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抗い 結ぶ  作者: すら氏
第1章「ネズミは闇夜に溶けはしる」
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第1話 【起① 高き願い 砕ける誇り】

 〇


 王立中央学院ユーヴィガンの空は、今日も抜けるように高い。

 イヴァルデンの高台に建つ、貴族子女と民間の特待生だけを集めた全寮制の名門校。その生徒らの志を表すように。

 

 その空の下、アタシはカンヅメ状態だった。

 王立中央学院ユーヴィガン初等部の生徒会室に。

 

「……来賓への招待状はこれで全部? 一応、全部にサインしたはずだけど、リストと現物をもう一度チェックして」


「はい!」


 アタシの指示に、書記の男の子が生真面目そうな声で応えた。

 コの字型に並べられた机。そこに座った7人の男女。

 黒を基調とした揃いの長袖の制服は、ただの事務仕事だというのに、先ほどからほんのり汗がにじんでいる。

 

 1ヶ月後に控えた、初等部の卒業記念パーティー。

 卒業式の前日に行われ、前祝いの式典後に行われる。

 実行委員会を生徒会が務めるそのパーティー、今はその最終追い込み段階。

 生徒の自主自立を重んじるユーヴィガンの伝統とはいえ、こういう作業はなかなか骨が折れる。

 華やかな舞台を支えるのは、結局こういう地味な仕事なのだ。

 招待状が大量に入った木の小箱を、確認のために先ほど返事をした男の子へ渡し、アタシは次の仕事に手を付け……ようとして、横から話しかけられた。


「会長、席次表確認しました。問題なさそうです」

 

「ありがとう。もう1回アタシが確認するから、そこに置いておいて」


 アタシの目の前には、署名待ちの書類が山になっていた。

 契約はこの世界で絶対だ。

 実行委員会のトップであるアタシの署名がなければ、効力を発揮しない書類は多い。

 来賓招待状、特別納入契約書、給仕補助契約書、護衛導線確認書、搬入許可証、来賓対応責任委譲書、記念品発注書……そして今追加された、確認欄にアタシの署名を待つ席次表、等々。

 

「次は……会場警備補助契約書か」


 会場の警備は基本的に王国側の兵士や学院付きの護衛が務める。

 ただし、前祝いで来賓が多いため、それだけでは手が足りない。王国側へ多めに兵の派遣を要請しても良いが、なにぶん忙しい季節である。

 補助警備や会場整理の臨時契約が入ることにになっていた。

 ざっくりと契約書を見ながら、些細な違和感に気づく。


「単価の割に、警備の巡回間隔が広すぎる。要検討で、護衛組合に差し戻し。……言い回しは、なんとか穏便にお願い」


「わかりました」


 アタシから契約書を受け取る、年下の女の子の目は、少しだけ不満そうだ。

 国から潤沢な資金で運営されている学園だ。予算に余裕がないわけではない。

 それでも、規律に甘さを残したら、来年以降の在校生の負担になる。侮られるわけにはいかない。

 将来わかってくれることを願って、見なかったことにした。

 そうでなくとも、国家の行事については、反体制の不逞の輩の標的になるケースが多いのだ。何年か前、姉妹校の式典で騒ぎがあったこともある。

 警備はただの飾りではない。


 机に積み上げられた書類は1枚ごとに書式も形式も違う。

 とはいえ、そんなものはもう見慣れている。

 日付、宛先、添付、確認印。内容の必要な項目だけを目で拾い、問題が無ければ、魔力を込めた羽ペンを滑らせる。

 1枚終わるたび、インクを乾かすための砂を振り、次の紙を取る。

 また1枚。もう1枚。さらにもう1枚。

 アタシの名前は、本日、何十回も紙の上に刻まれていた。


「次、これは……、特別料理・菓子納入契約書……」


 タイトルをそのまま独り言のように呟き、内容の確認に入る。

 もちろん学園にも寮にも食堂があり、一流のシェフやスタッフが運営している。味など不満があろうはずがない。

 それでも、来賓が多い特別の行事には、外部からも菓子職人や給仕補助、特別な料理人を入れることになっていた。

 特に料理にケチをつける失礼をするでもなく、チェック無しでサインをすれば終わる代物。

 それでも習慣のように上から滑らせた目が、途中で止まった。


「木苺のプディングタルト……か」


 少しの間、その文字列を見つめたまま、手を止めて逡巡する。

 そんなアタシに横から、少しの戸惑いと労りを含んだ、優しい声が飛ぶ。


「サキ、どうしたの? 大丈夫?」


 副会長、同級生のネモラだ。

 たかが料理のなんでもない箇所で、アタシの目と手が止まるのは珍しいからだろう。

 アタシが疲れているように思わせてしまっただろうか。

 ネモラの紫の長い髪も、長時間の事務仕事で、少し乱れている。

 いけないいけない、そうではないと理由を説明する。

 

