18.お祭りに、行くことになりました
ルヴェナが張り切って作ったシチューとパンが余っていたため、その日の夕方は三人で夕食を食べることになった。
テーブルを囲んで世間話をしていると、不意にルヴェナが「そういえば」と声を上げる。
「今月末の日曜日は、花灯祭じゃない?」
まさかその話題が出ると思っていなかったネアは、思わず手にしていたスプーンを取り落としそうになった。
手の中でスプーンが踊るように跳ね、慌てて強く握りしめる。
「花灯祭、ですか」
ネアと同じく、ヴィルも初めて聞く単語だったようだ。
軽く首を傾げ、ピンとこないような顔をしている。
「三区で毎年やってるお祭りよ。花の形をした灯りで区画一帯を飾るの。とっても綺麗なのよ~」
ルヴェナはどこか懐かしそうに目を細め、夢見る少女のような表情で両手を組む。
「最後の花火に願い事をすると、必ず叶うって言われててね。特に若者たちの間で〝恋が叶うお祭り〟なんて呼ばれて大人気なの」
「んぐっ……!」
何も、よりにもよって今その話をしなくてもいいではないか。
咀嚼していたパンが喉に詰まりかけ、ネアはドンドンと胸を叩きながら慌てて水を飲む。
「ネアさん、大丈夫ですか!?」
「だ、だいじょうぶ……です……っ」
ヴィルがすかさず水差しの中身をコップに注いでくれる。
しかし、うっとりした目で思い出に浸るルヴェナは、そんな姪の異変にはまったく気づいていなかった。
「かく言うあたしも若い頃、夫とお祭りに行って花火を見上げたものだわぁ。無口で朴訥で愛想もなくて。手を繋ごうとしたら〝そういうふしだらな行為は結婚してからでないと〟って振り払ってきたのよ! 信じられない」
呆れたようにそう言いながらも、ルヴェナの表情は亡き夫への愛情に満ちていた。
実はネアは、伯父に直接会ったことは一度もない。
一代で財をなした伯父は、貴族達からは『成金』と呼ばれ蔑まれていた。伯母は貴族に嫁いだ母に配慮し、できる限りやりとりを控えていたらしい。
だけど、母はいつも言っていた。
姉に寄ってくるのはいつも、彼女の華やかな容姿や色香に惹かれた男ばかりだった。けれど彼だけは、姉の内面を見てくれたのだ――と。
「……そういう真面目なところが良くって、伯母さまのほうから猛アタックしたんですよね。母が言ってました」
「やだ、あの子ったら! そんなことまでネアちゃんに話してたの~!?」
「ふふ、色々聞いてますよ。伯母さまがクッキーを手作りした時に、お砂糖と塩を間違えた話とか」
今でこそ料理上手な伯母だが、若い頃は少しも料理ができなかったらしい。
不器用ながらもなんとか初めてクッキー作りに挑戦し、意気揚々と伯父にプレゼントしたそうだ。
そして伯父が『美味しい』と全て食べきったものだから、ルヴェナはその後家に帰って余り物を食べるまで、少しも気づかなかったらしい。
若き日の失敗談を明らかにされ、ルヴェナは珍しく顔を赤くしていた。
「……も、もう! あたしの話はいいのよ! そんなことよりお祭り! あなたたち、ふたりで行ってきたら?」
「えっ」
ネアとヴィルの声が重なり、ふたりは同時に互いの顔を見合わせる。
ぱっと顔を逸らしたのは、どちらが先だっただろうか。
「実はこないだの商業組合会議で、花灯祭の出店で使える引換券をたくさん貰ったのよ。あたしは用事で行けないし、余らせてももったいないから」
「で、でもお店が……」
「気にしなくていいのよ~。花灯祭りの日はどうせお客さんも少ないし、いつもより早めに閉めるから」
にこにこと微笑むルヴェナに、ネアは助けを求めるようにヴィルを見た。
行きたくないわけでは、もちろんない。だがそれは、ヴィルの気持ちを蔑ろにしていい理由にはならない。
(伯母さま、わたしがヴィルさんを好きだって知ってるから……)
きっとルヴェナは、ネアの恋を後押ししようと思って助け船を出したつもりなのだろう。気持ちはありがたいが、きっとヴィルは突然の提案に困っているはずだ。
だが、ヴィルは珍しくしばらく黙り込むと、やがて観念したように小さく息を吐く。
「……ネアさんさえよろしければ」
「っ!」
思わぬ返答に、胸の奥で心臓が跳ねる。
言葉を紡げないでいるネアの代わりに、伯母がおおはしゃぎで返事をした。
「良いに決まってるじゃない! ね、ネアちゃん」
「は……はい……」
嬉しさと驚きで頭の中が真っ白になったネアは、そう言って頷くことしかできない。
顔を真っ赤にして黙り込んでいると、ルヴェナが満足そうに頷く。
「よし決まり! じゃあ引換券は当日に渡すわね。それからヴィルさん」
びしっと顔を指さされ、ヴィルが困惑したように眉を下げる。
「はい?」
「あなた、いつも着てる服じゃだめよ。せっかくのデートなんだから、ちゃんとおしゃれしないと。夫の服を貸してあげるから、それ着ていきなさいね」
「はあ……」
「あと、翌日は臨時休業にしておくから、泊まってくるならご遠慮なく」
「伯母さま!!」
「店長!!」
ネアとヴィルが同時にガタンと立ち上がり、叫び声が重なる。
あまりの羞恥に、もはやネアは泣きそうだった。
ヴィルにとって、今回の外出はただ『店長に引換券の消費を頼まれたから』という理由でしかない。
それなのにデートだ泊まりだなんて、迷惑に決まっている。
気恥ずかしさと居たたまれない気持ちで顔色をめまぐるしく変化させていると、ヴィルが呆れたような声を上げた。
「……店長。あまりネアさんをからかわないでください」
「からかってなんかないわよ。いやぁねぇ、穿った見方をする人って」
心外そうに唇を尖らせ、ブツブツ言いながらルヴェナは空になった皿を持って厨房のほうへ引っ込んでいく。
遠くで食器を洗う音を聞きながら、ネアは俯いたまま顔を上げることができなかった。
(む、無理……! まともにヴィルさんの顔が見られない……!)
そんなネアの隣で、ヴィルが小さくため息をついた。
「まったく、店長には困ったものです」
心底困り果てた様子に、ネアの胸の奥がちくりと痛む。
「あ、あの……っ。ご迷惑だったら、断っていただいても……。わたしひとりで行ってきますので……っ」
「ああいえ、違うんですよ。ネアさんと一緒に行くのが嫌なわけではありませんからね」
「……っ!」
思いも寄らない言葉に、ネアは勢いよく顔を上げた。
穏やかな笑みを浮かべたヴィルと目が合う。
「私でよければ、ぜひ一緒にお祭りへ行きましょう」
「行きます! わたし、ヴィルさんと一緒がいいです!」
「ははっ。では、当日を楽しみにしていますね」
「わ、わたしも楽しみです……っ」
感極まって声が震えてしまったが、気づかれただろうか。
ネアが自身の大胆な発言に気づいたのは、食事の後片付けを終え、部屋に戻ってからだった。
「っ――~~~~」
あまりの恥ずかしさに、ネアはそれからしばらくの間、クッションに顔を埋めてもだえ苦しんだのだった。




