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抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
22/23

第16話 【結④】

 〇


 斬り、刺し、抉り、裂いた。

 断ち、払い、穿ち、削いだ。

 叩き、殴り、打ち、折った。

 蹴り、(ひし)ぎ、捻り、割った。


 それでも、無限に敵は湧いてくる。


 ずるり、と。

 足を、倒した敵の溢れる体液が(すく)った。滑る。

 ああ……。もう少し、ナイファンチを練り上げておけばよかった。

 思考の向こうで、泥濘に足を取られながら多勢と戦う格闘術の型を思い出し、そんな思いがよぎる。

 ――隙をつくように掴みかかる敵を、魔力で強化した肉体で、逆に握り潰しながら。

 

 焼き、焦がし、溶かし、爆ぜさせた。

 吹き、巻き、飛ばし、撃ち抜いた。

 崩し、落とし、潰し、突き上げた。

 流し、蝕み、攫い、凍てつかせた。


 それでも、視界の端から奥から、敵が出る。


 全身を四方八方から、複数の動く死体に絡めとられる。

 人の四肢だけでなく、蛇の胴体か、なにか長く太い物も巻き付いている。

 だが。

 

「――『炎熱の突進(フレイム・ドライブ)』!」


 アタシの全身。四肢も胴体も含めて、高熱の火炎が身体を包む。

 そのままの勢いで、駆けるより速く、死体のまとまった集団へ突っ込む。

 まあどこを向いても敵、敵、敵なのだが、その中でもなるべく密度の高い場所へ。

 ぶつかり、周囲が爆炎で消し飛んだ後、一瞬遅れて、アタシは立ちあがる。

 ――体にまとわりつく、炭化した敵を振り払いながら。


 はぁはぁ、と荒い息をつく。

 ショートソードはとうに折れ、今握っているのは、敵から奪った錆びたロングソードだ。それも何本目かはわからない。

 

 敵の身体を叩き切った。

 その片腕が、ごろん、と目の前に落ちたのをこれ幸いと拾い上げる。

 ――力ある言葉とともに、それを投げ槍に見立て、突き立てるように投げる。


「――『古代都市の投擲アイケイシア・ジャベリン』!」


 投げられた腕は、そのまま、3体の敵をまとめて串刺しにした。

 本来は杖や槍、整った長柄の武装を投げて貫通力を増す呪文だが、死体にも使えるとは、今日まで知らなかった。


 左腕は今、思う様に動かない。無理すれば、かかげるくらいはできるけれど。

 乱戦の中、肩口を、四つ足の獣であろう死体に嚙みつかれた。

 振りほどいたものの、傷口から毒液のようなものが侵食してきたため、自ら焼いた。

 脇腹も同様。臓腑まではいっていないが、敵に掴まれた箇所が、毒性か酸性の何かに浸食されたため、焼いた箇所が抉れている。

 ……治癒魔法を、もっと素早く使えないと、実戦レベルでは使い物にならない。

 今更ながらに後悔する。


「聖女の『復活(リザレクション)』より従軍看護婦の『快癒(ヒール)』、というのはこういう意味か……」


 実家の口伝を呟く。

 経験と実践に裏打ちされたものに、ローゼンヴァルトでは重きを置く。

 身を以ってそれを知らされるとは、つくづく先人の知恵と言うものは。

 

 足を半ば引きずるようにして、大聖堂の前に設置した石壁の前に戻る。足も何度か同様に焼いていて、機動力はほとんど死んでいる。

 ――だが、ここを守ればいいのだ。半ばもたれかかるようにして、身体を石壁に預けた。


「ぐあっ!」


 死角から、頭部に衝撃。

 カラスかなにか、中型の鳥の死骸が襲って来ていた。堅い感触の攻撃は、足か、くちばしだろう。

 後ろにも何羽か、同種のそれが見える。


「――『つららの蹂躙アイシクル・スタンピード』!」


 唱えるのに合わせて、空中から無数の円錐状に尖った氷柱が現れ、鳥の死骸たちを突き刺した。

 死骸たちの速度は、飛ぶのがおそらくは生前の姿よりずっと遅い。飛ぶのにも何らかの魔法的な作用があるのだろう。

 物理的な作用だけでは、とても飛んでいられない見た目と速度だった。

 

 夜明けから始まった戦闘だったが、今や太陽は、谷の中から見上げても、アタシの斜め前上方に高くあった。それだけの時間が経っていた。

 無限と思われた死体や死骸も、いつしか勢いがずっと減っている。

 攻撃もまばらとなっている。

 『(かえ)(どり)』の力も、そろそろ打ち止めと言ったところか。

 

 フェルナー?