「いや、来賓の1人が、木苺ならプディングタルトよりミルフィーユの方が好物なんだ。昔作ってやって、気に入ってもらったことがある。大層喜んでいたものだから思い出して……」


「あなたが作ってあげた料理を食べたのなら、それは許嫁の第三王子でしょう。来賓のリストの中に名前を見たわよ」


 ぼかして言ったのに、ネモラはあっさりと、それが誰であるかを告げた。

 まあ……そのとおりなのだが。

 周りにいる他の子たちの手も止まり、6人分、12の興味本位の視線がアタシを刺す。


「う、うん」


「それで? デザートの差し替えか追加かを悩んでるの?」


「む……。い、いやそこまでは……」


「いいじゃない、将来の妻からの愛の印なら。そういう些細な心遣いが喜ばれるのよ」


 柔らかい口調で言うネモラのオレンジの瞳はキラリ光って、口元は悪い笑みに歪み、どう見ても楽しんでいる。

 愛だの恋だのロマンスだのは、この年頃の恰好の餌食だ。

 ついでに、名門令嬢がする顔ではないとアタシは思う。

 その言葉を一瞬考え、結論を口に出す。

 

「……やめよう。来賓は他にもいる。実行委員、生徒会が王族に媚びを売ったと見られたくない」


「ええ~……。つまんない。そういう気遣い、殿方は嬉しいものなのに」


「アタシが私情で提供する料理を変えたら、それこそ問題だろう。職人の名誉もある。デザート品目はこのままだ」


 ぶ~、と、唇を尖らせるネモラとの会話を打ち切り、手元の羽ペンをつかんで、軽く魔力を込め――。

 ――そのまま、特別料理・菓子納入契約書と書かれた書類の署名欄に、アタシはペンを走らせた。


 ヴェルザキーナ・フォン・ローゼンヴァルト、と。


 書き慣れたその文字列、アタシの名前。

 一瞬、契約の証として書いた文字列が淡く光り、定着し、消える。

 契約が効力を発揮する署名とは、責任を引き受けるためのものでもある。

 少なくともアタシは、それ以上の意味を考えたことはない。

 次の仕事へかかるべく、契約書を脇へ移すアタシに、周囲からボーイソプラノのかわいい下級生の声が飛んだ。


「会長~、王子を紹介してください! 将来の伝手(つて)にしたいんです!」


 ど、と。クスクス、と。

 その声に周囲から笑いが漏れる。

 茶化しと冗談と、少しの切実を含んだその声に。

 

「……貴賓席に来るだけだから、ア、アタシも当日は、多分直接顔を合わせない」


 なんだか居心地の悪いアタシは、目を合わせずに返す。

 声も焦りを含んで上滑りだ。


「はいは~い。王族とお近づきになりたかったら、サキと同じくらいの成績を出してからにしましょうね~。学業でも、剣でも、魔法でもどれでもいいから」


「ええ~……会長と同じなんて無理ですよう……」


 たしなめるネモラに、男の子は、渋々引っ込む。

 周りも笑いながら仕事に戻った。

 忙しさはあるが、生徒会室の雰囲気は今日も悪くない。

 アタシは、少し、ほっと溜息をつきながら次の書類を手に取った。

 イジられるのは、どうも苦手だ。

 

 〇


 陽も落ち、暗くなった夕食後の時間帯。


「……っ! ――――ひゅっ」


 1学年30人の6学年分、約180人が生活する女子寮。

 広い芝生の中庭は、アタシの歩幅で一辺およそ40歩ほどの正方形。

 4階建てのロの字型の建物に囲まれた、その真ん中にある中庭の端で。

 脚を肩幅程度に広げて真っ直ぐ立ち、集中したアタシは前に突き出した右手の平を光らせる。

 左腕にはめた宝石入りのタリスマンは、今はただの無色だ。契約存在を呼ばない限り、そこに色は宿らない。

 他に光るものは、中庭を囲む宿舎の廊下からの光、後は宿舎に切り取られた天の星くらい。

 中庭を見る位置には共同の娯楽室や学習室なんかがあったりするが、大きい明かりはついていない。誰も使っていないようだ。

 薄闇の中でアタシは手の平から光を撃ち出す。


「ふっ」


 等間隔に並ぶ、綺麗に剪定された8本の木の1本。

 撃ち出された光はその前まで進み、唐突に、ふ、と消える。

 日課の魔力コントロール訓練。

 魔力の小さな玉が突如消えたのも、その場所も、もちろん狙ってやっている。

 途中で減衰しても駄目だし、逆に消え残っても駄目だ。真っ直ぐ飛ばないのは論外。

 

