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抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
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第15話 【結③】後

「サキさん……。シンさんは?」


 どう見てもただならぬやりとりに、イコマがアタシを不安そうに見る。

 アタシは軽く唇を噛んだ。

 説明は……どうするか。じきに動く死体の群れが来るだろう。

 フェルナーが裏切った。端的に言えばそうなる。だが……。

 この場所を、支部を整備し、生活区を充実させたのはフェルナーなのだ。

 そして、仮にこの後、アタシが堪えきれず、敗れた後でも、子供たちやイコマが無事である可能性はある。真相を伝えるべきか。

 ……ローゼンヴァルトの歴史は戦の歴史が多く、……当然敗戦の歴史も多い。

 民は支配者に振り回されるものだと決まっている。だから、支配者が負けた後でも、どちらが悪い、そういう考えを持たせてはならない。前の支配者に殉じるようなことがあってはならない。

 アタシはそう教わった。

 だから、事実を言う。知るべきであることだけを。

 

「――外に出ている人はいませんね?」


「え、ええ。この3人だけ。まだ朝ですから」


「嫌なものが来ます。聖堂の中へ(はい)り、()り口に(かんぬき)を。絶対に外に出ないでください」


 イコマが息を呑む。

 

「で、ではサキさんは?」


「ここで戦います。守ってみせますから、安心してください」


 広場は見通しが良く、石畳。敵が多勢でも問題はない。

 『門』へも居住区へも、大聖堂の扉、入り口を通らないと行けないのだ。

 アタシがここを抜かせなければ良い。


「戦うなら、私も一緒に。多少は腕に覚えがありますから」


 イコマが、そう言った。嫌なもの――相手もわからないのにありがたいことだ。

 だが。


「いけません。中で子供たちの面倒を見ていてください。絶対に外へ出ないように、言いつけて。(わたくし)には出来ません」


 残念ながら言葉のとおりだ。

 アタシは、ここで子供たちの信頼を得られるほどにはなっていない。

 

「――っ。わ、わかりました。どうかご無事で」


 言うと、子供たちを促し、水桶を持ったまま、イコマは大聖堂の中へ早足で向かった。

 後ろ姿が扉に吸い込まれる。

 それを見届け、アタシは小さく詠唱を開始し、――力ある言葉とともに魔法を解き放った。


層理面(ランド・ウェィブ)!」


 扉の前、それを覆うように、大きな扉の高さも幅も越えて、石畳の地面が盛り上がり、分厚い――アタシの歩幅1足分くらいの――壁となる。

 硬い地面の場所で幸いした。

 アタシが意識を失うか、解かない限り、崩れることは無いだろう。

 振り返り、後ろを見る。

 黒く、空を覆う無数の影。じりじりと迫るように見える、動く死体の群れ。

 フェルナーもじきに来るだろう。

 

 〇


 にじり寄る、風景より多そうな敵を見ながら、実家の家訓を思い出す。

 

 『万を(たの)むな(おそ)れるな』

 

 目の前の敵を見る。数百か……千を超えるか。何千といるかもしれない。


「ふん……なんだ、これでは(わたくし)を試すにはとても至らん。万に満たぬ数じゃないか」


 呟く。強がりかもしれない。


 祖父の言葉、続く二の句を思い出す。

 融和の言葉であったはずだが、なぜか戦う前の今、心に浮かんだ。

 敵になるはずの子供たちを、聖堂へ逃がした後だからかもしれない。

 

 『万なる敵を友とせよ』


「なぜ今になって……いや」


 瞬間、脳裏に閃く別の解釈。

 この言葉は、敵を友としろ、という意味だけではない。

 『万なる敵』。つまり無数の敵がいること。それ自体を友とせよ。

 敵が多数であり、万いたとしても、それを日常とする生き方を。

 多勢に無勢であっても、友と思えるくらいに、その状況をこそ愛して生きよと。

 そんな言葉であるのかもしれない。


「……さすがは、お祖父(じい)様だ」


 呟く。今の気分にぴったりであるかもしれない。

 完璧なタイミングで、新しい解釈がアタシを励ましてくれた。


 広場に、うじゃうじゃと無数の死体がにじり寄ってきた。

 その黒い身体が、白に近い灰色の石畳を侵食するように。

 アタシは、平手の指先を地面につけ、詠唱を省略し、力ある言葉のみで、1つの魔法を放つ。


「――『雷熱の疾走エレクトロ・ファイヤー』!」


 瞬間、アタシの指先から雷撃が、広場全体に走った。

 全体と言う表現は正確ではないかもしれない。

 アタシの指先を起点とした雷撃は、広場に溢れる動く死体へ向かって、吸い込まれるように、無数の荒いのこぎり状の線となった。

 狙いはつけていない。それでも正確に死体たちへ雷撃が走り、瞬間、その死体たちは動きを止める。

 ぼろぼろと、強い火で焼かれ、燃え尽きるように死体たちは崩れ落ちた。


「ほう。言っていたとおりだな」


 呟く。実体のある死体へは雷撃が有効だ、とのシンの言葉を思い出しながら。

 多数の敵を相手に、1つの魔法をそれぞれ狙いをつけて放出することは、ある程度修練すれば出来る。ただ、それは集中力を多少なりとも要求されるし、ただ撃つより当然疲れる。

 狙わなくても良い雷撃は効率が良い。

 

