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抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
2/22

第2話 【起②】

 〇


「――歴史と伝統ある王立中央学院ユーヴィガンと、誇り高き我が(いえ)の名に於いて! (わたくし)、ヴェルザキーナ・フォン・ローゼンヴァルトが力を示します!」


 力の限り、雷声と例えても良いくらいの大声で、堂々と宣言する。

 黒を基調とした制服で仁王立ちする、夕闇の演習場。


 今日は卒業式の前日。前祝いのパーティーのさらにその前座。卒業生たるアタシたちが力を見せる演武の場である。


 演習場には、仮設の貴賓席と来賓席がずらりと並んでいた。

 段を組んだ白布張りの席。少人数の王族、貴族に、組合の有力者に、学院へ縁の深い古い家々の関係者たち。

 その真正面、石敷きの演武台を囲むように、高い灯柱が8本。先端にはまだ火の入っていない、丸い祝祭灯が乗っている。


 「――それでは、初等部卒業生による、習得魔法の実演です」


 剣や武芸の演武の演目も滞りなく進行し、魔法のそれへと移るべく、朗々と通る教師の声。

 来賓席の空気は穏やかで。祝いの席の余興を見る目だ。

 せいぜい子供の成長を確かめる程度のものだと思っているのだろう。


 アタシの前に、4人の子供――今年度の卒業生であり、演武者――が演武台に立った。

 短い呪文の詠唱を重ねた彼らは、同時に魔法をその両の手から放つ。それぞれ2つの的に向かって。

 

「「「「『炎の斉射(フレイム・シュート)』!!!!」」」」


 ――基礎の基礎。先端が手のひら大の、細長く赤い火球を撃ち出す、ただそれだけの低級魔法。しかし、2つ同時に、正確にとなると、それなりの習熟は必要だ。

 4人の演武者は8つの的を、ほぼ同時に射貫き、祝祭灯に、ぼう、とオレンジの明かりが灯った。


「おお。あの年でなかなか」

「杖も使わずにとは、やりますな」

「詠唱も短い。正確さも見事。さすがユーヴィガンの生徒だ」


 来賓席から少しの感心が漏れ、生徒会の席は近く、それが聞こえる。

 舐めるな、とアタシは思う。

 杖など使うか。我らユーヴィガンの生徒を、そこらの市民が通うような魔術学校と同じにしてもらっては困る。

 ただ、感心の声も『12歳の子供の割に』その程度であることは否めない。

 上流の大人たちが、行儀よく拍手を送る、それだけだ。


 4人が演武台を出る、それとすれ違う様に、アタシは演武台に立った。

 ――心配するな。アタシたちを見くびったことを後悔させてやる。目に物を見せてやる。


「――次に、魔法学の首席生徒である、生徒会長ヴェルザキーナによる、同じ習得魔法の実演です」


 少しのざわめきも聞こえる。

 アタシの名前は全くの無名ではない。

 第三王子の婚約者。古臭いカビの生えた家柄ローゼンヴァルトの切り札。巷に広がるアタシの噂を聞いている者もいるだろう。好きに呼べばいい。

 

 演武台の真ん中に仁王立ちしたアタシは、冒頭のとおり、名乗りを上げ、宣誓した。


 ――一瞬の静寂。

 アタシは右手の平を真っ直ぐ真上に突き上げる。


 「『炎の斉射(フレイム・シュート)』!」


 先ほどの4人と全く同じ魔法。

 撃ち出された火球は、そのまま上に真っ直ぐ上昇する。

 アタシは、突き上げた手の平を握りながら、逆手で振り下ろす――。


「――ふっ!」

 

 ――瞬間、撃ち出された火球が8つに分かれ、そのまま導かれるように8本の祝祭灯、その先へ向かう。

 祝祭灯のオレンジの明かりへ、それぞれ火球が飛び込んだ瞬間、明かりの色が変わった。

 オレンジから青白い炎、へ。

 圧縮された高密度の炎は、明らかに光量を増して、低く、唸るように燃え上がる。

 

「……同じ、魔法だと?」


 明るく照らされる来賓席から、そんな声が聞こえる。

 ざわざわ、と静寂に留まっていられないと言わんばかりの、戸惑いの空気。

 どうだ。

 これがユーヴィガンで、これがローゼンヴァルトだ。

 そんな誇示したくなる気分をおくびにも出さず、アタシは手筈通り、演武台の近くに控えた準備の係員の子たちに声を掛けた。

 