 時々思い出したように、手に持った高価そうな杖から、基礎的な魔法を何度も掘越しに飛ばしてきていた。

 目の端で捉えた瞬間、片手間で相殺できる程度の、問題にならないレベルだったので、放置している。

 高価な杖を使ってもあのレベルとは、『完全なる秩序』の支部長のレベルも知れたものだ。契約の器の大きさだけ見て、他の実力はどうでもいいらしい。

 

「――『雷熱の疾走エレクトロ・ファイヤー』!」

 

 もう何度目かわからないほど唱えた雷撃で、地上の敵をまとめて薙ぎ払う。

 乱戦を幾度も終えて、さすがに疲労が限界だ。

 はぁはぁ、と何度も荒い息をつく。

 守り切った。――と思っても良いレベルの数の敵しか残っていない。


 周り、すぐに寄ってこれる位置には敵がいないことを確認し、――ほんの一瞬、目を閉じ、休息する。


「――『再生(リジェネレイト)』」


 自己治癒魔法をかける。気休めだ。焼いた大きな傷をふさぐには時間が足りないし、小さな傷が回復していくだけだ。

 だが、フェルナーと『返り鳥』が最後の一押しをかけてくるなら、この後だろう。

 少しでも戦闘力を取り戻さねば。


 目を閉じても、正面に感じる、昇りきったまぶしい太陽。それを背にフェルナーが攻撃をかけてくるならば……。

 暗い視界の中、思考の奥へ一瞬よぎる違和感。

 ――正面?

 先ほどまで太陽の位置は斜め前だった。そんな早く、時間が経つわけがない。

 違和感に、嫌な胸騒ぎを覚えながら、ゆっくりと目を開ける。


「……どうして」

 

 目の前の光景に、思わず、疑問が口をついた。

 

「……どうして、あなたがそこにいるの?」


 黄金竜(グラファリエル)が、上空(そこ)にいた。

 

 〇


 ――会いたいと願わなかった日はない。

 ――いてくれれば、と思わなかった夕はない。

 ――夢に見なかった夜はない。

 ――呼びかければ応えるのでは、と宝石を見つめなかった朝はない。


 失って、二度と会えないと思ったもの。

 それでも会いたいと思ったもの。


 生前の姿ではない。

 鱗は1枚も無かった。

 あの誇り高い黄金の装いどころか、皮膚さえも無く、赤黒く濡れた肉がむき出しのまま、竜の形を辛うじて保っていた。目も無く、黒くくぼんで落ちた眼窩。

 まるで、あの日、無惨なひき肉にされたものを、無理に竜の姿としたかのような醜い姿。

 一瞬、強く風が吹いた。


「ギャオオオォォォオオオン!!!」


 苦しそうに、生前にはほとんど聞かなかった声で、悲鳴のように竜が鳴く。むき出しの神経に触る風が痛いとでも言うように。

 だが、その全身を包むオーラだけは違う。

 生前と変わらぬ、見まがうことなき輝く黄金。

 ――黄金竜(グラファリエル)だ。そう思うしかなかった。


「魂の友なのだろう? こうして引き会わせてやったのだ。感謝するのだな」


 黄金竜(グラファリエル)のすぐそばに、『返り鳥』とともに浮かびながら、フェルナーが言う。

 その気色悪い声が、かろうじてアタシの理性をつなぎとめた。

 そこにいるのはアタシの黄金竜(グラファリエル)ではない。

 シンは言っていたではないか。『返り鳥』の力で帰ってきた存在。それはただ生前を模しただけのもの。

 歪んで、もうそれではないと。

 

