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抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
10/23

第8話 【承④】

 〇


 部屋の中に入ると、如何にもな成金趣味の部屋が、アタシたちを出迎えた。

 なんとなく、出発前に見たフェルナーの自室に通じる雰囲気がある。

 光る銀色の調度品にアンティーク。

 古いくせして、大して使い込まれていない、無為に日々を過ごしたような豪奢な机。

 ローゼンヴァルトの屋敷にあるものは、同じ年月を過ごしたとしても、もっと使い込まれたものだ。

 (もっと)も我が祖先には、敵の大軍を前に怖気(おじけ)る部下に対して、徹底抗戦の意志を示すために、机を手刀で叩き割った逸話を持つ者もいる。物を大切にはするが、机を後生大事にする文化はない。

 

 その趣味の合わない豪奢な机の上に、おそらく目的の『忘れ虫』の容器はあった。

 光を遮断するための布のかかったガラス瓶。

 遮光布を除けてやると、果たして瓶の中に、『忘れ虫』の姿があった。

 大きさにして、成人男性の平均的な親指くらいの乳白色のイモムシ。

 イモムシと言っても、蝶の幼虫より、甲虫の幼虫に近い見た目だ。

 その身体は、ただ白いのではない。古びた羊皮紙のように黄ばんだ乳白色。

 腹の節の奥には、黒い筋や、喰い溜めた紙片めいたものがいくつも、幾層にも重なり、うっすら透けて見えた。

 紙片のようなそれも、喰ったそのままではなく、概念的なものだろう。

 瓶の底には、乾いた粘液の膜と、繊維の崩れた紙くずのようなものが少しだけ残っている。

 口の辺りには、透明な膜が薄く張りつき、光の加減によっては、濡れた糊のようにも見えた。


「……これが、『忘れ虫』か」


 思わず、そう漏らす。

 生理的な嫌悪を催す見た目だ。

 『忘れ虫』が、紙や帳面、果ては石板まで。記録を喰い、偽装する虫だという知識はある。現物を見たのは初めてだった。

 アタシの漏れた独り言に、背後から、シンが答えた。

 

「ああ。それだ。しかし、どうするかな。……瓶の中に入れていても、運ぶときに刺激を与えたくはないし」


 内部はいくつも記録の断片が重なっている。

 繊細な虫に見え、その懸念はアタシにも理解できた。


(わたくし)が、仮契約で運ぼう」


 言った瞬間、背後の気配がわずかに止まる。


「……できるのか」


「仮契約だ。力を通すわけではない。ただ仕舞って運ぶだけだろう」


「それでも、3つ目だぞ」


 低い声だった。責めるでもなく、ただ本気で意外そうな響き。


「ん?」


「お前はすでに組織との契約がある。ネズミとも契約しているだろう。その上に、さらにもう1つだ。そんな話は聞いたことがない。成立するのか」


「本契約ではないと言っている。浅く留めるだけなら問題ない」


 聞いたことが無いと言われても。

 余裕があると言うか、出来る感覚はある。3つの契約が出来ないという話だって聞いたことがない。

 ……出来ると聞いたことも無いが。


「む……」


 シンはしばし逡巡した。

 振り返ると、瓶の中の『忘れ虫』ではなく、アタシを見ている。


「心配するな。魔法で火を呼ぶのとそこまで変わらない。深く結ぶのでなければ、こう……互いに触れて留めるだけだ」


「まあ……そう言うなら。任せるとするか」


 なんだか、こちらを気遣うような態度を見せるシン。

 同行ではあるが、評価者兼監視者のくせに。

 