「次を、お願い」


「はい!」


 応えた係員の子たちは、間髪を入れずに動き出す。

 演武台の脇に控えていた3組が、それぞれ両手で銀色の細い支柱を抱え、石敷きの上へ駆け出した。

 支柱は1本ずつではない。2本で1組、上部を薄い弧で繋ぐ、扉の枠のような形。

 それをアタシの前方へ、等間隔に3つ。少しずつ奥へずらして立てていく。

 かちゃん、かちゃん、と石畳の定位置に噛み合う音。

 最後の1組が嵌まると同時に、外周に控えていた魔法学の教師が短く杖を振った。


「――展開」


 ヴォン、と。低い起動音がして――。

 3つの枠の内側に、淡く青白い膜が張る。

 1枚。

 2枚。

 3枚。

 どれも人の背より少し高く、幅も十分。半透明の板硝子のように見えて、その表面には光り輝く細かな紋様が絶えず流れていた。

 

 来賓席が、またわずかにざわつく。

 

「……演武用魔術障壁か。確か、あれは1枚でも裂光の焔(フレア・バースト)の直撃に余裕で耐える物だぞ」

「上級術の安全確認に使うものだろう?」

「初等部の余興に持ち出すとは。それも3枚も」


 聞こえてきた『裂光の焔(フレア・バースト)』。それは火属性の中でも上級の方に位置づけられる魔法。基本的な射程は短いが、初歩の初歩である『炎の斉射(フレイム・シュート)』との火力は雲泥の差である。

 同じ条件で比べた場合の話だが。

 余興だと? 舐めるなよ。


 アタシは仁王立ちし、真っ直ぐ自分から3重となった障壁を見る。

 障壁のさらに奥、射線の先には、黒い石の受け台まで据えられている。

 火を通すつもりなど、万が一にもあるまい。そういう顔だ。

 ふう、と一呼吸し、アタシは呼ぶ。


「――『顕現(アルパレオ)』」


 瞬間、左腕に嵌めた腕輪が光を放ち、アタシは金色の光に包まれた。

 アタシの頭上へ、首を突き出すように輝く黄金の竜が軽やかに顕れた。

 眩い光の中、空中に身を浮かべて。

 素敵なその名をアタシは叫ぶ。見守る生徒や、来賓、教職員、この場の全員に聞こえるように。知らしめるように。

 

「グラファリエル!!!」


「アオオオオオォォォォンンンン……」


 昂る今の気分にピッタリに、黄金竜(グラファリエル)は遠吠えのように吠えた。

 すり、と。その前に、軽く一度だけ、アタシの肩へ鼻先を寄せて。

 はるか彼方の影さえ見えぬ、ローゼンヴァルト領へ届かんとばかりに。

 アタシの視界の端が金色に光り、全身に力がみなぎる。


「なんと、黄金竜とは……」

「見ろ、目の色が……」


 そんな来賓席から漏れるつぶやきに構わず、アタシは、障壁へ向けて真っ直ぐ腕を前に出した。

 黄金竜(グラファリエル)の力は、魔法の単純な強化と肉体強化。

 ――ただし桁違いの。

 突き出した腕からアタシは撃ち出す。詠唱は無しで。力ある言葉のみを。

 

「『炎の斉射(フレイム・シュート)』!」

 

 真っ直ぐ。広げた手の平の前から青白い閃光が走り、障壁へ吸い込まれ――。

 ――障壁3つを、熱した飴細工のように、一瞬で溶かし、突き抜けた。

 そのまま、後ろの黒い石に直撃し、なお伸びようとした火を、アタシは軽く消した。そのままだと石まで消し飛ばす。

 同じ属性の上級魔法ですら破れない壁も、アタシとグラファリエルなら、まとめてこのとおり。

 しん、と。あっけに取られる来賓席から拍手はない。


 アタシは、それを見ながら、次の魔法を夜空に向けて放つ。


「『極彩大花火(グランド・フィナーレ)』!」


 ぽぽぽんぽんぽん、ぽぽぽんぽん。

 9つの小さな光球を、散らすようにバラバラに、遥か上空へ打ち上げ、アタシは黄金竜(グラファリエル)を軽く叩いて促す。


「アオオン!」


 一声吠えた黄金竜(グラファリエル)が、光球の1つへ、黄金の光条のブレスを放った。


 ドーン!


 ブレスに触れた魔力の玉が、赤と白と緑の色鮮やかな花火になり、大輪の花が咲く。

 黄金竜(グラファリエル)が別の光球へブレスを放つ間に、アタシは斜め後ろに意識していた来賓席へ向き直る。


 ドーン! ドーン!


