第一話 とにもかくにもスクワット
今日は曇り。
王城からのその知らせを受けて、シャーウッド家の令嬢、エリザベスは婚約者に会うため、急ぎ城を訪れた。
――今日は薄曇りですむと良いのだけれど。
「もうダメだ……俺は無能だ……」
エリザベスはそんなことを考えながら、薄暗い部屋の中、ソファの上で膝を折りたたんで小さくなっている婚約者、デヴィッド・ユーバンク・フォールズの隣へ寄り添うように座る。
「デヴィット様、そんなことありませんわ。いつも、王太子としてかく在るべきと己を律し、努力しているではありませんか」
「……努力していたって結果が伴わなければ意味がないじゃないか」
「結果……なにかあったのですか? 誰かになにか言われたとか」
「……なにもないんだ」
「なにもない?」
「なにも成果が出せていないじゃないか……王太子になって半年、大臣たちの会議にでて、政策にもかかわるようになったのになにも示せていない」
そう言ってどんどん小さくなっていくデヴィット。
王城恒例行事、王太子のネガティブ発作。
これが起こると城の人間は、婚約者であるエリザベスに助けを求めるのだ。
真面目すぎてネガティブになるのがこの人のかわいいところだとエリザベスは常々思っている。
しかし、その解釈はエリザベスが異常なまでにおおらかな性格だからなせるわざである。
だいたいの人間はめんどくさがって相手をしたがらない。
多くの人間が匙を投げたがる王太子のネガティブ発作中、伝令を受け王城にやってきたエリザベスが、ありとあらゆる語彙を駆使し、王太子をなんとなく丸め込み、発作を沈めていく。そして予定を滞りなく進めていく様に、多くの使用人たちが感動を口にする。
その結果、エリザベスについたあだ名は、ポジティブ大魔王。
「……みんなチャーリーが王になった方がいいと思っているに違いない」
「チャーリー殿下はまだ4歳ですわ、まだまだ成長途中で……」
「4歳には将来性という一点で絶対に勝てない!」
――確かに子どもの将来性は無限大ですわね!
「デヴィット様には今まで積み上げた知識がありますわ」
「私の知識など大臣たちの経験に基づいた直観に比べたら!」
――比べる対象が違いすぎますわ!
薄暗い部屋の中デヴィットはどんどん気落ちしていく。
「……私もいますわ。デヴィット様を支えさせてください」
「エリザベス……」
「あなたが倒れそうなときは私が支えます。代わりに立ってもいいです。一緒に乗り越えていきましょう?」
デヴィットがやっと顔を上げた。
エリザベスをつま先から頭の先までじっと見つめて、一言。
「君の腕で何を支えるというのだ」
「……」
エリザベスは自分の腕とデヴィットの体を見比べる。
筋骨隆々ではないが、程よく筋肉のついた太い腕、剣を振っているからか肩もしっかり厚みがある。足も無駄な脂肪がなく、がっしりとしている。
――確かに。デヴィット様が倒れたら私は起こすことができない。力が、筋肉が足りないわ。
「おっしゃる通りですわ……私も力不足です」
エリザベスが力なくそう言うと、デヴィットが顔を上げる。やってしまった! と顔に書いてある。
「しかし! それは今、そうだ、というだけですわ!」
「え?」
「私が今、デイヴィット様を支えるに至らないというだけ。これから先も支えられないとは決まっておりません! でしょう?」
「……あ、あぁ。そうだな」
「それなら私はデヴィット様を支えるにふさわしい力をつけます。今日から始めますわ!」
目を丸くしたデイヴィットとエリザベスの目が合う。エリザベスの目はやる気に満ちていた。
「そうと決まれば、うかうかしてられませんわね」
エリザベスは立ち上がり、窓に近づくと、カーテンに手をかけ勢いよく開けた。日の光がエリザベスの金色の髪にあたり、キラキラと光っている。
「私は帰ります。デヴィット様、力至らぬ私と一緒に成長いたしましょう。大丈夫です! 今は結果が伴わないデヴィット様でも私は大好きです!」
眩しさに目を細めるデヴィットにエリザベスはそう宣言すると、足早に部屋を出ていく。
「とにもかくにもスクワットですわ!!!」
そう叫ぶエリザベスの声が王城に響いた。
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