 何度か別な木を狙って飛ばす。どの木を狙っても、同じことが出来る。


「――――ひゅっ、ふっ」「ひゅっ、ふっ」「ひゅっ、ふっ」「ひゅっ、ふっ」


 手の平――厳密には手の平の前の空間に、何度も魔力を集めて、何度も撃ち出す。

 魔力を大気の中から集める収束と、集めた場所からの放出を何度も。とにかく速く。同じ精度で。

 そう。手の平そのものに集めているわけではない。ということは、別に腕を伸ばさなくても出来るが、イメージが作りやすいので基本どおり。

 何度も、同じ精度で。速く。雑にならないぎりぎりまで。

 精度に陰りが見えてきたら小休止。限界を広げる鍛錬法はまた別に。これは精度と制御のための訓練だ。


 少し休んだアタシは、鍛錬を再開する。


「ひゅうっ……――――」

 

 今度はゆっくり時間をかけて、大きめの魔力球を手の平の前に生成する。


「ふうっ……ふっ……ふっ……――――」


 作った魔力球から、小さな魔力の玉を、順番に1つ1つ、8本の木の前まで飛ばす。1本の木につき、玉は1個。8つ、その1つ1つを丁寧に。

 等間隔に並んだ木とはいえ、アタシからの距離はそれぞれ違う。撃ち出した時間も、届くまでの時間も違う。

 順番に打ち出した魔力の玉の、速さをそれぞれ変えて。

 薄闇の中を、それぞれの木の前まで飛んだ8つの光は――――。

 ふ、と。

 ほぼ同時に消えた。

 

「――よし」


 誰にともなく、満足してつぶやく。

 ――と、出来ていることに、心のどこかで安堵する自分に気づく。昼間忙しかったから、気が緩んでいるかもしれない。

 これではダメだ。たかが、魔力の制御くらいは、呼吸と同じくらい自然にやれなくては。


 アタシは、慢心した自分を振り払うべく、頭を数度横に振る。

 次は両手だ。

 左右の手前に魔力球をひとつずつ作り、少しだけ難度を上げた制御訓練に移る。

 それから、少しの時間、アタシは片手と両手の制御訓練を繰り返した。


 〇


 ――パン!


 布の練習着に汗の沁みが浮き出るほど、魔力制御の訓練を繰り返した後。

 撃ち出した魔力の玉の1つが、唐突にあらぬ方向へ弾かれ、消し飛ぶ。


「会長サマは、相変わらず精が出ますこと」


「――ネモラ」


 暗がりの中、近寄ってきた友の姿に、アタシは腕を降ろし、一息つく。

 

「相変わらず、魔力を輝かせちゃって。見せつけるみたいに」


「……そんな言い方はないだろう。何度も言っているが、そのままだと魔力が見えない子だって、ここにはいるんだ。知らずに近寄ったら危ないじゃないか」


「せいぜい、顔に当たっても、軽く叩かれるくらいのものでしょう。それに、あなたがここで、毎晩こうして鍛えているのを知らない子なんかいないわ」


 魔力の玉そのものには、熱も衝撃も、術式としての意味もない。

 ただ、さっき光らせていたのは周囲にわかりやすく、その要素を乗せていただけ。いわば訓練のための危険信号。

 魔力の塊に形を与え、呪文を与えて、初めて魔法になる。

 ネモラが魔力の玉を簡単に消し飛ばして見せたのも、それ自体に脅威は無いからだ。


「もうすぐ消灯だから、汗を流して、――お風呂に入ったら? いつもだけど、髪までびっしょり」


 ネモラがアタシに近寄り、すれ違う様に背中側へ。

 低い位置で1つに結んだ、汗に濡れたアタシの背中の黒髪を、指先で軽く触りながらそう言った。


「む。いや、まだもう少し――」


「ダメ。あなた、また『洗浄』で済ますつもりでしょう。我らの学院首席サマが汗臭いなんて、下級生への示しがつかないわ」

 