 黄金竜(グラファリエル)の隣に浮かぶフェルナー、それに心を乱されながら、必死に思考を組み立てる。

 竜とともに戦う騎士が出てくる英雄譚。幼い頃は大好きだった。

 将来は黄金竜(グラファリエル)とともに、輝く戦場へ。そんな未来を夢見た日もある。

 だが、現実は。


「……どうして、そんな男とともにあるの?」


 呟くように言い、そうではないと必死に打ち消す。

 目の前が、迷って出たかつての友の醜態ならば、アタシが介錯するのが筋ではないか。

 乱れる心で魔力を集め、力ある言葉とともに解き放ち、魔法とする。


「――『裂光の焔(フレア・バースト)』!」


 アタシの前方の空間から、高熱の光線が、真っ直ぐ黄金竜(グラファリエル)へ伸びる。

 ――命はもう無い。そう言い聞かせるように放った魔法が、その胸へ届く寸前。

 何も無いはずの赤黒い肉の上に、黄金の鱗が一瞬で浮かび上がった。

 ぱきん、と。

 甲高い硬質な音を立て、魔法は弾かれる。

 実体ではない。だが、間違いなくそれは、生前に同じ黄金竜(グラファリエル)の護りだった。

 息を呑む。

 確かめるように、石壁に体を預けたまま、アタシは呪文を連打する。

 

「――『つららの蹂躙アイシクル・スタンピード』!」


 氷柱も。


「――『風撃の槍斧(スピン・ストーム)』!」


 風刃も。


「――『雷光の閃炎(スパーク・ボンバー)』!」


 雷炎も。


 アタシの放つ全てが黄金竜(グラファリエル)へ届く直前に、幻の鱗が浮かび、弾かれる。

 どこへ撃っても……このまま魔法攻撃を飛ばし続ければ、そのまま鱗が全身を覆って、元の黄金竜(グラファリエル)に戻るのではないかと、錯覚さえ覚える。

 そう、錯覚なのだ。わかっていても、それにすがりたくなっている。


「グラファリエル……グラファリエルだ……」


 呪文の合間、確かめるように呟く。


 違う。もうかつての黄金竜(グラファリエル)ではない。

 分かっているのに、アタシの身体と声が、次の呪文を紡ぎ出す。


「――『青空の顎(エンプティ・ダーク)』!」


 何度も浮かび上がる鱗に、しがみつくように、あらゆる種類の呪文を唱え――そのことごとくが弾かれた。


 と。

 

「サキ!!!」


 もたれる、石壁の後ろから、くぐもった声が聞こえる。


「いるか!? そこにいるか?! 戻ったぞ! サキ!」

 

 シンの声だ。報告を終えて、今、壁の向こうに。

 ――待たせやがって。

 その声に、大声で返事をする。


「いる! (わたくし)はここだ! ……だ、だが」


 なんと説明する。目の前にいる黄金竜(グラファリエル)を。

 少しだけ、ほっとした声がする。


「そうか! ……よかった! この石壁を()けろ! すぐ助ける!」


「……ダメだ。来るな」


 目の前の黄金竜(グラファリエル)は、正直、黄金竜(グラファリエル)と呼んではいけないくらいの醜い姿だ。見せたくない。これ以上誰にも見られたくない。

 つまり、アタシの理性は、あれは黄金竜(グラファリエル)であり、黄金竜(グラファリエル)ではないと認識している。あの醜い姿は黄金竜(グラファリエル)であってはならないと。

 

 震える声で、アタシは言った。


「グラファリエルが……グラファリエルがいるんだ」


「黄金竜が!? バカな! いるわけがないだろう!」


「でも……グラファリエルなんだ」


 呆然と、上空にあるそれを見ながら、アタシは言う。


「言っただろう! そこに何がいるとしても、『返り鳥』の力でそう見えているだけだ! 歪んで、もうお前の竜ではないと! いいから、この壁を除けろ! オレがなんとかする!」


「ダメだ……。そこにいるんだ。在るんだよ」


 そこに不完全とはいえ肉体がある。『返り鳥』の力では不完全かもしれない。だが、もっと高位の契約存在ならどうなのか? アタシの知らないものがどこかにあるかもしれない。

 呟くように言った。

 

「……もう、失いたくない」


 契約の力で黄金竜(グラファリエル)は失われた。それは、アタシの現在の力として。現在持つ最も強い力として。ならば、アタシがもっと力をつければどうなのか? この場にある黄金竜(グラファリエル)をそのまま保ち、アタシがもっと力をつければ、他の力が奪われ、黄金竜(グラファリエル)はそのままかもしれない。


