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婚約者に捨てられた魔女です。このたびおじさま、拾いました。  作者: 八色 鈴


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20/33

20.花の灯に、囲まれました

 ネアたちが到着した時、既に三区は祭りに来た人たちでごった返していた。

 

「すごい。本当にお花でいっぱいですね!」


 立ち並ぶ店や看板には、話に聞いていた通り、花の形をした色とりどりの照明が飾られている。

 出店にも、花を象ったアクセサリーなどの商品が多く並べられているようだった。


「綺麗……」


 思わず見とれていると、すれ違いざまに通行人の老爺(ろうや)とぶつかってしまう。


「きゃ……っ」

「おっと……」


 よろけたネアの背を、すかさずヴィルの手が支えた。

 転ばなかったことに安堵しながら、ネアは慌てて老爺に向かって頭を下げる。


「すみません! よそ見をしていて……」

「いえ、こちらこそ申し訳ない」


 ぶつかった相手は紳士的に帽子を持ち上げると、連れの女性と共に談笑しながら去って行く。


「大丈夫でしたか?」

「は、はい。ヴィルさんもすみませんでした」

「人が多いですからね。はぐれないよう、気をつけて歩きましょう」

「はいっ!」


 力強く返事をしたものの、それから十分も経つ頃には祭りの人出はどんどん増え、少しでも気を抜けばあっという間にはぐれてしまいそうだった。

 楽団の奏でる音楽や、人々の歓声もあり、名前を呼んでもその声が相手に届くかどうか。


 ヴィルのように長身であればどこにいても目立つだろうが、特にネアは小柄で細身だ。見失えば、再び見つけるのは困難だろう。

 何度か人波に流されそうになったネアを前に、ヴィルはしばし悩む様子を見せた。そしてわずかに視線を逸らしながら、気まずそうに提案する。


「その……。もしよければ、手を繋いでおきませんか? この人混みだと、お互いを探すのも大変でしょう」

「そうですね! はぐれたら大変ですもんね!」


 ヴィルの提案に、それ以上の意味がないのはわかっている。それでも、好きな相手から「手を繋ごう」と提案されたことに浮かれきって、ついつい声が弾んでしまった。


「それでは、失礼します」

「は、はい……」


 恭しく差し出された手に自分の手を重ねると、ぎゅっと握り返される。力強いけれど手加減してくれているのが伝わってきて、胸がむずがゆくなった。


(胸の奥で、小さな蝶々が舞っているみたい……)


 自然と口元が緩み、ひとりでにやけてしまう。

 身長差があるのは幸いだった。ヴィルの目線が高いおかげで、彼はネアの浮かべた表情に気づくことはないだろう。


「ネアさん。ほら、あそこ。リーゼさんですよ」

「あっ、本当!」


 ヴィルの示した方向に視線をやると、出店(でみせ)に立つリーゼの姿が目に入った。彼女が働く菓子工房のちょうど目の前だ。

 出店は大盛況のようで、店内からぞくぞくとできあがった菓子が運ばれている。


 出店のすぐ傍に掲示された旗を見ると『花灯クッキーと花蜜レモネード』と書かれていた。


「そういえば、今日は特別なお菓子を販売するって言ってました」

「並んでみましょうか」


 列に並んでいると、十分ほどで順番がやってくる。

 ネアたちに気づいたリーゼが、ぱっと顔を綻ばせた。


「あっ、ネアさん! ヴィルさんもいらっしゃいませ」

「こんばんは。せっかくお誘いいただいたので、来ちゃいました。花灯クッキー、すごく可愛いですね」


 籠いっぱいに並べられたクッキーには、淡いピンクや紫、黄色などの花々が繊細に描かれている。


「そうでしょう? アイシングクッキーなので、ひとつひとつ微妙に柄が違うんですよ。レモネードも、エディブルフラワーと食用のラメが入っていてすごく綺麗ですよ!」

「それじゃ、クッキーとレモネード二つずつお願いします。あ、お祭り用の引換券は使えますか?」

「もちろんです。すぐにご用意いたしますね」


 クッキー二枚をネアに手渡した後、リーゼが傍にいた若い菓子職人に声をかける。彼は簡易作業台の上で手際よくレモネードを作ると、冷えたガラス瓶を二つ差し出した。


「お待たせいたしました」

「わあ、キラキラしてて綺麗ですね……!」


 瓶の中では花びらがゆっくり揺れ、金色の液体に混じった細かな光がきらめいている。


「王室御用達のラ・セレス果樹園のレモンを使っていて、毎年大好評なんですよ。あ、瓶はこちらか、お祭り会場に何カ所か設置してある返却口にご返却くださいね」

「はい、ありがとうございます。リーゼさん、お仕事頑張ってくださいね」

「ネアさんも、お祭り楽しんでください。花火の時に願いをかけるのをお忘れなく」


 去り際に、リーゼがそっと囁いてくる。

 そういえば、すっかりその話を忘れていた。耳まで赤くして慌てふためくネアをよそに、リーゼはさっさと次の客に声をかけている。


(もう……リーゼさんったら……)


