02.職場、クビになりました
ノルディス伯爵に謝罪の手紙も送り『さあこれからは仕事に生きるぞ!』と決意したネアを、ここで思わぬ悲劇が襲う。
なんと、魔法塔を解雇されてしまったのだ。
「五級魔法士セレネア・フェルン。あなたはもう明日から来なくていいわ」
「え――なぜですか!?」
休日明けに出勤するなり、突然突きつけられた解雇通告。直属の上司である室長は反論するネアの方を見ることもなく、冷ややかに言い放った。
「ここは由緒ある〝王立の〟魔法塔なの。あなたみたいに不品行な人間を雇っていては、組織の名に傷がつくわ」
「不品行――!? 仰っている意味がわからないのですが……」
これまでネアは、魔法塔に所属する魔女として真面目に勤務してきた。
魔法塔の職員のほとんどは、貴族出身のエリートばかり。
それゆえに、初っぱなから『資料管理室』という、魔法塔の墓場とも言われる部署に配属されたけれど――。
ここで成果を上げれば、いつか魔法研究室に所属にして、大好きな魔法の研究に携われるかもしれない。
そしていずれは、憧れの宮廷魔術師になれるかもしれない。
そんな夢を胸に励んできたネアにとって『不品行』などという誹りは、まったく身に覚えのないことだ。
動揺するネアに、上司がそこで初めてちらりと目を向けた。眼鏡の奥から覗く鋭い眼差しには、侮蔑の色がありありと浮かんでいる。
「この期に及んでシラを切ろうなんて、あなたって本当に図々しいのね。もう皆、あの噂のことは知っているのよ」
「――ルシアンが、何か言っているんですね」
確信を持った問いかけに、上司があからさまに苛立って声を荒らげる。
「ノルディス伯爵令息とお呼びなさい! あなたはもう、彼の婚約者でもなんでもないのよ!」
そこまで怒らなくても……と若干引いてしまうほどの迫力だったが、ここで反論しても火に油を注ぐだけであることはわかっている。
ネアは素直に頭を下げることにした。
「失礼いたしました。――それで、ノルディス伯爵令息はなんと?」
「あなた、こともあろうに婚約披露の夜会の日に浮気したそうね。それも、四阿で事に及ぶなんて……ああ汚らわしい!」
くらりと目眩に襲われ、ネアは思わず額を押さえた。
ネアにとって不利な噂を流されることはわかっていた。が、少々考えが甘かったらしい。
(まさかルシアンが、自分の行いをそのままわたしになすりつけてくるとは、夢にも思わなかったわ)
せいぜい、定番の決まり文句である『性格の悪い婚約者に辟易した』だとか『金遣いが荒くて大変だった』程度のものだと思っていたのに。
「しかも、それを婚約者に責められ逆上した挙げ句、彼に攻撃魔法を放ったそうじゃないの」
「いえ、あれは攻撃魔法じゃなくて――」
「お黙りなさい、この恥知らず! ノルディス伯爵の後押しで魔法塔へ勤務できるようになったというのに、そのご子息を傷つけようとするなんて!」
単なる威嚇のための魔法だ、というネアの説明を、上司がぴしゃりと遮る。
彼女は鼻息荒くネアを非難した後、小さくため息をつき、どこかうっとりしたような表情で頬に手を当てた。
「それに比べて、ノルディス伯爵令息の寛大なことと言ったら」
「……ル――ノルディス伯爵令息が、寛大」
思わず繰り返してしまうほどに、ルシアンと『寛大』という言葉が、ネアの脳内で結びつかなかった。
(メイドの足音が気に入らないからって、一時間半もネチネチ嫌みを言う、あのルシアンが……?)
だが、ルシアンは外面が非常にいい。
目の前にいるこの上司の様子を見る限り、どうやら彼女も、ルシアンのよそ行きの顔に騙されているクチのようだ。
「〝怪我もなかったし、婚約者だった女性を魔法監察局に突き出すような冷酷な真似はしたくない〟だなんて。あなたは彼の寛大さに感謝すべきね」
ルシアンが吹聴した最低の噂話をすっかり信じ込んだ上司は、無言でネアに手のひらを差し出す。
意図が分からず困っていると、彼女は苛立ったように、ネアの胸元についている徽章をむしり取った。
魔法塔に勤める者の証であり、入塔証でもあるそれが、無慈悲に奪われる。
「話は以上よ。今日中に荷物をまとめて出てお行きなさい。未払いの給金は月末に銀行で受け取るように」
地獄の処刑人だって、もっと慈悲があるというものだ。
とはいえこれ以上粘ったところで、この上司がネアの言うことを信じてくれるわけもない。
「……これまでお世話になりました」
唇を噛みしめながら室長室を後にしたネアは、その足でトボトボと資料室へ向かった。
途中途中「あれが噂の浮気女……」「屋外で変態行為を……」などの陰口が聞こえてきたが、反応する余力もない。
どうにかこうにか資料室に辿り着くと、幸いにしてそこは無人だった。
人目を気にせずに済むことにほっとしながら、自身の机にある私物を手早く片付け始める。
しかし、私物を鞄に詰め終え『さあ、出て行こう』と振り向いたところで、運悪く資料室の扉が開いてしまった。
「うわっ……」
(クロイツ一級魔法士、何かご用ですか?)