「そこにいるのは、もう、お前を認識すらしない、まがい物だ! これを退かせ!」


 シンの叫びが聞こえる。

 認識。そうだ。試すように魔法で撃っていたが、アタシは呼びかけすらしていないじゃないか。

 大声で空に向かって叫ぶ。


「グラファリエル! アタシだよ! サキだよ! わからないの!?」


 それに応えるように。


「アオオオオオォォォォンンンン……」


 黄金竜(グラファリエル)が吠えた。遠吠えのように。

 

「――届いた!? そうだよ、アタシなんだ……こっちへ……」


 呼びかけるアタシの目に映ったのは。

 吠えたままの大顎の周りに集まる光。集まる力。

 ブレスを放つ前動作。

 一瞬、無いはずの目と、黒くくぼんで落ちた眼窩がこちらを見た気がした。

 

 カッ――!!

 瞬間、竜の顎が光ったまま、その光がブレスとなって、アタシの全身と石壁を破壊せんと発射され――。


「くっ――『言霊破壊(オーラ・バリアー)』!」


 アタシが、反射で唱えた、飛び道具への障壁呪文が、ブレスのエネルギー体とぶつかり。

 ――万全なら、どんな魔法も飛び道具も防ぐはずの障壁は、あっさり割れるように砕かれた。

 そのまま、黄金竜(グラファリエル)のブレスは、正面からまともに、アタシと後ろの石壁を、衝撃の中に叩きこんだ。


 〇

 

「――――サキ! サキ!」


 声が……聞こえる。

 目を開けると、がれきの中、倒れたアタシを、シンが抱きかかえるようにしていた。

 一瞬だが、意識が飛び、寝ていたらしい。

 辺りを見る。砕かれた石壁。意識が飛んだのだから、そりゃそうだ。

 『言霊破壊(オーラ・バリアー)』は、本来、相手が使うであろう矢や魔法等の遠隔攻撃を想定し、それに合わせて詠唱を組み立てる。

 他に攻撃役がいて、騎兵等で同時に突っ込む時などに初めて有効に使える魔法なので、使えたとして今は何の意味も無いし、そもそも無詠唱では効果が薄い。

 生前の黄金竜(グラファリエル)のブレスなら、石壁のがれきどころか(ちり)1つ残っていないだろう。威力がかなり落ちていたから、アタシはなんとか生きている。

 やはりあれは黄金竜(グラファリエル)であって、黄金竜(グラファリエル)ではない。


「……づっ!」


 呻く。革めいた上下は、ブスブスと音を立て、焦げている。

 顔面も痛いし熱い。髪も焦げ、あちこち火傷のようになっているだろうか。


「サキ! 目を覚ましたか! よく耐えてくれた!」


 泣きそうな顔で叫ぶシンの顔がうるさい。

 と。

 上空から声が降ってきた。

 

「――シン。戻ってきたか。……時間切れと言うわけだな」


 力無い視界の中、上空の黄金竜(グラファリエル)の傍に、『返り鳥』とフェルナー。

 ただ、呆然とアタシはそれを見つめる。

 

「こうなった以上、組織に私の居場所はない。力を集めるには便利な場所だった。惜しいが……潮時か」


「お前、逃げるつもりか!」


 上空へ向けてシンが叫んだ。


「逃げる? ……いずれ再起の時を待つだけだ。だが――」


 フェルナーの隣で、『返り鳥』の赤い輝きが増す。

 主に応えるかのように。


「この支部は、廃棄してから行く。少しだけ腹も立っている――」


 フェルナーがそう言うと、『返り鳥』の力を反映してか、こちらを向いた黄金竜(グラファリエル)が、再度大顎に力の光を溜めだした。


 少しの間の後、――こちらへ向けてそれが放たれる。


「くっ!」


 シンはアタシを抱き上げると、ブレスのエネルギー体を避け、跳んだ。

 ――ドドオオォォン!