 構わず、アタシは準備を始める。両の手から、革の手袋を脱いだ。

 右手親指の爪に、肉体を強化する魔力を通す。その爪で左の手の平、下の部分を切り裂いた。皮膚が裂け、血がにじむ。

 ガラス瓶の蓋を、ほんの少しだけ開ける。

 途端に、中の『忘れ虫』が、ぴくり、と頭をもたげた。

 目があるのかも分からないその顔。だが、血の気配を感じたことだけは、反応で分かる。

 気色の悪い虫だ。


 その上へ右手を近づけ、魔力を少し込めた血を垂らす。

 赤い滴が、『忘れ虫』の頭部であろう場所へ落ちる。

 ネズミのように舐めるのではない。口の辺りの膜がふるりと震え、奥の柔らかな器官が開いて、血を包むように取りこんだ。

 アタシ自身が虫に包みこまれるように錯覚し、肌が粟立つ。


 ぞわり、と。

 生理的嫌悪とは別に、指先から腕へ、薄く冷たいものが()い上がる。

 『忘れ虫』との仮契約が結ばれた証だ。

 本契約ではない。力を通し合うためでも、深く結ぶためでもない。ただ一時、血で留め、持ち運ぶための浅い繋ぎ。

 血絆(ブラッド・リンク)の形をとる、仮契約。


 『忘れ虫』が血を取りこんだ瞬間、その小さな身体が淡く光った。

 乳白色の輪郭が、ほどけるように揺れる。


 次の瞬間には、光とともに、宙へ沈むように消えた。

 ただし、契約の内側へ退くほど深くはない。

 薄い膜の向こうへ、無理に押しこまれるように。ぬるり、と輪郭だけを滑らせるようにして、『忘れ虫』の姿は消えた。


 仮契約の成立と同時に、契約の表層へと。

 物理的には、もう瓶の中には何もない。

 だが、内側の浅いところに、気色の悪い気配が引っかかるように留まっているのが分かる。

 契約者にだけ分かる感覚で、外から見た様子は何も変わらない。


「よし。済んだぞ」


「……本当にやるとはな」


 シンがつぶやく。

 ため息をつきながら、シンは続けた。


「後は引き上げるだけで良い。楽な仕事だった。……正直、かなり見積もりを誤っていたらしい。お前、貴族より泥棒の方が向いているんじゃないのか」


 その軽口は、軽口とわかっていても、少しだけアタシを苛立たせた。

 

「馬鹿を言うな」


「む?」


「こんな泥棒など、その気になれば誰でも出来る。なんでも出来て、どんなことも意のままである者が、民のために尽くすから貴族なのだ。――我が家ではそう教わる」


 〇

 

 『忘れ虫』を手に入れたアタシたちは、速やかに脱出する。

 扉の渡し棒を戻し、錠前を掛け、裏口の鍵も守衛の鍵束もきっちり元通り。

 支部へ戻ってフェルナーに渡す時のため、瓶とそれを覆う遮光布もいただいて。

 ――警備が全員眠りこけたことと、部屋に『忘れ虫』の瓶が無いこと以外は、侵入したときと何ら変わりなく。

 心の奥に残る、泥棒という負い目。

 ……『忘れ虫』なんぞという、悪事に使えなさそうなものを大事にしまい込んでいた者なぞ、きっと悪党に違いない、ということで納得することとした。

 今日のアタシは義賊だ。悪いやつを懲らしめる盗賊、そんな英雄譚だって読んだことがある。

 

 いくつもの路地を抜け、富裕区から貧民街へ戻り、さらに何度も路地を通り、表通りを横切ったりして。

 アタシたち夜の中を、この町へ来た『門』からの出口――と言っていいかわからない、小さなゆらぎ――のある倉庫へ戻ってきた。

 夜の中だと、明かりの無い倉庫の中は、昼にここへ着いたときよりも真っ暗だ。

 アタシは、視覚強化の魔法をこっそり使っているが、魔法が使えないはずのシンは闇の中を何も迷わず進んできた。

 夜目(よめ)が利くとか言うレベルではない。

 

「じゃあ、帰るか」


 シンがそう言った先、小さな、門の向こうで見たゆらぎがある。闇の中でも、その部分だけがなんだかゆらめく黒があるのが分かる。

 尤も、そこに何かあると知らなければわからないかもしれない。

 アタシも、シンの隣に並んで立つ。……が。


「……随分と小さいぞ。どうやって入るんだ?」


 門から入った時のゆらぎは、門に合わせて人が2人並んで通れるくらいの幅があった。

 アタシの胸くらいの高さにある、目の前のゆらぎは……アタシの大きく広げた手の平で4つ分くらいか? 頭すら通りそうにない。


「ああ、説明してなかったな。ネズミと契約しただろう。下級工作員はそれを使うんだ。オレは別のやり方で出入りできるが、お前は1人でも出来るように覚えたほうが良いだろう。まずはネズミを呼んでみろ」