 ――ま、多少の気休めにはなる。

 心の中でそう結論付け、次の手を考える。なんせ景色より多い敵だ。手当たり次第になぎ倒しても、手としては足りない。


 と、広場の入り口に、見知った肥えた体の男――フェルナーが姿を現した。傍らには『返り鳥』を連れている。

 ――遅い到着だな。すでに第一波は(ほふ)ったぞ。

 そこで足を止め、こちらへは近寄ろうとしない。

 案外、契約でアタシが縛られているか、迷っているのかもしれない。

 とすれば先ほどの台詞「契約があるのだぞ。私に手出しをすればどうなるか」は、アイツにとっても、ただのハッタリだった可能性もある。

 シンは言っていた。裏切り者自体がほとんど想定されていないように。そして、アタシの契約は、反抗の可能性がある者へ結ばせる、組織のために尽くす奴隷契約。つまり裏切り者相手に、その契約で縛られた者が攻撃する事態など、誰も見たことすら無く、結果はわからないのだろう。

 

 と。動く死体たちの動きが止まった。『返り鳥』とそれを操る者の意志へ従う様に。

 不気味な静寂が広場を満たす。

 入り口の方から、フェルナーが声を響かせるように言った。

 

「私のヴェルザキーナよ。戻れ。そこはお前がいる場所では無い」


 その声は、アタシの全身へねばつく粘液のように絡みついてきて、心の中までしみ込んでくるように。変わらずアタシを苛立たせる。


「黙れ。貴様のもとなど、それこそ、(わたくし)がいるべき場所では断じて無い。戻れだと? 勘違いするな。契約によって貴様に縛られたのは身体のみ。(わたくし)の心が一瞬でも、貴様とともにあったことなど無いのだ」


「見目は美しいが、聞き分けの無い小娘だな。私のもとへあるのが、お前の幸福だぞ」


「……何?」


円座(カデンツ)は、お前に契約の器としての価値しか見ていない。そして、お前が元居た場所、貴族や王族は、お前の女としての価値しか見ていない。お前を飾る価値、産む価値、抱く価値で測るだけだ。だが私は違う。お前が持つ価値を、どれ1つ取りこぼさず見ている」


「……な、な、な。……貴様っ!」


 露骨な、アタシの品位に真っ向から泥を塗りつけるような言葉に、頭に血が上る。

 だが、これはおそらく挑発ではない。目の前の腐った――それが引き連れている死体に負けないくらい精神が腐った――男は、心の底からそれを信じ切っている。そんな雰囲気があった。

 

「わかるだろう? お前を最も高く評価できるのは、私だけだ。そして、お前が背中に庇う男。シンは、お前を最も評価できない男だ。器としても、女としても」


「それは……確かに」


 シンは、男なら誰もが欲しがるであろうアタシの美貌に、全くグラつく様子を見せない。子供扱いするだけだ。イコマにはデレデレするくせに。

 一瞬、そんな思考が頭をよぎる。


「わかるだろう? もう1度言う。戻れ。そこを退き、こちらへ来い。お前の価値は大変高いのを私だけがわかってやれる。高く承認、評価する者のもとへあるのが、人の、そして女の幸福だろう」


 だが。

 

「――黙れ」


 アタシは言った。どうあがいても目の前の男を、アタシは生理的に受け付ける気になれない。

 

「シンは、確かに、とんでもない男だ。(わたくし)の女としての価値を、まるで理解しない、見る目の無い男だ。だが、貴様のような下卑た目線を(わたくし)に向けることはしなかった。そして――」


 押し黙るフェルナーへアタシは続ける。

 あれで、説得になると思っていたのだろうか。

 言いながら、全身へ魔力を通すことも忘れずに。詠唱が無くても、即座に魔法を使う準備として。


「評価する者のもとにあるのが、人の幸福だと? 自分の評価など、自分自身が最大限に評価するものだろう。(わたくし)の価値が高い? 言われるまでもない。今日まで鍛え、磨き続けたこの体に、そしてこの美貌! (わたくし)の人生で出会った中で、(わたくし)より価値の高いものなどいなかった! 承認、評価。そのような言葉は、引きこもりの温室令嬢か、自分に自信が持てない村娘へとでも使ってやるのだな! きっと涙を流して感激してくれるであろう!」


 言い切り、溜めた魔力を広場の中央から入口へ向けて、力ある言葉とともに魔法とし、全力で飛ばす。


「――『絶断層(フォールト・ライン)』!」


 ゴゴゴゴゴゴゴ……。

 ――地鳴りが聞こえる。

 飛ばした魔法に従い、広場の中央から、入り口まで亀裂が走る。亀裂はそのまま横へ広がり、広場を、アタシから見て真横、真っ二つに裂いた。

 ガララララララ、と。音を立て、岩や地面と一緒に何体、いや、何十体かの動く死体が滑り落ち、犠牲になるのが見える。

 水はないが、即席の掘、壕と言ったところか。

 空を飛べるものには影響はないが、多少は死体の群れの進軍がまばらとなるだろう。各個撃破がしやすくなる。


 それを見届け、力の限り、雷声と例えても良いくらいの大声で、堂々と宣言する。

 

「我が魂の友である黄金竜グラファリエルと、帰るべき家の名に()いて! (わたくし)、ヴェルザキーナ・フォン・ローゼンヴァルトが、貴様らに冥府の王への拝謁を許可する!」


 〇

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