 着弾したブレスが、広場の地面に大穴をあけ、石つぶてや岩が飛んでくる。

 シンは、アタシを抱き抱えるようにして、大きな背中でそれを全て受け止めた。


「ヴェルザキーナの身体は惜しいが……始末してから去るとしよう」


 巻き上げられた砂煙の中、上から降ってくるフェルナーの独り言が、やけにはっきりと聞こえる。

 その傍で、黄金竜(グラファリエル)が、もう何度目かの大顎に力の光を溜めだしている。


「くそ、位置が高すぎる。サキ、あれをなんとかする魔法はないのか?」


「――ある」


 力無い声で、抱きかかえられながら、呟くように応える。

 (まと)が上空なのは好都合だ。建造物や人を気にせず、大きな魔法を打ち込めるのだから。

 先ほどまでアタシが打ち込んでいた魔法は、上級ではあっても、竜を滅するには、不適切な魔法だった。

 ――全ては、アタシが黄金竜(グラファリエル)の姿を元に戻したいと、戻るのではないかと願ったため。


「……だが」


 消したくない。失いたくない。

 ともに戦場を駆ける未来を半ば夢見た竜。その夢もいつかその中に含んで鍛えた魔法。

 その魔法を友である黄金竜(グラファリエル)に撃ち込むのか?

 と。

 ――思考を中断させる衝撃と破壊音。ブレスがまた広場に大穴をあけた。

 シンに守られながらも、その空気と地面を伝わる振動が、アタシの身体をまた骨まで震わせる。


「頼む! やってくれ! でないと……ここは終わりだ」


 アタシを抱えて、走り、跳びながら、ブレスを必死に避けるシン。

 その言葉はおそらく事実だ。

 見れば、大聖堂を守っていた石壁だけではなく、大聖堂の壁や入り口も、ブレスの余波で大穴が開いている。

 生前ほどの力ではないとはいえ、黄金竜(グラファリエル)をこのまま放置すれば……結果は目に見えている。

 疲労と激痛が、アタシの思考を鈍らせる。

 それでも、決断までの時間はない。

 

「あ……ああ……」


「お前の魂のともがら、その名残(なごり)に、これ以上、誇りを汚させるつもりか!」


 シンの一喝が、迷うアタシを無理やり駆り立て……。

 ――アタシは習い覚えた呪文を、何も決めきれず、迷いとともに詠唱した。


 ――そらの彼方に、其れは在る

 星の彼方へ我は行く

 此方と彼方を結びし道を

 其方もいつか来るそこへ

 誰もが還りある場所へ

 全てが不変とあるもとへ


 原理としては、墓地で使った浄化の魔法とほぼ同じ。

 ただし、それが薄くすべての属性を重ねるのに対して、こちらはすべての属性を最大出力で重ねる。

 精神世界だけでなく、物質をも浄化するように。


「――『創世の評決』」


 瞬間、アタシの迷い、狙い定まらぬままに狙った場所。

 黄金竜(グラファリエル)を中心に、周辺の空へ、球状に透明な闇が広がった。見えるがもうそこは周囲からは断絶された空間。

 大きさにして、大聖堂よりもさらに一回りは広い空間。効果範囲はかなり絞って、それでもなお黄金竜(グラファリエル)を包むには十分すぎる。

 地上で打つと、山脈を消し飛ばし、周りの大地をその中心へと巻き込みながら、周囲に甚大な影響をもたらし、大きな湖へと変えるそれ。

 黄金竜(グラファリエル)の声も、フェルナーの声ももう聞こえない。


「……ありがとう」


 行かないで。さよなら。消えないで。ごめんね。でもありがとう。またね。

 それらの言葉全てを含むその挨拶に応えるように、一瞬、黄金竜(グラファリエル)が笑った気がして。

 ――透明な闇は、閉じるように、中心へ返り、そこにあった全てを空間ごと、無かったことにして、消滅した。

 

 一瞬、上空へ、透明な闇が閉じた場所へひっぱられるような風と感覚が襲う。

 そこにあったはずのものが空気ごと消え、そこへ閉じる空気が流れ込む。

 びょう、と風が吹き、でもそれだけ。

 

「あ……あ……」

 

 何もなくなった空を見つめたまま、意味を持たないアタシの声が、静寂の広場に響く。

 『そらの彼方に、其れは在る』と始まる詠唱のくせに、もうその場には何もない。

 見れば、広場にまだいくつか残っていたほかの死体たちも、『返り鳥』やその主とのつながりを断たれ、 さらさらと風に吹き散らされる灰のように消えていった。


「終わった……のか……?」


 確かめるように、信じられないといった風で、呆然とシンが呟いた。


「う……あ……あああああああああ!!!…………あああぁぁぁぁ……!」


 喪失と、混乱の中、アタシは慟哭し……。

 ――火傷の頬に流れる涙が、ズキズキ傷んだところまでは覚えている。


 〇


エピローグ的な17話を追加して、第1章を起承転結で終わります。

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