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婚約者に捨てられた魔女です。このたびおじさま、拾いました。  作者: 八色 鈴


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01.婚約者、寝取られました

作者は北欧の至宝の大ファンです。皆様の好きなおじさまは誰ですか?

『エゼルディナ。大変申し訳ないが、私との婚約を解消してくれないか?』


 王太子がそう言って高位貴族令嬢との婚約解消を宣言し、平民女性との愛に走ったのは一年前――。

 以来、この国ではちょっとしたブームが巻き起こった。


 自身の浮気を棚に上げ、やれ『悪役令嬢』だ『悪女』だと婚約者を一方的に断罪し、婚約破棄をする男性が急増したのだ。


 とある貴族令息曰く「王太子殿下がやったんだから、俺たちが続いたっていいだろ」とのことである。いいわけがない。


 だが、煩悩に浮かれた男性諸君に正論が通ずるはずもなかった。

 おかげで誰それが婚約破棄されただの、誰それが追放されただのという話題が、連日のように人々の口の端に上るようになる。


 そう――世はまさに大婚約破棄時代。

 

 けれどまさか、自分がそのふざけた流行に巻き込まれるなど。

 その時(、、、)が来るまで、ネアは微塵も考えていなかったのである。


§


「あはーん、うふーん、いやーん」


 四阿(あずまや)の方角から聞こえてきた淫らな声に、ネアは足を止めた。

 爽やかな春の夜に似つかわしくない、なんとも典型的でひねりのない喘ぎ声である。


(さ、さ、最悪!)


 年頃の少女にとってあまりに刺激的な状況に、ネアの頬はたちまち熱を持つ。

 夜会の途中でいなくなった婚約者を探すため、広間を抜け出したことをたちまち後悔した。


 いくら四阿がたっぷりとした布でおしゃれに覆われているからと言って、ここはいつ誰が通りかかるともしれない屋外だ。


(ふしだらよ……っ)


 不道徳かつ軽率な行いに嫌悪を覚えつつ、ネアはさっさとその場を通り過ぎようとした。が、続いて聞こえてきた男の声に、再び歩みを止めざるを得ない。


「はぁはぁ、なんて可愛いんだ僕の愛しのはちみつパイちゃん!」


(え、嘘。まさかルシアン……?)


 その声は、ネアの婚約者であるルシアン・ノルディスのものに大変似ていた。


(……いや。いやいやいやいや。まさかそんなわけない、わよね。だって今夜この夜会で、わたしたちは正式に婚約を発表するはずで……)


 今夜の夜会は、そのためにルシアンの父ノルディス伯爵が開いてくれたものだった。


 ネアの父である故フェルン子爵とノルディス伯爵は、若い頃からの親友同士だった。

 ルシアンとネアがまだ幼かった頃、ふたりは酔った勢いでこんな会話を交わしたらしい。


『ネアちゃんが大きくなったら、ぜひうちのルシアンの嫁に』

『君の息子になら安心して任せられるよ』


 半ばノリで交わされた約束。

 それでもネアはこれまでルシアンの婚約者として、彼の望むようふるまってきた。


 ――僕は淑やかで清潔な女が好きなんだ。ドレスは体型が目立たないよう、常に詰め襟で長袖の物を身につけろ。夏場でも腕を出すな。鮮やかな色は男を誘うためのふしだらなもの。衣装は地味な色にしろ。化粧はするな。宝石なんてお前には似合わない。その陰気な黒髪はきっちりひっつめにしておけ――などなど。


(暴君にもほどがあるわ。唯一、魔法塔での仕事をやめろと言われた件についてだけは、全力で拒否したけど)


 ルシアンにとって、女性は家に入って夫を支えるものであり、仕事をするなどもっての他らしい。


 その他にも理不尽な要求ばかり突きつけられたが、ネアなりに従順に言いつけを守ってきたのは、ノルディス伯爵に対する恩があったからだ。


 十三歳の時に父を亡くしたネアは、もはや貴族令嬢ではない平民だ。

 であるにもかかわらず、ノルディス伯爵は変わらずネアを息子の婚約者として大切に扱ってくれた。


『ネアちゃんはもう、家族のようなものなんだから』


 伯爵はそう言って、家長を失ったネアと母を気遣い、たびたび苦しい生活を助けてくれた。

 母を失い途方に暮れていたネアに、魔法塔での仕事を紹介してくれたのも彼だった。


(今夜の婚約発表を、おじさまはとても楽しみにしてらした。父親の期待を裏切るような真似、さすがのルシアンもするはず――)


 前向きに考えようとしたネアの思考をあざ笑うかのように、四阿の中から甘ったるい声が響いてくる。


「いやぁんルシアンったらぁん、そんなとこ触っちゃだめぇぇん」


 聞こえた。

 間違えようもないほどにはっきりと『ルシアン』と。


(このっ、××××……ッ!!)