 色とりどりの花火たちをバックにアタシは一礼し――一瞬遅れて、割れんばかりの拍手と喝采に包まれた。


 〇


 前祝いの祝宴が開かれた大広間は、夕闇の演習場とは別世界のように明るく、白かった。

 高い天井から灯りが降り、白い布をかけたテーブルの上で、銀の食器とガラスの杯が細かく光を返している。

 壁際には演習場と意匠を揃えた祝祭灯が並び、青白い火が静かに揺れていた。

 弦楽器のやわらかな音が響き、テーブルに備えられた花が香る。焼き菓子と肉料理の匂い、上流の大人たちの抑えた笑い声。磨かれた床の上で、笑顔の裏に、家格と利害が透ける会話。

 演武を終えた卒業生たちのまわりには、さっそく来賓の輪ができ始めていた。事前に噂になっている程度に、優秀な者もいる。

 将来有望な子に祝辞を述べ、家名を確かめ、中等部以降の進路にそれとなく口を出す。前祝いの祝宴は、子供たちの成長を祝う場であると同時に、大人たちが先々の縁を見定める場でもある。

 ただし、その輪はアタシのところには来ない。

 若年の中では、この国の世代で一番の人材が集まると言って良い学園の中で、一番の人材であるはずのアタシだが。王家のお手つきである以上、声を掛ける余地は無い。

 それをちょうど良いと捉える。実行委員の責任者として、会場に整わぬ箇所が無いか、目を光らせる時間としよう。

 燕尾服とドレスで着飾った卒業生と来賓を見ながら。黒を基調とした制服の肩の上から、申し訳程度に装着した式典用の金糸の飾緒(エギュレット)を軽く撫でつける。

 運営側にいる以上、万が一に備えて、対応できない服装は出来ない。

 万が一――、そう、万が一だ。

 そのはずだった。

 

 会場の警備は万全。正面入口には王国兵。巡回と、パーティーと関係ない学園内にも護衛組合の臨時の応援。王族他の座る貴賓席の後ろには学院付き護衛。

 さらにその外側に教師も控えている。

 誰が見ても、警備は厚い。

 何とはなしに、会場にいくつかある、有事の際の避難経路の出入り口を確認し――、視界の端、会場の奥の方にある祝祭灯が不自然に明滅するのが、見えた。


 ドドオオオンン!!


「――――なっ」


 明滅した祝祭灯が爆発し、その周辺が燃え上がる。黒い煙が会場を覆った。

 祝祭灯の破裂音に続いて、食器の割れる高い音と、誰かのキャアアア、という悲鳴が重なる。

 白布のテーブルが倒れ、悲鳴と衝撃音に重なりながら、弦楽の音が途切れる。

 煙に押し出されるように人が動き、会場の白さは、ほんの数秒で黒く汚れた。

 嘘だろう、と思う気持ちを抑えて、アタシは事態を把握すべく会場を見回す。祝祭灯が事故を起こすなど、ましてや爆発するなど聞いたことが無い。


「王族を下がらせろ!」

「生徒は壁際から離れろ、出口を開けろ!」

 

 教師の1人と、護衛の叫びが重なるように聞こえた。

 王国兵が正面入口へ走り、学院付き護衛は貴賓席の前へ割って入る。

 アタシは爆ぜた祝祭灯の方へ視線を走らせた。

 大股で15歩ほどの距離。

 有事の際にも我が学院、ユーヴィガンの生徒の動きは早い。何人かの消火に使える魔法を使える者らと、魔法学の教師はもう床に燃え盛る火に向けて魔法を飛ばしている。

 ……が、火の消えるのがどうにも遅い。何らかの、消火に耐性のある物質が追加されたような燃え方をしている。

 これは、ただの事故ではない。

 見れば、灯具の破片に混じって、見慣れない黒い杭のようなものが床に突き立っている。

 事故ではないとするなら――。思考を巡らせながら、アタシは短い詠唱を開始し。


有毒検知(クロマトグラフ)


 宙に漂う黒煙に向けて、簡易的な有毒物質の検出魔法を走らせる。反応はない。煙自体はありふれた物質が燃えただけの普遍的な代物で、薬品や、魔法に類する何かが添加されてはいない。(もっと)も、ただの煙であっても、吸い込めば体に有害であることに変わりはないが。

 事故に見せかけた爆発は、ただの目くらまし。手が込んではいるけれど。

 であるならば、次に起こることは――。


 ガシャアアアン!!

