャードは何度もうなずく。
「それはそうだ。どんなリズでもかわいい」
「騎士たちにトレーニングを教わっているのかしら?」
「いえ、お兄様に助言をいただいてますわ。見てください、力もついてきたんですよ、いまならティモシーの部屋のドアも一人でこじ開けられるはずです!」
「やめてくれよ。姉さん」
エリザベスの言葉に、レナードが顔を引きつらせた。いつの間にかレナードの背後に立ったリチャードが肩をたたいた。
「……おい。レナード。ムキムキにしたら許さないぞ」
「肝に銘じます」