「む……」


 不潔な生物で、極力呼びたくはない。屈辱すら覚える。

 だが、門を通る手段だと言われては仕方がない。

 小さく、手早くそれを呼ぶ。


「――『顕現(アルパレオ)』」


 左手首のタリスマンの宝石が、ぼう、と黒っぽい灰色に光り――。

 ――少しの闇のゆらぎとともに、アタシの足元に、汚らしいネズミが現れた。

 アタシの脚に軽く、おずおずと頭を()り寄せてくる。――が、受け入れる気にはなれない。

 衝動的に、今すぐ蹴り上げてやろうか、と、ちらと頭をよぎる思考。

 ああ……。……黄金竜(グラファリエル)に会いたい。


「そいつを、その門へ通せ。力を通して、命じるというか、頼むようにしろ。門の向こうへ行って、お前が通れるようにしてくれる」


「む……」


 仕方がない。

 少し屈んで、左腕をネズミに差し出したところ、素直にそれに乗ってくる。

 長袖の上下と革手袋がなければ、不潔で絶対にやりたくない行為だ。

 それを、かかげるようにしてゆらぎに向けて腕を伸ばす。ゆらぎに通せと言うなら、この無力な小動物にはそうしてやるしかあるまい。

 呼んだ瞬間から、すでに薄く感じていたネズミとの力のつながり。それを太くするべく、力を通す――。


「ぐあっ……あああぁぁぁ……」


「サキ!?」

 

 力を通した瞬間、頭がガァンと殴られたように、その後ズキズキと痛んだ。

 思わず、右手で頭を抑える。左腕をそのままに堪えたのは我ながら大したものだと思う。

 シンがアタシの両肩を支えるように持った。

 黄金竜(グラファリエル)を呼び、力を通して契約に痛めつけられた時よりは、ずっと弱い。

 だが、同種の痛み。頭だけではない。体もあちこちが、弱い雷撃魔法を通され続けているように痛い。


「ぐっ……なぜだ……別に、貴様らに逆らおうとしているわけではないのに」


 痛みの中、アタシを支えるシンに向かって悪態をつく。


「あ、ああ……。すまん、理由はおそらく見当がつく。後で説明してやるから、まずはネズミを通せ。通した後で、門を広げるように」


「……わかった」


 脂汗を流しながら、ネズミに、ゆらぎの向こうへ行って、それを広げるように命じる。

 力の流れる感覚上の話だ。言葉ではない。

 ネズミはアタシの腕を伝い、そのまま、ぴょん、と飛んで、ゆらぎの向こうへ消えた。

 とたん、ネズミとの力のつながる感覚が消え、身体の痛みも消える。


「ふう……」


 一息ついて、前方を見たところ、ゆらぎが見る間に広がった。

 ちょうど、アタシたちがここへ来た門の大きさ、それよりは一回り小さいだろうか。


「先に入る。付いてこい」


 そう言い、アタシを支える手を離したシンに続き、ゆらぎへ入る。

 一瞬のふらつき。馬車に揺られて酔った時のような。

 眩暈(めまい)のような感覚の後、アタシは出発した、門が立ち並ぶ空間へ戻ってきた。

 ネズミはいない。アタシがゆらぎを抜ける間に、契約空間に戻っている、そういう感覚があった。


 つるりとした不思議な石で組まれた、高い天井。何本も並ぶ柱。広大とすら言える底知れぬ空間の部屋。

 壁や床のところどころに青く光る明かりが埋め込まれていて、うすぼんやりと、部屋全体を照らしている。


 後ろを見ると、出発前に見たアーチ状の石の門が立っている。

 円環紋の溝にごく弱く脈打つ、青白い線。不思議な仕掛けだ。

 先に門から出たシンは、アタシを振り向くと、言った。


「さて。まだ夜明けまで時間がある。フェルナーへの報告はそれからだ。昼までに、と言っていたしな。それまで、お前のさっきの痛みを説明してやる。お前の部屋かオレの部屋か……外か。どこにする」