 

 煙の向こうで銀盆が落ちる。

 1人、2人、3人、4人、5人――6人!

 給仕服の袖口から細い刃が抜かれ、それまで給仕役としか見えなかった者たちが、賊の正体を現した。

 ショートソードの刃を振りかざし、そいつら――賊は、辺りの生徒や来賓へ切りつける。悲鳴が聞こえる。

 

「なんだ、コイツらぁ!」


 叫び声が聞こえる。

 混乱の中でも、さすが王国付きの兵士や学園の護衛は、優秀だ。戸惑いながらも、貴賓席を守る役を残し、賊を取り押さえるべく、突進して行く。

 アタシは叫ぶ。


「生徒は、避難誘導を! 来賓の方々を優先して―――」


 言われなくても、という早さで、生徒たちは、正面入り口の他に2つある避難口へ、来賓の誘導を始める。

 それを一瞥(いちべつ)して、思考を巡らせる。

 なんだこれは。コイツらの目的はなんだ? 姉妹校の式典で、賊が同様に襲撃したことが何年か前にあった。反王政派の過激集団だったか。騒ぎを起こすのが目的なのか。この場で優先すべきことは。

 

「キャアアアア!」


 と、その避難口とした出入口の方からも悲鳴が上がる。

 見れば、避難口の方からも2つずつの影――2人ずつ賊が襲って来ていた。傍には、黒い大蛇やコウモリ、人より大きな蜘蛛を連れている。賊の契約存在であろう。

 どれだけ用意周到なのか。

 マズイ。兵士も護衛も教師も、すでに室内にいる賊の相手で手いっぱいだ。新手の2組、4人の相手など――。

 やむなく、アタシは片方の避難口へ、来賓を(かば)うべく駆け出しながら、再度の指示を生徒に飛ばす。


「戦える生徒は前に出ろ! 相手は殺しても良い! 絶対に、来賓と生徒に死者を出すなよ!」


 何の目的? 反体制のやつらの目的など決まっている。自分たちの力を誇示することだ。この場での最大の成果など、犠牲者を出すことに決まっているではないか。来賓だけではない。この学院は貴族の子女ばかりなのだ。重要人物とその身内しか、この場にいないと思って良い。石を投げればそれに当たる。誰か特定の人物を標的というわけでもないだろう。


「「「「「『顕現(アルパレオ)』!!!」」」」」


 アタシの指示に応えて。

 視界の端々で、生徒たちの腕に嵌めたタリスマンの宝石が次々と光を放ち、それぞれの契約存在たちが姿を現した。鳥、獣、小さなモンスター。変わったところで、岩や鎖、大きな影や霧なんかもいる。アタシの黄金竜(グラファリエル)は、ここは狭すぎて呼びたくないが。

 パーティーの席で、剣を()いた生徒はいないが、契約存在がいれば十分だ。王国の未来を担う我らユーヴィガンが、賊ごときに遅れをとってなるものか。

 混乱から戦闘意思へ気持ちを収束させ、集中した意識の向こうで決意のように思う。

 

 走りながら短い詠唱を終えたアタシは、来賓へ向けて襲い掛かろうとする非常口の賊――2人の人間とコウモリ、それと大きな蜘蛛――へ向けて、力ある言葉とともに魔法を1つ飛ばす。


層理面(ランド・ウェィブ)!」


 地属性の基礎魔法。

 狙った場所――賊の足元――から、大理石の床が、100年生きた(かし)の木より太い岩柱へ変化し、突き上げる。


「っ、げえっ……!!」

「がっ……っ」


 1人の賊は慌てて避けたものの、もう1人のやつは突き上げる岩柱をまともに喰らった。そのまま上に弾き飛ばされ、勢いのまま天井と大理石の岩柱に挟まれ、動かなくなる。気絶か、それとも。知ったことではない。戦闘不能ならそれでいい。

 と、大きな蜘蛛がかき消えた。これが契約存在の弱点。契約者が意識を失うと、呼び出したそれが帰ってしまう。アタシと黄金竜(グラファリエル)も同様だ。深くつながった契約者と契約存在なら例外もあるらしいが。


 アタシは、来賓と賊の間に、守るべく突き立てた岩柱の前に立つ。

 まだショートソードを構えて戦意を失わないもう1人の賊に向けて、堂々と宣言した。


「王立中央学院ユーヴィガンと、我が(いえ)の名に於いて! (わたくし)、ヴェルザキーナ・フォン・ローゼンヴァルトがあなた方を拘束します!」


 〇

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