 元貴族令嬢としてはいささか品のない罵倒が脳裏をよぎる。 

 あまりの怒りに腹の奥がふつふつと沸騰するような錯覚を覚え、気づけばネアはつかつかと四阿に近づいていた。

 相変わらず、中からは盛りのついた猫のような激しい声が聞こえてくる。


「――何、やってるの?」


 入り口を覆い隠していた布を遠慮なくバサリとかき分けた瞬間、自分史上最高に低い声が出てしまったのも無理はない。

 四阿を覗き込んで真っ先に目に入ったのは、言い訳のしようもないほどに、半裸でくんずほぐれつするルシアンと、見知らぬ女だった。


「うぉあぁぁぁあぁ!」

「きゃぁぁぁーっ! 変態ーッ!」


 この上なく情けない二人分の悲鳴が、その場に響き渡る。

 変態はそちらのほうである、という反論をひとまず呑み込み、ネアは慌てて着衣の乱れを直すふたりをじとりと睨んだ。


「ネ、ネ、ネ、ネア! どどどどうしてお前がここにっ」

「間もなく婚約発表の時間だというのに、あなたが長いこと姿を消していたから探しに来たの。――で、そちらの女性はどこのどなた?」


 女性はネアより、十歳ほど年上に見えた。

 むっちりと肉感的な身体付きをしており、着衣の乱れを直してもなお、胸元からは豊かな双丘がしっかりと存在感を主張している。


 露出の激しい、華やかな紫のドレス。

 大ぶりの宝石をあしらったネックレス。

 巻き貝のように大きくうねる金色の髪に、真っ赤に彩られた唇――。


 ネアが禁じられてきた事柄全てを体現したようなその女性は、ルシアンに縋りながら怯えたような表情を浮かべた。


「いやだ、あたくし怖いわダーリン」

「怯えることはないんだよ、僕のはちみつパイちゃん」

「でもでもぉ、あなたの婚約者があたくしのことずっと睨んでて……」

「心配しないで。ネアには僕からよく言い聞かせておくから」


 ぎゅむっと胸を押しつけられたルシアンは、鼻の下を伸ばしながら『はちみつパイちゃん』に微笑みかける。

 それから、打って変わって不機嫌そうな表情を浮かべると、じろりとネアを睨みつけた。


「おい、ネア! 僕の大切な恋人を怖がらせるとは、お前何さまのつもりだ!」

「……あなたの婚約者のつもりだったけど、違ったかしら」

「はっ、傲慢だな! お前はただの、親が勝手に決めた形ばかりの婚約者だ!」


 そう言い放つと、ルシアンは再び腕の中の女性に視線を戻す。


「僕が心から愛するのは、シェイラ――君だけだよ」

「つまりあなたはわたしとの婚約を破棄して、新たにその……シェイラさんという女性と婚約したいということ?」

「お前は本当に馬鹿だな。そんなことも言われないとわからないのか? 大体、お前はおしゃれに疎いしいつもクソダサい格好ばかりしていて色気もへったくれもない上に、身体の凹凸にもとぼしいときた。はっきり言って女としての自覚も魅力もまったくない。そんな女と十年も婚約関係を結んでやっていた僕に感謝してほしいくらいだ」


『それはあなたがそういう格好をしろと命じたからでしょうが』という反論と、思わず放ちかけた攻撃魔法をすんでのところで引っ込め、ネアは小さくため息をついた。

 攻撃魔法を一般人に向けるのは王国法で禁じられている


(こんな傲慢男のために、人生棒に振りたくない。……それに、別にわたしだって、好きで婚約していたわけじゃないわ)