「こんな夜更けに淑女の部屋へ入るだと? 冗談ではない。逆もごめんだ。話は外で聞く」


 〇


 支部の敷地内、円形の大聖堂の前には、石畳の広場がある。

 宗教施設であったのなら、ここで人を集めて説法でもしそうな雰囲気だ。

 花の匂いがするし、夜更けなのに、冷え込みがない。穏やかな地域のようだ。

 夜空を見上げる。星の形がローゼンヴァルトや学院とは違う気がする。詳しい者なら夜空を見るだけで地域が分かるらしいが、アタシに知識はない。もう少し、真面目に学んでおけばよかった。

 そう言えば、ネモラは星占いが好きだったな。

 残してきた友を思い出す。無事にいるだろうか。問題ないと言うシンの言葉を信じるほかない。アタシがいなくなった学院は、きっと大騒ぎだろう。


「お前の先ほどの痛みだが」


 つらつらと、思考を夜の空気と星に漂わせていたところ、少し離れたところに立つシンが話し出す。

 星あかりの中に、虫や鳥の声はない。静かで、声が良く通る。


「契約の影響であるのは間違いない。だが副作用のようなものだ」


「……もう少し詳しく話せ」


「お前の契約は、反抗の恐れがある構成員と、『完全なる秩序』との間で結ばれる、奴隷のような契約だ。違背すれば、まず現在の力を奪われる。あの竜が亡くなったのが、それだ」


「……(わたくし)の魔法も剣の腕も、奪われてはいないではないか。奪うなら、別の命であるグラファリエルではなく、そちらではないのか」


「現在持てる最大の力、その象徴を奪うことになっている。あの竜が、お前の魔法よりもよほど力のある存在と判断されたのだろう」


「……そうか」


 剣が使えなくなっても良い。魔法が使えなくなっても良い。

 黄金竜(グラファリエル)を奪われるくらいなら、そちらを奪って欲しかった。

 シンは、アタシの心の内には気づかず、話を続けた。

 

「現在の力を奪われた後だが、それでも違背すれば、次は、過去、最後は未来の力を奪われる。構造は単純だが、だからこそ逃げ道がない」


「……過去、未来だと? どうなるんだ?」


「オレもそこまで詳しくはないが、過去を奪われた者は、故郷や帰るべき場所を奪われるらしい。そこにいても、家族や知り合いの記憶が消えたようになる。生きてきた記録や痕跡も消えるのだとか。自分の家にも入れなくなる、と聞いた。どうやっても故郷の村へ帰れなくなった男の話もある」


「……それは」


 目的は帰還と、自分で決めた。

 それすら果たせなくなっては困る。契約に逆らう形での脱出は当面無理のようだ。


「家を、随分と誇りにしているらしいお前にとっては致命的だろう。最後の未来だが、……これはオレも知らん。そもそも、過去を奪われた時点で、生きていける人など一握りだ」


「……だろうな。……いや待て、本当にそれだけか? 今の話に、(わたくし)の身体に走る痛みが出てきていない」


「ああ、それは……」


 シンは、一拍、すう、と息を吸い込んで。

 なんだか、首をひねるような、自分でも少しの疑問があるような態度で言った。

 

「副作用だ、と言っただろう? お前の身体には常時、我が組織との契約の力が流れている。絶対服従、違背を防ぐ監視のようなものだ。そこに、別の契約存在との力を通せば、その力と契約の力がぶつかり合い、反発する。強大な契約存在であればあるほど、その反動は大きい」


「……反発。……副作用。なるほど」


 そう言われれば合点がいく。

 ネズミと力を通した際の痛みが、黄金竜(グラファリエル)と力を通した際の痛みより、かなり小さかったのも、そのせいだろう。

 と、アタシの脳裏に、疑問がわく。


「いや待て。だとすれば、『完全なる秩序』と契約を結んだものは、他の契約存在をほとんど使えないと言うことではないか」

 