 水属性の基礎魔法。その名前を出しながら、ネモラがたしなめるように言う。

 いや、からかう様なその態度に、アタシは思わず反発したくなる。


「アタシの『洗浄』は、石鹸とお湯より汚れを落とせる自信が――」


「ダーメ。そういう問題じゃありません。レディたるもの、時間がある時はお風呂に入りなさい。自慢の『洗浄』は、毎朝振ってる剣の後だけにしてくださいな」


 反論を途中で遮るように、理想の淑女をそのまま小さくしたかのような同級生に言われ、アタシは渋々と。


「……わかったよ。少し休んだらすぐ風呂に行く」


 不承不承、同意したのだった。


「はいはい。あ、寝る前の詠唱滑舌訓練(はやくちことば)もほどほどにしておきなさいね。会長サマの部屋から、呪詛が聞こえるって、日直の見回りの下級生がおびえていたわ」


 そう言って、ネモラは踵を返す。

 その背中に向けて、アタシは大きな声で言った。

 

「呪文詠唱には必要なんだから、仕方ないじゃないか!」


「――あなた、ほとんどの魔法、無詠唱で使えるんだから要らないじゃない」


 ひらひら、と。手を振ってネモラは去る。

 確かに、地水火風、この世界にある四大属性の基礎魔法であれば、アタシはほとんどを詠唱無し、力ある言葉のみで唱えられる。

 だが、無詠唱より、きちんと詠唱した方が、効きも威力も違うのだ。

 そう言い返そうとした時には、ネモラの背中はもう暗がりに消えていた。

 

 アタシは、ふう、と1つ息をつく。

 仕方がない。言われたとおり、今日の訓練はここまでにして、風呂へ行こう。

 ――その前に、少しだけ。


 少しだけ。

 左腕にはめた宝石入りのタリスマンを、右手の中指、その指先で軽くなぞる。

 この無色の石は、契約存在を呼ぶ際にだけ、その色を表す。

 

「……『顕現(アルパレオ)』」


 少し瞼を落とし、呟くように言ったその言葉に応えるように、宝石の奥から金色の光が広がる。

 次の瞬間、音もなく、闇の中に、アタシの契約存在――黄金の竜が姿を現した。


「……グラファリエル」


 座っていてもその胴の高さはアタシの目線より高く、両腕を広げたよりも大きな翼が2枚。

 長い首はそれだけでアタシの背より高い。

 金色の鱗はそれ自体が光を放ち、闇の中でも輝いて見える。


「キュルルルルン」

 

 黄金竜(グラファリエル)は呼びかけに応えて、戦闘時の低くうなる声とは裏腹に、甲高く、懐っこい声で喉を鳴らす。

 それと同時に、アタシの視界の端を囲むように、ほんの少し金色が滲んだ。


「ああ、いえ、力が欲しいのではないの。少しだけ、……そう、少しだけあなたに会いたくて」


 この世界の人は獣、モンスター、あるいは物質や精霊と契約を結ぶ。

 契約存在は、呼べばそれ自体が実体化し、心を通わせた人に力をくれる。

 アタシの目が金色に光るのも、その変化の1つ。契約存在と深く心を通わせた証だ。

 学園の生徒でも契約存在を持つ者は多いが、タリスマンの宝石の色だけでなく、目の色まで変わるのはほんの一握り。


「きゅ~ん」


 応えて、黄金竜(グラファリエル)は長い首をアタシに軽く巻き付けるようにした。

 アタシはその首元に触れる。どんな魔法も剣も弾くその鱗は、冷たそうでも、魔力を帯びて触るとほんのり温かい。

 竜は、契約存在の中でも最高位の1つ。

 幼いころから一緒だった、アタシの誇りで、アタシの安らぎ。


「……もう少し、もう少しだ」


 首元に触って、少し安らいだアタシは、深く息を吐き、呟く。

 初等部の6年間、剣も魔法も座学も、首席の座を守り抜いた。

 王位継承権のある王族との婚約も済んでいる。

 あと3年。

 中等部でもこのまま力を示し続けられれば、傾いた名門ローゼンヴァルト家を立て直す道も見えるはず。

 格式と伝統だけはある家なのだ。王だって今は対面上援助しづらくとも、嫁の実家ともなれば、きっと王国の援助も引き出せる。


「……がんばろうね、グラファリエル」


 呼びかけ、アタシは決意と共に夜空を見上げる。

 きゅ、と軽く鳴いた黄金竜(グラファリエル)も長い首をもたげて、アタシと同じ方向を見た。

 女子寮の建物で囲まれた、狭い夜空。

 星の向こうに、愛しい両親とまだ幼い弟の顔が浮かんだ。


 〇

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