 父とノルディス伯爵が友人同士でなければ。

 ノルディス伯爵に大恩がなければ。

 誰が好き好んで、ルシアンの言うことになど従っただろうか。


「わかった。あなたがそこまで言うのなら、婚約破棄を受け入れましょう」


 これまで彼のために費やした無駄な時間がもったいなくはあるものの、未練などあるはずもない。


(ただ、婚約破棄された女として後ろ指を指されることは免れないでしょうけれど)


 平民であるネアと、伯爵令息であるルシアンの婚約破棄。

 ネアに瑕疵がなくとも、立場上、どうしても不利になることは免れない。ルシアンは権力を笠にきて、自分にとって有利な説明をするだろうし、世間も平民女より貴族の言うことを信じるはずだ。


(どうせ〝あいつが浮気したせいだ〟とか〝性格の悪い悪女で〟なんて噂を喜んで流すんでしょうね……)


 それでもネアが絶望しないでいられるのは、これまで努力して築いてきた立場があるからだ。

 いにして魔法棟での仕事は順調で、来月には昇進も控えている。


(結婚できなくても死ぬわけじゃない。これまでだって、婚約破棄された後に事業を始めて成功した先駆者たちがたくさんいるもの)


 悲嘆するより前を向こうと、覚悟を決めたその時だった。


「そ、そこまでしなくてもいいんじゃなぁい?」


 なぜかシェイラが焦ったように口を挟んでくる。


「しょせんあたくしは日陰の女だもの。おふたりを引き裂くつもりなんてなくって……。それに、婚約破棄なんてしたら、ダーリンの立場が悪くなるんじゃないかって心配でぇ……」


 金髪を指先でくるくる弄びながら遠慮がちに目を伏せるシェイラの姿に、ルシアンはひどく胸を打たれたようだ。


「シェイラは優しくて奥ゆかしいんだね。だけど遠慮することはないんだよ。ネアはしょせん平民女。伯爵家嫡男である僕に意見なんてできるはずもない。君はなんの憂いもなく、僕の胸の中に飛び込んでおいで」

「え、ええ……。嬉しいわダーリン……でもぉ、あなたのお父さまがなんとおっしゃるか……」

「父なんて、跡継ぎさえ産まれればどうにでも丸め込めるさ。子供は何人がいい? 僕は男の子が三人と、女の子が二人がいいな。君に似た、綺麗な金髪の子供達に囲まれるなんて最高じゃないか」

「う、うふふ、ルシアンったらぁん。気が早いわぁん」


 盛り上がっているルシアンとは裏腹に、どことなくシェイラが気が進まない様子なのは気にかかる。が、もはやこの件はネアの関与するところではない。


「お話中申し訳ないけれど、もうおいとましてもいいかしら」

「なんだ、まだそこにいたのか。とっとと失せろ、その陰気な黒髪を見てると気分が悪くなるんだよ」


 それが、望まぬ関係とはいえ、これまで十何年も婚約を交わしていた相手に対する態度だろうか。

 しっしっと犬のように手で追い払う仕草をされ、ネアの中で何かがぷつんと切れる音がした。


(――わたしの! 髪は! 黒じゃなくて紫紺よ!!)

 

 怒りの赴くままに、唇が呪文を紡ぐ。


「〝マ・シェンテ(爆ぜろ)〟!!』


 直後、ルシアンの顔のすぐ側で小さな火花がパーンと破裂した。

 音こそ派手だが、魔法で作り出した光の火花。人を傷つけるようなものではない。

 しかし、ルシアンに恐怖と衝撃を与えるには十分な威力だっただろう。


「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 焼けるっ、僕の美しい顔が焼けるよぉぉぉぉ!」

「落ち着いてダーリン、火なんてどこにも付いてないわ!」


 シェイラが宥めようとするが、ルシアンの耳にその声は届かない。顔を押さえながら転けつまろびつ噴水の中に飛び込んだ彼を、ネアは冷たい目で一瞥する。


「さようなら、ルシアン。もう二度とお目にかからないことを祈るわ」

「貴様っ、ネア! 覚えてろよ!! @&★〇△■◆※★!! くぁwせdrftgyふじこlp!!」


 夜の庭園に、ルシアンの罵詈雑言がこだまする。

 それを尻目に、ネアはさっさとノルディス伯爵邸を後にするのだった。

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