表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に捨てられた魔女です。このたびおじさま、拾いました。  作者: 八色 鈴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

25/33

25.思いもよらぬ事実を、知らされました

本日連続二話更新しております。未読の方は前話からお読みくださいませ。

「私……私ね。セルジュがあなたを誘拐するつもりだって、知ってた。知ってたのに、誰にも黙っていたの。だって――だってずるいじゃない……! たまたま倒れていたヴィル様を助けたっていうだけで、当然のような顔をしてあの方の傍にいて……」

「エレノールさま……」


 エレノールの目から、涙が溢れ出す。

 きっと彼女は彼女なりに、本気でヴィルに恋をしていたのだろう。だからこそ、彼の隣にいるネアを見るたび、苦しい思いを抱いてしまったのだろう。

 彼女の考えを、肯定することはできない。だが、理解はできる。


「でも、あなたを助けるために必死で屋敷まで駆けつけたヴィル様を見て、目が覚めたの。そして、自分自身に対する嫌悪感でいっぱいになったわ。私は、そんなところまで堕ちたのか、それじゃセルジュと同じじゃないかって……」


 語尾は涙に霞み、ほとんど声にならなかった。ぽたぽたと、テーブルの上にいくつもの涙が落ちる。

 エレノールは唇を噛みしめ、ドレスのスカートを握りしめながら、しばらく無言でうつむいていた。


 やがて震える声が、小さな謝罪を紡ぐ。


「……ごめんなさい。今更なのはわかってる。だけど……どうしても、謝りたかった。私の自己満足かもしれないけれど……」


 エレノールの言葉は、それ以上続かなかった。

 何かを言おうとして、けれど言葉はすぐに嗚咽に呑み込まれてしまう。


 いつも気丈で堂々としていた令嬢の姿は、そこにはない。ネアの目に、今のエレノールは、自分の過ちに傷つくひとりの女性にしか見えなかった。


「……お顔を上げてください、エレノールさま」

「っ」


 エレノールがはじかれたように顔を上げる。

 その目の奥には、自身の行いに対する後悔と、ネアに何を言われるのだろうかという不安が滲んでいた。

 ネアは静かに、微笑みを浮かべる。


「わたし、エレノールさまを恨んでいません」

「え……」

「人は誰だって、間違えることがあります。だけどエレノールさまは、最後にはわたしを助けるために動いてくださいました」


 エレノールに対して、複雑な思いがないと言えば、きっと嘘になる。

 それでも、彼女の助けのおかげでネアは今、こうしてここにいる。


「ありがとうございます、エレノールさま。……ご家族に逆らうのは、きっととても苦しかったと思います」


 エレノールの目から、再び涙がこぼれ出す。

 彼女は顔を覆い、嗚咽を漏らしながら何度も何度もネアに謝り続けた。


「ごめんなさい……」

「エレノールさま……。大丈夫、もういいんですよ」

「ごめんなさい……っ」


 その謝罪は、ネアだけに向けられたものではないのだろう。

 エレノールの胸には今、過去にセルジュに傷つけられた人々への思いが溢れているはずだ。

 積もり積もった後悔が溢れ出すように、彼女はそれからしばらく泣き続けた。


 やがて泣き止んだ頃。

 すっかり冷めたミルクティーを一気にすすり、彼女は静かに席を立ち上がった。


「……お騒がせしてごめんなさい。おつりはいらないわ」


 テーブルの上に紙幣を置き、少し気まずそうにそう言う。


「い、いえ。こんなにいただけません」

「いいの。迷惑料と思ってちょうだい。結婚したらもうここには、しばらく来られないでしょうし」


 困惑するネアを置いて、エレノールはそのまま立ち去ろうとする。

 けれど扉のすぐ傍でふと足を止め、再びネアを振り向いた。


「……ヴィル様。遠くへ引っ越されたのですってね。――もう、戻っていらっしゃらないの?」

「わかりません。でも……待ちます。ずっと」

「そんなこと言ってるうちに、あなたおばあちゃんになるわよ?」

「構いません」


 きっぱりと言い切ったネアに、呆けたような顔をした後、エレノールは降参とでも言うように両手を挙げる。


「あなたって、しぶといのね」


 初めてエレノールの笑っているところを見た気がした。

 呆れたような、感心したような笑いだったけれど、その表情はどこか晴れやかで清々しかった。


「でも……いいと思うわ。脈がないってわけじゃないと思うし」

「え?」


 エレノールの発言の意図が分からず首をかしげていると、彼女はたちまち怪訝そうな表情になった。


「――まさかあなた、覚えてないの?」

「えっと……」

「本当に?」

「な、何のお話でしょうか……?」


 エレノールが眉間に皺を寄せ、深いため息を吐く。

 一瞬の後。


「しんっじられない!」


 エレノールが突然声を荒らげる。

 店内にいた客も、なんだなんだとばかりにエレノールに注目し始めた。

 さすがにエレノールも注目を集めていることに気づいたらしく、ネアの手首をひっつかんで店の端まで引きずっていく。


「ヴィル様にキ、キスまでされておきながら、この罰当たり!」


 小声で、しかし聞き間違えようもなくはっきりと。

 わなわな震えながら告げられた言葉に、ネアの理解が一瞬遅れる。


(ヴィルさんに、キス? わたしが?)