扉から顔を覗かせた人物を見るなり、思っていたことと口にしようとしていたことが逆転してしまう。
ざんばらの茶髪を無造作に括り、口の中でキャンディーを転がしながらやってきた彼は、フェリク・クロイツ。
第一研究室所属のエリートであるにも関わらず、なぜか入塔初日からやたらとネアに絡んでくる変人だ。
彼はネアの第一声を耳にするなり大げさに肩をすくめ、さも悲しそうな表情をしてみせた。
「その態度、傷つくなぁ。それに前から言ってるでしょ? 俺のことはフェリクって呼んでよ」
「失礼いたしました。ですが、五級魔法士であるわたしが一級魔法士であるあなた様を、気軽にお名前で呼ぶわけには参りませんので」
「ネアちゃんって、本当につれないなぁ。俺ってこう見えて結構モテるんだよ?」
(知ってます。だから嫌なんです)
垂れ目に涙ぼくろが特徴的な色男である彼は、魔法塔の中でも一、二を争うモテ男だ。
ローブはだらしなく着崩しているし、足下はくたびれた革のサンダル。耳にも口にも大量のピアスを付けており、喋り方はルーズでチャラい。
しょっちゅう仕事中にお菓子休憩をしては、上司に叱られている。
ネアが最も苦手とするタイプの男性だが、世の女性達に言わせれば『そんなところもス・テ・キ』なのだそうだ。
彼が廊下を歩けばどこからともなく女性たちが集まってきて、キャンディーやらチョコレートやらクッキーやらを与えている。
全くもって意味がわからない。
ともかくそんな人気者が、窓際族である平民のネアをなぜか気に入り、頻繁に話しかけたりスキンシップをとったりしてくるわけだが――。そうなるとどうなるか。
彼に憧れる女性陣からの、嫉み僻みやっかみの嵐である。
彼につきまとわれるせいで、一体何度、裏庭に呼び出されたことだろう。
(まあ、そんな日々も今日で終わりなんだけど)
それに関しては、不幸中の幸いと言えるかもしれない。
私物を詰めた鞄を抱え直したネアは、改めてフェリクに頭を下げた。
「既にご存じとは思いますが、わたし、今日付けで魔法塔を解雇されたんです」
「うん、知ってる~。だからここに来たんだけど」
フェリクも自分をあざ笑いにきたのだろうか。
彼のことは苦手だが、そういうタイプではないと思っていただけに、少しショックだ。
身構えるネアに、フェリクは腰をかがめて視線を合わせる。そしてにっこりと笑いかけた。
「ネアちゃんさ、俺のお嫁さんになりなよ」
「――……はい?」
彼の言葉を理解するまで、かなりの時を要した。そして意味を理解してなお、意図が理解できない。
「魔法塔を解雇されて行くとこないだろうし、あの噂のせいで次の縁談見つけるのも大変でしょ? その点、俺ならあんな噂気にしないし、部屋もいっぱい余ってるし」
「…………」
「あれ? 感激で言葉が出ない感じ?」
意味不明すぎて言葉が出ないだけです、と言いたかった。しかし、あまりに急すぎる求婚に衝撃を受けるあまり、口をパクパクすることしかできない。
(……ああ、そっか! これってあれだわ、いつもみたいにからかわれてるんだ!)
フェリクは度々、ネアをからかうために様々などっきりを仕掛けてきた。
びっくり箱に始まり、チョロチョロ走るねずみそっくりのおもちゃ、涙が出るほど酸っぱいレモン味のキャンディーを『甘くて美味しいよ』と差し出されたこともある。
その行動の全てが意味不明で怖かったが、今日のドッキリはそれにも増して恐怖だった。
人は、理解不能な事象に恐怖を覚える生き物なのである。
「あ、あははは! いつもながら冗談が冴え渡っていらっしゃいますね!」
「――は?」
お世辞だと気づかれただろうか。ガリッ、とキャンディーを噛んだフェリクが低い声を上げる。
ドスの効いた「は?」に泣きそうになったが、とにかく、すぐさまここを離れて彼と永遠にさよならしたい思いが勝る。
「今後その冗談を聞けなくなるのはひじょーーーーに残念ですが、解雇されたからには仕方ありません!」
「ちょ、待ってネアちゃん。俺は――」
「それではっ、クロイツ一級魔法士もお元気で!」
早口でそう言い終えると、ネアはそそくさとフェリクの横を通り抜け、全速力で資料室から走り去る。
この時ほど、自身が小柄であることに感謝したことはなかった。
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