第7話 【承③】後
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警備の腰から拝借した鍵束。
2人の警備はそれぞれ鍵束を持っていたが、比べると明らかに片方の本数が多かったため、そちらを持ってきた。本数の多いのが、おそらく2人組のうち責任が重い方だろう。
外周を回り、見つけた裏口は、いくつかの鍵を試すとあっけなく開いた。
巡回で使う分だけ渡しておけば良いものを。不用心だと言うほかない。巡回で裏口を開け閉めはしないだろう。
「後ろを警戒する。先に進んでくれ」
辺りを見回しながら、シンが言った。
なんとなく、後ろを任せても良い雰囲気は出来つつある。
実力的なものではない。それは最初から十分だ。意味としては、心半分くらいの信頼として。
慎重に館の中を進む。階段を上がると、上がった廊下の角にも眠りこける警備がいた。
その先の廊下にも、同じ光景が連なる。
守りが濃くなる先に、大事なお宝はあると相場は決まっている。
寝ている警備がいる方向に、慎重に進む。途中、少し開いた扉の隙間から、大勢の警備が眠る部屋が見えた。詰所だろう。
「――人数も大事だが、次は装備にも金を掛けるべきだな」
むしろ、アタシの術で良かったと思っていただこう。
後ろを進む大男1人なら、全員命は無かったかもしれない。
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ほんの少し豪華な扉が目に入った。
他の扉と同じ形ではあるが、木目の濃い板に薄い艶があり、縁には細い金属飾りまで入っている。
扉と壁をつなぐのは、固定用の太い金属製の渡し棒と、いかにも丈夫そうな錠前。
どう見ても目的地はここだろう。
がちゃ、と。
錠前を手で弄んでみる。単純な金属でできたそれに、魔術的な仕掛けはない。ただ、物理的に堅牢ではある。
鍵束の鍵をそれぞれ試してみたが、合うものは無かった。
この屋敷の主は疑り深い人間のようだ。雇った警備すら警戒し、この部屋の鍵は渡さなかったのだろう。
「……壊すか?」
アタシの手元を後ろから覗き込むシンが訊く。
かなり近い位置にいるのに、体臭がしない。目を瞑れば、そこに気配がないように感じるかもしれない。不気味な男だ。
「いや、問題ない」
答えて、目を瞑り、錠前の鍵穴に魔力を通す。ほんの少し、粘度を乗せて。形と仕組みを把握するためだ。
日頃、精密性の訓練もしている。このくらい訳はない。
しばらく鍵穴を探り、鍵の形は推測できた。
短く詠唱を開始し――準備ができた呪文を唱える。
「――『氷の鏡像』」
唱えたとほぼ同時、アタシの手の中に、氷の鍵が出現する。魔力で出来た丈夫なものだ。
そのまま鍵穴に突っ込み、何度か回したところ、錠前が外れた。
「よし!」
部屋の中に人の気配はない。
このまま入り、『忘れ虫』を部屋から頂戴して、去るだけだ。
持ち主には申し訳ないが、すまんな……アタシの自由のためだ。
「……よし、じゃない」
「ん」
気を良くして金属棒をずらしながら、扉を開けようとするアタシに、シンがほんの少し震える声で言った。
「いくら何でも、任務が簡単に運びすぎる。お前への戦力見積もりが甘かったのか?」
顔を見ると、眉間に皺を寄せ、こちらを探るような目で見つめるシンがいる。
「今の、『氷の鏡像』。俺は魔法を使えない。だが、その術と詠唱は知っている。お前の国、王国の宮廷魔導士でも、使える者は一握りの上級魔法だろう。そして使い方は、合鍵を作ったりは出来ないはず……。確か、自分の似姿の氷像を作りだし、視界の悪い夜の戦闘などで相手を惑わすためのものだ」
「そんなことを言われても……。うまく使えない者はそうかもしれないが」
『氷の鏡像』の、巷に流れる使い方――と言っても、知っていること自体が、一部の戦士や魔導士に限られる――は、確かにシンの言うとおり。
なぜ自分の似姿かと言えば、それは上手く使いこなせない術者が、一番把握している物、つまり自分の姿にしか魔力の氷を形作れないから。
『使える』ようになるまで修練すれば、自分以外でも、ある程度の想定した形にはなる。即席の合鍵くらいは容易い。
「……お前のような子供が使える術ではないはずだ。それにさっきの黒い霧と睡眠の何か。あれだって、黒い霧の方は初めて見た。それも状況から判断して、睡眠の魔法は黒い霧の魔法を継続しながら、後から出したものだな? 2つの魔法を同時に使うなど……」
