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王太子が曇ってるんですけど、婚約者ができることって筋トレであってますか?  作者: 藤也いらいち@【偽妹】収録コミカライズアンソロ発売中!


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第二話 腹筋をしたら背筋もしましょう

 デイヴィットを置き去りにしたその日から、エリザベスは騎士団の訓練場に通っていた。

 


 毎日、全力でスキップをして。



 最近、ポジティブ大魔王がルンルンで城内を歩いている。

 そう噂されているが本人はつゆ知らず。訓練場にたどり着くと、エリザベスはすぐに目当ての人物を見つけて声をかけた。



「お兄様!」



 エリザベスに兄と呼ばれた男、レナード・シャーウッド。城の警備を務める第一騎士団の騎士団長である。エリザベスは筋トレの師匠に、騎士団屈指の武闘派である兄を選んだのだ。



「おぉ、今日も来たな! さすがわが妹」


「えぇ、目標に向けて毎日の努力は欠かせませんわ」


「そういえばなんでスキップしてくるんだ?」


「以前お兄様がスキップはとてもいいトレーニングになると言っていたでしょう?」


「それはスキップランジだな! だが、今のリズにはスキップで十分だ!」


「そうなのね。いずれはスキップランジもできる肉体になるわ。今日もちょっと端で運動するわね」


「おう、いいぞ」



 レナードはそう返事をすると、エリザベスは礼を言って隅で軽いストレッチを始めた。レナードがそれを遠目で見守っていると、副団長のケビンが駆け寄ってきた。ケビンの顔を見てレナードの顔が曇る。



「団長! こんなところにいらしたのですか!? 戻りますよ!」



 騎士はいやそうな顔をするレナードの背中を押しながら戻ります! と何度も叫んでいる。筋肉の塊であるレナードは頑として動かない。



「……これは、君にやってもらいたい」


「はぁ!? 無理だって言ってるでしょ? これは団長がやらないといけない書類だって何回言いました?」


「よしわかった。ケビン、今日から君が団長だ」


「馬鹿! 変なこと言わないでもらえます!? そんな簡単に騎士団長の席を明け渡していいわけないでしょ」


「馬鹿はやめてくれる!?」


「書類やりたくない団長なんて馬鹿で十分です」


「はぁー? 言ったな。これは団長。ケビンが書類団長」


「書類団長ってなんだよ!?」



 団長、副団長がくだらないことで言い争いをしているのを見て見ぬふりしながら、騎士たちは居心地悪そうに訓練をしている。

 騎士団でも指折りの武闘派、レナードは書類仕事が大の苦手だった。



「今回はそこまでたまってません。戻りますよ」


「無理だ、1時間以上じっとしていると頭がおかしくなってしまう」


「その言い訳が通用すると思っているのなら、大人としておかしいですよ。わかってます?」


「うっ!」


「あなた、座っていたくないだけでやれないわけじゃないの私知ってますからね?」


 

 開き直り切れないレナードにケビンがため息交じりで畳みかける。毎度ギリギリまで書類仕事をため込むレナードを執務室まで連行するという仕事はケビンにとってめんどくさい仕事以外の何物でもなかった。


 書類をため込むこと、書類をやりたくなくて駄々をこねること以外は決断力があり頼りになる団長である分、厄介である。



「お兄様、聞いてもいいかしら?」



 あともう一押しというところで、エリザベスが声をかけてきた。嬉々として頷くレナード。ケビンはここで駄々が復活すると面倒だと身構える。



「おぉ、どうかしたか?」


「腹筋をしたら背筋をしろと言っていたじゃない?」


「あぁ、トレーニング開始直後は均等に鍛えてこそだからな」


「なら、スクワットをしたらどこをすればいいのかしら? 足の反対は頭?」


「ん? いや、裏表上下左右交互にやれというわけではなく……」


「……あら、そういえば頭っていつ鍛えればいいのかしら」



 エリザベスは独り言のようにつぶやく。



 ――頭を……鍛える?



 レナードはここで自身の過ちに気が付いた。


 トレーニングとは体を鍛え上げるということ。

 トレーニングで鍛えるのは肉体、それはすなわち()()()()であると、誰が決めたのであろうか。


 

 ――俺は、トレーニングを怠っていた。逃げていたのだ。その結果、仕事からも逃げることになっている。



 そこに思い至ったレナードは顔を赤くし、ケビンに向き直り、頭を下げた。



「ケビン。今まですまなかった! オレが全面的に間違っていた!」


「え? ……はい?」


「オレは体がすべてであると言っておきながら、体の一部である頭を軽視していた! 頭脳を鍛えずしてすべて鍛えたなどと到底言えない!」


「え……はい! おっしゃる通りです! さすが団長!」



 どうしてこうなったのかはわからないが、自分に利益となりそうなことを言っているのはわかる。ケビンは全力で乗っかった。



「エリザベス! わが妹よ! お前の兄は愚かであった! しかし、それも今日までだ! オレは慢心することなく己の体を頭の先からつま先までくまなく鍛え上げることを誓おう!」


「さすがお兄様。私も見習わなければ!」


「では、オレは仕事に戻る。スクワットは下半身トレーニングと考えて上半身トレーニングをするか、もものトレーニングと考えてふくらはぎをするかはその日のコンディションで決めると良いぞ。スクワットの仕方でもものどこに効いているかは変わるがそれはおいおいな!」



 レナードはそう言い残し、駆け足で訓練場から出ていった。



 その後、執務室では、空気椅子で書類仕事をするレナードが定期的に目撃されるようになったという。

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