 パタパタを片手で顔を仰ぎながら、ふと隣にいるヴィルを見上げると、彼は瓶を片手にほんのりと笑みを浮かべていた。


「……ヴィルさん?」

「ああいえ。なんだか懐かしい味がするな、と」


 ふ、と柔らかな笑みを浮かべるヴィルの横顔に、心臓が嫌な鼓動を立てる。

 懐かしいということは、彼の記憶のどこかに、似た味のレモネードを飲んだ思い出が眠っているということだ。


 レモネードなど、どこの家庭にもあるありふれた飲み物だ。

 だからこそ気になってしまう。


 ヴィルは誰と飲んだのだろう。

 家族だろうか。

 友人だろうか。

 それとも――。


 胸の奥を絞り上げられる感覚に、一瞬声が出なくなる。

 幸いにして、ネアのそんな僅かな異変に、ヴィルが気づいた様子はなかった。


 彼はまた一口レモネードを飲むと、ふと通りの先へ視線を向ける。


「あの辺りは女性向けの商品を多く取り扱っているようですね。 覗いてみますか?」

「……はい」


 無理矢理に笑みを浮かべ、手を引かれるがままにアクセサリーや女性向け雑貨が並ぶ出店を覗き込む。

 花をモチーフにした可愛らしいデザインの物を見ていると、少しだけ気分が上向いた。


 特にネアの目を引いたのは、銀細工のネックレスだ。

 銀色の花弁の中央に、雫型をした青い石が埋め込まれている。石はほんのりと灰色がかっており、ヴィルの瞳を思い起こさせた。


「素敵ですね。きっと似合うと思いますよ」

「い、いえ……。やめておきます。今日は余分な現金も持っていませんし」


 店の正面に提示してある『引換券は使えません』という張り紙を言い訳にする。ヴィルに帰る場所があるのかもしれないと思った直後に、彼の髪や瞳の色を想起させるネックレスを買うほど、ネアは厚かましくなれなかった。


 名残惜しい気持ちで、もう一度だけネックレスへ視線を向ける。


(諦めないと……)


 小さく笑い、視線を逸らした。


「では、これは私がネアさんにプレゼントします」

「え……えっ!? いいですそんな……!」

「遠慮しないで、お祭りの記念です。それにせっかく見つけたのに、諦めるのはもったいないでしょう?」


 貴族ならともかく、庶民にとっては決して安くはない金額だった。それこそ、琥珀亭での給料半月分は飛んでしまうだろう。

 あたふたとするネアを尻目に、ヴィルがためらいなく店員に話しかける。


「すみません。このネックレスをいただけますか?」

「お目が高い! こちら一点もので、作家さんの自信作なんですよ~。彼女さん、色白ですしよくお似合いかと」

「そうですね。すぐに着けていきますので、タグを外していただいて良いですか?」


 さすが、大人の男性である。

 店員の言葉に慌てる様子もみせず、スマートなやりとりを経てあっという間にネックレスを購入してしまった。


「ネアさん、ネックレスを着けるのでそちらを向いていただけますか?」


 店を離れ、少し開けた場所に出るなりヴィルがそう言う。


「あの、じ、自分で……」

「このタイプの留め具は、おそらくご自分では難しいかと」


 一応見せてもらったが、確かにヴィルの言う通りだった。

 せっかく買ってもらったのに断るのも失礼な気がして、ネアは緊張しながら彼に背を向け、邪魔にならないよう髪を両手で持ち上げた。


「失礼します」


 低い声と共に、ヴィルが一歩近づく。すぐ背後に彼の気配を感じた瞬間、心臓が跳ねた。

 首筋にひやりと冷たい鎖が触れた、直後。

 留め具を扱うヴィルの指先が、不意にネアのうなじを掠める。


「んっ……」


 思わず、妙な声がこぼれた。

 しばし気まずい沈黙が流れ、先にヴィルが口を開く。


「――すみません、冷たかったですか?」

「い、いえ……! 大丈夫です……っ」


 そう伝えたものの、心臓はもう限界だった。


 距離が近い。

 近すぎる。


 すぐ背後にある息遣いも、彼が動くたびに上がるかすかな衣擦れも、何もかもを意識しすぎてしまう。


「……できました」

「ありがとうございます……!」


 ようやく解放され、ネアはヴィルから距離を取るように慌てて一歩前へ出る。

 首元へ触れると、雫型の石が胸元で小さく揺れた。


「あの、本当によかったんですか? こんな高価なネックレス……」

「大丈夫ですよ。店長からいただいたお給料の使いどころに悩んでいるくらいですので。いつもお世話になっているお礼、と言っては足りないかもしれませんが」

「そんな、お世話になっているのはこちらのほうで……。でも、ありがとうございます。わたし、一生の宝物にします」


 その時だった。

 広場のほうから、軽快なファンファーレが聞こえてくる。


「――間もなく、大道芸人たちによるショーが行われます。皆さま、こぞってご覧ください」

「大道芸! 実はわたし、見たことないんです」

「急げば前の方で見られるかもしれません」

「わ、じゃあ行きましょう!」


 もう頭の中は、大道芸への期待でいっぱいだった。

 気づけばネアは自然とヴィルの手を取り、広場へ向かって駆けだしていた。

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