シンの言うのは、アタシが屋敷の警備を眠らせた『夜告霧』と 『妖精の囁き』のことだろう。それぞれ、地水火風の四大属性で言えば、どちらも風と水の複合魔法に当たる。
魔法を使えない者には難しい感覚かも知れない。学院では、複合魔法を使える者も、2つの魔法を同時に使う者も、初等部ではアタシ以外にいなかった。
「ちゃんと練習したものだ。使えるんだから、それでいいじゃないか」
「……良くない。宿では『基礎魔法なら出来る』と言っていただろう。嘘をついたのか? 組んで仕事をする以上、出来ることは教えておいてくれ。上級魔法が使えるなら、それも計算に入れておきたい」
「……上級だろうが、下級だろうが、基礎であることに変わりないではないか?」
「なっ……」
アタシの応えに、シンの上半身は軽く後ずさり、絶句した。
と。驚くのはかっこ悪いと踏んだか、歪んだ表情を平静に戻し、瞬間、身体が戻ってくる。
上半身が少し戻ってきたシンは続ける。
「下級と基礎というのは同じ意味ではなかったのか。せいぜい四大属性のうち、それぞれ1つか2つを使えることと思っていた。……お前の言う基礎とはなんだ?」
「王国魔導教本、そこに載っている88の魔法。それらは基礎だとローゼンヴァルトでは教わる」
「っ……! いや、え……」
アタシの応えに、シンの上半身はふらふらと揺れ、蛸のように両腕と頭をくねくねとさせた。
後ずさり、絶句するのは先ほどと変わらず。口元も大きく開いている。
……この男、緊迫していた先ほどまでは隙が無かったが、今は……。リアクションが大きく、案外面白い。
と。焦りのまま、歪んだ表情を整えることすらせずに、シンは言った。
「88の魔法が載った王国魔導教本……最もありふれた魔法の本だから、オレだって読んだことがある。基礎、いや、……下級魔法か。下級魔法は詠唱文もあり、詳細な唱え方も載っていて参考になる。だが中級や上級魔法は、殆ど名前と効果と挿絵だけの本だろう? 禁呪だって含まれている。教本とは名ばかりの本だったはずだ」
王国魔導教本については、シンの言うとおりである。
中級以上の魔法も、複合魔法も、名前と簡単な説明に挿絵だけの、図鑑のような本だ。
名前が間違っているとすら思う。教える気がないのに、何が教本だと思ったものだ。
「名前と効果が分かるのなら、ローゼンヴァルトにはそれで十分だ。知らない術なら調べるだけ。我らはそうして生きてきた」
「10も魔法を使えれば、十分に一流だろ……。88も使えてどうするんだ。それも、その氷の鍵や、オレと会った時に使っていた、器用な火の術のように、教本と違う使い方をするのだろう?」
選ばれた貴族の子女が集まる学院、ユーヴィガン初等部の他の同級生たちも、確かに魔法は使えて4つか5つ。
だが彼らはローゼンヴァルトではない。王国で最も強い一族ではない。
「それは、まあ……。だが、数を使えることに意味はない。現に、私は貴様に負けた」
「む……」
「貴様のような下賤な者にはもったいないが……まあ、私を打ち破った者だからな。敬意を込めて、ローゼンヴァルトの家訓、その前半部分を教えてやる。『万を恃むな畏れるな』だ」
「なんだ、それは」
「今言っただろう。88の魔法、あるいは教本に載っていないそれを含めて、100より多い魔法を使えようが、それ自体に意味はない。魔法だけではない。1000を超える技を使えようが、それにも意味はない。数は無意味だとローゼンヴァルトでは教わる」
「ふむ……」
言うと、シンはパチ、パチと瞬きをして、少し考え込むようにした。
「『万を恃むな畏れるな』。良い言葉だ。覚えておこう」
「ふん」
実家の家訓を披露し、少し照れる。
そもそも、自分より強い者を相手に、偉そうに言うことではなかったかもしれない。両親や家庭教師がいれば叱られているだろう。
気恥ずかしさを覚えるアタシに、シンは少し声を震わせながら、表情を輝かせて言った。
興奮を抑えきれないと言う風に。
「な、なあ。王国魔導教本の魔法を全て使えるなら、『楽園の崩壊』とか『創世の評決』なんかも使えるのか? 見せてくれよ。昔、憧れたんだ。頼むよ」
「唱えて撃った経験はあるが、『使える』と言って良いかどうか。……あんなもの、どこで使うんだ」
どちらも、大規模破壊魔法、あるいは、地形を作り変えてしまう魔法だ。そうそう撃つ機会も使い途もない。
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