第17話 【結⑤】
〇
「っ……」
仰向けに寝かせられ、天井を向いた状態で目が覚めた。
見えたのは、黒っぽい木の板で出来た平たい天井。
……に加えて。
「貴様ら、……なんだ?」
囲むように見下ろす幼い子供ら。
言葉を使う間に、頬が突っ張る。なんなら、口元も包帯でぐるぐる巻きにされていて、上手く動かない。
「サキ様!」「ああ!」「サキ様!」「サキ様、起きたよ!」
口々にやかましく叫ぶ子供ら。
と。
ガタン、と何か――おそらく木の椅子――が倒れる音がして、灰銀髪の顔が、視界に飛び込んできた。
「サキ! 大丈夫か! 良かった! ……良かった!」
シンだ。
頭をアタシにこすりつけるようにして、両手で、アタシの肩を抱くようにして。涙目で、笑顔で。
うっとおしい。
「――……ぐっ……」
掴まれている場所が、いや全身がズキズキと痛む。
見れば、指の先まで包帯で巻かれている。
全身がなんだか薬品臭い。軟膏かなにかを過剰に、贅沢に塗りたくられている感じがする。
ふう、とため息をつくアタシを見て、シンが言った。
「組織から、回復魔法の使い手を手配してもらっている。じきに来るはずだ」
時間をかければ、自分でも使えるから平気だ、と言おうかと思った。
だが、疲労感と徒労感は魔法を使いたい気分にさせなかった。何も言わず……人の顔で狭い天井を視界に入れる。
「……グラファリエルは?」
言いながら、シンと目が合う。
アタシが言った言葉を聞いて、笑顔が固まって、目が何度も泳いで……。首を横に振った。
「……そうか」
呟き、目を閉じた。
「少し寝る。しばらく放っておいてくれ」
〇
「……ん」
触る違和感に目を覚ます。
「起こしてしまいましたか。……いえ、起きてくれたと言うべきでしょうか」
イコマが脚の包帯を換えていた。
傍の鉄製の桶の中には、使用済みの包帯が山となっていた。
アタシに巻かれていたものなら……ほぼ全身だろうか。顔も、腹も、腕も……指先まで。
茶色と黒くなっているものがほとんどだ。全てがアタシの体液と皮膚の残骸なら、我ながらぞっとする。
「……どのくらい寝てましたか?」
「サキさんが、私たちを守ってくれた日から4日あまり。最初に目を覚ましたところから2日と少しです。癒やし手の方が魔法を掛けている間も、ずっと目を覚まさなかったので、心配でした」
「そうですか……」
高い位置にある窓の外が明るく見える。昼間だろう。
「癒し手の方が来る前に、……回復魔法を掛けてあげられればよかったのですが……時間が経ってしまって……」
「ふふ。……苦手って言ってましたよね、そういえば」
回復魔法は循環をつかさどる水魔法の要素がほとんどを占める。
墓地のやりとりを思い出す。確かに、イコマは水属性が苦手と言っていた。
「遅れたその分、痕が残るかもしれません。申し訳なくて……」
話しながら、イコマはてきぱきと薬を塗り、包帯を換えていく。
「……ああ」
火傷も、裂傷も、噛み跡も。
大きく損なわれたところは塞がっていても、元通りではないのだろう。
古傷になってしまえば、もう直せない。
それは、ローゼンヴァルトでは当たり前のことだった。
祖父や父の顔にも体にも、無数の傷痕がある。
戦で生き延びた者の身体は、たいてい綺麗ではない。
――生き延びた。
「……そうだ、子供たちは?」
先日目覚めたときに、何人かがいたのは覚えている。
みんな無事生き延びただろうか。
「え? あ、ああ。大丈夫です。カスリ傷1つ……怪我した子すらいません」
「……よかった」
思考が守ろうとしたものへ飛んだが、幸いイコマが理解してくれた。
「サキさんのおかげです。何があったかは、大体シンさんが教えてくれました。今は包帯を換えていますから誰もいませんが、扉の前は子供たちでいっぱいですよ」
「……うっとおしいから入れないでください。責任を……取っただけです」
「ふふ。責任……子供が使う言葉じゃありません。そう言えば、元気になったら話があると、シンさんが言っていました」
「話……? 暫く……ゆっくり休みます。アイツが持ってくるなら、どうせろくな話じゃないでしょうから」
イコマは小さく笑い、ぱし、と張った包帯の端を、柔らかく結んだ。
〇
ぐ、ぐ、と。
谷に吹き抜ける風に合わせて、手を何度も握り、四肢を、身体を伸ばす。
傷はあちこち残ったが、機能的に問題はない。
空の向こうに、高く大きな白い雲が見える。こっちへ来たら、一雨来るかもしれない。
あちこち割れた広場に、早くも夏草が生えている。
山の草木は生命力が強い。
「で、話とは?」
身体を動かしながら、剣の相手になってもらおうと呼んだシンに訊く。
1週間くらい寝ていただろうか。すっかり身体がなまっている。
木剣を携えたシンは、山と谷の景色を見ながら、身体をほぐすアタシに、動かず軽く立ったまま話し出した。
「ああ。……まずお前の契約だが、円座でも、今からでは、もうどうにもならないそうだ。……すまない。ただ、どう考えても手違いだとして、組織として、何かあれば意に沿う形をとる。オレも、なるべく力になるようにと言われている」
「……そうか」
別に落胆はない。期待はしていなかった。