 そんな記憶は一切ない。

 大体、ヴィルは普段からネアに対して、異性というよりは保護者のような態度で接していたではないか。

 しかし困惑するネアに、エレノールは怒ったような、焦れたような口調で続けた。


「もう! あなたが誘拐された日よ! セルジュが飲ませた薬の解毒剤を、口移しで飲ませてもらってたでしょう!」

「口移し……」


 唇にそっと触れる。

 あの時のことは正直、朦朧としてほとんど覚えていない。

 だが確か助かった後目を覚ましたネアに、ヴィルは彼にしては珍しく、少し緊張した面持ちでこう言っていたのではなかったか。


『……本当に、何も覚えていませんね?』


 あれは、口移しの事を言っていたのだろうか。

 

「――っ」


 たちまち耳まで熱くなる。

 頬が火照って、肌が痛いくらいだ。


「あ、あの、でも、毒を飲まされたわたしを助けるためですよね。でしたらキ、キスとかじゃなくて、医療行為の一環として――」

「あなた本当に何も知らされてないの? セルジュがあなたに飲ませたのは、毒じゃない。媚薬よ」

「び、媚薬……!?」


 確かにあの時妙に身体が火照り、何かを渇望するような気持ちが湧き出す感覚はあった。だが、まさかそんな薬を盛られていたなんて。

 青ざめるネアに、エレノールは呆れたように額を押さえた。


「だから! 私が言いたいのはそこじゃないの」

「え?」

「あの時のヴィル様なら、あなたに手を出すことだってできた。あなたは意識が朦朧としていたし、抵抗もできなかったでしょうね」


 言葉を失うネアに、エレノールは話を続ける。


「でも、ヴィル様はそうしなかった。解毒剤を飲ませて、あなたを助けて、それでおしまい」


 苦い笑みがエレノールの口元に浮かんだ。

 悔しそうな、何かを諦めたような、そんな表情だった。


「それこそ身体の熱を鎮めるための医療行為だとか、どんな言い訳だってできる状況だったのにね」

「……」

「だからつまり、ヴィル様にとって、あなたはそれほどに大切な存在だったのよ! ……って、恋敵にこんなこと言わせるんじゃないわよ!」


 エレノールは真っ赤になりながら叫ぶ。


「こっちは失恋したのよ!? 少しは気を遣いなさい!」

「え、えっと、すみません……?」



 だいぶ理不尽な怒りをぶつけられているような気はするが、それしか言えなかった。


(だって、あれが媚薬で、ヴィルさんがわたしに口移しをして……。それは、ヴィルさんがわたしを大切に思ってるから、なんて……)


 そんな話、ネアにとって都合のいい妄想のようではないか。


「ああもう、ばかばかしい」


 エレノールがこめかみを押さえながら、大げさにため息を吐く。


「こんな鈍い女と本気で張り合ってたなんて、我ながら信じられない。ヴィル様も見る目がないわね」


 ぴしゃりと言い切ると、エレノールはくるりと踵を返した。


「もう帰るわ。それじゃあね、ネアさん(、、)


 その声は、不思議と以前より柔らかく聞こえた。

 扉を出たエレノールを、従者たちが出迎える。


「……エレノールさま!」


 馬車に乗ろうとした彼女の背中に、ネアは思わず声をかけた。

 立ち止まったエレノールが、胡乱げに振り返る。


「ご結婚、おめでとうございます。……あの、お幸せに」


 エレノールが眉間に皺を寄せる。

 彼女はしばらくネアをにらみつけた後、ふっと表情を緩めた。


「……私の花婿は伯爵家の三男でね。ちょっと気が弱いし、背も低いし、ヴィル様みたいに格好よくはないけど……。でも、とても優しい人なの。きっと、私のことを大切にしてくれる」

「素敵な方なんですね」

「ええ。だから私、幸せになるわ。私を振ったあの方が、悔しがるくらいにね」


 そう言って、エレノールは勝ち気に笑う。

 その顔には、もう涙の跡はなかった。

 

「じゃあ、本当にさようなら。気が向いたら、結婚式後の宴にもいらっしゃい」

「はい。ありがとうございます」


 エレノールは軽く手を振ると、そのまま従者の手を借りて馬車へ乗り込んだ。

 やがて馬車の車輪がゆっくりと動き出す。


 窓の向こうで、エレノールがもう一度だけネアを見た。

 そして小さく口を動かす。


『頑張りなさい』


 声は聞こえなかった。

 けれどネアの耳には確かに、エレノールの声が聞こえていた。


 ――王都から、国王の使者を伴った物々しい一行が琥珀亭を訪れたのは、それから更に二週間後のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