「そうなるな」


「契約存在を回収する組織が、それでいいのか?」


「別に構わないんだ。そもそも我が組織の現場運用は、強大な契約存在や、大きな契約の器――お前のような――を管理下に置くことだ。だが、協力者や構成員は、それを回収する工作員よりも無数に市井に潜んでいる。その中で、主に信用できない者に結ばせる契約だからな。お前のように、3つも契約を結んで平然としている者に、結ばせるのは見たことがない。我が組織との契約下にありながら、強い契約存在と力を通す者も、どうなるか知識はあっても、俺はまず見なかった」


 無数の協力者。学院にもいたのだろうか。

 パーティーを襲ったやつらは関係があったのか、無かったのか、どちらだろう。


「そうか」


 短く答え、思考を巡らせようとする。

 よく考えてみれば、シンは最初の襲撃時も、大聖堂で対峙したときも黄金竜(グラファリエル)を呼ぶな、力を通すなと言っていた。

 本気の警告であり、その行動は組織都合とはいえ、言っていることはアタシのことを最初から考えていたことになる。

 だが……シンの口ぶりがどうも気になる。

 アタシのような大きな契約の器。管理下に置く。それは分かる。

 『結ばせるのは見たことがない』

 まるで、アタシの今いる現状、それ自体がイレギュラーだと、シンはそう言っているように聞こえる。狙いはわからないが。だが、少なくともシン自身の中でも、何かが引っかかっているように見えた。


「確認だが、お前やフェルナーは『完全なる秩序』と契約は結んでいないのか?」

 

「必要ない。組織の構成員は、そもそも利益の方が大きい。好きで所属しているやつばかりだからな。そして、裏切れば死ぬだけだ。逃げても、追手がいずれ派遣される」


「ふむ」


「まあ……オレの今話せるのはこんなところだ」


「わかった。現状を教えてくれて感謝する」


 まあ、アタシのやることは、何らかの突破口を探すことだろう。

 と、シンが、誘拐犯とその被害者たるアタシの間に、妙な空気が流れだしたのを嫌ったのか、声の調子を明るく変えて言った。

 

「そうだ、夜明けまでは時間がある。お前の言う家、ローゼンヴァルトに興味がある。それと、そこで育ったお前がどんな人間なのか、じっくり教えてくれよ」


 軽い調子に、少しだけイラつく。

 

「淑女を相手に、根掘り葉掘り聞こうとするとは。しかもそんなにあけすけに。これだから下賤(げせん)(やから)は嫌いなんだ」


「いいじゃないか。大体、淑女淑女と言うが、夜は大いびきをかいて眠る、ただの子供だろう」


「なんだと? 昨日から失礼だぞ。子供扱いするんじゃない。こう見えても、舞踏会でダンスの相手に困ったことは無い、立派なレディだ。社交界では『ドラッヘンマウル渓谷の黒百合』と(うた)われる(わたくし)だぞ」


「舞踏会と言っても、どうせガキのおままごとだろ……。大体、ドラッヘンマウル渓谷って……。噂だけだが、草木1本生えない、魔獣の住処じゃないか」


「我が誇るべきローゼンヴァルト領の大事な資源、そして(わたくし)の子供のころからの遊び場だ」


 ふふん、と鼻息荒く誇るアタシに、シンはやれやれとため息をつく。

 

「だからまだ子供だろうって……。『ドラッヘンマウル渓谷の黒百合』……間違いなく、良い意味だけじゃないだろ」


「む……。だが、まあ、我が偉大なる家に興味を持つとは、下賤の輩にしては、中々見どころがある。それでは、王国で最も誇り高く、最も厳しい土地に住む、最も強く、王家と並んで最も古い一族、我がローゼンヴァルトの話をしてやろう」


 見慣れぬ満天の星降る夜は、まだまだ夜明けまで遠い。


 〇


 故郷は遠く 夜は深く 終

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