契約を乗り越えるために成果を上げるか、あるいは、根本から考えるか。
強大な組織だと言うのなら、知恵のある者もいるだろう。
「次に、この支部だが、……何もなければ、他の支部で切り分ける形をとることになる」
「そうか」
支部長がいなくなったのだ。
実務の面でどうしていたのかは知らないし、その担当範囲も知らないが、妥当なところだろう。
が。
「なのでお前には、これから、ここを拠点とする、第八支部長をお願いしたい」
「はあ!?」
全く予想もしなかった言葉。
谷に、いや、アタシの心にまた強く風が吹いた。
晴天の……霹靂とはこういうやつか。晴天は、まさに今の谷の空だが。
「前支部長を討ったのだから当然だ。今の時代では聞いたことがないが、古代の、力が全ての時代には、そのような交代もあったと聞く。前例がないわけではない」
「いや。冗談だろ。……私はここをいずれ出て行く人間だ。成果を上げて、なるべく早く。こんな組織のために、立場について働くつもりはない」
「成果を上げるにも、支部長の座にあった方が、権限は大きく、都合が良いはずだ。頼む! ……お前のためだけではない。ここには子供たちが多い。以前も言ったとおり、支部の中でもここほど整った場所は無いのだ。支部が無くなってしまえばどうなるか……」
「それは……だが……私には関係が……」
言っていて苦しい。
関係がないとも言えない。
広場を見れば、激闘と大破壊の痕跡が至る所に。
ここまでやって、守ってしまったのだから。
「頼む! 次の者が見つかるか、お前が……契約に縛られている間だけで良い。契約の器の大きさが要求される、支部長として適格な者はそうそういないのだ。臨時の……あるいは代理の形でも」
「……貴様らの『臨時』は30年以上だろうが」
契約時点で、契約存在が黄金竜であったアタシの場合は、だけれども。
「虫の良い話なのは分かっている! だが……」
見れば、ただ立っていただけのはずのシンは、足をそろえて頭を下げ、礼の形を取っている。
……コイツ自身はどこでもやっていけるだろうに、子供たちのためだろうか。高い能力の割に、つくづく甘い。
絆されたわけではないが、――少しだけ、付き合ってやるつもりになった。
「……わかったよ。どうせしばらくはここに縛られるのだ。引き受けてやる」
「あ、ありがとう! すまない……ありがとう!」
大げさに礼を言ったシンは、すこし、ふう、とため息をついた。
そのまま、山を見つめるアタシのもとへ真っ直ぐ歩み寄る。
何事かと戸惑うアタシの足元へ、膝をついて、ひざまづき、木剣を差し出した。
差し出された木剣をそのまま受け取る。
「……この度のこと、大変申し訳なかった。黄金竜を奪ったことへの償い、子供らを守ってくれたことへの恩、どちらも、返そうとして返せるものではない……。オレの力を全て預ける。円座の指示だからではない。オレはお前のために、今後、全ての力を尽くそう――」
神妙で、重く真剣な様子。
ここが玉座や神殿であったのなら、騎士の宣誓にも見えようか。
だが、それをするべき場所ははるか遠くか、似ていなくはない傍の大聖堂も、穴が開いて今は壊れている。
「やめろ」
アタシは一言、冷たく言い、続けた。
「貴様は、騎士でも貴族でも無いだろう」
「だ、だが」
「立て。そのような、どこか絵画で見たような、陳腐な真似事はやめろ」
木剣でシンの顎を軽く押し上げる。
それに従い、ふらふらと立った大男は、こちらを見下ろす高さになった。
見上げるようにして、木剣を返し、不敵に笑いながらアタシは言う。
「それでいい。私たちの間に臣下の礼のようなものは不要だ」
「……謝罪も、……感謝も受け容れてはくれないのか」
「要らん、要らん」
大体、考えてみればコイツだって、仇ではあるが騙されていた被害者だ。
そして、子供らを守るのだって、コイツに直接の利益はない。見捨てていればそれで終わりの話だ。
そう結論付けて、話を終わらせようとしたとき。
「……では、契約だ」
思い詰めた声と硬い表情でシンが言う。
「ん」
「オレは必ず、あの黄金竜がお前にもたらしたであろう栄光より、大きなものをお前に返してみせる。お前の契約の器がどれだけ大きかろうと、オレの力も、時間も、命も、余さず注ぎ、その器に相応しい存在でいる。今日、この場よりの契約として、それをお前に、そしてオレ自身に誓う。お前が受け入れなくても、オレがそうする」
重い言葉に、少しだけ気圧され、山の方を見た。
谷を囲む木々は、青空のもと、目の前の男に負けぬほど、まっすぐで力強くある。
「……好きにしろ」
高い空のもと、風が一度吹きおろし、シンはアタシと同じ方向を向いた。
〇
吹きおろす風に立つ 終
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」 終
お読みいただきありがとうございました。
休載ボタンが無いので、いったん1章で完結済みとしておきます。
何度書いても思った形にならない第2章が、まとまれば再開します。
その際は、また読んでいただければ幸いです。
ありがとうございました。




